第81話 員弁北進
天文二十四年(1555年)、六月。
伊勢国、員弁郡、治田、治田城。
治田城へ戻った翌日、俺は継潤、可成、利家、成政、忠治、秀吉を主郭へ集めた。広げた絵図には、治田から北へ続く道と、その先にある五つの城が記されている。
新九郎の報告によれば、山口城の藤田東馬允が動かせる兵は百八十ほど。上平野城の梅山宗兵衛が八十ほど、東禅寺城の斎藤助六が百になる。
残る二城は、古田城の近藤治部義晃が九十、野尻城の西野左馬允が百十ほどだ。
俺は絵図の脇へ報告の書付を置いた。
「攻めるのは五日後の辰の刻だ」
継潤が鞍掛峠から上平野へ続く道を指でたどる。
「朝霧からも、同じ刻に動いていただくのでございますな」
「上平野を頼むと父上へ送った。返事も来ている」
頼政は朝霧に残り、政澄が六百を率いる。高晴、重尚、政忠がそれぞれ二百を受け持ち、攻撃前日の朝に出発。その日のうちに鞍掛峠を越える予定だ。
継潤は上平野から山口へ指を移した。
「兵庫助殿が迫れば、宗兵衛は山口へ助けを求めましょう。東馬允も、援兵を出すかどうか決めねばなりませぬ」
秀吉が身を乗り出し、山口へ通じる三本の道を指した。
「第四大隊を三つに割らせてくだされ。上平野側と野尻側を百ずつで塞ぎ、わしは残りを連れて白瀬側へ回ります」
「三方とも百で持つか」
「城を攻めるわけではありませぬ。大勢が出てきた時は退いて知らせます。東馬允が城を空にして追ってくるなら、三左衛門殿も喜ばれましょう」
可成が山口城の札へ目をやった。
「その時は、城までありがたく頂こう」
俺は三本の道を見比べ、秀吉へ任せることにした。
「それでいこう。藤吉郎、頼む」
秀吉は親正を呼び寄せ、絵図の端で道の分担を話し始めた。俺は山口の札を可成の前へ押す。
「山口は三左衛門だ。第一と第三大隊の六百を使え」
「片山勢を先に立たせます。門前まで進ませたら、第一大隊と替えましょう」
成政が城の西側へ指を置いた。
「第三大隊は某がこちらへ回ります。東馬允が山へ抜けようとしても、西で止められます」
可成はその位置を確かめ、成政へ顔を向けた。
「内蔵助、こちらが引き出すまでは待ってくれ」
「三左衛門殿が先に城へ入らず、待ってくださるなら」
可成が鼻で笑った。二人に山口を任せ、俺は東禅寺へ自分の札を置く。
「俺は又左衛門の第二大隊三百と、本部百で東禅寺へ行く。落とした後は山口だ」
利家は城の南側を確かめた。
「門は第二大隊で叩きます。十兵衛様は、本部と後ろにいてくだされ」
「そうする。寺側には兵を回すな」
「城兵が寺へ逃げ込んでも、でございますか」
「追うな。女や子供、僧は戦と関係ない。討つのは、城に残って戦う奴だけだ」
継潤が助六の札から俺へ目を戻した。
「降伏は勧められますか」
「一度だけな。それを蹴るなら、後は助けない」
継潤は返事をせず、古田と野尻の札を手元へ寄せた。こちらの二城には、まず話を通す。山口、上平野、東禅寺と同じ扱いにする必要はなかった。
俺は古田の札を指した。
「古田は弾正左衛門に話をさせる。三郎左衛門は野尻へ行ってくれ」
忠治が佐兵衛と大蔵介を振り返った。
「この二人も連れていってよろしいですか。左馬允が知りたいのは、先に降った者がどうなったかでしょう」
「連れていけ」
「七郎左衛門も借ります。野尻が開けば受け取りを任せ、某は離れます」
「好きに使え。ただ、山口の勝敗が決まるまで返事を待ってくれと言われても、待つな。その場で決めさせろ。拒むなら囲んでおけ」
五城への分担が決まったところで、範者を呼んだ。入ってきた範者は可成の後ろへ座り、俺の言葉を待つ。
「主計頭。山口では三左衛門の先鋒を務めろ」
「はっ。必ず門前を取ってみせます」
「取った後も三左衛門の指図に従え。勝手に奥へ入るな」
範者は頭を下げたものの、退出しようとはしなかった。
「十兵衛様。山口城を落としましたら、遅参の咎はお許しいただけますか」
「誰が山口城だけと言った」
「……は」
「相変わらず舐めているな。次もだ」
「次も、でございますか」
「いつ許すかは俺が決める。山口で一度働けば済むと思うな」
範者は俺を見つめたまま言葉を探していたが、結局何も言わず、深く頭を下げて退出した。戸が閉じると、可成がそちらへ目を向けた。
「十兵衛様。一日の遅参にしては、少々厳しすぎませぬか」
「一日の問題じゃない。他の三家がどうするか見てから来ただろ。あの癖を残したまま北へ連れていく方が面倒だ」
「分かりました。先には立たせますが、無駄には死なせませぬ」
「頼む」
可成は成政と山口の攻め口を確かめ始めた。秀吉の隣では親正が別の絵図へ道を書き込み、忠治も佐兵衛たちを集めている。俺が決めることは済んだので、軍議を終え、それぞれ準備へ取り掛からせた。
* * *
攻撃前日の昼、朝霧から使者が来た。政澄は予定どおり六百を率いて出発したという。日暮れ前には鞍掛峠の向こうから二人目も着き、すでに山裾へ入り、そこで夜を明かすと伝えてきた。
翌朝、夜明け前に治田城の門を開いた。片山勢を先頭に、可成と成政の六百が出ていく。秀吉の第四大隊は城外で三つに分かれ、忠治たちは野尻へ向かった。吉綱も出発し、途中から古田への道に入る。
俺は利家の第二大隊三百と本部百を率い、継潤とともに東禅寺へ進んだ。山裾まで来た頃、遠くから鉄砲の音が響く。山口でも攻撃が始まったらしい。
東禅寺城の南門は閉じられ、土塁の上には弓や槍を持った兵が並んでいた。寺へ続く側に城兵の姿はない。女や子供が夜明け前に寺へ下りたことも、偵察に出した兵が確かめている。
攻撃位置へ着くと、盾兵が前へ並んだ。その後ろに柴束を担いだ歩兵が集まり、さらに後方では鉄砲兵が火縄を確かめている。
柴束を担いだ兵の一人が、肩の荷を直しながら堀を見た。
「近いな。すぐ投げ込めそうだ」
「そこまで行く間に矢が飛んでくるぞ」
「だから盾の後ろにいるんだろ」
「投げる時はそこから出るけどな」
「それを先に言うなよ」
近くで笑いが漏れた。利家はそちらを振り返らず、門と左手の土塁を見比べている。やがて崩れた斜面を指した。
「十兵衛様。門を叩いている間に、あそこから兵を上げます」
「使えそうだな」
継潤も同じ場所を見ていた。
「助六も気づいたようです。左へ兵を寄せております」
「なら、門が薄くなる」
利家はすでに鉄砲小隊長を呼んでいた。門前へ向ける鉄砲兵を増やし、左へ上がる兵には盾の後ろで待たせる。その準備を横目に、俺は降伏を勧める使者を出した。
しばらくして城門の上に男が現れ、こちらへ声を張った。
「斎藤は橘に降らぬ! 攻めたくば攻めてみよ!」
矢が一本、使者の少し前へ突き立った。使者が引き返し、味方の列まで戻るのを待って、俺は立ち上がる。
「生き残れる機会をみすみす捨てるとは愚かな。だが、まあいい。蹂躙しろ!」
利家が手を上げると鉄砲が鳴った。門上の兵が伏せ、先ほどまで笑っていた歩兵たちも柴束を担ぎ直す。次の射撃が続く間に盾兵が前へ出た。
盾へ矢や石が当たる。その後ろを歩兵が追い、堀際へ着くと、一人ずつ盾の陰から柴束を放り込んだ。後続も同じ所へ重ねていき、渡れる足場ができると盾兵が先へ進む。
肩に矢を受けた兵が崩れた。後ろの二人が引きずって下げ、空いた所へ別の盾兵が入る。門前まで進んだ兵が破城槌を打ち付ける一方、左では崩れた斜面へ柴束を入れ、登る足場を作っていた。
三度目の打撃で門板が割れ、隙間から槍が突き出された。盾兵がその穂先を受け、破城槌を使う兵の前を守る。利家が門の裂け目へ声を飛ばした。
「そこだ! もう一度叩け!」
次の一撃で閂の周りが大きく裂けた。さらに打ち付けると門が内側へ傾き、開いた隙間へ盾兵が踏み込む。槍兵もその後ろへ続いた。
ほとんど同じ頃、左の土塁にも橘兵が上がった。門へ集まっていた斎藤勢を横から突き、正面で踏みとどまっていた兵を崩していく。
利家は城内へ入るなり、主郭へ続く坂を見上げた。
「旗を上げ替えろ!」
旗を抱えた兵が、味方の進む列に続いて坂を上がる。蔵の前にも坂の途中にも抵抗する城兵がいたが、やがて高所の斎藤旗が傾き、橘の旗へ替わった。
俺はまだ槍のぶつかる曲輪へ目を戻した。
「残りを潰せ」
助六は主郭前へ十数人を集め、自ら槍を持って下りてきた。盾兵が正面で止め、左右から槍兵が迫る。斎藤勢は一人ずつ倒され、坂の途中まで押し戻された。助六も槍を振るって踏みとどまったが、横から突き込まれた穂先を受け、その場に崩れた。
蔵の陰や柵際には、まだ数人ずつ固まった城兵が残っている。橘兵がそこを囲んで詰め寄ると、一人が槍を投げ捨てた。
「こ、殺さないでくれ!」
目の前の兵は止まらず、男の胸へ槍を突き込んだ。降伏を受ける機会は、戦う前に一度だけ与えた。それを拒んだ以上、城内で助命を受け入れるつもりはない。
一方、寺へ向かう斜面まで逃げた者を追う兵はいなかった。境まで進んだ者も城側へ戻り、残った抵抗を潰していく。やがて、槍のぶつかる音が途絶えた。
兵は使える武器と兵糧を運び出し、人足が門や柵を外し始めた。城内の一か所へ遺体を集めさせていると、寺から数人の僧が上がってくる。
俺は並べた遺体を示し、僧へ尋ねた。
「この者たちをまとめて葬れる場所はあるか」
「あちらに経塚がございます。寺を開いた折、経典と金銅の経箱、それに銅鏡を納めた塚にございます」
「なら、その傍らにもう一つ作ってくれ」
「斎藤の者を納める塚にございますか」
「ああ。経も頼む」
「寺より納めさせていただきます」
塚を作る兵と人足を残し、出発の支度に移った。利家が第二大隊を集めている間に馬へ戻ると、継潤は本部の使番から報告を受けていた。
「三左衛門殿は、まだ城内へ入っておりませぬ。正面で東馬允の兵を受けております」
「なら間に合うな。行こう」
継潤も馬へ乗り、俺たちは山口へ向かった。
* * *
東禅寺を離れて間もなく、秀吉の使者が来た。三本の道はいずれも塞いでおり、山口から出た二人の使いも引き返したという。野尻側では人と荷が増えて一度道が詰まったが、親正が使番を別の道へ回し、連絡は続いている。
さらに進むと、忠治が佐兵衛、大蔵介を連れて戻ってきた。
「十兵衛様。野尻は開きました」
「左馬允は山口の勝敗を待ちたがったか」
「はい。そこで、この二人に話していただきました」
佐兵衛が苦い顔で口を開いた。
「何が残ったと聞かれましたので、家は残ったと答えました。城も土地も約束されておらんとも」
大蔵介がその後を引き取る。
「それでも待ちたいと言うので、主計頭殿と同じことをするのかと申しました。あれで決めたようです」
約束していないものを餌にせず、開かせたならそれでいい。俺は忠治へ受け取りの様子を尋ねた。
「七郎左衛門は」
「野尻へ残しました。兵と武器、家財を一緒に出そうとする者が多く、門前で混じりかけましたが、すぐに分けております」
そこへ古田からの使者も追いついた。吉綱の説得を受け、義晃が城を開いたという。俺は報告を聞き終え、忠治へ命じた。
「二城の受け取りを済ませて、治田へ戻れ。七郎左衛門には野尻の兵と武器の引き渡しを続けさせておけ」
「承知いたしました」
忠治たちと別れ、山口への道を急いだ。近づくにつれて鉄砲の音がはっきりし、西裾へ回ると、成政の第三大隊が斜面を塞いでいるのが見えた。
鉄砲小隊は柵際へ射撃を続けていたが、狭い足場で撃ち終えた兵と次に出る兵が重なっていた。光泰が列の詰まりを見つけ、成政のもとへ走る。
「内蔵助殿。右の下がり口が塞がっております。このままでは次が前へ出られませぬ」
成政も斜面を見直し、小隊長を呼んだ。
「前の列を右へ寄せろ。後ろは一段下がって、行き来する道を空けろ!」
兵が位置を変えると、止まっていた交代が動き出した。その時、城から西へ走る藤田兵が現れる。成政は空いた斜面へ盾兵を回した。
「西へ出すな! そこで止めろ!」
並んだ盾と、その後ろの槍を見て、先頭の藤田兵が足を止めた。後ろから来た味方がそこへ詰まり、別の斜面へ回った者も橘兵を見つけて城側へ戻っていく。
成政が俺に気づき、槍で城の南を示した。
「十兵衛様。三左衛門殿は南です。東馬允が正面へ兵を足しております」
「西は任せた」
「お任せください」
継潤と南へ回ると、片山勢は門前の柵まで取っていた。倒れた兵や血の付いた盾が残り、その間を負傷者が運ばれている。範者も肩に布を巻いていたが、俺を見るなり立とうとした。
「十兵衛様。まだ先鋒を務められます」
「三左衛門から命が出たのか」
「まだでございます」
「なら座ってろ。死に急げと命じた覚えはない」
範者が腰を下ろすのを見届け、可成のもとへ進んだ。可成は主郭へ続く坂を見ている。その後ろでは牛一が使番の報告を聞き、帳面へ書き付けていた。
俺は可成の隣に立った。
「三左衛門、どうだ」
「片山勢が退くたびに、東馬允が兵を下ろしてきます。もう少し出させます」
坂の上では藤田勢が槍を二列に並べていた。可成が第一大隊の盾兵を進ませると、城兵も下ってきて、門前から押し返そうとする。橘の盾兵は槍を受けながら少しずつ退いたが、可成は片山勢を動かさなかった。
範者が立ち上がりかける。可成はそちらへ手を向けて止め、坂へ目を戻した。藤田勢はさらに兵を足し、上にあった旗まで下ってくる。
継潤も俺の隣でその動きを追っていた。前へ出る兵が増えるにつれ、主郭へ戻る坂に人影が少なくなっていく。可成が槍を握り直した。
「ようやく出たな」
藤田勢がもう一段下ったところで、可成は槍を高く上げた。
「内蔵助、今だ!」
西から斉射が響き、坂へ長く伸びた藤田勢の横へ第三大隊が迫った。後ろへ戻ろうとする兵と、まだ前へ押そうとする兵がぶつかり、坂の途中で列が詰まる。
可成は第一大隊を押し出した。
「主郭まで入れ! 旗を上げ替えろ!」
退いていた盾兵が踏みとどまり、その脇から槍兵が進む。藤田勢は正面へ槍を向け直そうとしたが、西からも押され、主郭へ戻る道を狭められていた。橘の兵が坂を上がり、その後ろへ旗を持った兵が続いた。
やがて城の上で藤田旗が傾いた。坂ではまだ戦いが続いている。その頭上で藤田旗が引き落とされ、橘の旗が上がった。
牛一が一度だけ主郭を見上げ、また帳面へ筆を戻した。東馬允も、自分の城に立った橘旗を見つけた。
「まだ城は落ちておらぬ!」
残った兵を呼び集め、自ら坂を下りてくる。可成は槍を持って前へ出た。
「主計頭、道を空けろ!」
片山勢が左右へ退くと、東馬允はその間を抜けて可成へ突っ込んだ。突き出された穂先を可成が外し、振り返された石突を槍の柄で受ける。もう一度槍がぶつかり、東馬允が引き戻そうとしたところへ、可成が一歩踏み込んだ。穂先が胸を捉え、東馬允は坂へ倒れた。
藤田兵はその場で一斉に崩れたわけではなかった。主郭へ戻ろうとする者、西の山へ走る者、なお槍を振るう者が入り乱れる。西へ走った兵は第三大隊に止められ、城側へ押し返された。
可成は逃げ惑う者を追わせず、固まって抵抗する兵へ味方を向けた。武器を落として座り込んだ者は捕らえ、槍や弓を構え続ける者を討っていく。しばらくすると城内の鉄砲も止み、負傷者を担ぐ兵と捕虜を連れる兵が、主郭の下を行き交い始めた。
北東から一騎の使者が駆け込んできた。泥の付いた裾のまま馬を下り、俺たちの前へ膝をつく。
「兵庫助様より申し上げます。上平野城、陥ちました。宗兵衛は討死にございます」
継潤が上平野の方角へ顔を向けた。可成は槍を下ろし、山口の主郭を見上げている。朝から響いていた鉄砲はもう聞こえず、城の上では橘の旗が風にはためいていた。




