第49話 岩松組
天文十八年(1549年)、夏。
近江国、愛智郡、朝霧村、橘屋敷。
四村の荒れ地を調べる仕事が始まり、尾張へ送る最初の荷も揃えられていた。
五年先の目標を決めたところで、人や銭がすぐに増えるわけではない。田畑を広げるにも、商いを東へ伸ばすにも時間がかかる。目の前の仕事を一つずつ進めるほかなかった。
それから十日ほど経った朝、新九郎が俺のもとへ来た。
「若様。本日、金堀の棟梁を招いております」
「もう来ているのか」
「客間で待たせております。殿にも話は通してあります」
「久助も呼んでくれ」
「向山へ行かれるので?」
「棟梁が話だけで決めるとは思えない」
「久助殿には、すでに支度をさせております」
また先を読まれていた。
客間へ入ると、頼政の向かいに見慣れない男が座っていた。
年は三十を少し越えたくらいだろう。背は高くないが、肩と腕が太い。日に焼けた顔には細かな傷があり、膝に置いた手は節くれ立っている。着物は使い込まれているのに、脇へ置いた槌と鑿には錆一つなかった。道具を見れば、その者がどう仕事をしてきたかは分かる。前世でも、手入れの行き届いた道具を持つ職人ほど、口ではなく仕事で語るものだった。
男は俺を見ると、座ったまま軽く頭を下げた。
「岩松源蔵だ。金堀の連中をまとめてる」
「橘小徳丸だ」
「古穴を見つけた若様だと聞いてる」
「見つけただけだ。石のことは分からない」
「分からねえと分かってるなら、話は早い」
初対面から遠慮がない。頼政は咎めず、源蔵の前に置かれた道具へ目を向けた。
「新九郎から、石を見られると聞いた」
「銅と鉛なら何度も掘った。鉄になる石も、金銀の混じる石も少しは見てる。だが、山は割ってみなきゃ分からねえ」
「岩肌を見ただけでは決められぬか」
「それで山の底まで分かる奴がいるなら、俺が雇いてえよ」
久助が口元を押さえた。源蔵は構わず、太い指を一本立てる。
「先に、こっちのことを話す。働ける男は俺を入れて十四人だ。女房や餓鬼、年寄りまで合わせりゃ三十五ほどになる」
「全員を受け入れろということか」
「働く奴だけ来いって話なら、他を当たってくれ。俺たちは家族ごと動く」
頼政はすぐには返さなかった。
「山が外れた時はどうする」
「別の山を探す。ただし、試し掘りの間に食った分まで返せと言われちゃ動けねえ」
「条件を決めるのは、山を見た後だ」
「そりゃそうだ。俺も穴を見ずに請け負う気はねえ」
俺は向山で確かめたことを話した。古穴には鑿を入れたような跡があり、脇には捨て石が残っている。沢と平場は近いが、雨が続けば道が崩れる恐れがある。人は通れても、荷を運ぶには狭い。
源蔵は古穴の深さや岩肌の筋、沢との高低を聞き返した。石の色を伝えても、答えを出そうとはしない。
「話だけで石の量までは分からねえ。奥まで続いてる山もあれば、入口だけの山もある」
「見なければ分からないか」
「分かった気になって掘る方が怖え。それで潰れた穴を何度も見てきた」
飾らない言い方だったが、軽んじられているとは感じなかった。ここまで言い切る男なら、見栄で数字を盛る心配はなさそうだった。
「話は分かった。次は現物だな」
「見たいか」
「そのために来たんだ」
「なら行こう」
「今からか」
「道具は持ってきているだろ」
源蔵は俺と脇の槌を見比べた。
「小せえ図体で、山までついてこれるのか」
「問題ない」
頼政が口を挟んだ。
「日が落ちる前には戻れ」
「はい、父上」
「山で何が出ても、話を決めるのは戻ってからだ」
「分かっています」
源蔵も槌を掴んで立ち上がった。
「殿さん。山を見た後で、こっちの条件も聞いてもらうぜ」
「そのために呼んだ」
「なら遠慮はしねえ」
「初めからしておらぬだろう」
源蔵は口を閉じたが、すぐに大きく笑った。
* * *
向山へ向かったのは、俺、弦十郎、新九郎、久助、源蔵と配下二人、それに護衛二人だった。源蔵の配下は槌や鑿のほか、木皿、小さな土器、炭まで背負っていた。石を見つければ、その場で確かめるつもりなのだろう。
八風街道を外れて山道へ入ると、新九郎が来た道と街道の方角を確かめた。
「ここから先は、顔を隠した方がよろしいかと」
俺は荷から目出し帽を取り出し、源蔵へ渡した。土色の布を袋状に縫い、目の位置だけを横長に開けてある。
源蔵は裏返し、縫い目を指でなぞった。
「なんじゃ、これは」
「顔を見られないための物だ。向山へ金堀が入ったと、小倉に知られたくない」
「石があるかも分からねえのにか」
「分からないから隠す。外れなら何も残らない。石があれば、知られてからでは遅い」
「掘る前から面倒な山だな」
源蔵は目出し帽を被り、後頭部の紐を締めた。すぐに鼻の辺りを摘まみ、布を前へ引く。
「こいつ、俺の顔に合ってねえぞ」
「山へ着くまで我慢しろ」
「息がしにくい」
「その割によく喋るな」
「黙ると余計に苦しいんだよ」
文句は多いが、外そうとはしなかった。配下二人にも色の違う物を渡し、俺たちも顔を覆う。
弦十郎が俺の後頭部へ手を回した。
「若様、紐が緩んでおります」
「これで外れないだろ」
「枝へ掛かればずれます。少しお待ちください」
結び直されている間、源蔵がこちらを見た。
「若様も大変だな」
「お前よりは顔に合っている」
「そりゃ羨ましいことで」
二つの沢を越える間、源蔵は道のほかにも目を配っていた。崩れかけた斜面では土を握り、沢では流れと岸の高さを確かめる。平らな場所へ出ると足を止め、木の間隔まで見回した。
「穴を見る前から、何を調べている」
「人を入れた後に困る所だ。掘った石を置く場所も、休む場所も要る。雨のたび道が消えるようじゃ、穴が当たりでも続かねえ」
「山は穴だけではない、か」
「石ばかり見て、足元の泥に気づかねえ奴は長く続かねえよ」
古穴へ着くと、源蔵は目出し帽を外した。穴へ入るより先に、草へ半ば埋もれた捨て石を拾い、表面を眺める。槌で割ると、新しい面を日に向けた。
入口へ膝をつき、岩に残った筋を指でなぞる。
「人が掘った跡か」
「ああ。古いが、鑿の跡が残ってる。自然に崩れただけじゃねえ」
源蔵が顎を振ると、配下の二人が荷を下ろした。一人が穴の脇の石を除け、もう一人が岩肌へ鑿を当てる。
「そこじゃねえ。白い筋の横だ。赤く焼けたみてえな所を割れ」
槌が鑿を打つ。乾いた音が何度も山へ返り、やがて岩の一部が剥がれ落ちた。
その時、配下の一人が短く声を上げた。
「頭、上から」
古穴の入口の上、斜面の土がわずかに崩れ、小石が幾つか転がり落ちてきた。
源蔵は槌を止め、崩れた跡を見上げた。
「触るな。そのまま動くんじゃねえ」
配下たちが手を止め、後ろへ下がる。源蔵は落ちた土の量と、斜面に残った切れ目をしばらく見ていた。
「鑿の音で、緩んでた土が落ちただけだ。大したことはねえが……」
源蔵はこちらへ顔を向けた。
「若様、次から一歩下がって見ててくれ。これでも人を殺したことは一度もねえ。この先も、その一度目をあんたで作りたくねえ」
俺は言われた通り、後ろへ下がった。石を見せられれば触れたくなる。だが、山を知る者が下がれと言うなら、それに従うしかなかった。
崩れが収まったのを確かめ、源蔵はようやく作業を再開させた。
源蔵は石を拾い、小槌でさらに割った。
「銅だな」
「もう分かるのか」
「表に緑の染みがある。割った中にも銅の石が出てる。今見える中じゃ、こいつが一番多い」
足元の黒い石も拾い、手の中で転がす。
「こっちは鉛だ。量は多くねえ」
久助が金色の粒を含んだ石を覗き込んだ。
「これは金にございますか」
「違う。黄鉄だ。見た目は似てるが、こいつを金だと言う奴は山師だな」
「硫化鉄か」
思わず口を挟んだ俺に、源蔵が片眉を上げた。
「なんだ、その呼び方は」
「前に、そういう石だと聞いたことがある」
「俺たちは黄鉄で通してる」
源蔵は古穴の奥を見た。
「白い筋が続いてる。もう少し割るぞ」
場所を変えて削り出した石は、一か所へ積まなかった。源蔵の指示で、銅の多い石、鉛の混じる石、黄鉄の目立つ石、白い筋の入った石へ分けられていく。その一部を細かく砕き、木皿へ入れる。沢の水を加え、皿を傾けながら揺らすと、軽い砂が流れ、底に重い粒が残った。
「銀の混じる石があるな」
「銀か」
「まだ言い切れねえ。火に掛ける」
配下が地面を浅く掘り、炭を入れた。砕いた石と持参した鉛を小さな土器へ入れ、火の中へ置く。小さな鞴で風を送ると、炭の赤みが増した。
「どれくらいかかる」
「石に聞け」
「急いでも変わらないか」
「急かされて金になるなら、山師はみんな大金持ちだ」
火が強くなるにつれ、辺りへ重い臭いが漂った。久助が少し離れた平場へ飯を広げ、俺たちも遅い昼を取る。源蔵たちは火から目を離さず、握り飯を急いで口へ運んだ。
食べ終えると、源蔵はすぐに立ち上がった。
「火が落ち着くまで、穴を見るぞ」
古穴へ入り、岩盤を槌の柄で叩く。水の染み出す場所を確かめると、入口上の斜面を見上げた。
「あそこは先に木を組む。あのまま穴を広げりゃ、上から落ちるぞ」
「坑木か」
「言葉は知ってるんだな」
「言葉だけは」
「言葉で山が支えられりゃ楽なんだがな」
火が落ち着くと、源蔵は土器を外した。冷えた塊を砕き、灰の中に残った粒を選り分ける。
「銀だ」
久助が膝を寄せた。
「間違いありませぬか」
「量までは分からねえ。だが、銀があるのは間違いねえ」
源蔵はさらに小さな粒を指先へ載せた。
「こっちは金だ」
俺は粒を覗き込んだ。
「金もあるのか」
「あるにはある。目当てにできるほど出るかは別だ。今日見た限りじゃ銅が主で、鉛と銀が混じる。金はわずかだな。黄鉄も出る」
銅が主で、銀もある。五年で人と銭を十倍にすると口にした日から、まだ十日と経っていない。油と茶だけでは届かないと分かっていた道に、ようやく一つ目印が立った。
「銭になるか」
「銅の石が奥まで続いてりゃな」
「続いているかは」
「掘らなきゃ分からねえ。入口だけ景気がよくて、奥へ入ったら空って山もある」
「試しに掘る価値は」
「ある」
返事は早かった。
「最初は九人だ。古穴を広げながら、石がどっちへ続くかを見る。いきなり十四人も穴へ入れりゃ、狭くて仕事にならねえ」
「残りの者はどうする」
「道具の手入れと交代だ。石を下ろす道も要る」
久助が来た斜面を見下ろした。
「今の道は使えませぬか」
「一度、人が通るだけならな。だが、道具と石を背負った奴が毎日歩けば、すぐ踏み跡になる。ここは千種越えにも近え」
俺は新九郎へ向き直った。
「八風街道から向山へ入る別の道を付ける」
「入口は、炭焼きか柴を運ぶ細道に見せます」
「背負子を担いで通れるか」
「候補はあります。源蔵にも傾きを見てもらいます」
「最初はそれでいい」
採れる量が増えれば、背負子だけでは追いつかなくなる。
「いずれ、二本の木の上を木輪の車で走らせる。坂は縄で引く」
「おめぇさん、石が続くか分からねえうちから作るなよ」
「まずは背負子だ。量が増えたら、短い所で試す」
「ならいい。山じゃ、便利そうな物から先に作ると、大抵銭がなくなる」
新九郎と久助には、街道から入る道を改めて調べるよう命じた。源蔵には、近さではなく、荷を背負った者が歩ける傾きと休める場所で道筋を選ばせる。
斜面を横切った源蔵は、木の間から街道の方角を確かめ、沢へ雨水が集まりそうな窪地を避けていった。ふと足を止め、呆れたように言う。
「道普請まで金堀にやらせる気か」
「人手は別に出す。お前には道を決めてもらう」
「それなら構わねえ」
日が傾く前に、俺たちは向山を離れた。
帰り道では、源蔵も配下も口数が減っていた。持ち帰る石を分け直し、誰が何を背負うかを決めている。来た時より荷は増えていたが、足を止める者はいなかった。
* * *
朝霧へ戻ると、頼政が座敷で待っていた。春と政澄も同席している。
源蔵は持ち帰った石を頼政の前へ並べた。
「銅が主だ。鉛と黄鉄もある。銀も出た。金は、ほんの少しだな」
「掘る価値はあるか」
「ある。九人で古穴を広げる。石が続けば人数を増やし、切れたら止める」
頼政は石ではなく、源蔵を見た。
「山の中は、お前が指揮するのだな」
「穴を支える木も、入れる人数も俺が決める。山を知らねえ奴に口を出されたら、人が死ぬ」
「使う人と銭は、先に話せ」
「そこは話す。だが、崩れると思った時は俺の判断で止めるぞ」
「認める」
頼政が俺へ顔を向けた。
「小徳丸。三十五人を受け入れられるか」
「試し掘りの間は、住居と食料、働いた分の銭は橘が出します。朝霧を中心に空き家へ入れ、足りない分は隣村までにします」
源蔵が石の横から口を挟んだ。
「ばらばらにしすぎるのは困るぜ。具合の悪い者が出た時、すぐ人を回せねえ」
「朝霧と、その隣までだ。それより遠くへは置かない」
「それならいい」
春が尋ねた。
「家族の中に、すぐ働けない者は何人いますか」
「年寄りが三人、まだ小せえ餓鬼が六人だ。女房連中も山へは入れねえ」
春はしばらく指を折っていたが、顔を上げた。
「家へ入れるだけでは足りませんね。冬までの食料と、屋根や戸の傷みも見ます」
久助は石から目を離し、指を折った。
「鍋、薪、寝具も要ります。空き家に残る物を調べ、不足を家ごとに分けましょう」
「久助、頼む」
「はっ」
俺は新九郎へ確認した。
「組の者の素性は」
「よその山へ雇われた者はおりますが、源蔵を置いて抜けた者はおりません。返せぬほどの借りを抱えた者もおらぬと確認しております」
頼政は並んだ石を一度見下ろし、源蔵へ告げた。
「岩松源蔵。お前と組の者、その家族を橘の支配する村へ受け入れる。試し掘りの間も働いた分は払う。山が外れても、食わせた分を返せとは言わぬ」
「それなら動ける」
「坑木と炭、足りぬ道具は橘が用意する。掘った石は橘の物だ。勝手に売るな。向山の場所も、出た石のことも漏らすな」
「構わねえ。俺たちは掘る方が性に合ってる」
「採れる量が分かってから、取り分を決める。お前たちが食えぬ取り分にはせぬ」
「なら、話は決まりだ」
源蔵は大きな手を膝へ置き、頭を下げた。
「向山は、俺たちが掘る」
俺は並べられた石を見た。金堀と呼ぶだけでは、ほかの組を雇った時に区別がつかない。
「今日から、お前たちは岩松組だ」
「何の話だ」
「棟梁が岩松源蔵なんだから、それでいいだろ」
「俺だけ逃げられねえ名じゃねえか」
「逃げるつもりだったのか」
「銭と飯が出るなら逃げねえよ。名なんざ何でもいい」
「なら決まりだ」
「勝手な若様だな」
頼政が咳払いをすると、源蔵がわずかに背を伸ばした。
「橘の殿さんも、それでいいのか」
「好きに名乗れ」
「親子揃って勝手だな。まあ、岩松組でいい。連中へ話す手間が少なくて済む」
* * *
数日後、岩松組の者たちと家族が朝霧へ入った。
荷には鍋や寝具のほか、使い込まれた槌、鑿、鶴嘴、楔が積まれている。子供たちは見知らぬ村を不安そうに眺め、女たちは割り当てられた家の戸や屋根を確かめていた。
源蔵は一軒ずつ回り、雨漏りのする家と、年寄りには段差の多い家を久助へ伝えた。朝霧と隣村の空き家へ家族を入れ、働ける者のうち九人が向山へ入る。残りは道具の修理と交代に備えた。
八風街道の脇では、新九郎と久助が選んだ場所から、柴を運ぶような細い道が付けられ始めていた。街道から見えるのは草と木だけで、その奥を、背負子を担いだ一人が通れる幅の道が向山へ延びていく。
古穴の前では、源蔵が九人を集めた。
「欲を出して奥へ急ぐな。石を見て、割って、崩れそうなら止めろ。山は逃げねえが、潰されりゃ人は戻らねえ」
岩松組の者たちが道具を取った。
源蔵は岩肌へ鑿を当て、その頭へ槌を構えた。
「始めるぞ」
槌が振り下ろされ、楔を打つ音が向山へ響いた。




