92.木漏れ日の朝
堕ちた意識の中、かろうじてジークが感じられたのは、ただ、熱いという感覚だった。それは熱ではなく痛みだったのだが、度の過ぎた痛みは往々にして熱さと同じに感じられる。だがその熱ささえ、ジークの意識を浮上させうるものではなかった。今の彼は心地よかったのだ。記憶は、アマカが乾坤一擲の斬撃を自分に浴びせようと流星の如く突撃してきたところで途切れている。それからは何か大きな存在に身を任せていたような気がして、それがとても気持ちが良かった。故に目を覚ますつもりになれない。例えそれが破滅へ向かうものと直感していても、昏い快楽に揺られていたい。もう自分は十分に頑張った、死ぬ思いをして生きてきた。それなら最後に楽な方向に流されることくらい、許されても良いのではないか、そんな堕落的な思考ばかりが巡って、このままずっと眠っていたいと力を抜いていく。自分の存在が限りなく希薄になっていく中、ふと柔らかな暖かさを感じた。木漏れ日のような、そんな暖かさ。冷たい優しさの中にいたジークにとって、それは鮮烈なものだった。ああなんだ、まだこんな暖かいものがあるじゃないか、それなら、こんなところに居る必要は無い。目を、開けなきゃ。
***
窓から差す日光、穏やかな小鳥の鳴き声、日常の、なんてことのない朝を表す記号達の中で、ジークは目を覚ました。左手を支えにして起きようとしたが、上手く動かず、半ばまで体を上げたところで布団に落ちた。その音で、隣に寝ていたメディが気怠そうに目を開けた。
「ああ、ジーク、起きたのか」
メディはジークに今すぐにでも抱きつきたい衝動に駆られたが、動揺させてもいけないし、体に負担がかかってしまうのは良くないと冷静に考え、いつもと同じように挨拶を交わす。
「えっと、おはようございます?」
「挨拶を疑問系にするなよ。ふふ、おはよう」
皮肉っぽさは相変わらずだなと思いつつも、なんだか今日は機嫌が良いなと感づき、ジークの頭の上に疑問符が積み重なっていく。改めて体を起こせば、白い着物が斑に赤く染まったアマカが、刀に頭を預けて眠っている。昨夜のことと今の状況を鑑みて、あの後アマカが自分を運んでメディが治療してくれたのだろうと推察する。そうだとして、何故アマカは自分を殺さなかったのだろうと、結局疑問は増えるばかりだったのだが。
「朝食にしよう、ジークは服を着て、ほらアマカ、起きろ、お前は大体回復してるだろう」
メディがペシッと音を立ててアマカの額を小突いた。デコピンである。アマカは「ふがっ」などと情けない声を上げて意識を覚醒させた。素人のデコピンを受ける暗殺者など笑い話のようだが、アマカは特に不覚を恥じることなくいつもの微笑を二人に向けた。
「おはよう、ジーク君も怪我の調子は良いみたいね、あ、そうだ、あなたの剣、戦った場所に刺さったまんまだから、後で回収しにいってね」
朝起きたら家の近くに大剣が刺さっているというのは珍事にも程があるだろうとジークは肝を冷やし、早めに回収せねばと心に決めた。
「ああ、それならジークの剣を取りに行くついでに街を回ろう、朝食もその時済ませればいい。この街にはいくらでも飲食店があるからな」
そう言って、メディは部屋の扉を開けた。




