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近江の山奥から始める近代国家建設 〜転生田舎領主は戦国そのものを終わらせたい〜  作者: 近江もののふ
第三章 北伊勢戦役

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第77話 江野城と論功行賞

 天文二十四年《てんぶんにじゅうよねん》(1555年)、三月。

 伊勢国(いせのくに)、三重郡(みえぐん)、江野(えの)、江野城。


 江野城は、兵を置いて守れるところまで仕上がった。二の丸では人足が土塁(どるい)の肩へ土を入れて踏み固め、大手(おおて)では大工が門扉(もんぴ)の金具を合わせている。斜面には切り株が残り、盛り土も赤茶けた地肌を晒しているが、去年、縄を張って杭を打っていた場所には兵が行き交い、三の丸の蔵へ米や武具を運び込んでいた。


 麓(ふもと)の屋敷も整い、綾たちを迎える支度が済んだ。その数日後、朝霧から来た頼政(よりまさ)は、鳥居口(とりいぐち)で馬を降りるなり山を見上げた。

「随分、剥いたな」

「残すと邪魔になる木から切りました」

「去年とは見違えたな。上まで行くぞ」


 頼政が先に歩き出し、春(はる)は初音(はつね)を連れて麓の屋敷へ向かった。綾(あや)は城も見るつもりで、裾をまとめて俺の後ろへ続く。その横では、綾付きの侍女が早くも眉を寄せていた。

「奥方様。御屋敷も御覧になるのでしたら、坂の途中で一度お休みください。朝霧の裏山とは違います」

「分かっています」

「分かっておられても歩き続けるから、申し上げております」


 綾が俺へ助けを求めた。

「十兵衛様からも何か仰ってください」

「俺に振るな。そこまで言われる覚えがあるなら休め」

「十兵衛様まで」


 先を行く頼政が、振り返らずに口を挟んだ。

「その女が付いておれば、十兵衛より役に立ちそうだな」


 大手へ入ると、去年歩いた山道は盛り土で塞がれ、その脇に新しい坂が開かれていた。踏み込んだ足の下で、固まりきっていない赤土が崩れる。道端には皮を剥いだ丸太が積まれ、鋤(すき)や鍬(くわ)を担いだ人足が、その横を列になって下りてきた。すれ違う男たちの脚には、膝近くまで土が付いている。


 上から馬の蹄(ひづめ)と荷縄の軋む音が聞こえた。ところが、音は大手へ近づかず、木立の向こうへ遠ざかっていく。惟丸(これまる)がそちらへ顔を向けると、秀長(ひでなが)が別の道を指した。

「荷を運ぶ馬は、あちらを通ります」


 ちょうど空荷の馬が二頭、木立の間から下ってきた。惟丸は俺たちの歩く坂と、馬の通る道を見比べている。

「こっちへ来た方が近そうなのに」

「馬には、近い道より歩きやすい道の方が早いです」

「……あっちの方が坂も緩いですね」


 荷道は大手より幅があり、曲がりも緩い。その間にも、俺たちの脇を槍を担いだ兵が上っていく。上から駆けてきた使番(つかいばん)は兵の列に入らず、途中で細い道へ折れた。


 頼政が、その姿を目で追った。

「使番まで別か」

「ええ。あちらを通ります」


 三の丸では、兵舎の間に号令と足音が響いていた。土塁の内側に並ぶのは、朝霧でも使っていたかまぼこ兵舎(かまぼこへいしゃ)だ。柱の間隔も屋根の高さも揃い、端では新しい一棟の骨組みが立っている。その脇には、同じ長さに切った材木が積まれていた。


 軒下で洗った着物が風に揺れ、戸口には脱いだ草鞋(わらじ)が並んでいる。一棟から槍を持った兵が出てくると、広場へ着くまでにそれぞれの分隊へ分かれていった。惟丸が開いた戸口へ近づきかけ、秀長に袖を掴まれた。

「中で寝ている方がおります」

「あ……また今度にします」


 惟丸は声を落とし、戸口から離れた。頼政が二人の歩調に合わせて足を緩める。

「小一郎、随分それらしくなったな」

「惟丸様は、気になったものがあるとすぐ近寄られます。見ていないと危ないので」

「十兵衛の時も、弦十郎が苦労しておったな」

「父上、その話は今しなくてもいいでしょう」


 兵舎の先では米俵の運び込みが続いていた。別の蔵には矢束(やたば)や替えの槍が並ぶものの、奥にはまだ何も置かれていない板敷きが見える。今は空いていても、そのうち埋まる。兵を増やしてから蔵を建て始めるより、このくらい余っている方がいい。


 二の丸へ上がると、井戸の周りで一益(かずます)が兵二人と話していた。一人が木札に刻んだ印を示している。

「汲み上げた数は、昨日のこの時刻より十八回多うございます」

「朝から人足にも使わせた分か」

「左様です」

「なら、夕刻にも水位を確かめろ。戻りが悪ければ、明日は人足に下の水場を使わせる」


 一益は俺たちに気づくと、木札を兵へ返して釣瓶(つるべ)を引いた。去年、二つ目に掘った井戸だ。秋には底から水が滲むだけだったが、今では井戸枠が組まれ、日に何度も桶が下りている。


 一益が汲み上げた水を柄杓(ひしゃく)に取り、頼政へ差し出した。

「今朝から人足にも使わせておりますが、今のところ水は戻っております」


 頼政は一口飲み、柄杓の中へ目を落とした。

「味も悪くない」


 兵の持つ木札には、汲み上げた回数と、確かめた水位が刻まれている。籠城(ろうじょう)となれば、使う量はもっと増える。普請の人足もいる今のうちに、どこまで汲み続けられるか確かめておきたい。


 本丸まで上がると風が強まった。中央の城館にはまだ畳を運び込んでおり、縁側には鉋屑(かんなくず)が残っている。その脇に建つ兵の詰所や武具蔵を通り過ぎ、綾は土塁際から麓を見下ろした。木立の間に、新しい屋敷の屋根が幾つも覗いている。


 綾は麓の屋敷を指し、俺へ尋ねた。

「あちらへ毎日戻るのですね」

「そうなる。評定も普段は下だ」

「安心しました。十兵衛様なら、城主だから山で暮らすと言い出しかねません」

「普段の仕事まで、毎日ここへ持って上がる気はない」

「それなら結構です」


 隣の侍女まで満足そうに頷いた。俺への信用が妙な方向で低い。


 * * *


 山を下り、表門から新しい屋敷へ入った。朝霧なら、門をくぐった者の顔がすぐに分かる。ここでは番所(ばんしょ)の前で千種からの使番が馬を降り、その供が止められている横を、人足が俵を担いで蔵へ向かっていた。使番の書付は書役(しょやく)へ渡され、表の建物へ運ばれていく。その反対側では、別の使番が馬へ飛び乗り、門を出ていった。


 庭の向こうでは、書役二人が一枚の書付を挟んで立ち止まっていた。そこへ秀吉(ひでよし)が来て、二人の手元を覗き込む。

「家の場所はもう決まっているんだろ。なら、先に地方(じかた)へ渡せ。人別の帳面は後で合わせればいい」

「ですが、戸口方(ここうかた)の方が」

「そっちはわしが話す。寝る場所まで帳面待ちにする必要はない」


 二人が別々の建物へ向かうのを見届け、秀吉はこちらへ来た。

「十兵衛様。今朝から手続きの順を変えております。三郎左衛門(さぶろうざえもん)殿にも話は通しました。最初は渋い顔をされましたが、昨日待たされた家の者に会っていただいたら、納得されました」


 頼政が横から口を挟む。

「三郎左衛門も、目の前に連れてこられては断りにくかろう」

「帳面だけで話すより、その方が伝わりますので」


 廊下の先では、もう別の書役が書付を手に秀吉を待っていた。秀吉はそちらに気づくと、俺たちへ一礼して歩いていく。俺たちも奥へ進むと、産業方(さんぎょうかた)の前で、おせんが届いた布を分けていた。


 厚手の布と、女衆(おんなしゅう)へ縫わせる薄手の布。その間に書役が帳面を広げている。おせんは、それぞれの山を示した。

「届いたら、軍用へ何反、こちらへ何反と、分けて書いてください」

「勘定方では、一口で買い付けることになっています」

「買う時は一緒で構いません。使う分まで一緒にしておいたら、足りなくなった時に、どちらで使ったのか分からないでしょう」


 おせんは薄手の布を取り分け、書役へ数を確かめさせた。

「江野の女衆へ教える分は、まずこれだけ要ります。朝霧から二人出しますから、その間にこちらで覚えてもらいます」


 俺に気づくと、一度頭を下げてから布へ手を添えた。

「十兵衛様。人は足ります。この布を先にいただけますか」

「勘定方には、女衆へ渡した分として別に控えさせればいいな」

「はい。それなら、縫い始める支度ができます」


 おせんが書役との話へ戻ると、綾が歩きながら振り返った。

「朝霧にいた時より、おせんのところへ来る人が増えましたね」

「向こうでは顔を見て話せば済んだからな。こっちは書付にも残さないと、誰に布を渡したのか分からなくなる」


 渡り廊下(わたりろうか)を越えると、書役や使番の姿が途切れた。朝霧から届いた長持(ながもち)が廊下の片側に並び、奥では女中が二人掛かりで一つを運んでいる。綾付きの侍女は俺たちの側を離れ、開いている長持から包みを取り出し始めた。


 江野の年嵩(としかさ)の女中が、次の荷を運ぶ女中へ手を振る。その先へ長持を運ぼうとするのを、侍女が呼び止めた。

「そちらは、まだ奥へ入れないでください。奥方様がお使いになる物を先に分けます」

「では、いったんこちらへ。このままでは、次の長持が入りません」


 年嵩の女中が襖(ふすま)を開けた。侍女は部屋の中と長持を見比べてから、荷を運ぶ女中へ道を譲る。

「どこへ置いたか、私にも教えてください。後で奥方様がお探しになります」

「蔵へ入れた分も、日暮れ前に一度お見せします」


 綾も開いた長持の前へ来た。中には衣類のほか、書物や包みにした贈り物が収まっている。

「この衣箱と書物はこちらへ残してください。贈り物は蔵で構いません」


 侍女が、取り分けていた小さな包みを衣箱の上へ載せた。

「こちらも御寝間(おねま)へお持ちします。朝霧でも枕元へ置いておられましたので」

「ええ。それもお願いします」


 年嵩の女中は後ろの二人を呼び、衣箱と書物を運ばせた。残った贈り物は長持に収め直し、蔵へ向かう荷と並べる。その様子を見ていた綾が、奥へ続く廊下を指した。

「夜は、どこまで戸を閉めるのですか」

「こちらの渡り廊下と奥口(おくぐち)です。夜番(よばん)は奥口に二人残しております」


 侍女も奥口の方を確かめた。

「でしたら、今夜は私も一緒に回ります。奥方様のお部屋の近くを、どなたが通るのか覚えておきたいので」

「朝には、開ける戸も一緒に見ていただきましょう」


 綾は、朝霧から来た者にも聞こえるように告げた。

「お願いします。こちらのやり方を覚えてもらいましょう」


 年嵩の女中が次の荷を迎えに動き、侍女も新しい長持の蓋を開けた。少し離れたところには春がいる。綾の差配(さいはい)を見ているが、口は挟まない。


 長持の中を確かめていた侍女が、書付の束を取り出した。

「奥方様。こちらに十兵衛様のお書付が混じっております」


 綾が俺へ向き直る。

「またですか」

「俺が入れた覚えはない」

「朝霧でお探しだった帳面も、同じ長持から出てまいりました」


 言われて思い出した。あれか。俺は侍女から書付を受け取った。

「これは俺が持っていく」


 侍女は長持の底まで確かめ、ほかに書付がないのを見届けて蓋を閉じた。


 * * *


 その日の晩飯は、頼政も春も惟丸も一緒だった。山を歩いた惟丸は腹が減ったらしく、いつもより早く椀を空けたが、城の話はまだ続いている。

「小竹、次は兵舎の中も見よう」

「番の方に聞いてからにしましょう」

「兄上に言えば入れます」

「兄上様がよいと仰っても、寝ている兵を起こしてはなりません」


 惟丸がこちらを向くので、先に答えておいた。

「小一郎の言う通りだ。入っていいかどうか、先に聞け」

「……では、そうします」


 惟丸は椀を置くと、また秀長へ話しかけた。

「小竹は江野に残らないのですか」

「惟丸様が朝霧へ戻られるなら、俺も戻ります」

「なら、私も残ればいいですね」

「それは俺へ決めさせないでください」


 秀長はすぐに春へ目を向け、惟丸もつられてそちらを見た。春は口に入れた飯を飲み込んでから、静かに告げる。

「明日は朝霧へ帰りますよ」

「まだ頼んでいません」

「小一郎がこちらを見た時点で分かります」


 惟丸が恨めしそうに秀長を呼んだ。

「小竹」

「俺に言われましても」


 頼政が声を立てて笑った。

「小一郎は藤吉郎より、逃げ道を作るのが上手いかもしれんな」

「兄者と一緒にされると困ります」


 つられて俺も笑った。惟丸はそれ以上、江野に残るとは言わず、食べかけの膳へ向き直った。膳が下げられる頃には、朝霧へ戻る明日の支度に話が移っている。頼政たちを見送った後も、綾はここに残る。ようやく江野でも、一緒に暮らせるようになる。


 * * *


 翌朝、評定場には家臣たちが居並んでいた。板敷きにはまだ木の匂いが残り、窓から差す光が新しい柱を照らしている。頼政の席は家臣の列から外し、上座(かみざ)の横に設けてあった。橘家の当主は今も頼政だが、江野と伊勢側の差配は俺が任されている。


 入口では勘次が出席者を確かめ、平助は書役から受け取った七通の感状(かんじょう)を順に並べていた。虎松は勘定方から届いた銭の包みを数え、一つだけ位置を入れ替えている。


 俺が近づくと、勘次が顔を上げた。

「十兵衛様、皆そろっています」


 勘次は評定場へ向き直り、声を張った。

「十兵衛様、御出座(ごしゅつざ)」


 中へ入ると、一斉に頭が下がった。席に着いて面を上げさせ、隣に控える継潤(けいじゅん)へ声を掛ける。

「始めてくれ、善祥坊」


 今日は命令を出すだけの評定ではない。これまでの働きを、橘家として正式に賞する。継潤は平助から最初の感状を受け取り、広げた。

「前田又左衛門、前へ」


 利家が進み出ると、継潤は切畑(きりはた)、千種、三嶽寺(さんがくじ)での戦働きを読み上げた。預けた兵を率い、軍命を果たした功も記されている。俺は膝をついた利家へ感状を渡した。

「又左衛門。槍を持って前へ出るだけなら、昔からできた。今は兵を預けても、連れて戻ってこられるようになったな」

「ありがたく頂戴(ちょうだい)いたします」


 虎松が銭の包みを差し出すと、利家の目がそちらへ動いた。俺は並ぶ家臣たちにも聞こえるように続けた。

「感状とは別に、働きに応じた褒賞の銭も出す。家へ持ち帰っても、武具を買っても、酒に使っても構わない。使い道を後から報告させるつもりもない」


 利家は包みを受け取り、手の中で重さを確かめた。

「それなら、槍を新しくできますな」

「今の槍も、まだ使えるだろ」

「折れるまでは使います」

「折ることを目標にするなよ」


 頼政の席から笑いが漏れた。利家が下がる間に、継潤は次の感状を受け取った。

「佐々内蔵助、前へ」


 成政(なりまさ)は真っ直ぐに進み出た。任された持ち場を崩さず、兵を散らすことなく軍勢の動きを支えた功が読み上げられる。俺は感状を手に、その前へ向き直った。

「内蔵助(くらのすけ)。次も同じように頼めるか」

「任せてください」


 成政は感状と銭を受け取ると、一礼して席へ戻った。継潤が三通目を広げる。

「森三左衛門、前へ」


 可成(よしなり)への感状には、一隊の指揮だけでなく、前線を支えながら周囲にも気を配り、軍勢全体の崩れを防いだ働きが記されていた。俺は読み上げが終わるのを待って、感状を差し出した。

「三左衛門(さんざえもん)。次は、さらに多くの兵を預けることになる」

「ならば、今より動かしやすい軍勢にしてみせます」


 頼政も可成の返答を聞いていた。可成が褒賞を受け取って下がると、継潤は四通目へ移った。

「木下藤吉郎、前へ」


 秀吉の功は、使番の差配に見張りの配置、人足と兵糧(ひょうろう)の手配と続いた。聞いているうちに、俺は思わず口を挟んだ。

「藤吉郎。お前、槍を持っていた時間より、人を走らせていた時間の方が長かったんじゃないか」

「わしも今、そう思っておりました」


 家臣の列から、抑えた笑いが漏れた。俺は秀吉へ感状を渡す。

「その分、前の兵が戦えた。受け取れ」

「ありがたく頂戴いたします」


 秀吉は感状を受け、虎松から渡された銭の包みもすぐ懐へ収めた。俺はその手の早さに笑った。

「銭の方は、もう使い道が決まっていそうだな」

「使ってよいと仰ったばかりではございませんか」

「確かにそうだな」


 秀吉が下がると、継潤は次の感状を受け取って、一度こちらを見た。

「今井弦十郎、前へ」


 政基が進み出た。読み上げられたのは、最近の戦だけではない。護衛や使者、兵の指揮をはじめ、長く俺の側に仕え、命じた役目を果たしてきたことが記されている。


 膝をついた政基へ、俺は声を掛けた。

「弦十郎。お前が俺の側へ付いて、もう十年近くになるな」

「はい」

「護衛も使いもやらせた。兵も預けた。俺が余計なことをした時には、父上へそのまま報せた」

「黙っておりましたら、私の役目を果たしたことにはなりません」

「何度かは黙っていてほしかったぞ」


 口元が緩んだまま、感状を差し出した。

「今回だけじゃない。今までの分も含めて受け取ってくれ」


 政基は両手で受け取った。すぐには下がらず、紙面を見つめている。やがて顔を上げた時には、感状を持つ手に僅かに力が入っていた。

「……この先も、十兵衛様のお側におります」

「ああ。頼む」


 政基への授与を終え、継潤が次を呼んだ。

「伴新九郎、前へ」


 今度の読み上げは短かった。俺の直命(じきめい)を受け、長く表へ出せない役目を果たしてきたことだけが記されている。誰を探ったか、どこへ入ったかまで残す必要はない。


 俺が感状を差し出すと、新九郎は手を伸ばす前に顔を上げた。

「我らにまで、感状を下さるのでございますか」

「お前たちの働きだ。俺が死んだら、誰にも分からなくなるままにはしたくない」


 新九郎は感状を受け取ると、しばらく紙面を見つめ、それから深く頭を下げた。継潤は急かさずに待ち、授与が済んだところで最後の一通を広げた。

「滝川久助、前へ」


 一益が進み出た。甲賀(こうか)から朝霧へ来て以来の働きに加え、三嶽寺で一軍の総大将(そうだいしょう)を務め、命じた役目を果たしたことが読み上げられる。俺は感状を渡しながら、その顔を見た。

「久助。帳面も荷も使者も、随分やらせたな」

「次も兵を預けていただけるなら、その方が嬉しゅうございます」

「なら、ちょうどいい。下がるな」


 褒賞を受け取った一益が、その場に留まった。平助は脇に置いていた別の書付を差し出し、俺はそれを受け取って一益へ渡した。

「三百を預ける」

「宿野口(しゅくのぐち)でございますな」

「菰野(こもの)から宿野へ通じる道を調べろ。宿野口を押さえられる場所を定めて、俺へ知らせてくれ」

「水場のほか、荷道と、雨の後に馬が通れるかも確かめてまいります」

「頼む。場所が決まったら付城(つけじろ)を築く。三百が入って、宿野を攻めるまで使えればいい」

「ならば、土塁と柵を先に。小屋も兵を入れるまでには間に合わせます」


 一益は書付を開き、普請の支度へ話を進めた。

「勘定方には、先に銭と道具の用意を求めます。始めてから足りぬと言われても困りますので」

「人足も菰野だけから出させるな。足りない分は江野から出す。それと、菰野のこともお前に預ける。兵だけじゃなく、道の普請や村の用も引き受けろ。必要なら江野の五方に手を借りていい」

「でしたら、江野へ伺いを立てずに決めてよい範囲を、先にお示しください。細かなことまで返事を待たせていては、仕事が滞ります」

「出る前に決める。まずは付城の場所を調べてこい」

「今日のうちに先へ出ます」


 一益は感状と書付を重ねて持ち、席へ戻った。七人への授与が終わり、継潤が控えを閉じる。平助は控えの書付を書役へ返し、虎松は残った銭を勘定方の者と確かめていた。勘次も退出する家臣たちを見送り、最後の一人が出たところで戸を閉めた。


 頼政はそのまま出立の支度に移り、昼を待たず、春や惟丸たちと朝霧へ帰っていった。


 昼前に厩(うまや)へ行くと、一益の一行はもう荷を積んでいた。測り縄(はかりなわ)と杭が束ねられ、馬の鞍へ振り分けられている。一益は二日分の飯を入れた袋を持ち上げ、荷の量を確かめた。

「道を調べるだけで、荷馬まで増やすな。この一袋は下ろせ」


 兵が袋を外すと、一益は空いた場所へ縄をもう一巻き載せた。連れていくのは十人ほどだ。道を知る者のほか、地形や水場、普請に使える木を確かめる者もいる。


 馬に乗る前、一益は積み終えた荷をひと回りし、鍬を一本抜かせた。

「普請はまだせん。それは場所を決めてから持ってこい」


 一益を先頭に、一行が鳥居口を抜けていく。三百の兵はまだ江野に残り、付城を置く場所が決まるのを待つ。

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