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#6 同意の手順

宮廷の備品調達は、常に厄介なものだ。特に、私のような「治癒官」という、既存の枠組みには収まりきらない職種に割り当てられる予算は、常に「必要最低限」という名の、冷たい制限を伴う。


私は、王都の宮廷内に、小さな一室を借り上げた。それは、かつては公文書の保管に使われていた、埃っぽい、しかし静謐な空間だった。私はそれを「傾聴の間」と名付けた。


「傾聴の間」という響きは、官僚たちの耳には、単なる「無駄な贅沢」に聞こえたのだろう。


「ただ座って話を聞くだけの部屋に、これほどの予算を割くのですか。備品も、家具も、全て自腹で賄うというのですか?」


宮廷の事務官が、私の申請書を前に、鼻を鳴らした。彼の視線は、私の持つ「治癒官」という肩書きを、単なる飾り物として扱っているようだった。私は、彼らの視線が、私の専門性や、この世界で私が担わされている役割を、全く理解していないことを知っていた。彼らにとって、私は「問題解決のための道具」であり、その道具が使う「道具」の価値など、彼らの算術には存在しないのだ。


「この部屋は、患者さんが、安心して、自分の内側にあるものを、安全に吐き出せるための空間です」私は、努めて丁寧な口調を保ちながら答えた。私の声は、この世界で私が最も信頼できる、唯一の「道具」だった。


「安心、ですか。我々が提供できるのは、秩序と、国家の安定です。感情的な慰撫など、我々の管轄外です」


彼らは、私を「感情的な慰撫」という、彼らの世界では取るに足らないものとして分類した。彼らは、私が直面している「祝福」という、この世界の根幹を揺るがす現象を、単なる「精神的な揺らぎ」として処理しようとしている。


私は、彼らの言葉を、静かに受け止めた。彼らの論理は、あまりにも単純で、あまりにも脆かった。


備品は、結局、私が自腹で用意した。最低限の座椅子、水差し、そして、厚手の羊皮紙とインク。それだけで十分だった。私は、この部屋を、私自身の「防壁」として設計したのだ。


そして、私は、自分自身を縛るための「手順」を、この部屋の隅に置いた。それは、私自身の魂に対する、最も厳格な契約書だった。


(1)何が起きるかを説明する。

(2)何を失うかを説明する。

(3)本人が言葉で選ぶまで、触れない。


この三つの項目は、私自身の「歯止め」だった。ダグの件。あの騎士の件。私は、彼の苦痛を和らげた。彼は安らかに眠った。だが、その代償として、彼は盾を持ち上げられなくなった。私は、その結果を、目の前で見てしまった。


私は、あの時、彼が「戻せますか」と尋ねたとき、反射的に「戻せません」と答えた。それは、私の本能的な防衛反応だった。しかし、その本能は、私自身の「良かれと思っての判断」という名の、傲慢さに基づいていた。


私は、あの時、彼に「何を失うか」を、明確に説明していなかった。私は、彼が「眠れるほうがいい」と選ぶ前に、私の「善意」という名の、一方的な処方を押し通してしまったのだ。


この手順は、私自身の「加害」を防ぐための、唯一の防衛線だった。もし、私がこの手順を破れば、私はまた、あの夜の私に戻ってしまう。誰かの「強さ」を、私の「優しさ」という名の、無責任な判断で奪い去ってしまう。


私は、この文書を、部屋の目立たない場所に置いた。それは、私自身の「倫理規定」であり、同時に、私自身の「死刑宣告」でもあった。


数日後、視察団が訪れた。王都の宮廷の権威を体現するかのような、重々しい面持ちの人物だった。大司教グレゴア。彼は、この「傾聴の間」の存在を、単なる異端の行為としてではなく、ある種の「学術的興味」をもって見ているようだった。


彼は、私の用意した手順書を、静かに手に取った。彼の指先が、羊皮紙の端をそっと撫でる。その動作は、まるで貴重な遺物を扱うかのように丁寧だった。


私は、緊張で喉が乾くのを感じた。私は、彼に、この「手順」の正当性を問われることを恐れていた。


グレゴアは、数分間、その文書を読み込んだ。彼の表情は、一切の感情を読み取らせなかった。彼は、私の「同意」という行為の構造を、徹底的に分析しているようだった。


やがて、彼は顔を上げた。その視線は、私を射抜くように鋭かったが、その眼差しには、驚くほど静かな敬意が混じっていた。


「同意。結構です」彼は、そう呟いた。その一言は、私にとって、何よりも重い承認だった。


私は、安堵と、同時に、さらなる恐怖を感じた。承認は、同時に、さらなる監視を意味するのだ。


グレゴアは、ゆっくりと口を開いた。彼の声は、荘厳で、響きを持っていた。


「では、治癒官殿。一つ、問いを差し上げましょう」


私は、息を詰めた。


「同意なく人の魂に触れた者は、この国では何と呼ばれるべきでしょうか」


それは、私に対する、最も直接的な問いだった。私の存在そのものが、この国の法と、神聖な秩序に対する挑戦状なのだ。私は、この問いに、どう答えるべきなのか。私の「見立ての正確さ」は、この世界のどの法体系にも当てはまらない。それは、女神ミレイアという、この世界の外部から来た存在によって与えられた、異質な「力」なのだから。


私は、言葉を探した。しかし、私の口から出てくるのは、ただの沈黙だった。私は、この問いに対する、適切な「言葉」を知らなかった。

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