第61話 二百丁の火縄銃
天文二十一年(1552年)、夏。
近江国、愛智郡、朝霧村、橘屋敷近くの空き地。
堺から持ち帰った三丁の火縄銃は、朝霧でも何度か火を入れていた。
空き地の端には土を盛り、その手前へ板の的を立ててある。外れた弾がそのまま奥へ抜けないようにするためだ。
作兵衛は船の上で決めた通り、三丁の中で一番素直に動く一丁から開いた。外せるところまで外して部品の形や組み方を確かめ、その後は、堺で撃った時に火挟みの動きが渋かった与左衛門の銃も開いて、擦れていたところを調整してある。
二丁は久助と与左衛門へ戻し、最初に開いた一丁も元通りに組み直した。今日はその三丁をもう一度撃ち、作兵衛が手を入れた箇所の具合まで確かめる。
弦十郎が空き地の周囲から人を下がらせる間に、作兵衛は道具箱を地面へ置いた。最初に撃つ与左衛門は、玉薬と弾を込めてカルカで突き、火皿へ口薬を入れる。火蓋を閉じて火縄を掛けると、足を開いて的へ向き直った。
堺では構えた時に銃口が下がり、弾を的の下へ外した。
「急ぐな」
「今度は外しませぬ」
そう返した与左衛門は台尻を右の頬へ当て、右肘を外へ張るように構えて火蓋を開いた。狙いを付けて引金を引く。
白い煙が噴き、腹へ響く銃声が山肌から返ってきた。板の右端から木片が弾け飛ぶ。
「今度は板には当たったな。右へ寄りすぎているが、堺の時よりはいい」
「次はもう少し中央へ寄せます」
与左衛門は火縄を外すと、銃口を人へ向けないよう持ち替えて作兵衛へ渡した。作兵衛は火挟みを何度か動かし、磨いた箇所の具合を確かめる。
「擦れていたところは、これでよさそうです。今のところ引っ掛かりも出ておりませぬ」
「何発か撃った後でもう一度見てくれ」
「へえ」
作兵衛が銃を脇へ置くと、今度は久助が自分の一丁を手に取った。装填を済ませて一度構えたが、すぐに銃口を下げて足の位置を直す。改めて狙いを付けて撃つと、弾は板の中央から僅かに外れたところへ食い込んだ。
久助は撃ち終えると火縄を外し、銃を作兵衛へ渡した。
「兵へ持たせるなら、込める順と火薬の量は先に決めておいた方がよろしいでしょう。各々が勝手に扱えば、隣の兵まで巻き込みかねませぬ」
「まず俺たちで手順を決める。兵へ教えるのはそれからだ」
「その方がよろしいでしょう」
作兵衛は久助の銃を脇へ置き、先に分解して組み直してあった一丁を俺へ差し出した。俺はそれを受け取り、台尻を右の頬へ当て、右肘を外へ張るようにして的へ向ける。火蓋を開き、狙いを定めて引金を引くと、火縄が火皿へ落ち、僅かな間を置いて腹の底へ響く音がした。板の左寄りへ穴が開く。
焼けた火薬の匂いが鼻を突き、白い煙が的の前へ漂う。三丁を続けて撃っただけでも、構えた時の重さや火挟みの落ち方には僅かな違いがあった。
三丁なら、それぞれの癖を覚えれば済む。だが、これを兵へ持たせる数まで増やすなら、何もかもばらばらというわけにはいかない。少なくとも、どの銃にも同じ弾を使えるようにしておきたい。
火縄を外して作兵衛へ渡すと、作兵衛は脇の二丁と一緒に三丁を並べた。一番素直に動いた銃と、調整した与左衛門の銃を交互に確かめ、火挟みを動かしてから台木へ手を移す。
「擦れていたところは直せました。台木や火挟み、火蓋の金具も、前に申した通り朝霧で手を付けられましょう」
銃身については、堺で聞いた時と答えは変わらなかった。形を見ても、どう鍛えれば撃って破れない筒になるのかまでは分からない。朝霧で一から試行錯誤するより、国友から買いながら技を覚えさせた方がいい。
次に決めるのは、どこまで数を増やすかだ。三丁を試しただけで終わらせるつもりはない。
今いる兵の中から、まず二百人に鉄砲を持たせる。それなら必要なのは二百丁だ。
一度に二百丁は無理でも、まず五十丁を買う。残りは五十丁ずつに分けて納めてもらえるよう国友と交渉する。
俺は並んだ三丁を見下ろした。
「国友へ行く。まず五十丁を買う。残る百五十丁も頼む。半年ごとに五十丁ずつ納めてもらって、全部で二百丁にする」
作兵衛は、最初に分解した一丁を箱へ戻しかけて手を止めた。
「国友へ持っていくなら、向こうでもすぐ開けられるようにしておきます」
「頼む。作兵衛も来い」
「へえ」
その日のうちに、俺は頼政へ話を通した。
二百丁と聞いた頼政は、最初の五十丁と、残る百五十丁を半年ごとに納めさせるところまで聞くと、指を三本折った。
「銭は三度に分けて払えるとしても、鉄砲だけ揃えて終わりではないぞ。二百丁を撃たせるなら、火薬も弾もそれだけ要る」
「そちらも並行して揃えます。国友からは、職人を一人、三年間朝霧へ出してもらうつもりです」
「大口の注文だけならともかく、技まで外へ出せと言って応じるか」
その辺りは、国友へただ頼み込むだけでは弱い。
「二百丁は国友へ頼みます。その上で、持ち帰った南蛮銃も見せます」
欲しいのは、最初から銃身まで造る技じゃない。まずは朝霧で直せる物、造れる物を増やしていけばいい。
「銃身の鍛え方を何もかも教えろとは言いません。修理と、台木や火挟みのような部品作りから覚えさせます。銃身は当面、国友から買います」
頼政はそこまで聞いてから、別の可能性を出した。
「断られた時は」
「最初の五十丁は買います。残る百五十丁も注文する。職人を出してもらえなくても、作兵衛たちには直せるところから覚えさせます」
「二百丁も頼めば、観音寺の耳にも入るぞ」
「隠し切れる数ではありません」
頼政が気にしているのは、鉄砲を買うことそのものより、その先だった。
「なら、知られることは承知の上で動け。ただし、朝霧で何を造れるようにするかまで余所へ知らせる必要はない」
そこで話は支払いへ移った。
「久助に、今の仕事を止めずに払えるか見通しを出させろ。それで問題がなければ認める。国友へ行く時は弦十郎も連れていけ」
「分かりました。久助と詰めます」
* * *
久助が支払いの見通しをまとめ、頼政の了承を得た数日後、俺は弦十郎を護衛に、久助と作兵衛を連れて国友へ向かった。
朝霧を出て、湖東を北へ進んだ。国友の里へ近づくにつれて、鉄を打つ音があちこちから聞こえるようになる。道沿いには鍛冶の仕事場が並び、開け放した戸口の奥では炉の火が赤く見えた。煙と煤の匂いの中を進み、やがて国友善兵衛の仕事場へ入った。
挨拶を終えると、俺は持参した箱を開けた。包んでいた布を解き、南蛮渡りの火縄銃を作業台へ載せる。
善兵衛はすぐ作業台へ寄った。
「南蛮渡りですな。拝見してもよろしいでしょうか」
「ああ。そのために持ってきた」
善兵衛は銃を手に取り、台木から銃口まで目を走らせた。火蓋を開き、火挟みも何度か動かしていく。
「国友が鉄砲を作り始めた頃にも、見本となった南蛮銃がございました。これは、あの頃に見た物とは少し違いますな」
「堺にいたポルトガル商人から買った。近頃造られた物を出させた」
「なるほど。台木の形も、火挟みの動きも整っております」
隣にいた作兵衛も銃身へ顔を寄せる。
「この銃身も、国友の物と同じように繋いであるのでしょうか」
「外してみなければ申せませぬ。ただ、調べれば得るものはありそうです」
善兵衛は銃を作業台へ戻した。
「これを見せるためだけに国友へ来られたわけではございますまい」
「火縄銃を二百丁買いたい」
善兵衛の手が止まった。
「二百丁、でございますか」
「まず五十丁を買う。残る百五十丁は半年ごとに五十丁ずつ。二年後の正月までに揃えたい」
「二百丁とも、この南蛮銃を写した物でございますか」
「いや、国友で今造っている物でいい。ただ、口径は揃えてほしい。同じ弾型で作った弾なら、どの銃でも使えるようにしてくれ。火挟みや火蓋も、出来る限り形を揃えてほしい」
善兵衛はしばらく考えてから、首を横へ振った。
「半年に五十丁となれば、わしのところだけでは出来ませぬ」
「国友全体なら」
「それなら出来ましょう。ただし、一軒へ五十丁を任せるやり方にはなりませぬ。銃身、台木、火挟みや火蓋のからくりを、それぞれ得手の者へ分け、最後に合わせます」
「作る者が違っても、同じ弾を使えるようには出来るか」
「最初に玉目と口径を決め、同じ見本を渡します。出来上がった物はこちらへ集め、玉の通りを改めてから五十丁ずつお渡ししましょう。ただ、金具まで一つ残らず付け替えられるほど同じ物には出来ませぬ」
「そこまでは求めない。銃ごとに弾を分けずに済めば十分だ」
「ならば出来ます」
善兵衛は作業台の上へ紙を引き寄せた。
「二百丁ともなれば、誰に何を任せたか、こちらでも控えておかねば収まりませぬ」
「その控えは、納める五十丁ごとに見せていただきたい」
久助が横から口を挟む。
「不具合が出た時、誰がどこを作った物か追えるようにしておきたいのです」
「承知しました。渡す五十丁と控えが合うようにしておきましょう」
久助は用意してきた注文の紙を善兵衛へ渡した。
「最初の五十丁は、今日いただけますか」
「今ある物を集めれば揃えられます」
「では、その五十丁はここで支払います。残る百五十丁は、五十丁納めていただくごとに支払います」
「承知しました」
紙へ目を通した善兵衛が、それを作業台の脇へ置いた。
俺はもう一つの用件を切り出した。
「職人を一人、三年間朝霧へ出してほしい」
善兵衛はすぐには答えなかった。
「国友の技を、外へ出せと申されますか」
「最初から銃身を造らせるつもりはない。まず修理と、台木や火挟み、火蓋の作り方を覚えさせたい。銃身は当面、国友から買う」
「その先は」
「いずれは朝霧でも一丁造る」
俺は作業台の上の南蛮銃を善兵衛の前へ押した。
「派遣した職人には、朝霧でこれを好きなだけ見せる。外して調べても構わない」
善兵衛は返事をせず、南蛮銃をもう一度手に取った。火挟みを動かし、銃身まで確かめてから奥へ声を掛ける。
「一人、心当たりがございます」
しばらくして入ってきたのは、袖や腕に煤を付けた男だった。
「喜平と申します」
善兵衛は説明より先に、南蛮銃を喜平へ渡した。
「三年、朝霧へ行け」
「三年でございますか」
「橘殿が二百丁を買われる。その間、修理と仕立てを教える」
喜平はすぐには返事をせず、受け取った銃の火蓋を開いた。火挟みを動かし、銃身と台木の留め方まで確かめていく。
「朝霧では、これを外して調べても構いませぬか」
「ああ。国友の銃との違いも見てほしい」
「朝霧では、弟子も育てるのでございますか」
「そのつもりだ」
「なら、わし一人では足りなくなるかもしれませぬ」
ようやく銃から顔を上げた喜平へ言う。
「必要になれば善兵衛殿を通して、腕を知っている者へ声を掛けてくれ。朝霧へ来る者の扶持はこちらで持つ」
「朝霧で弟子を取っても構いませぬか」
「構わない。鍛冶だけでなく、台木を造る木地師にも教えてほしい」
喜平は善兵衛へ向き直った。
「三年が過ぎれば、国友へ戻ってもよろしいのでございますか」
「ああ。その時はお前が決めろ」
俺も続けた。
「朝霧に残りたければ、その時は橘で雇う」
喜平は手にした南蛮銃の火挟みをもう一度動かした。
「なら、参ります」
これで職人の話も決まった。
久助が最初の五十丁の代金を払い、集められた銃は持ち帰れるよう荷にまとめてもらった。残る百五十丁も、半年ごとに五十丁ずつ納めることで正式に注文する。
喜平は朝霧へ向かう支度に入り、必要な道具を揃えることになった。
* * *
後日、道具をまとめた喜平が朝霧へやって来た。
領内の鍛冶と木地師に加え、移住者の中から鍛冶や木工の経験がある者も選ばせてある。作兵衛の弟子や若い見習いまで集まっていたが、喜平は挨拶もそこそこに作兵衛の小屋近くの炉へ向かった。
ふいごを踏ませて火の上がり方を確かめ、金床や槌を一つずつ手に取る。それから炉の周囲を歩き、長物を置いて作業できる場所がないところで足を止めた。
「小さな金具を直すだけなら、今の物でも使えます。ですが、鉄砲を続けて扱うには狭すぎますな」
喜平は足元の木切れを拾うと、地面へ線を引き始めた。
「ふいごは今より大きな物が要ります。長い物を扱いますので、炉の前も空けてください。銃身を横へ置く台と、動かぬよう押さえる道具も要ります。火薬を置く場所だけは、炉から離してください」
作兵衛もその横へしゃがみ込み、沢の方を指した。
「水なら、すぐ近くの沢から取れます」
「近い方が仕事はしやすいです。ただ、水が炉へ入らぬよう、床は上げてください」
ここから先は、俺が細かな形まで決める仕事じゃない。
「必要な物と大きさは喜平が決めてくれ。木の物は木地師へ、鉄の物は作兵衛たちへ回せ」
「へえ。まず仕事場から造ります」
喜平は次に、作兵衛の小屋へ置いてあった鉄を手に取った。いくつか見比べると、そのうちの一つを別へ分ける。
「初めは国友を通して、鉄砲に使っている鉄も買ってください。質の分からぬ鉄を、いきなり銃へ使うのは危のうございます」
「国友の鉄は買う。ただ、朝霧でも鉄を作れるか試したい」
「それなら先に、使える物が採れるか確かめねばなりませぬ。砂鉄の当てはございますか」
その言葉で、以前に作兵衛から聞いた話を思い出した。沢の流れが緩むところには、黒い砂が溜まるという。
「前に言っていた沢の黒い砂、まだあるか」
「へえ。雨の後には、また溜まっております」
「喜平にも見せよう。案内してくれ」
作兵衛は弟子を一人連れ、喜平と俺を沢へ案内した。
山道を上り、沢の流れが緩む曲がりへ出た。石の陰から岸際にかけて、黒い砂が筋になって溜まっている。
喜平はすぐにしゃがみ込み、濡れた砂を指先で取り上げた。石の上へ薄く広げ、粒をしばらく確かめる。
「砂鉄でよろしいでしょう」
「銃身に使えるか」
「それは鉄にしてみなければ分かりませぬ。まず少し試して、どのような鉄になるか見てからです」
喜平はそのまま上流へ歩き、流れの曲がりや大きな石の裏を幾つか確かめて戻ってきた。
「上にも黒い筋はございます。試す分なら集められましょう。ただ、銃を何丁も作れるほど採れるかは、今の段階では申せませぬ。それと、初めから銃身へ使うのはおやめください」
「まず金具に使えるか確かめる」
「それがよろしいでしょう」
足元では、作兵衛の弟子が黒い砂を手ですくっていた。
「これは、このまま炉へ入れるのでしょうか」
「いや。先に土や軽い砂を洗い落とす。炉へ入れるのはそれからだ」
前世の俺が知っているのは、砂鉄と木炭を使って鉄を取るという大まかなところまでだ。炉をどう造り、どう火を扱うのかまでは知らない。そこから先は喜平たちの仕事だ。中途半端な知識で鍛冶へ口を出す方が危ない。
「まずは少しだけ試したい。炉のことは喜平に任せる」
「へえ。試し炉はこちらで考えます。鉄が取れても、それで使えるとは限りませぬ。出来た物はこちらで確かめます」
「頼む」
沢から戻ると、喜平と作兵衛は鍛冶場の配置を詰めた。鉄砲を扱う場所は作兵衛の小屋近くに置き、砂鉄を試す炉だけは少し離す。火が移らず、水も流れ込まない場所を選ぶと、喜平は地面へ引いた線へ炉の幅を書き足し、炭を置く場所まで決めていった。
「これを動かし始めれば、炭はかなり食います。今の炭焼きだけでは足りなくなりましょう」
「孫兵衛に、炭焼きに使っていい山の範囲を区切らせる。増やすのはその中だけだ。外の木は伐らせない」
「では、山の者にも先に話を通しておいてください。どれだけ使うかはこちらで控えておきます」
配置が決まると、引いた線に沿って材木や土が運び込まれた。砂鉄を扱う籠、銃身を置く長い台、大きなふいごも用意していく。試し炉を動かすための土や木炭も別に集めさせた。
鍛冶場の支度が動き始めた頃、久助が国友から持ち帰った五十丁を記した帳面を俺の前へ開いた。
「鉄砲の方はこれで始められますが、兵へ渡すのはまだ早うございます。今ある火薬では、五十丁を使った稽古を続けられませぬ。鉛は政所の蓄えを使えますが、二百丁を使うようになれば、今より残す量を増やす必要がございます」
「分かった。鉛は政所から回す。火薬の方は、買うだけでなく朝霧で作る仕組みも始めよう」
「火薬は、稽古へ回す分を先に決めておきます。あるだけ使わせるわけには参りませぬ」
鉄砲だけ二百丁揃えても、それで軍備が整うわけじゃない。撃ち続けるための火薬と弾まで、途切れずに回せるようにしておく必要がある。
鉄砲鍛冶場の支度と並行して、火薬の材料も集め始めた。木炭は朝霧で用意できる。硫黄は当面買い、岩松組には山で採れないか探らせる。厄介なのは硝石だった。堺で買った分を使いながら、朝霧でも作れるか試してみる。
まず手を付けたのは、村で捨てられている糞尿を集める仕組みだった。朝霧の外れに共同の厠を設け、集めた物を扱う場所も人家から離して置く。雨に晒さず試せるよう、屋根のある囲いも別に造らせた。
各村の区長を集め、出来かけの厠と囲いを前に説明した。
「各村にも、糞尿を集める場所を造れ。人の物だけじゃない。馬や牛、それに豚や鶏の糞も集める」
「畑へ入れている分まで集めるのでございますか」
「全部取り上げるつもりはない。まずは屋敷、寺、宿、馬屋から出る分を集めろ。決めた日に朝霧へ運んでもらう。樽と荷車はこちらで用意する」
「集めた物は、何に使われるのでございますか」
「それはこちらで使う。村へ教えるのは、集め方と運び方まででいい」
収集の話を終えたところで、俺は厠の前へ立てさせた札を指した。
「もう一つある。定めた場所以外で立ち小便や野糞をした者は死罪とする」
区長の一人が顔を強張らせた。
「死罪とは、あまりに厳しすぎませぬか」
「糞尿を集めるためだけに造るんじゃない。村の者にも徹底して伝えろ。大小便は決めた場所でする」
「しかし、これまでは――」
「これまでがどうだったかは関係ない。お前たちは犬や猫じゃないんだ。人間なら、する場所くらい決めろ」
俺は出来かけの厠へ手を向けた。
「そのために厠を造る。造っただけで誰も使わないなら意味がない。字の読めない者にも必ず伝えろ。知らなかったでは済まさない」
札には、大きな字で二つだけ書かせてある。
――大小便は定めた場所でせよ。
――ほかの場所で立ち小便、野糞をした者は死罪。
区長たちはそれ以上は口を挟まず、札の文言と各村から朝霧へ運ぶ日を書き留めていった。
区長たちが帰った後も、久助と作業を任せる家人だけは囲いの前へ残した。
「村へ知らせるのは回収までだ。ここから先のやり方は、この場所へ入る者だけに教える」
「喜平殿にも伏せますか」
「鉄砲の修理や鍛冶に必要な話ではない。知らせなくていい」
俺自身、硝石の詳しい作り方を知っているわけじゃない。知っているのは、糞尿を使って硝石を得られるという大まかな仕組みだけだ。その先となると、前世の記憶にも曖昧なところが多い。
製鉄なら喜平に任せられた。だが、これには頼れる職人がいない。自分の知っている範囲から始めて、うまくいくか確かめていくしかなかった。
沢では、集めた黒い砂を籠で洗う作業が始まり、村々では共同の厠を造る場所が決められていった。
国友から買った五十丁は、まだ兵へ渡していない。銃そのものは、国友へ頼めばこれからも揃えていける。だが、それを撃ち続けるための火薬と弾を用意し、壊れれば直し、やがて自分たちでも造れるようにする仕組みは、今日明日で出来上がるものじゃない。
作兵衛の小屋の近くでは、喜平が決めた場所へ新しい鍛冶場の柱が立ち始めていた。




