第60話 火縄銃を買いに堺へ
天文二十一年(1552年)、正月。
近江国、愛智郡、朝霧村、橘屋敷。
六角定頼が死んだ。
観音寺から届いた文を読み終えた翌朝から、頼政は旅支度に入った。供をする家人が弔いの品を包み、道中で使う荷と分けて荷駄へ載せていく。
頼政自身も持っていく物を確かめながら、俺へ留守中のことを言い渡した。
「御屋形様の御葬儀には、わしが参る。朝霧のことは任せるぞ」
「はい、父上」
昼前には支度が整い、頼政は供を連れて屋敷を発った。門前まで出て見送ると、馬と荷駄の列は村道を進み、そのまま見えなくなった。
俺が近江で動くようになってから、六角の頂点にいたのはずっと定頼だった。俺たちのような小さな家が何かを始めても、最後に六角の判断を下すのはあの男だ。その定頼がいなくなれば、観音寺の中も今までと同じでは済まない。
誰が何を握り、誰の言葉が重くなるのか。
すぐに何かが起きるとは限らない。それでも、定頼がいた頃と同じつもりで動くわけにはいかなかった。
* * *
春になると、久助が勘定の帳面と小さな木箱を抱えて俺のところへ来た。
箱を開けば、政所で灰吹を終えた銀が並んでいる。久助は帳面を開き、収入と支出をまとめた頁を俺の前へ向けた。
「灰吹銀は千二百匁余りにございます。酒造や普請、それに今決まっている支払いを除いて、新たな買い付けへ回せる分は五百貫文ほどございます」
「五百貫か」
「今年、新たに物を買うのであれば、この範囲で動かせます」
今の仕事を止めずに五百貫ほど動かせるなら、試す余裕はある。
「なら、堺へ行く」
「堺にございますか」
「次に九鬼の船が桑名へ入った時だ。南蛮から来た火縄銃を三丁買う。同じように造られた物を揃えたい」
「三丁とも使うのでございますか」
「一丁は開いて中を見る。残る二丁は、お前と与左衛門に扱わせる。弾型と手入れの道具も欲しい」
「それなら火薬と硝石も見て参りましょう。持参する銀で足りなければ、買い付け用の銭から必要な分だけ銀へ替えます」
「ああ。残りは、この先に鉄砲を揃えるために取っておきたい」
種子島へ最初の二丁が渡ってから九年になる。最初の銃には法外なほどの礼が払われたらしいが、今では国友や堺でも火縄銃を造っている。だからといって、ポルトガルから運ばれてきた銃を三丁揃え、道具や火薬まで付ければ安く済むはずがない。
それでも、国友へ何を造ってもらうにせよ、比べる物は欲しかった。南蛮銃を実際に撃ち、開いて中まで見れば、国友の銃と比べる材料になる。使えると分かれば、その次は数を揃えればいい。
久助はその場で次の段取りを口にした。
「堺の酒商へ先に文を出します。南蛮商人への伝手がないか尋ねておけば、着いてから探し回らずに済みましょう」
「橘の酒が向こうでどう扱われているかも確かめたい。そのことも書いてくれ」
「小六へも文を出しておきます」
「弦十郎と作兵衛を連れていく。与左衛門にも話しておいてくれ」
久助が帳面と銀を持って下がった後、俺はその日のうちに頼政の部屋へ向かった。
堺へ行くこと自体は勝手に決められない。
「父上、次に九鬼の船が桑名へ入ったら、堺へ行かせてください。橘の酒の扱われ方を確かめた後、南蛮銃を三丁買ってきます」
「三丁か。銭はどうする」
「政所から出た銀を持っていきます。足りない分だけ、買い付け用の銭から銀へ替えて払います」
「分かった。弦十郎は連れていけ」
「はい、父上」
数日後、桑名から九鬼の船が入ったとの文が届いた。銀を納めた箱を荷駄へ積み、久助、弦十郎、作兵衛、与左衛門を連れて朝霧を出た。
桑名へ着くと、正勝は九鬼の船から下ろされた荷を改めていた。
船縁から渡された俵は、荷札を確かめた者から順に荷車へ移されている。橘の酒を堺へ運んだ船が、空で戻らず、桑名まで運ぶ荷を積んできたらしい。
俺たちに気付いた正勝は、荷受けの商人へ俵を渡してからこちらへ来た。
「帰りも荷を取るようになったのか」
「空で戻せば、その分の船賃を捨てるようなもんだ。前の便から始めた。まだこれだけだがな」
正勝は下ろされていく荷へ顎を向けた。
「決まった頃に船が戻ると知れれば、荷主も増える。ただ、堺で荷を集める奴がいなけりゃ話にならん」
「当てはあるのか」
「堺の納屋へ話は通してある。南蛮人とも商いをしているらしい」
懐から取り出した紙を久助へ渡す。船賃と、その中からどれだけを取り分とするかが書かれていた。
「帰りの船へ載せる荷を集められるか聞いてこい」
「小六、荷主へ示す値も、この控えのままでよいか」
「最初はな。実際に荷が増えたら、九鬼とも詰め直す」
「分かった。堺で決まった分は別に控えておく」
久助が紙を帳面へ挟むと、正勝は積み込みを待つ橘の樽へ目を向けた。
「荷の話は久助に任せて、お前は火縄銃を見てこい。それと火薬を買うなら、酒と一緒に置くなよ。帰り荷も積むんだ。どこへ置くか、積む前に船頭と決めておけ」
「分かってる。火薬を酒樽の隣に積む気はない」
正勝は荷の方へ戻り、堺行きの樽や荷が収まると、九鬼の船は桑名を離れた。
* * *
堺の港へ入る頃には、船縁から見える景色そのものが桑名とは違っていた。
岸には大小の船が幾重にも並び、空いた場所へ次の船が入り込んでいく。下ろされた俵や木箱の間を荷車が抜け、その脇を異国の布を抱えた商人が通った。人足の掛け声、車輪の軋む音、船頭の怒鳴り声が重なり、南蛮人のそばでは通詞が休む間もなく言葉を交わしている。
その中を、橘の焼印が押された樽も運ばれていた。
先に酒の状態を確かめることにして、樽を追って酒商の倉へ入った。清酒は日の差さない奥へ積まれていたが、ビールは入口に近い場所へ置かれている。商人は残っていた一樽を示した。
「前の荷では、麦の酒が二樽戻されました。味が変わったとのことでございます」
栓を抜かせ、木椀へ少しだけ注ぐ。
口へ含んだ途端に分かった。酸味が強くなり、苦味も崩れている。これでは、朝霧を出た時と同じ酒として売るわけにはいかない。
「これはもう酒として売るな。酢にする先があるなら、そちらへ渡していい」
「捨てずともよろしいので」
「酢に使えるならな。それと次から、麦の酒は荷が着いたら先に蔵へ入れろ。入口へ置いたまま日に当てないでくれ」
「承知しました」
栓を戻したところで、倉の入口から声が飛んできた。
「まだ使い道のある酒を、そのまま捨てはらへんのですな」
振り向くと、三十前後に見える男が立っていた。
「今井彦八郎と申します。桑名からの文を受け取りました」
「橘小徳丸だ。こちらは家臣の今井弦十郎」
彦八郎は弦十郎へ一礼した。
「こちらにも今井殿がおられますのやな。縁者ではございまへんが、私も近江の出でございます」
「それなら同郷ではあるな」
「では、同郷のよしみで清酒をもう一樽、回していただけまへんか」
「それとこれとは別だ」
「やはり、そうなりますか」
今井彦八郎。後の今井宗久だ。
堺へ来て、いきなりこいつに行き当たるとは思っていなかった。だが、俺が知っている名前だからといって、今の彦八郎との商いまで特別扱いする理由はない。
彦八郎は奥に積まれた清酒を確かめながら話を続けた。
「次の荷から、私にも回していただきたいのです」
「最初は清酒を二樽。麦の酒と蒸留酒を一つずつ渡す。蔵へ入れた日と売れた日を控えて、次に知らせてくれ。傷んだ時もそのまま教えてほしい」
「それを守れば、次は増やしていただけますやろか」
「扱いを見て決める」
「値はこちらで付けても?」
「下限だけはこちらで決める。それより上なら任せる」
「承知しました。清酒は、まず寺と茶人へ当たってみましょう」
そこまで決まると、彦八郎は戻されたビールの樽へ付いていた荷札を結び直した。
「こちらも、酢にする先を探しておきます」
「酒として売らないなら任せる」
酒の話が片付いたところで、久助が正勝から預かった紙を出した。
「もう一つ、小六から頼まれております。桑名へ戻る九鬼の船に載せる荷を、こちらで集めていただけないかとのことにございます」
彦八郎は紙を受け取り、船賃の取り分を上から下まで確かめた。
「帰る日は決まっておりますのか」
「風次第でずれますが、堺へ着いた時に船頭から帰りの頃を知らせます」
「なら荷主には二日ほど幅を持たせた方がええでしょうな。まずは私の荷を一つ載せます。それが桑名へきちんと届けば、次から人にも勧められます」
「小六にも、そのように伝えます」
久助が帳面へ帰り荷の一行を書き加えると、彦八郎は紙を畳んで返した。そのまま俺たちが堺へ来たもう一つの目的へ話を移す。
「ロドリゲスいう南蛮商人が、ポルトガルから来た火縄銃を持っております」
「同じ造りに近い物を三丁、揃えられるか」
「倉には何丁かあるそうです。そこは実物を見てお決めください」
「なら、会わせてくれ」
「そのために参りました」
彦八郎に案内されて大通りへ出た。
異国のガラス器を並べた店の向かいからは香の匂いが流れ、道端では商人が鉄器の傷を確かめている。人の流れを縫うように進んだ彦八郎は、やがて通りから少し奥へ入った屋敷の前で足を止めた。
ロドリゲスは板敷きの部屋で待っていた。傍らには通詞が控えている。
挨拶を済ませてから、俺は英語で話しかけた。
「英語は話せるか」
「少しならな。前にイングランドの商人と取引をしたことがある」
通詞の口が止まった。ロドリゲスも俺を見直す。
まあ、そうなるだろう。日本の子供がいきなり英語で話し始めれば、俺でも気味が悪い。
「なら、直接話そう」
「どこで覚えた」
「海を渡る商人からだ。商いに使う程度なら話せる」
「ポルトガルのことも知っているのか」
「都はリスボン。ヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰を回ってインドへ渡ったことも知っている」
「この国の子供は、皆それを知っているのか」
「いや。俺だけだ」
ロドリゲスは椅子の背から身体を起こし、卓へ片肘を置いた。
「それで、その妙な子供は何を買いに来た」
「ポルトガルで近頃造られた火縄銃だ。同じ造りの物を三丁揃えてほしい」
「日本でも銃は造られている」
「知っている。国友の銃と比べたい」
「三丁も何に使う」
「一丁は開いて中を調べる。残る二丁はそのまま使い続ける」
「三丁すべて売るとは言っていない」
「なら、揃わなければ買わない」
「細かい客だな」
「三丁まとめて買う客でもある」
ロドリゲスは戸口へ声を掛けた。
倉から長い木箱が運び込まれ、中から五丁の銃が出される。並べてみれば、銃身の長さも銃床の形も微妙に違っていた。
俺が欲しいのは、ただ三丁の南蛮銃ではない。分解して比べるなら、出来るだけ近い物の方がいい。
「作兵衛。同じ造りに近い物を三丁探してくれ。まず弾と金具が揃うか見たい」
「へえ」
作兵衛は一本ずつ手に取り、銃口へ細い木片を当てて口径を比べ、次に火蓋と火挟みを動かしていった。
五丁すべてを見終えると、二丁だけを台の端へ寄せる。
「若様。この二丁なら近うございます。ほかは弾を変えねばなりませぬ」
俺はロドリゲスへ、残した二丁と同じ弾を使える銃をもう一度探させた。
追加で運ばれてきた二丁も、作兵衛が銃口と金具を順に確かめる。一丁は合わなかったが、もう一丁は先に選んだ二丁と同じ弾を使えた。
「この三丁なら揃えられます」
三丁を並べ直し、今度は火挟みと火蓋の動きを細かく比べていく。最後の一丁だけ、火挟みが落ちる途中で引っ掛かった。
「これだけ少し渋うございますな。直せる範囲ではあります」
「朝霧で造れるところはあるか」
「銃床と金具なら何とか。銃身は国友へ頼むほかありませぬ」
「一丁開けば、国友へ何を頼めばいいかも分かるか」
「へえ。中を見られれば、今より話はしやすうなります」
作兵衛が金具を留めた螺子へ手を掛けると、ロドリゲスが止めた。
「買う前に外すのは認めない」
「なら、撃たせてくれ。三丁ともだ」
ロドリゲスは庭の奥を指した。
土を盛った先に、板の的が立てられていた。
まずロドリゲスの手の者が一発撃ち、問題なく火が入るところを見せる。俺は一丁目を受け取った。思っていた通り重い。
玉薬と弾を込め、火皿へ口薬を入れる。火縄を火挟みに掛けたところで、一度手元を確かめた。手順そのものは知っていても、実際に火の付いた縄と火薬を同時に扱うとなると話が違う。
銃を構えて引金を引くと、轟音と一緒に白煙が噴き、銃を支えた腕へ衝撃が来た。煙が風に崩れると、板の端が欠けている。
「当たりましたな」
「端だ」
「初めて撃ったのなら十分でございましょう」
久助は二丁目を受け取ると、一つずつ手元を確かめながら装填した。
発砲すると、今度は板の中央から少し外れたところに穴が開く。
「どうだ」
「前が重うございます。それより、火縄を気にしながら火薬を扱う方が厄介ですな」
「最初から速さは求めない。まず手順を身体に覚えさせる」
「その方がよろしいでしょう」
三丁目は与左衛門が持った。
装填そのものは久助より早い。だが、撃つ直前に肩と腕へ力が入り、銃口が下を向いた。発砲音の後、的ではなく手前の土が跳ねる。
「下へ外しました」
「引金を引く時に力が入ったな」
「次は直します」
「朝霧へ戻ってからだ。まず作兵衛に見せる」
「はい」
作兵衛は撃ち終えた三丁の火皿を布で拭い、銃身の外側まで見比べた。
「これなら持ち帰ってもよろしいでしょう」
俺はロドリゲスへ購入を伝えた。
「三丁とも買う」
「銀一貫八百匁だ。弾型と手入れの道具は別になる」
「銀一貫三百匁。弾型と手入れの道具も付けてくれ」
「安すぎる」
「国友の銃なら、もっと安く買える」
「これはポルトガルの銃だ」
「だから三丁まとめて買う」
「一貫七百匁」
「一貫四百匁。火薬と硝石は別に払う」
ロドリゲスはすぐには返さなかった。
「次も買うのか」
「この三丁が使える物ならな」
「何丁だ」
「試してから決める。今ここで数を約束する気はない」
ロドリゲスは彦八郎へ話を振った。彦八郎は通詞を介し、橘の酒や荷がこれからも九鬼の船で堺へ届くことを伝える。
「今日の三丁で終わる商いではございまへん。ここで値を張って次を逃すより、道を残しておく方がよろしゅうございましょう」
ロドリゲスは値を出し直した。
「一貫五百匁。弾型と手入れの道具は付ける。火薬と硝石は百五十匁だ」
「それで買う」
彦八郎が呼んだ銀屋に、持参した銀の重さと品位を改めさせた。千二百匁余りの銀をまず出し、足りない分は久助が買い付け用の銭から、その場の換え値で銀へ替えさせる。合わせてロドリゲスへ渡した。
久助は銀屋が示した換え値と支払額を帳面へ書き込み、三丁を納めた木箱には、それぞれ帳面と照合できる印を付けた。
銃の商いが済んでも、ロドリゲスのところで見たい物はまだあった。
俺が小さな時計を見せてくれと頼むと、しばらくして掌へ載るほどの物が運ばれてきた。商人が鍵を差してぜんまいを巻く。蓋を開けば、その下で細い針が進み始めた。
作兵衛は時計を受け取り、耳元へ寄せた。
「水も重りも使わず、これだけで動くのですな」
「中のばねで動いてる」
「火縄銃の次は、これも開けますか」
「買った直後に壊すなよ」
「先に銃を見ます」
結局、その時計も買った。続いて形の違うレンズを何枚か出させ、一枚ずつ光へかざす。厚みも曲がり方も違い、組み合わせれば見え方も変わる。
ロドリゲスが俺の手元を覗き込んだ。
「それは何に使う」
「遠くを見る筒を作りたい」
「これで遠くが見えるのか」
「膨らんだ物と窪んだ物を組み合わせる」
二枚のレンズを前後にかざし、庭の柱へ向けた。間隔を変えると、柱が少し大きく見える位置もあれば、輪郭が崩れてしまう位置もある。
理屈を知っているのと、実際に使える物が出来るのは別だ。使える筒になるかは、持ち帰って組み合わせを試してみなければ分からない。
傷の少ない物を選び終えると、ほかにも探してほしい品を書いた紙をロドリゲスへ渡した。
「次に九鬼の船が来た時、彦八郎へ預けてくれ。探す手間には別に払う」
「分かった」
ロドリゲスの屋敷を出た後は、彦八郎に堺の鍛冶場へ案内してもらった。
戸口には仕上げを待つ銃床が並び、奥から槌の音が響いている。作兵衛が中へ入ろうとしたところで、鍛冶場の主が前へ出た。
「出来上がった銃は売れます。中の仕事は見せられませぬ」
さすがに、銃をどう造っているかまで簡単に見せる気はないらしい。作兵衛は無理に入ろうとはせず、戸口から見える職人の手元だけをしばらく追っていた。
鍛冶場を離れてから聞いてみる。
「どうだった」
「銃身を造るところは、きっちり隠しておりますな」
「やっぱり国友へ頼むしかないか」
「へえ。朝霧で一から銃身まで造ろうとするより、まず仕上げと修理を覚える方がよろしいでしょう」
「なら国友へ注文を出す時、職人も借りられないか頼んでみる」
「それが一番早うございます」
隣を歩いていた彦八郎が口を挟んだ。
「朝霧で銃を直せるようになったら、堺から近江へ出した銃の直しも回せますやろ」
「まず橘の銃を直せるようになってからだ」
「その折には、私にも声を掛けてくださいませ」
「ああ」
* * *
帰りの船には、彦八郎が集めた桑名行きの荷も積まれていた。
火薬と硝石は酒樽から離し、船頭と決めた場所へ収めてある。三丁の火縄銃を入れた長い木箱は俺たちが休む場所の近くへ固め、時計とレンズを納めた小箱も、その間へ挟んだ。
船が堺を離れると、作兵衛は三つの木箱の封を一つずつ確かめ始めた。
「朝霧へ着くまでは開けるなよ」
「分かっております。潮風の中で開ける方が怖うございます」
「戻ったら、渋かった一丁から見るのか」
「いえ。まず一番素直に動いた物を開きます。それを基準にしてから、渋い方のどこが違うか探した方が早うございましょう」
「なるほど。それでいこう」
久助は揺れる船底で帳面を開き、火縄銃と火薬、時計、レンズへ支払った額を順に確かめていた。銭から銀へ替えた分も合わせ、買い付けへ回せる残りを書き直す。
「帰りの荷からも船賃が入れば、次から堺までの費えを少し戻せますな」
「小六の狙い通りになりそうか」
「今回は彦八郎殿の荷だけにございます。まず桑名で滞りなく渡せるかです。それが出来れば、次から荷主も増やせましょう」
与左衛門は、自分が撃った三丁目を納めた箱の印を確かめていた。
「朝霧へ戻ったら、もう一度最初から撃ってもよろしいですか」
「作兵衛が見た後だ。今度は久助と同じように、一つずつ手順を確かめて込めろ」
「はい。今度は下へ落としませぬ」
帆が風を受け、船体が大きく傾いた。作兵衛が反射的に長い木箱へ手を掛け、久助も帳面を閉じて懐へ戻す。
船体が戻ると、作兵衛は箱から手を離した。その向こうには、彦八郎が集めた桑名行きの荷が積まれていた。




