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近江の山奥から始める近代国家建設 〜転生田舎領主は戦国そのものを終わらせたい〜  作者: 近江もののふ
第二章 橘の礎

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第46話 尾張の若武者たち

中村(なかむら)を出てしばらくすると、弦十郎(げんじゅうろう)が隣へ並んだ。


「これから、いかがなさいますか」

「少し考えていることがある。その前に――」


俺は道脇の木を見上げた。


「おい、いるんだろ。新九郎(しんくろう)


返事はない。弦十郎も足を止め、枝葉の間へ目を凝らした。


「父上から、俺を見張れと言われたはずだ。出てこい」


頭上で枝が揺れ、新九郎が音もなく地面へ下りてきた。


「はっ」

「いつからついてきていた」

「昨日より」

「中村へ入る前からか」

「左様にございます」


弦十郎が来た道を振り返った。


「まったく気づかなかった……」

「忍びというのは、呼べば出てくるものだろう」

「そのようなわけがございますか」


俺は新九郎へ向き直った。


日吉丸(ひよしまる)の家族が朝霧(あさぎり)へ移るか決めるまで、中村に残れ」

「承知しました」

「妙な者が近づけば追い払え。何かあれば、すぐに知らせろ」

「かしこまりました」


新九郎は頭を下げ、来た道を戻っていった。その背を見送り、弦十郎が口を開く。


「殿も、ずいぶん用心なさいますな」

「父上は心配性なんだ」

「心配されるだけのことを、若様がなさっているのでは」

「心当たりはない」

「では、数えましょうか」

「それより、これからの話だ」


俺は再び歩き出した。


「人を集める」

「中村から、さらに連れていかれるので?」

「違う。尾張(おわり)の武家を回る」

「面識がおありなのですか」

「ない」

「では、どちらへ」

「まずは春日井郡(かすがいぐん)児玉村(こだまむら)の丹羽家だ。万千代という小僧がいる」

「……名だけでなく、住む村までご存じとは」


俺が答えずに歩くと、弦十郎もそれ以上は尋ねてこなかった。


* * *


児玉村までは、道を尋ねながら進んだ。


俺が知っているのは村の名までだ。丹羽家の屋敷がどこにあるかは、現地で聞くしかない。


畑にいた男へ尋ね、行商人にも確かめた。一度は道を間違え、来た場所まで戻ることになった。


「若様にも、ご存じない道があるのですな」

「名前を知っていることと、道を知っていることは別だ」

「少し安心いたしました」

「何がだ」

「すべてご存じなら、私がついている意味がなくなります」


児玉村へ入ると、丹羽家を探すのは難しくなかった。村人に場所を教えてもらい、門で用件を告げる。


しばらく待つと、一人の少年が俺たちの前へ出てきた。


丹羽万千代(にわまんちよ)にございます」


この少年が、後の丹羽長秀(にわながひで)だった。


俺も名乗り、朝霧と橘家(たちばなけ)のことを話した。万千代は口を挟まず、最後まで聞いている。


「単刀直入に言う。それがしに仕えないか」

「橘殿は、某のことをどこまでご存じなのでしょう」

「名と生まれた村くらいだ」

「それだけで、仕官を勧められるのですか」

「今のお前について知っていることは少ない。だが、お前なら戦だけでなく、兵をまとめ、城を預かり、銭や兵糧まで扱える者になると見込んでいる」

「まだ何の働きもしていない某を、そこまで買われるのですか」

「だから、他家で働きを示す前に来た。働いてから声を掛けたのでは遅い」

「会ってみて、そのお考えは変わりませんでしたか」

「変わらない。こちらの話を遮らず、分からないことを曖昧にせず尋ねた。武勇だけを欲しがる家なら、それを軽く見るだろう。某は違う」

「某に、何を任せるおつもりで」

「初めは家中と領内を覚えてもらう。その先は、兵も城も政も任せる。そこまで使える者になってもらうつもりだ」


万千代は一度、視線を落とした。


「ありがたいお話ですが、すでに仕官先を決めております」

那古野(なごや)の織田三郎殿か」

「はい。近く那古野へ上がります」

「三郎殿には会ったのか」

「一度だけ」

「どのような御方だった」

「わずかな間でしたので、多くは申し上げられません。ただ、近くでお仕えしてみたいと思いました」


一足遅かった。


本人が信長を見て決めたのなら、ここで覆させるべきではない。


「そうか。なら諦めよう」

「お引き留めにならないのですか」

「お前は、まだ某の家臣ではない。自分で決めた仕官先を曲げさせる理由もない」


俺は立ち上がった。


「ただ、織田家で困ることがあれば朝霧を訪ねてくれ」

「その時にも、まだお使いいただけますか」

「互いによく知らない以上、今は約束できない。その時のお前を見て決める」

「……覚えておきます」


丹羽家を出ると、弦十郎が屋敷を振り返った。


「もっと強く誘われるものと思っておりました」

「本人が決めた仕官先だ。無理に曲げさせても使えない」

「日吉丸は、本人の意思を聞かずに連れていかれましたが」

「あれは謝っただろう」

「二度はなさらぬと?」

「必要ならする」

「反省なされておりませんな」


児玉村を離れた後も、堀尾吉晴(ほりおよしはる)山内一豊(やまうちかずとよ)の生家を訪ねた。


どちらも、本人へ仕官の話を持ちかけられる年ではない。家の者へ朝霧の名を伝え、いずれ子を他家へ出す時には思い出してくれと頼んだ。


見知らぬ近江(おうみ)の子供が、幼い息子の名を出して訪ねてくるのだ。初めは門前から追い返されかけ、弦十郎が六角(ろっかく)と橘家の名を出して、ようやく話を聞いてもらえた。


二軒目を出た後、弦十郎が俺の横へ並んだ。


「若様は、尾張の武家にずいぶんお詳しいのですな」

「名を知っているだけだ」

「幼い子の家までご存じですが」

「細かいことを気にするな」

「護衛としては、気になります」


俺が知っているのは、生まれた土地と、おおよその身の上だけだ。


家の場所も、本人が俺の知る通りに育つかも分からない。だから、実際に訪ねるしかなかった。


* * *


森家は、尾張と美濃(みの)の境に近い村にあった。


屋敷と呼ぶには小さいが、周りの農家よりは広い。軒下には手入れされた槍が並び、庭では男たちが具足の紐を締め直している。


門を入ったところで、弦十郎(げんじゅうろう)が足を止めた。


「ここは、先ほどまでの家とは違いますな」

「分かるか」

「槍も具足も、しまうための支度には見えませぬ」


俺たちを迎えた男は、二十代半ばほどに見えた。


肩幅が広い。こちらが子供だからと侮る様子も、六角の名に慌てる様子もなかった。


森三左衛門(もりさんざえもん)にございます」


この男が、森三左衛門可成もりさんざえもんよしなりだった。


俺も名乗り、朝霧と橘家(たちばなけ)のことを話した。


「それで、橘殿は某に何をお望みでしょう」

「三左衛門殿を、橘家へ迎えたい。その上で、それがしの側に付いてもらいたい」

「某が仕え先を求めていると、どこで聞かれました」

「聞いてはいない」


庭で郎党が胴を裏返した。乾ききっていない革紐が、板へ重い音を立てる。


「武具が、すぐ運び出せるように見えた」

「手入れをしているだけかもしれませぬ」

「なら、違うと言えばいい」


可成は庭の年かさの郎党を呼んだ。


「先ほど届いた話を、客人にも申してみよ」

「はっ。美濃側の村から、斎藤方へ人を出すよう求められております。返事はまだしておりませぬ」

「尾張からも、似た話が来ております」


郎党が下がった。


土岐家(ときけ)が美濃を追われても、森家の田畑と領民が消えたわけではございません。されど、主がいなくなったからといって、誰にも従わずに済むわけでもない」

「斎藤か、尾張かを選べと言われているのか」

「今すぐではございません。ですが、どちらからも兵を求められるようになれば、返事を延ばし続けることはできませぬ」

「土岐家が戻るのを待つ者もいる」

「おります。父も一族も、意見は一つではございません」

「三左衛門殿は」

「待っていれば以前へ戻るとは考えておりませぬ。某自身については、仕える先を己で見定めよと父から言われております。家と田代のことは、その後に一族で決めます」

「なら、近江へ来い」

「橘家は、六角の家中でしょう」

「六角へ直接仕えろとは言っていない。仕えるのは橘家だ」

「朝霧は、美濃や尾張から兵を求められる場所ではないのですな」

「美濃にも尾張にも接していない。八風街道を使えば、近江から伊勢へも出られる」

「橘殿の御家は、どれほどの兵をお持ちで?」

「多くはない」

「城は」

「砦はある。だが、城と呼べるほどのものではない」

「所領は」

「山間の村と、その周りだ」

「森家と、大きく違うようには聞こえませぬな」

「今はな」


庭の男たちが、運び出した具足を軒下へ並べ終えた。誰も座り込まず、次の指図を待っている。


「大きな家の末へ入れば、三左衛門殿は槍の一本として使われる。某が欲しいのは、すでに人を従え、人を連れて動ける者だ」

「まだ何の働きも見せておりませぬ」

「庭の者を見れば、それくらいは分かる」

「某が振り返れば、手を止めるからですか」

「止めた後、命じられなくても仕事へ戻った。怒鳴らなければ動かない者たちではない」


可成は年かさの郎党へ、乾いた具足から二領を蔵へ入れるよう指を立てた。郎党は近くの者へ声をかける。


「某に、何を任せるおつもりで?」

「初めは某の供だ。朝霧の兵と、橘のやり方を見てもらう。兵が増えれば預ける」

「その先は」

「城を取れば、城も預ける」

「今は、任せるほどの兵も城もない」

「そのために人を集めている」

「扶持は」

「初めから十分とは言えない。働いた分は返す」

「某一人を連れていくおつもりで?」

「家族と直属の郎党も、望む者は受け入れる」

「森家の所領を差し出せと?」

「言わない。田代をどうするかは、森家で決めろ」

「来た者すべてへ、知行を出されるので?」

「人数も働きも分からないうちから約束はできない。兵には役目を与える。田畑を望む家族には、耕す場所を探す。山仕事や荷運びもある」

「食えぬ者が出た時は」

「受け入れる前に人数を確かめる。住む場所と食い扶持を用意できない者まで、先に呼ぶつもりはない」

「残る者は」

「責めない。従う者だけを連れてくればいい」

「そこまで、橘殿お一人で決められるのでしょうか」

「決められない」

「御当主の御許しは」

「まだ取っていない」

「若様」


弦十郎の声が横から入った。


「そこは、もう少し順を考えて申されるべきかと存じます」

「朝霧へ着いてから分かれば同じだ」

「今ここで申されることと、連れ帰ってから知られることは、まるで違います」


可成の笑い声に、庭の郎党が一人だけこちらを見た。


「正直なお方だ」

「嘘をついて連れていっても、父上に会えば分かる」

「では、家族と郎党の受入れも、今は橘殿のお考えにすぎない」

「ああ。最終的に受け入れるのは父上だ。某が約束できるのは、三左衛門殿を必要な者として父上へ話すことまでだ」

「認められなければ」

「説得する」

「それでも認められなければ、いかがなさいます」

「その時は、某が父上に負けたことを三左衛門殿へ詫びる」


弦十郎が俺と可成の間へ片手を出した。


「勝ち負けの話ではございません」

「分かっている」

「兵も城も、十分な扶持もない。御当主の御許しも、まだ得ておられない」

「そうだ」

「それでも、某には人を預けると申される」

「一人で強い者より、人を率いられる者が欲しい」

「橘殿は、これから何をなさるおつもりで?」

「朝霧だけで終わるつもりはない。人と銭と兵を増やし、外へ出る」

「どこへ」

「今は言えない。言えるほど、まだ決まっていない」

「分からぬことを、分かったとは申されないのですな」

「分からないまま決めれば、失うのは兵と銭だ」


可成は年かさの郎党を再び呼んだ。


「父上へ、客人から仕官の話を受けたと伝えよ。某は受けるつもりだとも申せ」

「三左衛門様だけで、お決めになるので?」

「某自身の仕え先は、某が決める。田代のことと、誰が従うかは、父上と一族へ諮る」

「承知しました」


郎党が奥へ向かう。


可成は俺の前へ両手をついた。


「橘殿へお仕えいたします。家族と郎党には、某から話を通します」

「従う者だけを連れてこい。残る者へ無理強いはするな」

「承知いたしました」

「それと、俺は明日、荒子(あらこ)へ向かう。三左衛門には朝から供をしてもらう」

前田(まえだ)の荒子でございますか」

前田犬千代(まえだいぬちよ)という小僧に会う」

「承知いたしました、若様」


* * *


翌朝、可成は槍一本と小さな荷を持って現れた。


家の前では、昨日の年かさの郎党が見送りに立っている。可成は書付(かきつけ)を渡し、朝霧へ移る者の名と家族の数、できる仕事を書き留めるよう命じた。


「朝霧へ向かう者の取りまとめは、あの者に任せました」

「来る者が少なくても構わない」

「それを聞けば、残る者も話しやすくなりましょう」

「急がせるな。田代の田畑をどうするかも、家族ごとに決めさせろ」

「承知いたしました」


弦十郎が可成の槍を見た。


「三左衛門殿。道中は若様の前をお願いできますかな。私は後ろにつきます」

「若様を挟む形で?」

「左様でございます」

「若様は、それほど勝手に動かれるので?」

「今に、三左衛門殿にもお分かりになります」


聞こえなかったことにした。


* * *


荒子の前田家では、屋敷へ入る前に、庭先で取っ組み合う少年が目に入った。


年上の少年と木の棒を奪い合い、相手の足を払って転ばせたところで、庭の端にいた男が怒鳴った。


「犬千代、いい加減にせい!」

前田犬千代(まえだいぬちよ)か」


少年がこちらを睨んだ。


「誰だ、おみゃあ」

「近江から来た。お前をもらいに来た」

「は?」


弦十郎が耳元へ顔を寄せた。


「若様、その言い方では人買いです」

「意味は通じただろう」

「通じればいい話ではございません」


可成は何も言わず、犬千代の足元を見ていた。


「何を見とる」

「足だ。速いが、雑だな」

「なんだと!」


犬千代が木の棒を持ち直すと、先ほど怒鳴った男が後ろから襟首をつかんだ。


「客人の前で何をしておる。奥へ来い」

「まだ話は終わっとらん!」


犬千代は言い返しながら、屋敷の奥へ連れていかれた。


しばらくして、先ほどの男が一人の若者を伴って庭先へ戻ってきた。


二人は縁側へ腰を下ろした。


前田蔵人(まえだくらんど)にございます」


名乗りと年回りから見て、前田利春(まえだとしはる)だろう。隣に座る若い男は、嫡男の利久(としひさ)だろう。


俺も改めて名乗り、隣の可成へ目を向けた。


「こちらは森三左衛門殿。昨日、それがしに仕えることとなりました」

「森三左衛門にございます」


可成が利春たちへ頭を下げた。


「それで、橘殿は何用で荒子へ参られたのでしょう」

「犬千代殿を、それがしにお預けいただきたい」


利春はすぐには答えず、俺と可成を見比べた。


「犬千代を、でございますか」

「はい。供回りをさせ、字と礼儀を教えます。務まるようになれば、小姓として使います」

「槍は」

「三左衛門に見てもらいます」


利春が可成へ目を向けた。


「犬千代を預けることとなれば、道中も見ていただけますか」

「某が見ます。聞かぬ時は、聞くまで教えます」


奥から犬千代の声が飛んだ。


「わしは、ちゃんと聞いとる!」

「なら、呼ばれるまで黙っていろ」

「兄者まで子供扱いするな!」


利春は大きく息を吐き、俺へ向き直った。


「扶持は、いかほどに」

「飯と着る物は、こちらで用意いたします。働きに応じて、扶持も増やします」

「前田の名は」

「前田の名は、そのままで構いません。某が望むのは犬千代殿の働きであって、家名を捨てさせるつもりはございません」

「いずれ元服も」

「その時が来れば」

「家へ戻したいと申し上げた場合は」

「本人が戻ると決めるなら、無理には留めません」


利久が尋ねた。


「橘殿は、なぜ犬千代をお望みなのでしょう」

「槍を持たせたいからです」

「礼儀も字も、まだ足りませぬ」

「だから教えます。いずれ、人を率いる者にする」


犬千代が我慢できずに出てきた。


「槍が強けりゃええだろ」

「命令も読めず、数も扱えない者に、兵は預けられない」

「わし一人で戦えばええ」

「一人で戦うなら、家臣になる必要はない」


犬千代の口が止まった。


「学べば、人を率いさせる。槍も使わせる」

「……本当に?」

「ああ。だから、まず学べ」


利久が口を開いた。


「願ってもない話ではあります」

「兄者、わしを追い出す気か」

「お前を荒子に置けば、毎日誰かと喧嘩する。昨日も庄屋の息子を殴っただろう」

「あれは向こうが先だ」

「一昨日も同じことを言った」

「……それも向こうが先だがね」


利春が犬千代を呼んだ。


「家督は兄が継ぐ。お前が荒子に残っても、与えられる土地は少ない。他所へ出て、己の槍で身を立てよ」

「兄者とは張り合っとらん」

「なら、何を張り合っておる」

「槍なら、わしの方が強い」

「それを張り合っていると言うのだ」


犬千代は利久を見た。


「前田の名を汚すな。森殿と橘殿の言うことを聞け」

「分かった。近江で一番の槍使いになったる」


利春は可成へ頭を下げた。


「森殿。どうか、よろしくお願いいたします」

「お任せください」


前田家を出る時、屋敷の端からこちらを見る小僧がいた。家人が奥村と呼んでいる。


後の奥村永福(おくむらながとみ)だろう。


今回は声をかけず、顔だけ覚えておくことにした。


犬千代は小さな荷を背負い、何度か荒子を振り返った。


「戻りたいなら、今のうちだぞ」

「戻らん。近江で名を上げて、兄者らを驚かせたる」


弦十郎は何も言わず、犬千代が追いつくまで歩みを緩めた。


* * *


次に向かったのは比良(ひら)だった。


佐々家で俺たちの前へ出てきた少年は、犬千代より少し年上に見えた。


佐々与左衛門(さっさよざえもん)にございます」


この少年が、後の佐々成政(さっさなりまさ)だろう。


朝霧のことを話す間、与左衛門は可成と犬千代へ何度か目を向けた。


「朝霧へ行けば、俺にも役目はあるのか」

「何ができるか見てから決める」

「何もできなかったら」

「雑用からだ」

「兄者たちを差し置いて、俺を使うと?」

「朝霧へ来れば、兄の下にいる必要はない。だが、家へは自分で話を通せ」

「佐々家を捨てろというのか」

「家を出ることと、家を捨てることは別だ」


可成が口を開いた。


「若様は、森家にも同じことを申された。従う者だけを連れてこい、と」

「森殿も、今決めたのか」

「昨日だ」

「朝霧には何がある」

「今のところ、大したものはない。だが、これから作る」


与左衛門は俺を見た。


「橘殿。本当に何もないのか」

「住む場所と仕事はある。砦もある。だが、大きな城も、多くの兵も、十分な扶持もまだない」

「それで人を誘っているのか」

「ないから集めている」


与左衛門は可成へ向き直った。


「森殿は、橘殿から何を任される」

「今は若様の供だ。兵が増えれば、預けると言われた」

「城も任されるのか」

「若様が取られた後にな」

「話が先ではないか」

「先の話をするために、今ここへ来た」


与左衛門はしばらく黙った。


「佐々は、近江の佐々木(ささき)から分かれた家だと聞く。近江へ出るのも悪くない」

「六角の家中へ入れと?」

「六角ではない。某の下へ来い」

「橘殿に、その力があるのか」

「今はない。これから持つ」

「ないものばかりだな」

「だから、人を集めている」


与左衛門は息を吐いた。


「少し考えさせてくれ」

「構わない」

「決めたら、どうすればいい」

「家の者へ話を通し、自分で朝霧まで来い」

「道を知らない」

「近江へ向かう商人に、百済寺郷(ひゃくさいじごう)の朝霧と尋ねろ」

「分かった。決めたら、自分で行く」


比良を離れた後も、兼松正吉(かねまつまさよし)浅野長政(あさのながまさ)の家を訪ねた。


正吉はまだ幼く、長政は抱かれている赤子だった。家の者へ朝霧の名だけを伝え、いずれ仕える先を探す時に思い出してくれと頼んだ。


中村へ戻る道で、弦十郎が俺の横へ並んだ。


「なぜ、尾張の者ばかり集められるのです」

「織田が大きくなる前に、こちらへ引き入れるためだ」

「一人取れば、こちらが一人増え、織田へ行く者が一人減る。二人分、ということですか」

「ああ」

「なぜ、そこまで織田を警戒なさるので」

「織田のもとには、これからも人が集まる」

「先日の一度だけで、そうお考えに?」

「だから、集まる前に声をかけている」


万千代は、すでに信長への仕官を決めていた。


だが、可成と犬千代には、織田へ向かう前に声をかけられた。


可成が後ろから口を開いた。


「若様は、織田と争うおつもりで?」

「今すぐではない。だが、隣で大きくなる相手を、何もせずに見ているつもりもない」


* * *


数日ぶりに中村へ戻ると、新九郎が日吉丸の家の前で待っていた。


「決まったか」


日吉丸がうなずいた。


「おっかあも、小竹(こちく)も、(とも)姉も(あさひ)も、朝霧へ行く言うとります。親類にも、後から行きたいと言っとる者がおります」

「家と畑は」

「親類へ任せる分と、置いていく分を決めとります。後から来たい者の名もまとめとります」

「新九郎へ伝えろ。朝霧へ着いた後、迎えを出す」


家の中では、(なか)たちが荷をまとめていた。小竹と旭が衣類をまとめ、智が持ち出す道具を選んでいる。新九郎は、後から朝霧へ来る親類の名と住まいを書き留めていた。


「新九郎。この者たちを連れて先に戻れ」

「若様は、いかがなさいます」

「美濃へ回る」

「朝霧へは、来た時と同じ道で?」

八風街道(はっぷうかいどう)を使え。荷車と人足が必要なら、俺の名で用意しろ」

「承知しました」

「父上には、俺はもう少し遅れると伝えろ。尾張で森三左衛門と前田犬千代を迎え、美濃にも寄るとな」

「お許しになりますかな」

「そこは、うまく言え」


弦十郎が口を挟んだ。


「私からも書状を添えます。若様を止められなかったことを、先にお詫びいたしましょう」

「俺が止まらなかったと書け」

「そのように書きます」


日吉丸が俺の前へ出た。


「若様、わしは連れてってもらえんのですか」

「お前は家族を守れ。朝霧まで無事に連れてこい」

「新九郎殿がおります」

「お前の家族だろう」

「……分かりました」


日吉丸は家族の方へ向き直った。


「荷を積む順を決める。道中で使う物は、奥へ入れたらいかんで」

「分かっとる」


小竹が答え、智も荷を分け始めた。


日吉丸は新九郎に道中の行程を尋ね、仲と旭が歩き通せない時のため、荷車へ空きを作るよう頼んだ。


仲が荷を置き、俺の前まで来た。


深く頭を下げ、早口で何かを言う。やはり、ほとんど聞き取れない。


「朝霧まで家族を連れていきます。これから世話になります、と言うとります」


日吉丸が訳した。


「客として迎えるつもりはない。朝霧へ着いたら働いてもらう」

「その方が、おっかあも気が楽だそうです」

「なら問題ない」


仲はもう一度、頭を下げた。


新九郎たちが八風街道へ向かうのを見届け、俺たちも中村を出た。


こちらは俺と弦十郎、可成、犬千代の四人だ。


歩き出して間もなく、犬千代が尋ねてきた。


「若様、美濃へ何しに行くんだがね」

「人に会う」

「また家臣にするんか」

「今度は、まず仕事を頼む」

「誰に頼むんだがね」


可成も俺を見た。


蜂須賀小六(はちすかころく)だ」


美濃へ入る前に、もう一人だけ会っておきたい。


今度の相手は、子供ではない。

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― 新着の感想 ―
農民の日吉丸家族や、長男でない前田犬千代が小徳丸の誘いに乗るのはわかるのですが、森三左衛門の仕官はちょっと今回の説明だけだと理解不能でした。 私の理解では、当時の森家は300貫分の知行地をもつ土豪。村…
愛知県民が元から優秀だから活躍したのか、逆に「千里の馬は常に有れども、伯楽は常にはあらず」で信長・秀吉・家康が才能を見いだしただけなのか。もし後者だと、近隣の矢守氏や賀藤氏、大萩城の村山氏や杠葉尾城の…
まー・・・笠松の分があるからそれなりに余裕はあると思いますがかなり無茶ですな 日吉の家族くらいなら何とでもなるでしょうが・・・
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