第67話 出陣
天文二十三年(1554年)、正月半ば。
近江国、愛智郡、朝霧村、橘屋敷。
廊下を人が行き交い、庭では槍と具足が隊ごとに分けて並べられていた。
鉄砲蔵の戸は開け放したままで、運び出された火縄銃を兵が一本ずつ受け取っては、自分の隊の列へ戻っていく。
年末に国友から最後の五十丁が届いて、これで二百丁。頼んだ時には二年も先の話だったのに、とうとう全部が庭へ出た。
庭の端では、一益が荷駄の脇へ木箱を並べさせていた。蓋を開けさせ、中を覗き、書役へ何か言ってはまた次の箱へ手を掛けている。
俺が寄ると、一益は開けたばかりの箱の縁を指で叩いた。
「玉と火薬は、同じ荷へは載せませぬ」
「足りない物は」
「今のところございませぬ。火縄だけは、各隊へ渡した分とは別に積ませました。足りぬと言い出す隊が、必ず出ますので」
一益は蓋を戻し、次の箱へ手を掛けた。
「峠から先は、某が付いて回します。行きは下るだけにございますが、帰りは登りにございます」
「荷は軽くなるだろう」
「使った分だけ軽くなるつもりで出ますと、後で泣きを見ますな」
新兵四百も年内に集まり切った。古参と同じようには動けない。それでも、村を預けられるところまでは鍛えた。
鉄砲も揃い、留守へ回す兵もいる。これ以上待つ理由はない。
俺の部屋へ戻ると、綾と春が着替えをまとめていた。
綾が畳んだ小袖を包みへ重ね、その一枚を春が抜き取る。
「それほど要りませんよ。十兵衛は、持たせても着替えずに帰ってくることがありますから」
「汚れていても、気になさらないのですか」
「気づかないのです」
二人が同時にこちらを見た。
「気づいてはいる」
綾が手を止めた。
「では、なぜ着替えないのです」
「ほかにすることがあるからだ」
春が小さく息を吐いた。
「それを、気づいていないのと同じと言うのですよ」
綾が笑った。最近は、こういう時に春へ合わせて笑うようになった。
春が抜いた小袖を、そのまま脇へ置くのかと思っていたら、綾は別の包みを開けて中へ入れた。
「増えているぞ」
「いつ頃、お戻りになるのですか」
「切畑を落として、向こうの様子を見てからだな」
「何日ほどでしょう」
「そこまでは分からない。戦だからな」
綾は頷いて、包みの口を閉じた。
「でしたら、これくらいは必要です」
「長居するつもりはないぞ」
「十兵衛様がお決めになれることばかりではないのでしょう」
「……まあ、そうだな」
言い返せない。
「綾の思うようにしてくれ」
「はい」
春は何も言わず、綾が閉じた包みへ紐を回し始めた。
* * *
広間には一同が揃っていた。
床へ広げた絵図の上を、八風街道が近江から伊勢へ伸びている。最初に取るのは切畑城。城主は畑与九郎だ。
「出すのは六百五十。俺の三百、父上の三百、大叔父上の上田勢五十です」
頼政が絵図から顔を上げた。
「残す四百は」
「九村へ分けて、留守の守りに使います」
「年内に入った者が、そっくり残る勘定だな」
「はい。ですから、村を守ること以外はさせません。囲まれたら門を閉じて、隣の村と朝霧へ知らせる。野へ出て戦えとは言いません」
「それで持つのか」
「近江側へ回ってくるとすれば小勢です。それも、こちらが八風を越えてからになります」
古参と入れ替えて連れていくことも考えたが、やめた。一年掛けて動かしてきた隊へ今から新兵を混ぜれば、切畑で一番効かせたいところが鈍る。
留守が手薄になるのは承知の上だ。それでも、九村を空にして八風を越えれば、切畑を取っても近江で失う。
俺の三百は、今まで鍛えてきた大隊そのままだ。三個中隊のうち、第一と第三が鉄砲兵で二百。
残る第二中隊は槍兵で、騎兵はその中の一小隊として置いている。頭数が揃うまでは、騎兵だけで中隊を立てるつもりはない。
「藤吉郎。お前の分隊は本部の伝令を受け持て。俺から各中隊へ出す命令も、向こうから上がる報告も止めるな」
「承知しました。道々、隊と隊の間がどれだけ空くかを測っておきます。列が伸びますと、下りで一番遅れますので」
頼政の三百まで、俺の大隊と同じ形へ組み替えたわけではない。兵は田畑から切り離したが、備えの組み方は今まで通りだ。
政澄、政虎、高晴、重尚、政忠らが、それぞれ兵を預かる。
「父上には先に八風を越えてもらいます。伊勢側へ下りて、決めた場所で待ってください」
「合図までは動くなということだな」
「はい。敵が見えてもです。与九郎に、こちらの数を先に数えさせたくありません」
「分かった」
景近の五十は八風峠まで連れていく。そこから先まで六百五十を全部押し込む必要はない。
峠で荷駄と、近江へ戻る道を預ければいい。
利家が絵図へ身を寄せた。
「騎兵は、どこで使います」
「使える場所は限られる。八風を下りても、騎兵だけで動ける場所は多くない」
「では、下りきるまでは引いてまいります」
「そうしろ。勝手に先へ出ず、三左衛門の指図に従え」
「承知しました」
八風を下りた先の田光は、梅戸治部少輔高実が押さえている。同じ六角方だから攻める理由はないし、こちらから兵を入れるつもりもない。
ただ、街道の脇に兵を抱えた家がある以上、放って通るわけにもいかない。
新九郎が膝を進めた。
「田光は、治部少輔殿に変わりはございませぬ。こちらが田光へ兵を入れぬ限り、向こうも兵は出さぬとのことにございます」
「分かった。田光には入るな。千種と杉谷は」
「今のところ、まとまった兵の動きはございませぬ」
千種と杉谷が動かないなら、今は与九郎の兵だけ数えていればいい。
「荷留は」
「続けております。小口の荷までは止めておりませぬが、兵を抱えて長く籠城できるほどの米や塩は入っておりません」
「米の値は」
「秋から商人に買わせておりますので、上がったままにございます」
「それでいい。兵糧攻めをするつもりはない。籠もっても長くは持たないと思わせれば十分だ」
囲んで飢えるのを待てば、こちらも同じ日数だけ山の上で日を数えることになる。
蔵の底が見えていると分かれば、与九郎は城の中で待たない。
「秋から流させた噂は」
「よく育っております。初めは近江から兵が入るというだけでしたが、今では六角勢二万が八風を越えることになっております」
「二万か」
「年の暮れからは、先に越えるのは橘らしいという話も混ぜました。ただ、六角本隊が後ろに続くと思っている者は、まだ多うございます」
「兵の数は」
「流しておりませぬ。鉄砲のことも同じです」
二万を待っていた相手の前へ出ていくのは、その二万ではない。少ないと侮ってくれるなら、城から出てくる理由になる。
「与九郎は動いたか」
「年の内に、近くの村から兵を集め終えております。切畑にいる者と合わせて百八十ほど」
「城は」
「柵を直し、蔵の米も数え直した由にございます」
備えてくれるなら、その方が都合がいい。こちらを待たずに散られる方が面倒だ。
「新九郎。このまま切畑へ入る荷と、集まってくる兵の数を出し続けろ。城から出た者があれば、その日のうちに八風へ寄越せ」
「かしこまりました」
新九郎が一礼して広間を出ていく。
俺は脇へ置いていた書付を取った。
「最後に、今回から加える軍令がある。まず、敵の首を取ったこと自体は働きとして数えない。首実検も行わない」
利家の眉が動いた。
「敵将の首でも、ですか」
「同じだ」
「では、敵将を討っても褒美は出ないのですか」
「討った働きには出す。首には出さない」
政忠が顔を上げた。
「討ったことは、何をもって示しまする」
「敵を討つなと言っているわけじゃない。命じられた役目の中で討てば、当然記録する。だが、首を切ることにも、持ち帰ることにも意味はない」
「誰を討ったか確かめる要がある時は」
「遺体を見れば済む」
「なるほど」
書付へ目を落とし、一枚めくる。
「勝手に持ち場を離れて敵を追うこと、略奪、首を取るための持ち場放棄、助けられる負傷者を見捨てること。これらは軍令違反にする」
政澄がこちらを見た。
「略奪は前からの決まりだな」
「はい。今回は、破った後の処分まで決めておきます」
何人かの視線が書付へ落ちた。
「それと、降った敵と捕らえた敵の扱いも決める。武器を捨てて降った者は、勝手に殺すな。捕らえた者も同じだ」
高晴が膝へ手を置いた。
「捕らえた者の飯まで、こちらで出すのでございますか」
「出す。水と食事を与え、傷を負っていれば敵味方を問わず手当てする。口を割らせるために痛めつけることも禁じる」
頼政が絵図の上で指を止めた。
「地侍の一族も、村から出た兵も同じか」
「捕らえた後の扱いは同じです。ただし、その後は分けます」
「どう分ける」
「領主の一族と、その血を引かない郎党、村から駆り出された者を一緒にはしません。名と村を確かめ、誰に従って出てきたのかも記録させます」
「なら、書き留める者を先に決めておけ。落とした後で誰も覚えておらぬでは、分けたことにならぬ」
「はい」
城を落とすたびに全員を敵方の一族として扱っていたら切りがない。
戦になれば、槍一本を持たされて出てくる村の男もいる。そいつにまで領主と同じ責を負わせる必要はない。
「ただし、これは原則だ。戦の最中まで、何があっても同じ扱いにしろという意味じゃない」
政虎がこちらを見た。
「例外も認められるのでございますか」
「ああ。戦況によっては、捕らえた者を抱えておけないこともある。降った後にまた敵対する者もいるだろう」
「こちらの兵を危うくしてまで守れとは、仰せられぬと」
「そういうことだ。俺に聞ける状況なら聞け。無理なら、その場を預かる者が決めていい」
「決めた後は、いかがいたします」
「勝手に殺して終わりにはするな。なぜ例外にしたのか、後で必ず報告してもらう」
軍令は戦うためにある。軍令を守るために味方を危険へ放り込んだら、本末転倒だ。
「その上で、一つだけ最初から決めておく」
俺は書付を指で叩いた。
「兵でありながら村人を装い、こちらの検分を抜けて逃げようとした者。民に紛れて敵対行為をしようとした者は死罪とする」
政虎が僅かに眉を寄せた。
「武器を捨てて逃げた者も、でございますか」
「そのまま降るなら助ける。兵だったと名乗り、武器を置けばいい。だが、村人だと偽って紛れ込むのは認めない」
逃げた先でもう一度槍を持たれても困る。
何より、本当の村人と兵の区別がつかなくなれば、こちらも村の者を疑うしかなくなる。
「降れば助ける。それを基本にする。ただ、戦場では状況に合わせて扱いを変える。各隊へは、そこまで含めて伝えてくれ」
俺は書付をめくった。
「もう一つ。働きの改め方も変える。俺の大隊では、分隊長に兵の働きを記録させる。小隊長がまとめ、中隊長が上げろ」
可成が顔を上げた。
「分隊長には、字の書けぬ者もおります」
「今回は小隊長が聞き取って書け。書けないまま置いておくつもりはないが、出陣までには間に合わない」
「承知いたしました」
敵を何人倒したかだけ数えても仕方がない。
俺が欲しいのは、次に誰へ十人、五十人、百人を預けられるか分かる記録だ。
「持ち場を守ったか。隣と合わせて動いたか。弾薬を運んだか。負傷者を後ろへ送ったか」
秀吉が口を挟んだ。
「伝令は、何を残せばよろしいので」
「命令を正しく届けたかどうかだ。届かなかったなら、どこで止まったかも書け」
「承知しました」
頼政が顎を撫でた。
「わしの備えには、分隊も小隊もないぞ」
「兵を預かる者ごとに残してください。見るものを揃えたいんです」
「ふむ」
頼政が絵図の脇へ書付を戻すのを待って、続けた。
「この記録は褒美だけには使わない。役目を上げる時にも使う」
重尚が短く問うた。
「一人多く討った者から上げるのでは、ございませぬのか」
「そうはしない。普段の働きも、素行も、軍令を守れるかも見る。上へ上げる前には読み書き、算用、軍令を理解できるかも改める」
利家が何か言いたそうに口を開きかけた。先に続ける。
「今いる分隊長、小隊長、中隊長も同じだ。戦が終われば、その働きを改める。役目をよく果たした者には、その分の褒美を出す」
「働きが悪ければ、いかがなされます」
「役目から外す。必要なら兵へ戻す」
利家が自分を指した。
「某もですか」
「又左衛門もだ」
「働けば、褒美も出るのですか」
「出す。上にいる者だけ、働いても何もないではおかしいだろう」
「それなら、分かりました」
可成が口の端を押さえている。
「笑っている三左衛門も同じだぞ」
「心得ております」
利家が今度は可成の方へ顎を向けた。俺はそのまま続けた。
「逆もある。今は一兵でも、働きと能力を示せば上げる。分隊長にも、小隊長にも、その先にもだ」
成政が絵図から顔を上げた。
「兵から、そのまま上げられるのでございますか」
「三左衛門たちのように、父上や俺が直に見込んで取り立てることもある。兵の中に同じくらい使える者がいれば、同じように上げる。今どこにいるかで、その先まで決めるつもりはない」
十人を預けるなら、一番槍より先に見るものがある。
自分だけ前へ出る奴より、十人を十人とも動かせる奴へ預けたい。
頼政が俺を見た。
「それで、軍令を破った者は」
「戦の後に評議します。軍規に照らし、指揮官で評議し、評決で処分を決めます。重ければ斬首もあります」
「誰でもか」
「誰でもです。父上でもです」
頼政が少し笑った。
「では、お前は」
「俺が違反した時は、父上に裁いていただきます。ただし、父上だけでは決めないでください。軍規に照らして、一同で評議してください」
親子だから許した、では軍令にならない。逆も同じだ。
頼政はしばらく俺を見ていた。
「よかろう」
俺は書付を畳んだ。
「異論がある者は今言ってくれ。戦場へ出てからでは遅い」
政虎が膝の上で手を組み直し、政忠が絵図の八風街道を指でなぞる。それだけだった。
頼政が一同を見回した。
「各々、預かる兵へ今の通りに伝えておけ。わしの備えも同じ軍令で動く」
「はっ」
絵図が巻かれ、政澄と高晴が先に立って広間を出ていった。
* * *
庭へ出ると、作兵衛が待っていた。足元に具足櫃があり、その横へ長い包みが立てかけてある。
「十兵衛様。出陣祝いに用意しておりました」
「出陣祝い」
「へえ。まずはこちらを」
包みの中から出てきたのは十文字槍だった。
受け取ると、思っていたより重い。だが、嫌な重さではない。構えてみても、穂先だけが前へ落ちる感じがなかった。
「柄を太くしたな」
「十兵衛様には、その方が扱いやすいでしょう。軽い槍ですと、力が勝って穂先が暴れますからな」
試しに一度突き、横へ払う。手の中で柄がぶれない。
「悪くない」
「振り回すための槍ではございませぬぞ」
「分かっている」
「十兵衛様は、分かっていて力でどうにかされますからな」
「……気をつける」
石突を土へ突き立てると、作兵衛は具足櫃の掛け金を外した。
黒塗りの当世具足が一式収まっている。その上に載せた兜を見て、手が止まった。
左右に鹿の角が付いている。見覚えがあった。
「これ、俺が最初に獲った鹿か」
「へえ。傷んだところは落としてあります。重くならぬよう削ってもございます」
「目立つな」
「三百も率いれば、味方から見えぬ方が困りましょう」
確かにそうだ。敵からも見えるが。
「帰ったら、使いにくかったところを教えてくだされ。直します」
「ああ」
出陣祝いなのに、渡す前から帰った後の修理まで数に入っている。
* * *
翌未明。屋敷前から小椋道まで、兵と荷駄の列が伸びていた。
松明の火が点々と続き、白い息が列の上へ流れていく。
兵舎では出る前に熱い汁を飲ませてある。腰には握り飯も持たせた。腹が減ったまま山を登らせても、強くなるわけじゃない。
俺は作兵衛の黒い具足を着け、鹿角の兜を被った。
屋敷前へ集まった一同へ、女中が酒を注いだ土器を配っていく。
頼政が土器を手にした。
「これより八風を越える。各々、預かった兵をよく見よ。勝手な働きは要らぬ。役目を果たし、連れて帰れ」
「はっ」
俺も土器を口へ運び、冷たい酒を飲み干した。
頼政が土器を地面へ落とす。俺たちも続いた。乾いた音を立てて、一同の土器が砕ける。
それぞれが自分の兵のところへ戻っていく。
春が頼政の前に立った。
「殿。手当ての布は、荷駄ではなく懐へ入れておいてくださいませ」
「うむ」
「留守はお預かりします」
少し離れて、惟丸と小竹が並んでいた。初音は女中に抱かれている。
惟丸が列の方へ一歩出かけたところを、小竹が袖を掴んで止めた。
「まだ動きます。近づくと危のうございます」
「兄上。帰ったら、伊勢のお話を聞かせてください」
「ああ」
「約束です」
「分かった。小竹、惟丸を頼む」
「お預かりします」
綾が小さな包みを持ってきた。
「十兵衛様。こちらを」
「何だ」
「乾いた布と、替えの紐です。荷駄ではなく、すぐ手の届くところへお持ちください」
「分かった」
綾が鹿角を見上げた。
「これなら、遠くからでも十兵衛様だと分かりますね」
「敵にもな」
「では、あまり前へ出すぎないでください」
「分かった」
「本当にお願いいたします」
「ああ」
綾は少し間を置いた。
「お戻りになった時には、湯と食事を用意しておきます」
「いつになるか分からんぞ」
「いつお戻りになってもよいよう、支度をしておきます」
「では、頼む」
綾が頭を下げる。
「御無事で」
「戻るつもりで行く」
馬屋の前では、木曾の馬飼が金船の前脚を持ち上げて蹄を覗いていた。
俺を見ると脚を下ろし、立ち上がる。
「十兵衛様。脚も蹄も問題ねえずら」
「峠は越えられるか」
「越えられますで。ただ、登りで焦らせると、下りで脚が残らんでな。無理に急がせんでもらいてえ」
「分かった」
「帰ってきたら、また見ますでな」
「ああ。頼む」
金船へ乗る。具足の重みで普段と違うはずだが、金船は耳を一度動かしただけだった。
松明を持った兵が動き出す。俺たちも朝霧を出た。
* * *
日が傾く頃、八風谷へ入った。
谷の底へ荷駄を寄せ、火を焚かせる。この日はここまでだ。
夜半を過ぎてから、成政の小隊にいる八風出身の兵を十人、先へ出した。八風の道は、この山で暮らしていた者に見てもらう方が早い。
空が白み始める前に、十人が戻ってきた。
先頭の男が俺の前で足を止め、敬礼する。
「大隊長殿。峠まで異常ありません。崩れたところもなく、馬も荷駄も通せます」
「伏せられそうな場所は」
「一つずつ回りましたが、人はおりませんでした。伊勢側にも敵影はありません」
「分かった。内蔵助のところへ戻れ」
「はっ」
十人が成政の列へ戻っていく。
俺は頼政の方を向いた。
「父上。お願いします」
「うむ」
頼政の三百が先に動いた。松明が一つずつ山道へ消えていく。
俺たちは少し間を置いた。
やがて俺の大隊も列を整えた。鉄砲兵二百。その後ろに、可成が率いる槍兵と騎兵の百。さらに上田勢と荷駄が続く。
金船の手綱を取る。
「進め」
先頭の兵が山道へ入った。その後ろへ列が続く。
凍った土を踏む音が谷の奥へ伸びていき、金船も八風峠への登りへ踏み込んだ。




