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近江の山奥から始める近代国家建設 〜転生田舎領主は戦国そのものを終わらせたい〜  作者: 近江もののふ
第三章 北伊勢戦役

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第89話 明智城の戦い

 弘治二年(こうじにねん)(1556年)、六月中旬。

 伊勢国(いせのくに)、三重郡(みえぐん)、江野(えの)、屋敷。


 大久保(おおくぼ)を焼いてから十日ほど経った。後始末は益重(ますしげ)と元家(もといえ)に任せてある。その間、俺は次に守りを固める場所を考えていた。


 亀山(かめやま)へは進めない。南へ出すぎれば、今度は北畠(きたばたけ)を刺激する。今ある土地をつないで守るしかないが、大久保だけを押さえても、江野から兵や荷を送る道は安定しない。その道には、まだ従っていない水沢城(すいざわじょう)と城の山城(しろのやまじょう)がある。


 さらに南には山本(やまもと)、その先には小岐須(おぎす)がある。水沢から大久保を経て山本まで押さえれば、南からの攻撃にも備えやすくなる。


 そう考えていた昼過ぎ、山本から使いが来た。


 座敷へ通された使者は、挨拶を済ませると本題に入った。

「主、山本刑部少輔《やまもとぎょうぶしょうゆう》は、御当家に従う意向にございます。ただ、その前に確かめたいことがございます」

「何だ」

「本領(ほんりょう)を安堵(あんど)いただけるのか、山本城(やまもとじょう)はいかようになされるのか。そこを伺いたく存じます」

「従った途端、土地も城も失うのではないかと案じているんだな」

「左様にございます。家中にも不安があり、曖昧なままでは話を通せませぬ」

「分かった。刑部少輔殿が家中に伝えられるよう、こちらの条件をはっきりさせよう」


 山本が関(せき)からの出兵要請を断り、その後に求められた兵糧(ひょうろう)も出していないことは掴んでいた。その山本が今になって橘(たちばな)へ付こうとする理由を尋ねると、使者は隠さず答えた。


「中務大輔(なかつかさのたいふ)殿が立て直されても、兵も兵糧も出さなかった山本が、以前と同じように扱われるとは思っておりませぬ」

「南には小岐須もある。山本だけでは関方に対抗できないか」

「左様にございます。ただ、守っていただくだけではございませぬ」

「山本も橘のために働く、と」

「山本城を御家の境の守りにお使いください。我らが小岐須への備えを担います」

「なるほど。城だけでなく、南の守りも任せてほしいというわけだな」


 山本が付けば、大久保の南まで守りを伸ばし、小岐須の動きも見張れる。刑部少輔は庇護(ひご)を求めるだけでなく、山本を南の備えとして売り込んでいるわけだ。


 臣従(しんじゅう)する者に共通する条件は、すでに玄以(げんい)に書付へまとめさせてある。俺は脇に置いていた書付(かきつ)けを取り、使者へ差し出した。

「まず、これを刑部少輔殿に見せてくれ。橘へ入る者に共通する条件だ。山本の土地と城については、それを承知してもらった上で話そう」


 使者は書付けを末尾まで読むと、顔を上げた。

「山本城については、何も記されておりませぬが」

「城は家ごとに事情が違うからな。山本城は残す。橘の城とした上で、刑部少輔殿に貸し与え、小岐須への備えを任せたい」

「小岐須から兵が入った時は、山本だけで防げとの仰せにはなりませぬか」

「ならない。山本城は橘の城だ。そこを攻められれば、橘の戦になる」

「そのお言葉があれば、主も家中へ話を通せると存じます。持ち帰って伝え、改めて御返答申し上げます」


 正式な臣従は、刑部少輔本人が条件を受けてからだ。それまでは兵を動かさず、橘の旗も立てないよう使者に伝え、帰した。


 その日のうちに、俺は正利(まさとし)の離れへ向かった。山本との話を聞き終えた正利は、腕を組んだ。

「刑部少輔が条件を呑めば、そのまま受け入れるのか」

「ああ。断る理由はない」

「なら、山本だけで終わるとは思わんことじゃな」

「水沢か」

「うむ。水沢の加治も、城の山の坂田も、山本をどう扱うか見ておろう。同じ国衆(くにしゅう)が戦わず橘へ入るんじゃ。自分たちならどうなるか、考えぬはずがなかろう」


 水沢城の加治孫九郎(かじまごくろう)と、城の山城の坂田丹後守(さかたたんごのかみ)。俺も二家の動きは気になっていたが、こちらから誘えば、それを足元に条件を求められるかもしれない。

「向こうから動くのを待つか」

「そうせい。ただし、山本城を残すという話だけが広まらぬようにしておけ」

「城まで無条件で安堵したと思われるか」

「それもある。山本城を残すのは、刑部少輔だからではない。小岐須への備えに使えるからじゃ。そこが伝わらねば、二家も自分の城を残せと言い出すぞ」


 確かに、結果だけが伝われば、山本を特別扱いしたように見える。正利はさらに念を押した。

「加治と坂田が動いたら、二家を同じ場へ呼べ。両方の城を残すつもりがないなら、片方だけ先に話を付けるな」

「後から呼ばれた方は、自分の城を潰すと先に決められたと思うか」

「そうじゃ。双方に城を残すべき理由を言わせ、その上でお前が決めよ」

「分かった。二家とも来たら、椿宮(つばきのみや)で話す。戦勝奉告(せんしょうほうこく)もまだ済ませていない。三家が揃えば、そこで正式に決められる」

「よかろう。山本城を残す理由も、その場で伝えられる」


 正利は湯呑(ゆのみ)を手に取った。

「もっとも、二家がこちらの思惑どおり動くとは限らんがな」

「来ると思ってるだろ」

「さてな。わしはもう死んだ身じゃ。北伊勢の国衆の腹まで知らん」


 だが二日後、加治から使いが来た。翌日には坂田からも来る。どちらも橘へ従う前に、自分たちの扱いを確かめたいという話だった。


 ほどなく山本からも条件を受け入れるとの返事が届いた。俺は三家に、日を定めて椿宮へ来るよう伝えた。


 * * *


 椿大神社(つばきおおかみやしろ)の境内(けいだい)では、奉納(ほうのう)の荷が次々と下ろされていた。米百俵、塩二十俵、灯明油(とうみょうあぶら)十樽、銭五十貫、神馬(しんめ)一頭。傷んだ社殿(しゃでん)と参道(さんどう)を直す材木も運ばせた。人足は後から出す。


 俺たちが通された座敷には、刑部少輔、孫九郎、丹後守が揃っていた。こちらからは継潤(けいじゅん)、玄以、忠治(ただはる)が同席する。


 最初に刑部少輔が両手をついた。

「使いより御意(ぎょい)は承っております。山本はその条件を受け、御家へお従いいたします」

「使いに伝えた条件で、臣従を認める」

「南の備えは、山本にお任せください」


 刑部少輔が身を起こすと、俺は孫九郎と丹後守にも書付けを渡させた。

「御二方にも、まずこれを読んでほしい。山本が受けたものと同じ条件だ」


 先に読み終えた孫九郎が、一箇所を指した。

「水沢の田と水は、加治の差配(さいはい)から外れるのでございますな」

「そうだ」

「条件に異存はございませぬ。ただ、水の扱いは、これまでの決まりを調べてから変えていただきたい。どの井堰(いせき)をどの村が直すか、水の足りぬ年にはどこへ先に回すか、長年の取り決めがございます」

「すぐに変えるつもりはない。孫十郎(まごじゅうろう)には村の者からも話を聞かせる。孫九郎殿にも、事情を知る者を出してもらいたい」

「昔の争いまで覚えている者がおります。村の者と一緒にお聞きいただければ」

「頼む。その上で決めるが、今後は加治だけで水を差配することはできない」

「承知しております。事情を調べてお決めいただけるのであれば、異存はございませぬ」


 孫九郎は水の差配を手放すことより、土地の事情を知らない者に取り決めを変えられることを警戒しているらしい。


 丹後守は書付けを置き、城の扱いを尋ねた。

「水沢城と城の山城は、どちらも御家の城として残されるのでしょうか」

「残すのは一城だ。儀太夫(ぎだゆう)に両方を検分させ、守りやすさや道、普請(ふしん)の手間、必要な兵の数を比べて決める」

「水沢城が残れば、孫九郎殿に任されるのでございましょうか」

「そこもまだ決めていない」

「では、城を失った家が、残った家の下へ入ることもございますか」

「それはない。どちらの城を残すかで、二家の上下を決めるつもりはない」

「ならば、城の山もよく見ていただきたい。南側には川があり、ほかの方角も谷を守りに使えます。水沢と近いというだけで潰されては、某(それがし)も家中を納得させられませぬ」

「もちろんだ。城の山の方が少ない兵で守れるなら、そちらを残す。水沢の方がいいなら、水沢だ。御二方の家格(かかく)や面目(めんぼく)では決めない」


 孫九郎も、城については譲らなかった。

「それならば、加治からも水沢城の利を申し上げます。丹後守殿と争うためではなく、お決めになる材料としてお聞きいただきたい」

「某も異存はございませぬ」


 丹後守は孫九郎に頷き、俺へ向き直った。

「城の山を検分された上で、坂田に何を任されるのかも伺いたく存じます」


 そこで忠治が、自分の例を話した。

「私も橘へ従った後、千種城を返されてはおりませぬ」

「三郎左衛門殿も、城は戻されなかったのでございますか」

「はい。ですが、千種の家まで捨て置かれたわけではございません」

「今は、どのようなお役目を」

「旧領(きゅうりょう)の地勢(ちせい)や人を知る者として働いております。城を持つことと、家中で何を任されるかは別にございます」

「城が戻らずとも、家の働きどころはあるということでございますな」


 忠治自身が言う以上、俺が説明を重ねる必要はない。孫九郎と丹後守が書付けへ目を戻し、読み終えるのを待ってから尋ねた。

「ほかに聞きたいことはあるか」

「ございませぬ。加治はこの条件を受け、御家へお従いいたします」

「坂田も同じにございます。御家へお従いいたします」

「分かった。二人の臣従を認める。刑部少輔は先に伝えた通り、南の守りを頼む。孫九郎は水と土地の引き継ぎに力を貸してくれ。丹後守は城の山を儀太夫に案内し、残すべき理由を伝えてほしい」


 細かい引き継ぎは継潤と玄以に任せた。その後、三人も加えて戦勝奉告(せんしょうほうこく)を行い、奉納品の目録(もくろく)を神前へ納める。三人はそれぞれの城へ戻り、山本城には橘の旗が立った。


 数日後、益重に水沢城と城の山城を検分(けんぶん)させた。報告では、江野と大久保をつなぐ道を押さえるには、水沢城の方が使いやすいという。置く兵の数や普請(ふしん)の負担も比べ、水沢城を残して城の山城を廃することにした。丹後守には理由とともに決定を伝え、家中と土地の引き継ぎに協力を求めた。城を廃する作業も益重に任せる。


 一色城(いっしきじょう)も残す必要はない。宿野峠で関と戦った際、守っていた者たちが逃げ出して以来、捨て置かれている。俺はそちらの処置も命じた。

「一色は弥左衛門尉(やざえもんのじょう)に潰させろ。使える材を運び出し、堀(ほり)と土塁(どるい)を崩せばいい」


 山本城と水沢城を軸に、江野から大久保、その南まで守りをつなぐ。亀山にも、これ以上南にも進まない。鈴鹿郡(すずかぐん)北部の仕置(しお)きは、ひとまずここまでだ。


 * * *


 明智城の戦い――明智光秀(あけちみつひで)


 九月二十日。美濃国(みののくに)可児郡(かにぐん)、明智庄(あけちのしょう)長山(ながやま)の明智城(あけちじょう)では、夜明け前から東で鬨(とき)の声が上がっていた。土塁の向こうに見える斎藤勢(さいとうぜい)の旗は、昨日より近い。矢が飛んでくるたびに兵が身を伏せ、その脇を別の兵が駆け抜けていく。


 夜通し負傷者が運び込まれ、井戸のそばには血を洗った水が何度も捨てられた。昨日まで兵が詰めていた持ち場も、今朝は空いている。西の曲輪(くるわ)から火の手が上がり、別の場所では柵を破られたとの声が飛んだ。


 某は駆け戻ってきた郎党(ろうとう)を呼び止めた。

「西はどうした」

「まだ保っております。ただ、柵の外まで敵が来ております」

「負傷した者を下げろ。動ける者を前へ回せ」


 まだ城を捨てる時ではない。そう考えていた昼前、明智兵庫頭光安《あけちひょうごのかみみつやす》に奥へ呼ばれた。具足(ぐそく)姿の叔父の傍(かたわ)らには、残る兵の数を記した書付けと、空になった矢箱が置かれていた。


 光安は、某に城を出るよう命じた。

「十兵衛。そなたは城を出よ」

「何を申されます。城はまだ持ちます」

「持つかどうかを聞いてはおらぬ。煕子(ひろこ)は身重(みおも)であろう。母御もおる。二人を連れて西へ落ちよ」

「叔父上。某も残ります」


 外で大きな音がした。光安はそちらを見ず、某に言った。

「ここに残る者はおる。わしも残る。城が持たぬとなれば、ここで腹を切る」

「ならば、なおさら某も」

「ならぬ。そなたまでここで果ててどうする。落ち延びて、明智の名をもう一度立てよ」

「某に、明智を立て直せと仰せなのですか」

「そうじゃ。そなたの志まで、この城と一緒に終わらせることはない」


 返す言葉がなかった。光安は立ち上がり、刀を腰に差した。

「妻と母を連れて行け。十兵衛、そなたはまだ死ぬ時ではない」

「……叔父上」

「早うせい。煕子を歩かせるつもりか」


 城の外で、再び鬨の声が上がった。某はようやく頭を下げた。

「御武運(ごぶうん)を」


 光安は答えなかった。某もそれ以上は言わず、その場を出た。


 戻ると、城を出る支度が進んでいた。荷は最低限に絞り、米と水も当座(とうざ)の分だけ。郎党を集めていた三宅弥平次(みやけやへいじ)が、某に気づいて近寄った。

「十兵衛様。いつでも出られます」

「叔父上は残られる。煕子と母上を囲め。戦える者は外を固めろ」

「……承知いたしました」


 煕子は何も尋ねずに待っていた。某はその前に屈み、背を向けた。

「乗れ」

「歩けます」

「山道を急がねばならぬ。今は言い争う時ではない」


 煕子の腕が肩に回った。背負って立ち上がり、皆と西へ向かう。城門は使えない。斎藤勢の薄い所を選んで斜面を下ると、具足を捨てた兵や家族を連れた者も、木々の間を逃げていた。


 一度振り返ると、城から煙が上がっている。某が足を止めると、弥平次が呼んだ。

「十兵衛様」

「分かっている。進め」


 煕子を背負い直して先を急ぐ。戦の音が遠ざかるにつれ、互いの息遣いと落ち葉を踏む音が耳につき始めた。


 前を行く郎党が刀を抜いた。

「前に人がおります」


 木々の向こうから、男が一人進み出た。

「江野の橘より参りました。我が主の命で、明智殿と御家族をお迎えに参っております」

「橘殿が、なぜ某を」

「理由は江野で、我が主に直接お尋ねください。舟までの道はこちらで確保しております」


 周囲の木々の間にも人影がある。某は男に問い返した。

「某がここへ落ちると知っていたのですか」

「道までは分かりませぬゆえ、人を分けて待たせておりました。江野には斎藤山城守《さいとうやましろのかみ》殿もおられます」

「……山城守様が。長良川(ながらがわ)で討たれたのでは」

「我が主がお救いになりました。明智殿、追手が出る前にお進みください」


 長良川で死んだはずの人が生きている。聞きたいことは山ほどあったが、背後に上がる煙を見て呑み込んだ。

「……分かった。弥平次、皆を進ませろ」


 一行が動き始めると、男は伴新九郎と名乗った。先を歩く新九郎(しんくろう)は、しばらくして某の歩調を見た。

「奥方様をこちらでお運びします」

「妻くらいは某が運ぶ」

「追手が来れば、明智殿にも走っていただきます。その時はお任せください」

「承知した」


 道沿いには橘の者が待機していた。林を一つ抜けたところで、後方の見張りが駆けてきた。

「新九郎様。追手です。先頭が二十余、後ろにも続いております」

「三左衛門(さんざえもん)殿と久助(きゅうすけ)殿へ知らせろ。その後、後続の数も確かめてこい」


 見張りを走らせると、新九郎が片手を上げた。木々の間から、担架(たんか)を持った四人が現れる。

「明智殿。奥方様をこちらへ」

「まだ背負える」

「明智殿まで疲れてはなりません。担ぐ者も交代できます」


 煕子が某の肩へ手を置いた。

「あなた」


 某は膝をついて煕子を下ろした。四人が担架へ移し、担ぎ上げた直後、後ろからまとまった銃声が響いた。


 某が刀へ手を伸ばすと、新九郎が言った。

「三左衛門殿も久助殿も、追手との間が開けば下がります。明智殿は御家族を」


 前では煕子の担架が進み、母がそのそばを歩いている。某が戻れば、あの者たちは某まで守りながら戦わねばならない。刀から手を離し、二度目の銃声にも振り返らずに歩いた。


 新九郎に追いつき、横から尋ねた。

「いつから、この備えを」

「何か月か前から、逃れる道を調べておりました」

「橘殿は、某が城を出ると考えていたのですか」

「城へ残られるなら、無理に連れ出すなとの御命令です。御家族や一族が落ちてこられれば保護し、明智殿も御一緒なら江野までお連れするようにと」


 某が城に残る場合まで考えていたのか。ますます賢政(かたまさ)という男が分からなくなる。


 しばらくして、後衛(こうえい)の兵が追いついてきた。先頭の可成(よしなり)が新九郎へ報告する。

「一度は引き離しましたが、まだ追ってきております」


 その後ろには一益(かずます)と鉄砲兵が続いていた。血を流す者もいる。某が負傷者へ目を向けると、可成が足を止めた。

「傷を負った者は、皆戻ったのですか」

「連れてきております。明智殿は先へお進みください」


 日が傾き始めた頃、可児川(かにがわ)へ出た。木曽川(きそがわ)までは遠くないという。だが、追手を舟のある河岸(かし)まで連れていくわけにはいかない。一益は河原(かわら)を見回し、兵を止めた。

「ここで、もう一度追手を止めます。先ほどより開けておりますゆえ、鉄砲を二手に分けます」


 新九郎が、某に一益を示した。

「あちらが久助殿にございます」


 可成も後衛の兵を集め、新九郎へ告げた。

「新九郎殿は御一行を舟へ。追手はこちらで止めます」


 また、この者たちを残すのか。某は刀に手を掛けた。

「今度こそ、某も残ります」

「明智殿。我らの役目は追手を討ち取ることではございません。御一行を舟まで送り届けることです」

「ですが、すでに傷を負った者もおります」

「明智殿が残られては、某らがここで道を塞ぐ意味がございません」


 可成の視線を追うと、煕子と母がいた。落ち延びて明智の名を立て直せ。光安にそう言われたばかりではないか。某は刀から手を離した。

「……必ず戻られよ」

「戻るために戦います」


 可成は兵へ向き直り、某も家族の後を追った。背後で銃声が二度響き、怒号が続く。その音が遠ざかる頃、林の先に木曽川が見えた。


 葦(あし)の陰や岸の窪(くぼ)みに隠れていた舟が、合図を受けて寄ってくる。六艘(ろくそう)の舟を示し、新九郎が言った。

「小六(ころく)殿が集めておいた舟にございます。女と負傷した者から乗せろ」


 煕子が担架のまま舟へ運ばれ、母も続く。某は岸に残り、新九郎に尋ねた。

「三左衛門殿たちは」

「来ます」


 ほどなく林から兵が現れた。可成と一益もいる。肩を借りて歩く者を迎えると、新九郎が乗船を急がせた。

「全員乗れ。舟を出せ!」


 某も煕子たちの舟に乗り込んだ。最後の兵が乗ると、六艘は順に岸を離れた。汗に濡れた身体へ川風が当たる。北東(ほくとう)へ顔を向けても、城はもう見えない。


 あそこには光安が残っている。だが、煕子と母はここにいる。まだ死ぬ時ではないと言われた言葉が、頭から離れなかった。


 日が落ちる頃、某は新九郎へ声を掛けた。

「橘殿は、なぜ某のためにここまでしたのですか。何か月も前から道を調べ、舟を用意し、山城守様までお救いになっている」

「私が承ったのは、明智殿と御家族を生きて江野までお連れせよ、との御命令だけです」

「理由は聞いておられぬのですか」

「はい。必要な備えを整え、命じられた役目を果たしたまでにございます。理由は我が主へ直接お尋ねください」


 今日一日で城も土地も失った。その一方で、死んだと思っていた道三(どうさん)の生存を知らされ、会ったこともない賢政の兵に救われた。江野へ着いたら、本人の口から理由を聞きたい。


 某は舟の中の煕子と母を確かめ、舳先(へさき)へ向き直った。

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