第80.5話 閑話 員弁の去就
天文二十四年(1555年)、五月。
伊勢国、員弁郡、本郷、白瀬城。
白瀬の去就――近藤吉綱
橘から届いた書状を、座敷へ集めた者たちに読ませた。治田との付き合いを案じる者ほど、城を明け渡せという一行から目を離さない。読み終えた者から隣へ渡させ、最後に戻ってきた紙を机へ置いた。
返事を待つ顔が並んでいる。治田へ出入りしてきた者も、城の守りを任せてきた者もいるが、こちらから口を開くまで誰も何も言わなかった。
「治田へは兵を出さぬ。米を求められても断れ」
座の端で膝を進めかけた者が、そのまま止まった。向こうとの間を取り持ってきた者にすれば、それでは話が違うと言いたくもなるだろう。昨日まで付き合いを絶やすなと命じていたのは、他ならぬこちらだった。
だが、その付き合いで白瀬が何を得たのかと考えると、ろくなものが浮かばない。山城守の機嫌を損ねぬよう言葉を選び、頼み事にはできるだけ応じる。それでも断れば揉め、応じれば次を求められる。いつまで続ければ、向こうは満足するのか。
書状を届けた新九郎は、座敷の入口近くに控えていた。こちらの返答を急かすこともなく、家中で話す間も黙って待っている。
「橘殿は、白瀬へ治田の先陣を務めさせるおつもりか」
「兵の使い方までは、ここでお約束できませぬ」
「こちらから治田を攻めたいと申し出てもか」
「従われた後は、十兵衛様の軍令に従っていただきます。兵を出される前に、お許しを得ていただかねばなりません」
治田を討つ手助けをすれば城はそのまま、という話なら受けやすい。家中へも、山城守を退けるためだと言える。ところが、この男は都合のよいことを何も言わなかった。
つい、書状を指で叩いた。
「治田と戦わせた後で、こちらの城も取り上げる。随分な話ではないか」
「その条件を伏せたまま、お越しいただくわけには参りませぬので」
「……着いてから聞かされるよりはましか」
新九郎を下がらせると、座敷に残った者たちが身じろぎした。白瀬にはまだ敵兵の一本の槍も入っていない。戦わず城を渡すと言われて、すぐに納得できる者ばかりではないだろう。
席を立って戸を開けると、城内で材を運んでいた兵がこちらを見上げた。修繕に使う材だった。橘の兵が来るかもしれぬと聞いてから、傷んだ柵を直させている。
南は員弁川へ落ちる崖になっており、北にも谷がある。ここへ籠もれば、攻め手も容易には近づけぬ。白瀬を守れるという家中の考えも、根拠のない強がりではなかった。
ただ、橘が治田を取れずに引いた後、こちらだけ無事に済むとは思えない。兵も米も出さなかったと知れば、山城守は黙ってはいまい。かといって今から加勢すれば、向こうのために橘と戦うことになる。
どちらとも争わずに済む返事を考えたところで、そのような文は書けなかった。
「治田との間に立ってきた者を、この件で責めるつもりはない」
振り返ると、顔を伏せていた者がこちらを見た。
「これまでの取次は、こちらが命じたことだ。ただし、今後は勝手に向こうへ返書を出すな。何か申し立ててきたら、まず知らせよ」
机の脇にあった書きかけの紙を裏返した。誰が何を言おうとしたのかまで、今ここで問い詰める気はない。橘へ従う前から身内を疑い始めれば、城を守るどころではなくなる。
馬を用意させ、留守を預ける者には門の番を続けるよう命じた。引き渡しの相手も決まらぬうちから、武器を置かせるわけにはいかない。城内で勝手に荷を運び出すことも禁じた。
供の一人が、道中の支度を持ってきたところで尋ねた。
「お戻りは、いつ頃になりましょう」
「陣へ置かれれば、今日は戻れぬ。城へは知らせを寄越す。それまでは今命じたとおりにせよ」
門前へ出ると、供に加わろうと槍を持ってきた者までいた。兵を引き連れて押しかければ、加勢の人数を見せて条件を変えさせに来たと思われかねない。必要な供だけを残し、あとは城内へ戻した。
昼には治田の陣へ着けるよう、馬を進めた。後ろで門扉が閉まる音がしたが、振り返らなかった。
* * *
二つの城――田切佐兵衛
向平へ来た範者を座敷へ通すと、下平から呼び戻した者たちが席を空けた。橘の書状が届いてから、両城の者を行き来させている。まだこちらの方針も決まらぬところへ、よその当主まで来た。
範者は座るなり、庭の方を見た。
「下平へ兵を入れるのか。途中で、そちらへ向かう者を見掛けた」
「城の様子を確かめさせておっただけです。向平を捨てると決めたわけではござらん」
「ならばよい。まだ橘は治田を取っておらぬ。こちらから城を差し出すには早かろう」
治田が持ちこたえれば田切も助かる、という話なのだろうか。範者へ尋ねると、そうとは答えず、机の上の書状へ目を向けた。
「手元にあるうちなら、城を残すよう求めることもできる。渡してしまえば、後から何を言っても遅い」
「主計頭殿は、すでにその話をなさったので」
「まだ使者は出しておらぬ。まず皆がどう考えているか、聞こうと思ってな」
それなら、今ここで得られる返答はない。範者を送り出した後も、家中の者たちは席を立たずに残っていた。よその家も返事をしていないと聞き、もう少し待てると思ったのかもしれぬ。
廊下には、下平へ米を運ぶ支度について書いた紙が置かれていた。山の城へ入れておけば、籠城になっても使える。もっともな考えではあるが、まだそれを命じるわけにはいかなかった。
「蔵の米は動かすな。向平を空にすれば、こちらへ残す者が何と思う」
紙を持っていた者が、それを畳んだ。下平へ移ることだけを考えれば、荷を先に出した方がよい。だが、向平で暮らす者にとっては、自分たちの城から兵糧だけが消えることになる。
翌朝、下平へ上がった。坂の途中から川の向こうを見ると、向平のある段丘が見える。近くに見えても、兵や荷を移すには一度下りて川を越えねばならぬ。片方へ集めれば、もう片方は薄くなる。
城内には槍や弓が出され、土塁の近くでは兵が働いていた。こちらに気づいた者から手を止め、道を空ける。その顔を見ながら、戦支度を急がせた時の自分の言葉を思い出していた。
いざとなれば下平へ籠もる。それだけ言えば、皆は役目に従って動いた。ところが城を明け渡す話になると、誰に何をさせればよいのか、まだ命じることさえできない。
堀切まで歩くと、後ろから付いてきた者たちも足を止めた。ここを守れると言いたいのだろう。土を削り、材を運んで築いた城を、一度も戦わず捨てろと言われれば腹も立つ。
それを理由に抗戦を決めれば、少なくとも今日やることは決まる。兵には柵を直させ、蔵へ米を入れ、門を固めさせればよい。城を失った後の暮らしについて、今すぐ答えを出さずに済む。
そこまで考えて、自分が何を避けようとしているのかに気づいた。皆が戦いたがっているから、という理由にしてはならぬ。始めろと命じるのは、こちらなのだ。
「向平へ戻る。供の支度が済んだら、治田へ参るぞ」
麓へ下りてから、書状をもう一度開いた。城の扱いとは別に、橘本人へ確かめたいことがある。治田を取った後、そのまま兵を引くつもりなのか。それとも員弁の奥へ進むのか。
周りに今までの家々が残るのなら、城を失った田切だけが、その間で暮らすことになる。北畠との縁を頼るにしても、援軍を待てという知らせはない。宛先を変えて文を書けば、今日の暮れが延びるわけでもなかった。
向平では、供に持たせる荷だけを選び、残りは元へ戻させた。こちらだけ家財を運び出して逃げると思われては困る。
「両城とも、勝手に人を追い出すな。城を渡すことになっても、昨日まで働いていた者を今日から邪魔者にする気はない」
治田の陣所では、忠治が先に話を聞いた。こちらからは賢政にも進軍先を尋ねたが、城を残してもらえるという返答は得られなかった。
それでも、問答を終える頃には腹が決まった。両城で見た顔を思い浮かべる。あの者たちへ戦支度を解かせる命令なら、まだ出せる。
「田切は従います」
頭を下げると、帯に挟んでいた書状が膝へ触れた。顔を上げる前から、城へ戻ったら何を話すか考え始めていた。
* * *
多湖の家――多湖大蔵介
上笠田から戻ると、座敷に置いていた橘の書状が開かれていた。留守を預かった者たちは、城と土地を差し出す条件のところへ指を置いている。こちらが帰ってくるまで、同じ箇所を読み返していたようだった。
上笠田へは、下笠田だけで勝手に答えを決めるつもりはないと伝えてきた。だが、揃って抗う約束をしたわけではない。そこを曖昧にしておけば、こちらが交渉している間に向こうが兵を出すおそれがある。
結局、橘との話が済むまでは動かず、こちらから知らせを出すことで折り合った。すぐに返事を持ち帰れるとは請け合っていない。それでも、返答を待つ相手が城内だけではなくなった。
まだ城にいた新九郎を呼び、上笠田へも話をしたと告げた。新九郎はその場で先方の返答を求めたが、そこまで代わって答えるわけにはいかぬ。
「上笠田からは、別に返事を出させる。同じ陣へ持っていかせてよいのか」
「十兵衛様のおられるところへ、お出しいただければ」
「下笠田が従ったから上笠田も同じ、と扱われては困る」
「では、それぞれのお返事をお待ちいたします」
新九郎が立ち去ると、家中の者が膝の前へ別の書付を置いた。城内の役目と、それに付く者の名が並んでいる。これを持って行き、今までどおり働けるよう頼んでほしいということだった。
名を辿るうちに、指が止まった。ここにいる者なら、紙に書かれていない事情も分かる。腕はよくても口の悪い者、病で休みがちな者、長く仕えているため外しにくい者もいる。
橘へ渡したところで、それまでの働きまで伝わるわけではない。そもそも、今の役目をそのまま残すと言ってもらえるのか。
「これを先方へ渡すのは、まだ早い」
差し出した者は、すぐには紙を引かなかった。しばらく待っていると、ようやく自分の膝へ戻して畳む。その隣では、別の者が少し肩の力を抜いていた。今までの役目が残ればよいと思う者ばかりでもないらしい。
橘に従った後も、家臣たちが今までの役目を続けられるかは分からない。先方へ確かめる前に、何も変わらぬと約束するわけにはいかなかった。
「家中の者を見捨てに行くのではない。ただ、戻ってから果たせぬことを、ここで請け合うわけにはいかぬ」
それ以上の返答は待たず、書状を懐へ収めた。何を言えば安心するかは分かる。だが、安心させるためだけに、口にしてよいことでもなかった。
出立前に蔵へ寄ると、戸口には荷を包む布が出されていた。運べる物だけでも逃がしておこうとしたのだろう。手を付けるなと命じたが、畳まれた布を見ていると、そうしたくなる気持ちまで責める気にはなれなかった。
多湖の家は、北畠へ従ってもこの地で続いてきた。新たな相手へ頭を下げること自体が初めてなのではない。だが、今度は毎年受け取る米まで手放せという。家名を残せば、それに付いて暮らす者も食べていけるのか。そこを聞かずに帰るわけにはいかなかった。
治田へ向かう供は、いつもの道中より口数が少ない。陣から戻れぬことを案じているのか、その後の暮らしを考えているのかは尋ねなかった。こちらにも、途中で安心させてやれる話はない。
陣所では忠治が条件を説明した。城を離れ、橘の下で働いている者が目の前にいる。千種へ戻って抗った後、どうして今ここへ座っていられるのか。書状の文言より、そのことを本人の口から聞きたかった。
尋ねると、忠治は以前の支配を失ったことも隠さず答えた。家中へ持ち帰る話としては、喜ばれることばかりではない。それでも、役目を与えられている本人が言うのなら、降らせるための口約束だけではなかった。
賢政へ頭を下げた後、上笠田にも同じ返答の用意があると伝えた。どこまで話していたのか尋ねられたが、細かく説明はしなかった。まだ届いていない返事まで、代わって差し出す気はない。
陣所を出ると、連れてきた供を呼び寄せた。
「上笠田へ行け。城を失った後にも、多湖として仕える道はあると伝えよ。向こうの返事は、向こうから出してもらう」
供が馬を引いて走り出した。見送ってから、城内の役目を書いた紙のことを思い出す。戻ったら、まずあれを広げねばならない。今まで何をしてきたのか、名を並べるだけでなく、一人ずつ確かめる必要があった。
* * *
上木の返答――片山範者
白瀬から戻った使いが、吉綱はすでに城を出たと報せてきた。橘の陣へ向かったという。出迎えた者が私の顔を見てから廊下へ下がり、ほどなく庭で馬の支度が始まった。
まだ出るとは命じていない。戸口まで進み、鞍を運んでいた者を止めた。
「使いは全部戻っておらぬ。馬は繋いでおけ」
近藤が先に行くことは、意外でもなかった。治田の話になるたび、不満を隠そうともしない男だ。橘の兵が来た今を逃せば、次の機会などないと考えたのだろう。
それだけなら、片山まで急ぐ理由にはならぬ。ところが、向平へ行かせた者も、佐兵衛は治田へ発ったと言って戻った。会った時には城をどうするか決めていなかったのに、こちらへ知らせる間も惜しんだらしい。
昨日の話を思い返すと、腹が立った。皆で返事を揃えれば、城を残す条件くらいは求められたはずだ。一人が先に受け入れれば、後から行く者にも同じ条件が突き付けられる。
もっとも、佐兵衛は待つと約束したわけではない。こちらが話したことを聞いていただけだ。それを思い出して、膝の上で握った手を解いた。
家中へ諸家の返事を待つと告げたのは私だった。今になって二人が出たから追い掛けると言えば、何を待っていたのかということになる。せめて多湖の答えまで聞けば、員弁の情勢を確かめた上での判断だと言えた。
「下笠田へ出した者が帰ったら、食事中でも構わぬ。すぐ通せ」
橘の書状にある期限は読んでいる。読んだ上で、治田を囲もうとしている相手が、わざわざ上木にまで敵を増やすとは思えなかった。こちらは治田へ加勢しておらぬ。その分くらいは、向こうも考えるだろう。
片山の家には、以前から幕府との繋がりがある。近隣と争えば、城の外にも働き掛ける先があった。兵を向けられたからといって、ただ門を閉じて勝敗を待つだけではない。
今回も、返書を重ねる余地はあると思っていた。しかし、机の上の紙には、まだ一文字も書いていない。城を残せと求めるなら、代わりに何を申し出るのか。
治田を攻める兵を出すと書けば、橘の返答が届く前から山城守の敵になる。そこまで決めてしまうのは早い。そう考えて筆を置くと、また他家の報せを待つことになった。
夕方、門前へ出ると、供にするつもりの者たちが庭へ揃っていた。衣服まで整え、こちらが出てくると馬を引き寄せる。今度は止めず、その手から手綱を受け取った。
まだ行ける。鐙へ足を掛けようとしたところで、下笠田の使いが戻っていないことを思い出した。多湖だけが治田へ付くとしたら、道中でそれを知ることになる。
陣へ着いてから、三家が揃ってはいないと分かるのも面白くなかった。ここまで待ったのだから、最後の返答を聞いてからでよい。足を下ろすと、馬を押さえていた者がこちらを見た。
「荷を下ろせ。今日は出ぬ」
手綱を返しても、その者はすぐには動かなかった。聞こえなかったわけではない。もう一度命じる代わりに座敷へ戻ると、庭で鞍を外す音がした。
多湖も橘へ従ったという知らせが入ったのは、日が沈んでからだった。これで治田の周りには、こちらが兵を出さずとも橘に従う家が並ぶ。今から山城守へ加わると申し出ても、ここまで何をしていたと責められる方が先だろう。
ようやく明朝の出立を命じた。家中の者は賛否を述べず、支度へ散っていく。夕方まで庭にいた者も、使いに詳しい事情を尋ねなかった。
私が決めるのを待つことに疲れたようにも見えた。今まで待った理由を説明しかけたが、やめた。誰も求めていないことを、こちらから長々と話す気にはなれなかった。
夜のうちに、橘へ告げる言葉を考えた。遅れた詫びから始めれば、初めから落ち度を認めることになる。上木を預かる身として、軽々しく決められなかったと話せばよい。
三家の去就を確かめたことも、隠す必要はあるまい。従うと決めたからこそ、自分で出向くのだ。城を渡すという返答まで持って来た者を、追い返すはずがない。
翌朝、治田の陣へ入ると、武器を預けるよう求められた。刀を渡して案内に続き、陣所の入口で衣の裾を直す。忠治の奥に座る賢政は、こちらが入る間も黙っていた。
挨拶を済ませ、座へ着いた。顔を上げてからも向こうが何も言わないので、まずは落ち着いて話そうと、用意してきた言葉を口にした。
「近藤、田切、多湖は、すでに従ったそうですな」




