94.隠れ家の店
あまり目立ってはいけないと、ジークが戻ってきたところでメディは認識阻害の魔法を使い、路地へと逃げ込んだ。
「なんだか犯罪者みたいね」
そう微笑むアマカに、
「お前は実際似たようなものだろうが」
と呆れながらメディが返答する。
「あら、私のは仕事だもの、ノーカウントよ」
人殺しにノーカウントも何もあるか、と毒づきたくなったが、自分も人を殺している手前、酷いブラックジョークにしかならないため、メディは溜め息を吐くだけで言葉を押し込めた。やはり彼女はアマカに対する相性が良くない。
「ま、とりあえずの目標は達成したわけだ、しかしジーク、お前の見た目は目立ち過ぎる、変装でもしたらどうだ」
「慣れてないので、剣を隠すだけで勘弁してください」
「そうか。いやでも、お前素材は最高クラスなんだから、色々着せ替えたら面白そうなんだがな。とりあえずカジノに行く時はスーツを着るだろうから、当面はそれが楽しみだな」
そういえば旅に出る前に、自分用の服も色々突っ込まれていたな、ということをジークは思い出した。結局いくつかの服をローテーションさせて、如何なる魔術的加工か汚れの一切付かない赤いコートを羽織るという横着な着こなしをしていたが、それも打ち止めかと考えを巡らせるのだった。
「えっと、次は食事……ですよね」
いまいち立場がなくなってきたために、ジークは強引な話題の方向転換を図った。
「ん、そうだな、意外とこういう路地裏にも隠れた名店があったりするものだし、探してみるのも楽しいだろう」
どうやら功を奏したようで、メディは上機嫌に表情を明るくした。
「かくれがって、いいよね、ファルテアも、作ってみたかった」
隠れた、というワードに反応して、ファルテアが男の子的な意見を出す。彼女の性格的には、確かに隠れ家というのは心をくすぐるものなのだろう。
「ああ、隠れ家は良いぞ、私も一つ持っている」
「ほんと!?見たい見たい!」
「隠れ家は隠れているから隠れ家なんだ、そうそう人に教えることなど出きんさ、あの街に帰ることがあれば、探してみるといい、お前なら簡単だろう」
確かに、ファルテアの破幻の魔眼ならば、どこにあるかさえ分かれば、隠蔽の魔法は意味を為さない。町中を探索し尽くせば、見つけることはできるだろう。
「ファルテア、頑張るね!」
「ああ、頑張れ頑張れ、応援してやる」
自身の作ったものに憧憬の念を向けられて機嫌の良くなったメディは、ファルテアの頭を乱暴に撫でた。ファルテアもニッと笑ってそれを受け止める。
「仲良きことは美しきかな……だけどそろそろ私もお腹が空いたからその隠れた名店というのを探しにいきましょう?」
「そうだな、腹が減っては戦は出来ぬ、だ。いや、出来れば荒事は避けたいがな」
軽口を返しながら、メディは路地裏を歩き出した。
***
しばらく歩いていると、正に隠れ家的な店を見つけた。外装は汚れてこそいないが地味で、名店という感じは多少薄いようだったが。
「良いじゃないか、入ろう」
メディは随分気に入ったらしく、迷い無くその店の扉を開けた。どうやらバー兼喫茶店といった風な店らしい。メディ達に気付いた店主が、拭いていたグラスを置いて、静かにいらっしゃいませ、と応対した。四人は店の雰囲気に合わせて静粛にカウンターに着席した。
「店主、子供が食べるようなメニューはここにあるか?」
明らかに大人向けの店、という趣のこの店に、ファルテアが好むような品物があるとは考えにくい。ファルテアを気遣った問いに、店主は表情一つ変えず答える。
「メニューには載っていませんが、ご入り用ならばお作りいたしますよ、年齢や性別で差別するような店は二流でしょう」
「そうか、良い店だな」
「お褒めに預かり光栄です」
恭しく礼をして、店主は少し頬を緩めたようだった。少しして、四人はそれぞれ軽食と飲み物を注文した。加えてアマカはこの店の酒も味わってみたいと、店主のおまかせでそれを頼んだ。この世界での飲酒は特に法で規制されているわけではなく、飲もうと思えばファルテアでも飲むことが出来るが、あまり若い内に好む者は少ない。結果、酒はこの世界でも大人の飲み物である。
「メディちゃん結構イケるクチっぽいけど、飲まないの?」
「まあ確かにそこそこに飲めるが、朝から飲むのは気分的に少しな、私に構わず飲んでくれ」
「そ、ジーク君は?」
「そもそもまだ飲んだことが無いので……でも多分あんまり飲めないんだろうなって思います」
「そんな感じするわね」
やがて、店主が料理をそれぞれの前に並べた。店の雰囲気に似つかわしく、上品に盛り付けられており、そこそこに量もある。朝食にするには丁度良いだろう。メディが早速一口つまむ。彼女が頼んだのは白身魚のムニエルだ、素材の味を活かした、素朴でありながら無駄の無い味が口の中に溢れる。
「美味いな」
素直な感想が彼女の口から漏れる。普段から料理をする彼女が褒めるのだから間違いない。
「店主、どこで料理を?」
「かつては冒険者だったので、その時に、様々な場所で。どうやら何かと戦うより、こうして誰かに料理を振る舞うことの方が向いていたようです」
「へえ、良かったら色々お話を聞かせてくれないかしら?ああ、お酒もとっても美味しかったわ」
アマカはそういった話を聞きたがる女だ、それに、もう酒で気分が上がってきているようだ。
「アマカお前、実は酒ダメなんじゃないか?」
「たくさんは飲めないわ、でも自分がどれだけ飲めるかは理解してるから平気よ」
少し頬の赤いアマカを見てメディは胡乱な目をしたが、本人が言うなら良いかと思うことにした。
「話、ですか。そう面白いものでもありませんよ、所詮、途中で冒険者の道を諦めた男の話です」
店主はどうやら謙遜しているようだった。
「僕も聞いてみたいです、店主さん、なんだかカッコイイオジサマって感じですし!」
そこにジークがダメ押しをかけた。確かに店主の顔には老獪な皺が刻まれており、深い人生経験を思わせる。無邪気なジークの瞳に流石の店主もたじたじだ。
「そこまで言うなら、暇つぶし程度に離させてもらいましょうか」
それから店主の半生の物語が語られ始めた。誇張のない、等身大の男の話だ。それは壮大な冒険譚でも、ドラマティックな恋物語でもない、しかしその語り口は魅力的で、気付けば四人は彼の話に引き込まれていた。
「ご静聴感謝します」
店主の話はそう長くはなく、十数分程度のもので、丁度四人の食事も終わったところだった。
「いい話を聞けた。機会があればまた来るよ」
メディが代金を渡しつつ席を立った。
「いえいえ、こんな寂れた店で良ければ、いつでもいらっしゃってください」
店主の笑顔を背に、四人は満足げに店を去るのだった。




