最後の日
王家制度廃止の当日、首都フラン、ガルベル宮殿。
王宮の一室、第一王子の執務室にて王族兄妹が集められていた。
この場には王子が三人、王女が一人。国王と王妃、そして第一王女はいない。
「王族としての覚悟の無い者は、今すぐ出ていってくれて構わない。有るのならば椅子に座りたまえ。」
第一王子は彼ら兄妹を高く評価している。王の器には届かないが、各自の専門分野においては他の追随を許さない。大変、優秀な者達であった。
そして、全員が信念を持っている。その証拠に全員が席に着いた。
「今回の国王のご乱心には、各々思うところが有るだろう」
「無いと言ったら嘘になりますわ。ですが。議会が国を動かすべきという陛下の意見も長い目で見れば悪く無いと思いますの。ヴァルランタン兄上のような優秀な後継者がこの先も生まれ続ける保証は無いのですから」
「私は、王家は存続するべきだと思うがな。そのために議会で正規の手段を踏んで王家を再設させるつもりだ」
「お、俺も議会政治の中でどうやって王族の権力を保持していくかを考えた方がいいと思う。貴族の奴らはこの機会に俺達の権力も利権も全て奪おうとしてくるはず。一歩間違えれば、全員第一王女の後追いだよ。」
第二王女は聡明だ。有利な陣営を見極める慧眼を持っている。もしも魔法が使えていれば、考えの古い家からの支持も得られただろう。
第二王子は真面目だ。ルールの中で戦うことを信条としている。その誠実さと口の硬さは貴族社会でも信頼され、数多くの裏情報や儲け話が舞い込んでくる、らしい。自分の情報網でも全ては分からなかった。
第三王子は臆病者だ。周りに流されがちで争いは避けるので敵も味方も増えない。しかし商売気質な彼にとっては、政治でのしがらみがないことは有利に働いているようだ。
「王家の廃止は、国家への叛逆罪である」
第一王子の呟きに対し、全員が厳しい目を向ける。
意図は伝わったようだ。
国家への叛逆者である議会と現国王を、大義名分のもとで処刑にする。今日はそのお誘いというわけだ。
「私は降りますわ」
「お、俺も」
「良かろう。立ち去りたまえ」
第二王女と第三王子は席を立った。
二人が扉に向かって歩き出した。
第一王子の付き人が扉の前に立ち、剣を構える。
「ヴァル兄!」
振り返った第二王女が声を荒げる。しかし、その表情に変化は見られない。流石の胆力だ。
対して第三王子は怯えて声も出せないようである。
「お前の未来視にはこの状況が見えていなかったのか?」
「もし魔法だったならば見えていたのかもですわ。信頼していた兄上に裏切られるなど、私には想像できませんでした」
「そうか。可愛い妹だ」
第一王子は無機質に返答を返す。
法律に則って処刑をする。二人はすでに侯爵へと爵位を落とす手続きを終わらせたらしい。俺はまだ降爵の手続きをしていない。
つまりまだ王族である。
「アメリ侯爵とレオン侯爵は、王族ヴァルランタン・ド・オトリムに対する不敬罪を行った罰として処刑を宣告する!速やかに実行せよ!」
「はっ!」
——ザシュ
鮮やかな連撃が二人の命を散らす。執務室に置かれた高級な家具や調度品に血が飛び散った。
しばらくは彼女らの死は隠す。死すらも大衆を動かすための駒となる。それが王族だ。
さて、一人だけ残った第二王子だが。
「ヴァル兄。それは王道から外れる行為だ。どこを歩いて王になるつもりだ」
「獣道だろうが泥道だろうが血道だろうが、俺が歩く道ならば必ず王座に繋がっている」
「ヴァル兄ほど王になるべき人間を俺は知らない。だからこそ、正しい道で王になって欲しかったんだがな」
先ほどの二人を見てもなお、反論をしてくるとは流石の一言だ。
彼はまだ席を立っていない。
それは交渉に応じる可能性を残していることを表していた。
「お前だけはこの部屋から出してやる。お前が他言しないことを俺は知っているからな。その上で答えを聞かせてくれ」
「…少し考えさせてくれ」
———
王族としての教養を叩き込まれた幼少期。
二年早く生まれた兄は剣術、帝王学、政治、全てを難なくこなしていた。だが真面目とはお世辞にも言えず、よく王宮を抜け出していた。
誘われもした。
「おい、外で外国の劇団が来てるんだってよ!行こうぜ」
「…行かない。兄さんも行かない方がいい。王族なんだからちゃんとしなきゃ」
「あっそ!民と一緒に笑えねぇ奴が王になんてなれるわけねぇだろうよ。二度と誘わねぇからな!」
そう言って走り去る兄さんの背中を見て、俺は何を思っていたのだろう。
王族としての誇りを持たない兄への嫌悪。自分は正しいことをしているという優越感。そんな兄の方が優秀であるという事実に対する劣等感と妬ましさ。
そんな感情ばかりが思い出される。だが、それらを遥かに凌駕する、何かの感情を感じていた。当時は気付きすらしなかった。
それは、着いていきたいという好奇心。
理性で抑え込み続けたそれは、本当に抑えるべき感情だったのか。
自由奔放だった兄は、立派な王の器へと昇華した。真面目な俺は優秀止まり。
俺に足りないのは冒険だったのでは無いだろうか。
誘わないと言いつつ、兄はその後も何度も誘ってきた。一度も承諾などしなかったのに。
これは最後のチャンスだ。これを断れば兄の誘いは本当に最後になる。
後悔のない選択をするべきだ。たとえ自分の信念を曲げようとも。
———
「協力しよう。たまには冒険も悪くない」
「意外だな。初めてじゃないか?お前が俺の誘いに乗ったのは」
「そうかもしれないな」
二人の王子は国家への叛逆の意思を固めた。
——————
同時刻。首都フラン、元第二王女の屋敷。
「…私の水が無くなりました」
背の高い男の従者に窓際に座る女が報告をする。
「そうですか。残念です」
「この屋敷は捨てましょう」
手に入れて一週間ほどの家だが、立地も内装も気に入っていた。惜しいが命には代えられない。
「どこに行かれますか?」
「うーん…中央は荒れそうですしねぇ。郊外も最近の魔物の出方が不自然で不気味です。思い切って隣国にでも行きましょうかね。もう王族というしがらみに囚われる必要が無くなりましたから。」
「ええ。彼女の遺族には生活に困らないだけの見舞金を用意させます」
「お願いするわ」
第二王女の魔法は水属性魔法。水に映った自分の姿を固定して着ぐるみのようにできる。声と体型の似ている侍女を自分の偽物として第一王子のもとへ送り出したのだった。
何年も使っている手法だったので彼女も慣れていた。見破られたわけではない。
私を第一王子が切ったのだ。そこまで見えていた。見えていたのに私は彼女を送り出した。彼女も全てを承知の上で、だ。
彼女の死は有効に使わせてもらう。
「素晴らしい働きでした。安らかに」
彼女の信じる神に向かって祈りを捧げた。
——————
同時刻、首都フラン、プリュム議会場。
国王は新設された議会の初代議員達と食事をしていた。
「陛下は未来のことを第一に考えていらっしゃいます。オトリム王国、最後にして最高の賢王として後世に名を残すでしょう。我々議員もその御心に恥じぬよう懸命に勤めていく所存でございます。つきましては…」
台本通りであろう口上を述べるのは、王の相談役として長年働いてきた有力貴族。初めに王政から共和制への改革を提案したのもこの男だった。
腹についた贅肉はその権力の大きさに比例し、グラスに注がれたワインを一口で飲み干す様は全てを飲み込む怪物を想起させる。
この男を野放しにしていては、いずれ国は乗っ取られていただろう。言葉巧みに、王を置物にする政策を実行しようと画策していた。ついにその影響力は王族に匹敵するほど成長し、国王である自分でも抑えられなくなっていった。
彼は富と権力しか興味がない。重税で民を苦しめるだけの悪魔を生み出した無能の王になるのは自らのプライドが許さなかった。王家ごと王の座が無くなればその最悪の未来は防げる。
議会という新しい環境を用意し、新しい制度での混乱期に彼の力を削ぎ落とす。
王子達も優秀な者ばかりだ。議会で影響力を持つのに時間はかからないだろう。
「…よって、ここにオトリム共和国、中央議会発足の宣誓をいたします!」
一つの家が終わり、無血で新たな政治が始まった。




