第68話 切畑の戦い
天文二十三年(1554年)、正月半ば。
伊勢国、三重郡、切畑、八風街道。
八風峠を越え、伊勢側へ下り切ったところで、俺は隊を止めた。街道はここから田光川に沿って東へ延びている。切畑へ入る道は、その先で北へ分かれていた。川の音が近く、南には斜面と林が迫っている。日の当たらない側にはまだ雪が残り、下ってきた兵の足跡だけが黒く濡れていた。
先に下った頼政の三百は、もう見えない。分かれ道より東の林へ入っているはずだ。
俺は振り返り、可成を呼んだ。利家も馬を寄せてくる。
「三左衛門。百を連れて切畑へ入れ。城から見えるところまで出たら橘の旗を立て、鏑矢を射ろ。畑方が出てきたら一度だけ槍を合わせ、押されたように退いてこい」
可成は街道の先へ目を向けたまま、確かめるように聞いた。
「畑方が出てこなければ、いかがいたしますか」
「無理に城へ寄るな。鏑矢を射っても動かなければ戻れ。その時は城を攻める」
「出てきた場合、深く合わせる必要はございませんか」
「ない。畑方ごときに被害を出す必要はない。槍を合わせたら列を崩さず下がれ。途中で退けば追うな」
可成が振り返って利家を見た。
「又左衛門。騎兵は某の合図で動かす。敵が崩れても勝手に出るな。退く時も同じだ。騎兵だけ先に下がれば、槍兵が取り残される」
「押されたふりくらい、わしにもできるがね」
言ってから、利家は言い直した。
「……某の隊は、三左殿の合図があるまで動かしませぬ」
可成が手を上げると、第二中隊の百が動き出した。槍兵に続いて騎兵が進み、切畑へ向かう道へ消えていく。最後尾まで見えなくなったところで、俺も鉄砲隊を進ませた。
伏せるのは、街道を横切る細い沢の西側だ。左右から林が迫って街道が狭くなり、沢へ下りた者は一度足を止めるしかない。二百を横へ並べるのは無理だが、五十なら置ける。
「弦十郎、内蔵助、久助」
政基、成政、一益が集まった。俺は沢の東を指した。
「弦十郎の五十を一段目、内蔵助の五十を二段目、久助の五十を三段目に置く。撃った隊は下がって装填しろ。その間に次を前へ出す。藤吉郎の分隊を除いた俺の四十は後ろへ残す」
成政が真っ先に聞いた。
「入れ替えの合図は、十兵衛様が出されますか」
「隊ごとに俺が出す。ただし、味方の槍兵が射線へ入った時は合図を待たずに止めろ」
「承知しました。分隊長にもそう言い渡しておきます」
一益は沢の向こうを見ていた。
「玉薬は一人に三十ずつ持たせております。ただ、三段で間を置かずに撃ちますので、三度も重ねれば煙で前が見えなくなるかと」
「見えなければ待て。急いで味方を撃つ方がまずい」
「心得ました。三段目には、煙の下から沢筋だけを狙わせます」
三人が戻ると、分隊長の声が低く飛び始めた。政基たちは五十を二十五ずつ左右へ分け、沢から上がってくる街道へ銃口を向けていく。向かい側の味方へ撃ち込まないよう左右で位置をずらし、何人かは枝を退けて射線を確かめていた。
金船から降り、手綱を政基に渡す。
「四十のところまで下げてくれ。馬上にいれば、この鹿角はどこからでも見える」
政基は手綱を後ろの兵へ回してから、林の奥と街道を見比べた。
「では、十兵衛様は二段目の後ろまでお下がりください。ここでは、沢から上がってきた者と正面で向き合うことになります」
「分かった。そこまでは下がる」
金船が鼻を鳴らしながら林の奥へ引かれていく。黒塗りの具足も鹿角の脇立も、伏せて待つ間は邪魔にしかならない。作兵衛は味方から見つけやすいように作ったと言っていたが、見つけやすいのが味方だけとは限らない。
「藤吉郎」
秀吉がすぐに寄ってきた。
「第二中隊と父上の隊まで、途中に人を置け。命令も報告も走り継がせる」
「十人で足りるかと存じます。第二中隊に四人、殿の隊に四人、残る二人は本部へ置きます。一人が端から端まで走るより、そのぶん早く戻りますので」
「置く場所は任せる。全員を散らすな」
「折り返しの者は必ず残します」
秀吉が自分の分隊を連れて街道へ出て、第二中隊と頼政の隊へ続く道筋に人を置いていった。
林へ戻ると、鉄砲兵はもう伏せ終わっていた。誰も喋らない。田光川の水音と、枝を鳴らす風の音、時折の馬の鼻息だけが残っている。峠から吹き下ろす風が背中に当たり、伏せている兵の指はもう赤い。
しばらくして、後ろの林から新九郎が戻ってきた。
「十兵衛様。畑方が城を出ました。三左衛門殿が橘の旗を立てて鏑矢を射ると、ほどなく門が開き、集めていた兵のうち百五十ほどが出ております。与九郎自身も先頭におります。城には嫡男と三十ほどが残りました」
「父上の隊には」
「気づいておりません。麓を見た番兵が二度ほど城へ駆け込みましたが、そのまま持ち場へ戻されております。人影を村の者と見たのでしょう」
「分かった。新九郎は川へ回れ。崩れれば逃げる者が出る。田光川を渡らせるな」
「承知しました」
新九郎が田光川側の林へ消えた。
正月前から流させた噂は、勝手に膨らんで六角二万が八風を越えるという話になっていた。与九郎が城へ兵を集めたのも、その百五十を丸ごと野へ出したのも、そこまでは読みどおりだ。籠られていれば、柵の外で日数と兵を使うことになっていた。あとは沢まで食いついてくれるかどうかだ。
やがて、東の谷で法螺が一度鳴った。伏せていた兵の肩がわずかに動く。
「動くな。火縄もまだ出すな」
俺が低く言うと、政基が同じ言葉を分隊へ流し、分隊長たちが短く繰り返した。
また静かになる。
次に届いたのは人の声だった。
「槍を出せ! 押し返せ!」
利家だ。声の張り方からして、まだ距離がある。すぐ後から、もっと多くの声が重なった。
「橘が退くぞ!」
「押せ!」
「逃がすな!」
槍と槍がぶつかる音が続いたが、長くはなかった。音は少しずつこちらへ近づいてくる。
街道の東から伝令が駆けてきた。途中の兵へ声を渡し、その兵が次へ走る。最後の一人が本部まで駆け込んだ。
「畑方は百五十ほど! 与九郎の旗を先頭に追っております。第二中隊に損害はなく、列も崩れておりません!」
「そのまま引けと伝えろ」
伝令が来た方へ走り出した。向こうで声が上がってから俺の耳へ届くまでの間が、思ったより短い。一人で往復させるより早いし、途中で息が上がって中身が変わることもない。距離が倍になっても同じように保てるかは、次に試す。
「火縄を出せ。銃口はまだ上げるな」
兵たちが火縄を火挟みに掛け、火先を吹いて確かめていく。火蓋はまだ開けない。
やがて何十人もの草鞋が地面を蹴る音が聞こえ始めた。最初に姿を見せたのは利家だった。馬上で振り返り、後ろへ大声を張り上げている。
「退け! 峠まで戻るぞ! 止まるな!」
その後ろから可成の槍兵が続く。走ってはいるが、前の兵が転ぶことも、後ろから追い越す者もいない。
さらに後ろから旗が現れた。一つ、二つ。その間を埋めるように畑方の兵が続く。
「橘など山奥の小勢だ! 百ばかりならここで潰せ!」
「八風まで追い立てろ!」
馬も見えた。旗持ちと何人かの郎党を従え、先頭近くで声を張っている。
あれが与九郎だろう。
向こうが知っている橘は、まだ山奥で百を出すのがやっとの家らしい。間者の件以来、外へ出す話を絞ってきたのは正解だったな。
可成の百が沢へ入り、そのままこちらへ上がってくる。最後尾まで渡り切ったところで、可成の声が飛んだ。
「左右へ分かれろ!」
槍兵が街道の両側へ割れる。
「又左衛門、馬を林へ入れろ!」
「承知!」
利家の騎兵も林際へ入ると、次々に馬を降りた。
「手綱を預けろ! 槍を持て!」
俺の予備から兵を出し、集めた馬を林の奥へ引かせる。利家たちはそのまま徒歩で街道脇へ散った。
目の前の道が空く。
畑方は止まらない。先頭が沢へ下り、後ろも次々と続いてくる。沢を越えた兵がこちらへ駆け上がった。
俺は右手を上げた。
「一段目、立て」
政基の五十が一斉に立ち、藪から二十五挺ずつの鉄砲が現れた。火蓋を開ける音が、短く重なる。
先頭の畑兵が足を止め、その背中に後ろの男がぶつかる。さらに後ろから押され、沢の中まで人が詰まり始めた。
馬上の与九郎が手綱を引いた。
「止まれ!」
「殿、鉄砲です!」
その時、東から鬨の声が上がった。畑方の後尾が振り返った先で、林の中から頼政の三百が街道へ出てくる。
「橘だ!」
「後ろにもいるぞ!」
「しまった、罠か! 城へ戻るぞ、後ろを押し破れ!」
前は俺たち、後ろは頼政。北は田光川、南は斜面。押し破る先はどこにもない。
だが、その号令は列の後ろまで届いていない。沢の底で先頭が止まったまま、何も知らない後続が次々と下りてくる。
遅い。
俺は右手を振り下ろした。
「撃て!」
五十挺が一斉に火を噴いた。耳を叩く音が山の間へ響き、白煙が街道へ広がる。先頭の兵が崩れ、旗が一本傾いた。
与九郎の馬も前脚から倒れた。馬上の男が道へ投げ出される。
「殿!」
郎党が駆け寄ろうとしたが、後ろから来る兵に押されて動けない。沢の上まで人が詰まっている。
「弦十郎、下がれ! 内蔵助、前へ!」
政基が手を上げると、五十が林の奥へ下がり、成政の五十が代わって前へ出た。入れ替わりに迷う兵はいない。目の前では、与九郎へ向かおうとする者と沢へ戻ろうとする者、それでも前へ進もうとする者がぶつかり合っている。
白煙がまだ濃い。成政は撃たせない。
風が煙を川側へ流し、人影が戻る。
「二段目、構え!」
「撃て!」
二度目の銃声が響いた。畑方の中央で兵が倒れ、沢へ戻ろうとした者まで巻き込んで崩れる。
「内蔵助、下がれ! 久助、前へ!」
成政の五十が引き、一益の五十が前へ出た。頼政の三百はもう沢の東で列を作っている。街道へ戻ろうとした畑兵が、そちらを見て足を止めた。
「久助、撃て!」
三度目の銃声。畑方が耐えきれずに散り始めた。田光川へ向かう者、南の斜面へ逃れようとする者、街道の上で立ち尽くす者が一気に分かれる。
「三左衛門、左右を塞げ! 鉄砲の前には出るな!」
「はっ! 又左衛門、川側を頼む!」
「承知!」
可成の槍兵が南へ動き、利家たちは徒歩で田光川側へ入った。
政基の五十が再び前へ戻ってくる。装填は終わっている。馬を引かせた兵も戻っており、予備を鉄砲隊へ入れる必要はなさそうだ。
「撃て!」
四度目の銃声が響いた。残っていた旗が倒れ、さっきまで響いていた怒号もずいぶん少なくなった。
政基が下がり、成政の五十がまた前へ出る。煙の向こうでは、倒れた者の間にまだ何人か立っていた。槍を持ったまま、こちらへ来るのか逃げるのか分からない。
俺は右手を上げた。
「撃て!」
五度目の銃声。白煙が沢を覆った。
撃たせた直後に分かった。もう必要なかった。
「射撃を止めろ! 火縄を外せ!」
命令が回り、鉄砲兵が銃口を下げる。風に煙が流され、街道が見え始めた。人と馬が倒れ、折れた槍と踏まれた旗が散らばっている。沢の水際にも何人か転がっていた。立っている畑方はいない。
煙の向こうを見極める役を、俺が一人で兼ねていたのがまずい。撃たせる合図を出す者と、止める合図を出す者は分けた方がいい。誰へ持たせるかは、隊ごとに撃った数を出させてからだ。
「三左衛門、生きている者を改めろ。首は取るな。息のある者と遺体を分けろ」
「はっ!」
可成の兵が街道へ入り、倒れている者を一人ずつ確認していく。
「久助、五十をまとめて川へ回れ。新九郎と合流して、逃げた者を確かめろ」
「承知しました。向こう岸へ渡った者がおれば、追いますか」
「深追いはするな。数だけ数えて戻れ」
一益が兵を呼び、田光川へ下っていった。俺の四十は、鉄砲隊の穴を埋めるためには一人も使わずに済んだ。
しばらくすると、南から可成、川側から利家、東からは頼政隊の伝令が戻り、報告が本部へ集まり始めた。最後に成政が来た。
「十兵衛様。畑方は百五十余り。川と斜面へ逃れた者も押さえました。城へ戻った者はおりません」
「こちらは」
「死傷者はおりません。三左殿からも、第二中隊に手負いはないと」
「使った弾と、それぞれの働きを記録へ回せ。撃った数は隊ごとに分けろ」
「承知しました」
一人も欠けていない。初戦としては十分すぎる。
与九郎らしい男は、倒れた馬のすぐ横に転がっていた。最初の一斉射撃で死んだようだ。新九郎が川から戻るのを待って、遺体を検めさせる。
新九郎は横へしゃがみ、顔と具足を確かめた後、近くに倒れていた旗にも目をやった。
「間違いございません。与九郎です」
「見つかった場所と、確認した者を記録へ残せ」
「首はいかがいたします」
「要らない」
首を持ち歩いても戦が終わるわけじゃない。誰が、どこで、何をしたか。残すならそっちだ。
* * *
街道の始末に兵を残し、切畑城へ向かった。城は坂を上がった先にあり、柵の上で人影がいくつか動いている。新九郎の報告どおりなら、残っているのは三十ほどだ。坂の下で兵を止めた。
「藤吉郎。父上に、城の裏へ回っていただきたいと伝えろ。それから使者を立てろ」
秀吉が伝令を走らせ、続けて兵を一人選んで門の下まで行かせた。
「畑与九郎は討った! 野へ出た兵も城へは戻らぬ! 門を開け、武器を捨てよ! 郎党と雑兵は助ける!」
柵の向こうが騒がしくなり、何人かが走る。しばらくして、若い男が郎党を連れて姿を見せた。
「父上が討たれたなら、某がこの城を守る!」
「これ以上戦っても死ぬだけだ! 門を開けよ!」
「開けぬ! 畑の城を橘へ渡せるものか! 攻めたければ攻めてこい!」
坂を下ってきた使者から話を聞き、秀吉が俺のところへ来た。
「郎党の中には迷っている者もおったようです。ただ、門を開ける者は斬ると言い渡しておりますので、内から開くことはありますまい」
仕方ない。
「なら攻める。鉄砲隊を前へ出せ」
近くの木を一本切らせ、枝を払わせて中ほどに縄を回させた。兵が六人で担げる形に整える間に、鉄砲兵を柵へ向けた。
「姿を見せた者だけ撃て。味方が門へ寄ったら、俺が命じるまで撃つな」
「はっ!」
柵の隙間から槍が出る。銃声が響き、すぐに槍が引っ込んだ。別の場所から頭を出した男も身を隠す。
「盾を上げろ! 丸太を門へ運べ!」
兵が盾を並べて坂を上がる。城内から石が落とされ、盾に当たって鈍い音がした。槍も何本か突き出されたが、鉄砲を向けられていては長く身体を晒せない。
丸太が門前まで届いた。
「入れろ!」
掛け声と一緒に丸太が門へ叩きつけられた。扉が大きく揺れる。もう一度。さらに一度。閂が軋んだ。
「もう一度だ!」
丸太が門の中央へぶつかり、木の折れる音がした。扉が内側へ開く。
「三左衛門、入れ」
「はっ! 又左衛門、続け!」
「承知!」
可成の槍兵が門へ入り、利家も後へ続いた。俺は鉄砲兵を止めたまま、少し遅れて城へ入る。庭には、もう武器を捨てた者が集められていた。奥で聞こえていた怒鳴り声も、すぐに止んだ。
可成が屋敷の前から来た。
「十兵衛様。与九郎の嫡男は、奥で腹を切って果てました。ほかの畑一族は捕らえております」
「畑一族は全員処断する。畑の血を引かない郎党と雑兵は助けろ。取り違えるな」
「承知しました。郎党から名と続柄を出させ、村の者にも突き合わせます」
利家も庭の奥から戻った。
「城内はすべて改めました。こちらに死傷者はおりません」
そこへ頼政が門をくぐってくる。
「裏も押さえた。一人も通しておらん」
「城には一個小隊を残します。門と柵を直させ、兵糧と火薬、弾丸を置きます」
「残りまで、この城へ詰めるつもりか」
「いえ。麓の畑屋敷へ入れます。蔵も厩もありますので、そちらの方が動かしやすいと思います」
「そうしろ。田光川と八風街道はどうする」
「見張りを置きます」
頼政は庭を見回してから、俺へ目を戻した。
「村はどうする」
「畑の家は潰しますが、村は潰しません。畑方へ兵を出した家まで潰していけば、切畑に人が残りません」
「まとめる者は」
「今日は決めません。村の中から候補を出させて、それから選びます」
「よかろう」
* * *
畑一族の処断が終わる頃には、日が傾き始めていた。助命した郎党と雑兵は武器を取り上げ、一か所へ集めて番を置いた。扱いを決めるのは後でいい。今は切畑を押さえる方が先だ。
「藤吉郎。八風峠へ伝令を出せ。切畑までの街道は押さえた、荷駄を進めろと伝えろ。上田勢は峠を押さえたままにしろ。近江への道は空けるな」
「上田勢にも、荷駄がいつ峠を下りるか知らせておきます」
秀吉が伝令を選んで走らせた。
俺たちは麓の畑屋敷へ入った。蔵も厩もあり、兵を寝かせる場所も取れる。
「三左衛門。兵へ軍令を徹底させろ」
「承知しました。村へ入る者は、分隊ごとに名を控えさせます」
可成が兵の方へ向かった。
次に蔵を開けさせた。中には米俵が積まれ、塩も残っている。数はまだ数えていない。
村へ出ていた新九郎が戻ってきた。
「十兵衛様。村では米も塩も足りておりません。家によっては今夜の分も少ないようです」
「今年は不作でもなかったはずだ」
「秋のうちに商人へ売った家が多いようです。値が上がっておりましたので。塩はまとまった荷が入らず、残っていた分も畑方が兵を集める前に取り立てたと、村の者が申しております。蔵の中身とはまだ突き合わせておりません」
街道の米を買わせ、塩のまとまった荷を先に押さえさせたのはこちらだ。畑方の蔵を細らせるための仕掛けだったが、村の飯まで薄くしていたらしい。
「なら蔵の米と塩は村へ戻せ。今夜の飯もこちらから出す。足りなければ、峠から下りてくる荷から回せ。数は久助が戻ってから合わせろ」
「承知しました」
畑屋敷の庭へ大釜を運ばせ、兵と村の者へ飯を出させた。酒も少しずつ回させた。こちらの兵糧は八風峠から来る。切畑にある物まで持っていく必要はない。
日が落ちる頃、街道の西から鈴の音が聞こえた。八風峠から来た荷駄だ。先頭の馬が畑屋敷へ入り、その後ろから兵糧、火薬、弾丸が続く。荷車の何台かには、予備の槍も束ねて積まれていた。
城の方からは、まだ槌の音が聞こえていた。壊れた門の前で、新しい閂を削っている。




