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近江の山奥から始める近代国家建設 〜転生田舎領主は戦国そのものを終わらせたい〜  作者: 近江もののふ
第二章 橘の礎

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第52話 木地師と四つの村

天文十九年てんぶんじゅうきゅうねん(1550年)、夏。

近江国(おうみのくに)愛智郡(えちぐん)朝霧村(あさぎりむら)


橘酒造(たちばなしゅぞう)で造った清酒(せいしゅ)は、朝霧(あさぎり)の外へ出る(たる)が増えていた。


頼政(よりまさ)定頼(さだより)献上(けんじょう)する樽を持って出向き、政澄(まさずみ)永源寺(えいげんじ)へ酒を納めている。久助(きゅうすけ)も荷と返礼(へんれい)帳面(ちょうめん)を抱え、朝霧と街道を行き来していた。


清酒を運ぶには樽が要る。


樽を積むには荷車(にぐるま)が要り、割れ物や贈り物を運ぶには木箱も要る。酒造りが大きくなるにつれ、木地師(きじし)へ頼む仕事も増えていた。


その日も、材置き場(ざいおきば)の隣に建てた作業小屋から、木を削る音が聞こえていた。


中へ入ると、木地師たちが樽の蓋や(わん)を仕上げている。壁際には作りかけの(ぼん)が積まれ、床は削り屑(けずりくず)に覆われていた。


棟梁(とうりょう)は手にしていた椀を台へ置いた。

「若様。これ以上は無理でございます」

「何が足りない」

「人も、乾いた材も、作る場所もです。樽を頼まれたと思えば、次は木箱。その合間に椀や盆まで造れと申される」

「要るものを減らすわけにはいかない」

「若様は、木を削れば翌日には品になると思っておられますな」

「思っていない」

「では、あの注文の山は何でございます」


棟梁が指した先には、久助の置いていった木札(きふだ)(ひも)で束ねられていた。酒樽、桶、木箱、椀、盆。それぞれに数と納める日が書かれている。


一枚ずつなら大した数ではない。


まとめて見ると、俺でも多いと思った。

「人を増やせないのか」

小椋谷(おぐらだに)でも皆、仕事を抱えております。朝霧へ来る者を増やせば、向こうの仕事が止まります」

「なら、今ある注文を減らすしかないか」

「久助殿がお認めになりますかな」

「認めないだろうな」


樽や木箱は減らせない。今いる木地師へ無理をさせても、作れる数には限りがある。


同じ手間を掛けるなら、少しでも高く売れる品が欲しかった。


台に置かれた椀を手に取る。


削ったばかりの木肌(きはだ)は白く、形も悪くない。だが、これまで朝霧で売ってきた木椀と、大きな違いはなかった。

「その椀はいくらで売れる」

「久助殿がまとめて買われます。値は木と出来によりますが、普通の椀でございます」

(うるし)を塗れば、もっと高く売れる」

「漆を、でございますか」


棟梁の目が、俺の手にある椀へ移った。

「扱える者はいるか」

「おります。小椋谷には木地へ漆を塗る者もおりますが、漆がいつでも手に入るわけではございません」

「山に生えているだろう」

「生えてはおります。されど、見つけた木を切れば済むものではありませぬぞ」

「切らずに採るのは知っている」

「若様は、本当に何でも知っておられますな」

「やったことはない」

「それを先に申してください」


漆を扱える者がいるなら、試すことはできる。


普段は普請(ふしん)に使う木を探し、必要な分だけ山から切り出している伐採班(ばっさいはん)を集めた。木の種類を見分け、斜面(しゃめん)を歩くことにも慣れている。


漆に詳しい木地師を一人付け、山へ入らせることにした。

「見つけても切るなよ」


出発前に念を押すと、伐採班の男が頷いた。

「印を付けて戻ればよろしいので?」

「採れそうな木だけだ。似た木まで傷つけるな」

「若様は来られないので?」

「俺が行って役に立つか」

「役には立たぬでしょうな」


弦十郎(げんじゅうろう)が男を睨んだ。

「口を慎め」

「若様ご自身が申されたので」


男は肩をすくめ、木地師と一緒に山へ入っていった。


三日後、漆の木が何本か見つかった。


最初に持ち帰った漆は、ほんのわずかだった。


竹筒(たけづつ)の底に、濁った褐色(かっしょく)の液が溜まっている。量だけ見れば、これで何ができるのかと思うほど少ない。

「これだけか」

「最初から欲を出せば、木が傷みます」


漆を扱う木地師が竹筒を受け取り、蓋をした。

「何度か山へ通い、少しずつ採るのでございます」

「塗れる椀は」

「試すだけなら、二つか三つでしょうな」


伐採班の男は、さっきからしきりに腕を掻いていた。

「お前、どうした」

「少し触れただけでございます」

「触るなと言われなかったのか」

「言われました」

「それで、なぜ触った」

「どれほど危ないのか、確かめようと」

「よく分かったか」

「ひどく(かゆ)うございます」


漆を扱う木地師が男の腕を確かめた。

「漆を薪と同じに扱う者がございますか」

「先に言ってくれ」

「山へ入る前に申しました」


男は返す言葉もなく、また腕を掻いた。


次からは肌を覆う布を用意させ、漆を扱う間は顔にも触れさせないことにした。


山での採取(さいしゅ)にも、しばらくは木地師を付ける。木を探す者と漆を扱える者を組ませた方がいい。


最初に漆を塗ったのは、椀と小さな盆だった。


漆を扱う小屋は、木を削る場所とは別にした。(ほこり)が付けば塗った面が荒れ、乾かしている間も勝手に触れられない。


様子を見に行くと、戸口で止められた。

「若様。中へ入らぬ方がよろしいかと」

「見るだけだ」

「皆、最初はそう申します」

「触らない」

「伐採班の者も、同じことを申しておりました」


そこまで言われては入れない。


数日後、棟梁が仕上がった椀を持ってきた。


黒く(つや)のある椀だった。


木地のままでは見えていた細かな削り跡が消え、手に取ると表面が滑らかだった。形は同じなのに、普通の木椀とは別の品に見える。

「これなら売れる」

「漆が安定して採れれば、でございます」

「採る者は増やす」

「増やせば済むものではございません」

「またか」

「漆を採れる木まで増えるわけではございませんからな」


棟梁の言う通りだった。


目先の量を増やすために、見つけた木を片端から傷めるわけにはいかない。

「椀だけでなく、盆や箱にも塗れるか」

「塗れます。酒を入れる小盃(こさかずき)にもよろしいでしょう」

蒸留酒(じょうりゅうしゅ)に使う小盃か」

作兵衛(さくべえ)殿が倒れた、あの小さな器でございますな」

「あれは陶器だ」

「木でも作れます」

「作兵衛には渡すな」

「承知しました」


* * *


久助が朝霧へ戻ったのは、それから二日後だった。


定頼へ酒を献上した頼政と、永源寺を訪れた政澄も一緒だった。


定頼は清酒を気に入り、次に納める分まで求めた。永源寺からも、次の酒を欲しいとの返事があった。


酒造りの仕事は、まだ増える。


久助は荷を解かせるより先に、俺の前へ帳面を広げた。

「若様。酒樽を二十、木箱を三十、追加で造らねばなりません」

「木地師が倒れるぞ」

「倒れられては困ります」

「注文を減らせ」

御屋形様(おやかたさま)と永源寺へ、樽がないので酒を納められぬと申されますか」

「それは言えないな」

「では、造らせるしかございません」


俺は漆を塗った椀を久助へ渡した。

「これを見ろ」

「新しい椀でございますか」


久助は椀を傾けて日の光へかざし、縁を指でなぞってから裏返し、底を確かめた。

「いくらで売れる」

(それがし)では値を決めかねます。善右衛門(ぜんえもん)殿に見せるべき品かと」

「なら、呼んでくれ」

承知仕(しょうちつかまつ)りました」


呼ばれた善右衛門は、椀と盆を一つずつ手に取った。


光へ向け、塗りむらや縁の仕上がりを確かめる。

「最初の荷であれば、普通の木椀の三倍で出します」

「高すぎないか」

「桑名の商人へ見せれば、さらに取れるかもしれません。ただ、最初から欲を出して売れ残るより、次も欲しいと思わせた方がよろしいでしょう」

「数はまだ少ない」

「少ない方が、初めは値を付けやすうございます」

「足元を見られないか」

「数が少ないから高いと申せばよろしいのです」


善右衛門は盆の仕上がりも確かめた。

「こちらは椀より高く出せます。贈り物にも使えますな」

「まずは伊勢(いせ)へ送る」

「では、酒と一緒に運びましょう。帰りの荷も空にはなりません」

「米と麦を積んで戻せ」

「承知しました」


久助は漆器(しっき)を持ったまま、作業小屋の方を窺った。


木地師たちは手を休めず、樽の部材(ぶざい)を削っている。その奥では、別の者が椀を()いていた。

「この人数では足りませぬな」

「棟梁にも言われた」

「小椋谷から、さらに呼べないので?」

「呼ぶだけでは、向こうの仕事が止まる。木地師は小倉東家(おぐらひがしけ)の者でもあるから、こちらの都合だけでは動かせない」


頼政が棟梁を呼んだ。


棟梁は服に付いた削り屑を払い、作業小屋から出てきた。

「仕事を増やすには、あと何人要る」

「今の注文をこなすだけでも、倍は欲しゅうございます」

「小椋谷から通わせるのか」

「これ以上は難しゅうございます。朝霧へ来れば何日も戻れず、小椋谷へ戻れば、こちらの仕事が止まります」


棟梁は小屋の中で働く木地師たちへ目をやった。

「材を買い取っていただき、仕事も途切れぬのであれば、橘の御支配へ移れぬかと申す者もおります。されど、木地師だけが朝霧へ移る話ではございません」

「村ごとか」

「はい。箕川(みのかわ)蛭谷(ひるたに)君ヶ畑(きみがはた)政所(まんどころ)でも、村と山を保ったまま橘へ属せるならと話す者がおります」


以前、小倉東家と取り決めたのは、朝霧に材置き場と作業小屋を置き、空いた手の木地師を借りるところまでだった。


大きな仕事を出す時や、何日も朝霧へ留める時は、先に話を入れる。住まいを移したい者が出れば、こちらだけで決めず、あらためて話し合う。


今出ているのは、木地師一人の移住ではない。


村と山、畑まで含めて、橘の支配へ移りたいという話だった。


頼政が俺を見た。

「小徳丸。小倉東家へ話を通すぞ」

「はい、父上」


頼政は棟梁へ向き直った。

「小椋谷の村は今の場所に残し、土地と民をまとめて橘の支配へ移す。それがお前たちの望みか」

「はい。木地師だけが朝霧へ移っても、家族を養えませぬ。山も畑も、村に残さねばなりません」

「朝霧で働く間の住まいは必要か」

「何日も詰める者には、寝泊まりする場所があれば助かります」


村を朝霧へ移すのではない。


小椋谷の村は今の場所に残し、朝霧へ通う者や、何日か続けて働く者のために住まいを用意する。


頼政が政澄と久助へ向いた。

「小倉東家へ話を持っていく」

「領地の話になりますな、兄上」


政澄は、棟梁が挙げた四村の名を一つずつ確かめた。

「木地師だけでなく、村と土地まで譲ってもらうおつもりですか」

「望む四村をな」

「それなら、安くは済みませんぞ」


久助が帳面を閉じた。

「安く済ませて、後から揉める方が困ります」

「珍しく、銭を出す気だな」

「若様が次々に出される銭は惜しゅうございます。されど、必要な銭まで惜しむつもりはございません」


言い方は気に入らないが、今回は久助の言う通りだった。


小倉東家が四つの村を手放しても損をしないだけの条件を出す。


木地師の話が穏便(おんびん)にまとまるなら、多少払いすぎても構わなかった。


* * *


数日後、俺たちは小倉東家の高野館(たかのやかた)を訪れた。


頼政、政澄、久助、俺、それに護衛の弦十郎が同行している。


広間で待っていたのは実房(さねふさ)だった。

「父上から、まず話を聞くよう言われています」


頼政と挨拶を交わした後、実房の目が俺へ移った。

「そちまで来たか。今日は酒を売りに来たわけではあるまいな」

「酒も持ってきました、右京殿(うきょうどの)

「では、ただでは帰れぬ話ということか」

「隠しても仕方ありません。折り入って(おりいって)、お願いがございます」


実房が片方の眉を上げると、頼政が俺の前へ手を出した。

「右京殿。本日は、小椋谷の木地師について話したく参りました」

「木地師がどうした」

「朝霧で働く者の中に、橘の支配へ移りたいと望む者が出ております」

「橘殿は、小倉の木地師を奪うおつもりか」


頼政は実房から目を逸らさなかった。

「奪うつもりはございません。以前の取り決めどおり、まず小倉東家へ話を持ってまいりました」

「住まいを移したい者が出れば、あらためて話すという件か」

「はい。されど、今回は木地師だけの移住ではございません。箕川、蛭谷、君ヶ畑、政所のうち、橘へ属すことを望む村があれば、その土地と民をまとめてお譲りいただきたい」

「四村を寄越せと申すか」

「望まぬ村まで求めるつもりはございません。木地師だけを朝霧へ移しても、暮らしてはいけませぬ。山と畑がなければ、家族を養えぬ者もおります」


実房は政澄と久助を順に見てから、最後に俺へ目を止めた。

「そちが考えたのか」

「最初に言い出したのは木地師です」

「そちは、それに乗っただけだと?」

「こちらも仕事が回らず、困っていたところですから」

「都合のいい話だな」


実房が頼政へ向き直った。

「領地を手放せと言うのだ。ただで済むとは思っておるまい」

無論(むろん)です、右京殿」


頼政に促され、久助が持参した書付(かきつけ)を広げた。

「橘へ移る村につきましては、これまで四村から小倉東家へ入っていた取り分を、三年間に限り銭でお支払いいたします」

「三年分の収入を残しながら、村を譲れと申すか」

「はい。それとは別に、移管(いかん)の礼として清酒十樽と漆器一揃い(ひとそろい)をお納めします」

「あの澄んだ酒をか」

「はい、右京殿」


実房は書付へ目を落とした。


三年間の銭に、清酒十樽と漆器一揃い。


四村を得た後には、朝霧で働く者の住まいや作業小屋も増やさなければならない。それでも、木地師と山をまとめて得られるなら、払う価値はあった。


頼政が続ける。

「橘へ移った後も、小倉からの注文は受けさせます。椀や盆、漆器を、定めた値で優先してお納めしましょう」

「ただで納めるわけではないのだな」

「木地師の働きへは、相応(そうおう)対価(たいか)が必要にございます。その代わり、小倉からの注文を後回しにはいたしません」

「漆器まで造っておるのか」

「試しに持参しております」


久助が包みを開き、黒い椀と盆を実房の前へ置いた。


実房は椀を手に取り、縁を確かめながら光へ向けた。

「これを、小倉へ納めると」

「はい。値と数を定めた上で、優先してお納めいたします」

「小倉で売っても構わぬのだな」

「もちろんにございます」


椀を置いた実房が、政澄へ尋ねた。

「兵庫助殿。この条件をどう見る」

「橘にとって軽い負担ではございません。されど、木地師の仕事が増えれば、小倉へ納められる品も増えます」

「橘ばかりが得をする話ではないと?」

「村を手放した後も、三年間は銭が入り、その後も木工品を優先して買えます。別の収入を整える時間も取れるでしょう」


実房は腕を組み、書付を読み直した。

「条件は分かった。父上へ申し上げる」

「お願いします、右京殿」

「四村の者にも聞かねばならぬ。移りたくない村まで押し付ければ、後で揉める」

「こちらも、望む村だけを求めます」

「ただし、一家ずつ抜くことは認められぬだろう。移るなら村ごとだ」

「それで構いません」


実房は黒い椀をもう一度手に取った。

「この椀は置いていけ」

「酒も持ってきています」

「そちらも置いていけ」

「話がまとまらなくても、お返しいただきません」

「最初から、そのつもりだ」


* * *


翌日、小倉東家から、四村の名主(なぬし)を高野館へ集めるとの知らせが届いた。


俺たちが再び高野館を訪れると、箕川、蛭谷、君ヶ畑、政所の名主が広間に並んでいた。


俺は条件を伝えた。村と山、畑はこれまでどおり。朝霧で働く者には寝泊まりする場所と作業小屋を用意し、木工品は善右衛門が買い取る。漆を扱える者には漆器も造らせる。


実房が名主たちを見渡した。

「父上は、橘へ移らぬ村の扱いを変えるおつもりはない。残りたい村は残れとのことだ。移ると決めた村は、土地と民をまとめて譲る」


名主たちは、その場では答えなかった。


それぞれの村へ戻り、木地師と家族を集めて話すという。


数日後、返事が届いた。


箕川、蛭谷、君ヶ畑、政所の四村は、そろって橘の支配へ移ることを望んだ。


四村から届いた返事には、材を買い取る場所があり、朝霧には作業小屋があること、樽や木箱の注文が途切れず、椀や盆に漆を塗れば、これまでより高く売れることが記されていた。


村と山を離れずに仕事を増やせる。


それが四村の答えだった。


実房は、小倉東家当主の名が入った書付を頼政へ差し出した。

「父上も、四村を譲ることに同意されました」

「ありがとうございます、右京殿」

「小倉東家へ入っていた取り分を、三年間遅らせずに納めるようにとのことです」

「毎年、お届けいたします」

「清酒十樽と漆器一揃いも、移管の礼として受け取ります」

「承知いたしました」

「小倉からの注文も後回しにするなと」

「定めた値で、これまでどおり受けます」

「ならば、その条件も書付へ加えます」


久助が筆を取り、三年間の銭、移管の礼として納める清酒と漆器、小倉からの注文を優先して受けることを書き記した。


頼政の名を加えた書付は定頼へ届けられ、ほどなく領地替え(りょうちがえ)を認めるとの返事が届いた。


箕川、蛭谷、君ヶ畑、政所は、土地ごと橘の支配へ移ることになった。


* * *


朝霧へ戻ると、善右衛門は漆器の初荷(はつに)をまとめ、久助は清酒と同じ荷へ載せる手配を進めた。


黒い椀と盆を布で包み、傷が付かないよう木箱へ入れる。数は多くないが、善右衛門は普通の木地物(きじもの)より高い値を付けた。

「本当に三倍で売るのか」

「売れます」

「売れなければ」

「次から値を下げます」

「自信があるのか、ないのか分からないな」

「値を下げる前に、買い手を競わせます」


荷は八風街道を通り、伊勢へ送ることになった。


酒を運ぶ荷と一緒にすれば、護衛も付けられる。帰りには米と麦を積んで戻せる。


荷車の上には、清酒の樽と漆器を入れた木箱が並んでいた。


伐採班の者も見送りに来ている。


漆にかぶれた男の腕には、まだ赤みが残っていた。

「俺たちが採った漆でございますな」

「お前は触っただけだろう」

「山から持ち帰ったのは、わしらでございます」

「次は触るなよ」

「もう懲りました」


木地師の棟梁が、荷車に積まれた箱を眺めていた。

「これが売れれば、漆器を増やされるので?」

「売れなくても、直してまた出す」

「若様は、諦めるということを知りませぬな」

「売れる物を、売れる形にするだけだ」


棟梁の目は、そのまま作業小屋へ移った。


箕川、蛭谷、君ヶ畑、政所から、朝霧で働く木地師が増えることになっている。


今の作業小屋だけでは足りない。


寝泊まりする場所も、木を削る場所も、漆を乾かす小屋も増やさなければならなかった。


久助が荷車の縄を確かめる。

「出しますぞ」

「ああ」


その時、街道の方から一騎(いっき)が駆けてきた。


男は荷車の前で馬を降り、俺たちへ頭を下げた。

黄和田城(きわだじょう)川副孫三郎(かわぞえまごさぶろう)様の使いにございます」

「孫三郎殿から、どのようなご用でしょうか」

「橘の荷が、これから八風街道を多く通ると聞きました。今後のことについて、一度話をしたいとのことでございます」


久助が荷車を振り返った。

「今日の荷は、通していただけるので?」

「商いの荷を止めるとは申しておりませぬ」


使者が道を空けた。

「孫三郎殿に、こちらから伺うとお伝えください」

「承知しました」


久助が合図を出すと、清酒と漆器を載せた荷車は、使者の脇を抜けて八風街道を伊勢へ向かった。

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