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近江の山奥から始める近代国家建設 〜転生田舎領主は戦国そのものを終わらせたい〜  作者: 近江もののふ
第二章 橘の礎

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第43話 八風峠を越えて

風の音が変わってきた。


政所(まんどころ)黄和田(きわだ)も、もう後ろだ。道は狭くなったが、消えてはいない。踏み固められた土が続き、ところどころに馬の(ひづめ)や荷を引いた跡が残っている。


楽な道ではない。それでも、人も馬も荷も通る道だ。


弦十郎(げんじゅうろう)が先を歩き、俺がその後ろにつく。日吉丸(ひよしまる)は少し遅れて、俺の背を追っていた。


「足はどうだ」

「まだ動きます」

「休む時はこちらから言う」

「はい」


息は荒いが、足は止めていない。


尾張(おわり)から近江(おうみ)へ連れてこられ、今度は近江から尾張へ戻る。来た時と同じ道でもないのだろう。日吉丸の顔に出ているのは、懐かしさより目の前の坂のきつさだった。


前を歩いていた弦十郎が足を止めた。


「若様、少し詰めてください」

「何かあるか」

「曲がった先で道が細くなります。右は足元が崩れておりますので、左へ寄ってください」


それだけ言うと、弦十郎はまた歩き出した。


道の脇の木は低くなり、枝が風に押されて同じ方へ傾いている。湿った土の匂いに、冷たい風が混じった。


日吉丸が鼻をすすった。


「風が強うなってきました」

「峠が近い」


弦十郎の肩越しに、空が少し明るくなっている。


八風峠(はっぷうとうげ)は、すぐそこだった。


* * *


峠へ出ると、風が横から叩きつけてきた。


山の中に押し込められていた視界が一気に開け、背の低い木の向こうに伊勢(いせ)側の山並みが重なっている。


日吉丸が風に顔をしかめた。


「うわ……」

「口を閉じろ。土が入るぞ」


日吉丸は慌てて口を閉じた。


弦十郎は周囲を一度確かめ、少しだけ足を緩めた。俺も日吉丸を促し、風の中を進んだ。


岩の陰から男が出てきた。


一人ではない。三人だ。


痩せた身体に、汚れた着物。手には短い棒や、古びた脇差(わきざし)を持っている。荷もなく、旅人にも商人にも見えない。


先頭の男が、汚れた歯を見せて笑った。


「やいやい、そこのガキども」


弦十郎が足を止めた。


「命が惜しけりゃ、銭と荷を置いてけや」


残る二人が左右へ広がる。


日吉丸の足が止まりかけた。


「先生方、お願いします」

「下がれ」


弦十郎の声は短かった。


俺は日吉丸の腕を掴み、後ろへ押した。


「道の端にいろ」

「はい」


先頭の男が棒を振り上げた。


「さっさと置かねえと――」


男が踏み込んだ。


棒が振り下ろされる前に、弦十郎が半歩横へ動いた。刀の柄頭が男の腹へ入り、身体が折れた。


「ぐっ」


二人目が脇差を抜こうとする。


俺は一歩踏み込み、その手首を掴んだ。


「何を――」


腕を外へ(ひね)ると、男の身体が崩れた。足を掛けて投げ、そのまま土へ落とす。


男の手から脇差を奪い、半ばまで抜いた刃を首筋へ当てた。


「動くな」


男の目が見開かれ、身体が固まった。


三人目が身を翻した。


「日吉丸、足を払え」

「えっ」

「今だ」


日吉丸は一瞬迷ったが、逃げる男の足元へ飛び込んだ。


「うおっ」


男が驚いて足を乱す。


そこへ弦十郎が踏み込み、襟首を掴んで地面へ叩きつけた。


風の音の中に、三人のうめき声が残った。


「縄はありますか」

「ある」


俺が荷から縄を出すと、弦十郎は三人の腕を後ろへ回して縛った。俺も一人の足をまとめる。


日吉丸は落ちた短い棒を拾い、困った顔でこちらを見た。


「これは」

「藪へ捨てておけ」

「はい」


日吉丸は棒を道脇の藪へ放った。


弦十郎が縛った男たちを見下ろす。


「いかがいたします」

「道を塞がない場所へ退けておけ」

「殺さぬのですか」


日吉丸が聞いた。


俺は男たちを見た。


三人とも痩せている。まともな刀も持っていない。銭目当てで出てきたのだろうが、相手を見る目もなかった。


「殺すほどの価値もない。簀巻(すま)きにして、谷側へ転がしておけ」


日吉丸が目を丸くした。


「それ、死にませぬか」

「谷底とは言っていない」

「似たようなものでは」

「なら、藪で止まるように転がせ」


日吉丸は男たちと谷側の斜面を見比べ、顔を引きつらせた。


「……先生方は、山賊より怖いです」

「相手が悪かっただけだ」


先頭の男が何か言いかけた。


弦十郎が一歩寄ると、男はすぐに口を閉じた。


縄を足して三人をまとめ、道端から谷側の藪へ転がした。谷底へ落ちるほどではないが、自力で道へ戻るには骨が折れる場所だ。


「行くぞ」


俺が声を掛けると、日吉丸は藪をもう一度見た。


「ひぇ……はい」


俺たちは八風峠を越えた。


* * *


伊勢側へ下る道は、近江側より少し明るかった。


山はまだ深く、足元の石も湿っている。だが、峠を背にしただけで、息の詰まり方が違う。


日吉丸はしばらく黙って歩いていた。


「足は大丈夫か」

「はい。まだ動きます」

「下りの方が足にくる。無理なら言え」

「はい」


弦十郎が前で歩調を緩めた。俺たちとの間が開きすぎないようにしていた。


下りは楽に見えるが、膝へ負担がかかる。俺も途中から口数が減った。日吉丸も足元ばかり見ている。


道の脇には枝を払った跡があり、荷を置けそうな平らな場所もあった。峠を越えた者たちが、そこで息を整えるのだろう。


国境を越えたからといって、景色が急に変わるわけではない。木も土も風も、別物にはならない。


それでも、近江が後ろになり、伊勢が前にある。


足は重いが、峠を越えたという実感はあった。


「若様」


弦十郎が空を見た。


「日が傾きます。田光(たびか)まで急ぎましょう」

「分かった」


そこからは余計な話をせず、足を進めた。


田光へ着いた頃には、足の裏が熱を持っていた。


宿は大きくない。だが、火があり、湯があり、屋根がある。それだけで十分だった。


日吉丸は受け取った湯を両手で抱えた。


「熱いです」

「冷まして飲め」

「ですが、ありがたいです」


俺も草鞋(わらじ)を脱ぎ、足を伸ばした。足の裏だけでなく、ふくらはぎまで張っている。


明日の筋肉痛が、少し怖い。


弦十郎は入口に近い場所へ座り、刀を手元へ置いた。


「明日は桑名(くわな)だな」


俺が言うと、日吉丸が顔を上げた。


「桑名」

「知っているか」

「名だけは。行ったことはありませぬ」

「なら、明日はよく見ておけ」

「はい」


弦十郎は外の音へ耳を向けたまま言った。


「水辺です。人も荷も増えます」

「分かった」

「明日も早うございます。お二人とも、お休みください」


俺は横になり、目を閉じた。


桑名。


山を越えた先にある、水と荷の集まる場所。


明日は、それを見る。


* * *


翌朝、足は予想どおり重かった。


草鞋を履いた瞬間、ふくらはぎが張る。昨日の下りで傷めつけられた筋肉が、一晩遅れて本気を出してきた。


日吉丸も宿の前で、何度か足を踏み直していた。


「歩けるか」

「歩けます」

「無理なら早めに言え。桑名まではまだある」

「はい」


弦十郎を先頭に、田光を出た。


山の気配は少しずつ薄くなり、道を行く人が増えていく。


荷を担ぐ者、馬を引く者、俵を積んだ車を押す者――脇道から合流してくる者たちが、皆同じ方角へ進んでいる。


「人が多いですね」

「ああ」

「桑名が近いからでしょうか」

「たぶんな」


俺も、この時代の桑名はまだ見ていない。


だが、空気が変わっているのは分かる。風に湿り気が混じり、水と泥の匂いが強くなった。


山の沢とは違う。大きな水辺が近い。


桑名へ入る頃には、その気配がはっきりした。


荷を下ろせ、船を寄せろ、その値では合わぬ――そんな声が、水辺から重なって飛んでくる。


俵を担いだ男が走り、荷車の車輪が湿った土を削っていた。


俺は思わず足を止めた。


「若様」

「分かっている」


道の真ん中で止まる場所ではない。日吉丸を連れ、道の脇へ寄る。


水面が広かった。


川の終わりとも、海の始まりとも言い切れない。潮の混じる風の中を、荷船が岸へ寄り、また外の水へ出ていく。


岸では男たちが俵を肩へ担ぎ上げていた。別の男が縄を引き、荷を船から下ろす。板が鳴り、縄が(きし)み、怒鳴り声が水の上を渡った。


朝霧(あさぎり)なら、一つの荷を外へ出すだけでも人と日数が要る。


ここでは、船から下ろされた荷が、すぐに次の手へ渡る。俵が積まれ、箱が運ばれ、空いた船へ別の荷が載せられる。


止まらない。


「荷が銭に変わるのが早いな」


口から勝手に出た。


日吉丸が俺を見上げる。


「銭に、ですか」

「ああ。山では、品を作っても外へ出すまでに手間がかかる。ここでは、荷が着けばすぐ次へ動く」


山で品を作るだけでは足りない。


買う者の手元まで運び、そこで初めて銭になる。


「若様、あれは何ですか」

「知らん。聞けば分かる」


日吉丸が指した先で、男たちが小さな箱をいくつも運んでいた。


近くにいた荷運びの男が、こちらをちらりと見た。


「干物や。向こうの船へ積むんや」

「干物か」

「米も塩も布もある。銭になるもんは、何でも動いとるわ」


男はそれだけ言うと、箱を担いで行った。


日吉丸がぽかんとした顔で見送る。


「忙しい人でした」

「忙しい場所だからな」


前世で来た桑名は、どこにでもある地方都市に見えた。


駅があり、道があり、店があり、車が走っている。水辺には昔の名残があったが、船が町を動かしているわけではなかった。


水の向こうには長島があり、遊園地があり、観覧車があった。


だが、目の前の桑名とはうまく重ならない。


ここにあるのは、潮の匂いを含んだ風と、広い水面と、荷を動かす者たちの声だ。


俺が知っていた桑名は、水運の跡を残した町だった。


今の桑名は、水で生きている。


「若様」


弦十郎が声を掛けた。


「先に宿を押さえます。日が落ちる前に動いた方がよろしいかと」

「分かった。だが、その前に少しだけ(みなと)を見たい」

「遠くへは行かれませぬように」

「分かっている」


人の流れを避けながら、岸に沿って歩いた。


道の脇では、商人らしい男が帳面を開いていた。荷運びへ銭を渡し、受け取った男がすぐ次の荷へ走る。


別の場所では、馬の手綱を引いた男が船頭と言い合っていた。


「これでは合わんわ!」

「ほんなら次の船を待て!」

「待っとったら飯代が増えるやろ!」


日吉丸が小声で言った。


「喧嘩ですか」

「いや、商いだ」

「怒鳴っております」

「怒鳴る商いもある」


二人はしばらく言い合った後、馬の荷を船へ運ばせ始めた。


怒鳴り合っていても、荷は止まらない。値が決まり、人が走り、銭が渡る。


朝霧でも、いずれ外へ出す物は増える。


油を搾り、木地師(きじし)の品を作り、茶や炭も売れるようになるかもしれない。


だが、山で作った物を山の中へ積んでいても銭にはならない。


ここまで流れへ乗せて、ようやく値がつく。


宿へ入った後も、桑名は静かにならなかった。


荷車が通る音がする。誰かの足音が板を鳴らす。遠くで船の板を打つような音も聞こえた。


田光なら、火が落ちれば人の声も沈んだ。


朝霧なら、夜には虫の声や木の鳴る音が残る。


だが桑名では、夜になっても荷車の軋む音や、人を呼ぶ声が外に残っていた。


日吉丸は布団の上に座り、外へ耳を向けていた。


「眠れないのか」

「いえ。ただ、夜でも人が動いております」

「桑名だからだろうな」

「朝霧とは違います」

「ああ。違う」


弦十郎は入口近くに座り、刀を手元へ置いていた。


「明日は、佐屋(さや)へ向かう船です」


その一言で、日吉丸の顔が固まった。


「船」

「尾張側へ渡る」


俺が答えると、日吉丸はしばらく黙った。


「……山賊よりは、ましでしょうか」

「たぶんな」


日吉丸は信用していない顔をした。


俺も、正直なところ少し不安だった。水の上を行くのは、山道とは違う。


だが、橋があるわけではない。


尾張側へ渡るなら、船に乗るしかなかった。


* * *


翌朝、桑名の朝は早かった。


まだ日が高くならないうちから、荷を担ぐ者が動いている。宿を出ると、湿った風に潮の匂いが混じっていた。


日吉丸は昨日より口数が少ない。


「足か」

「足は、昨日よりましです」

「なら何だ」

「船です」


正直でいい。


俺も平気な顔をしているが、船に慣れているわけではない。前世でも船に強かった覚えはなかった。


弦十郎を先頭に、渡し場へ向かう。


佐屋へ向かう渡し場は、朝から人と荷で詰まっていた。船頭が声を張り、荷を積む者が怒鳴り返している。


米俵、箱、包み、竹籠(たけかご)


人だけでなく、荷も一緒に水を渡る。


弦十郎が船頭と話をつけ、俺たちを呼んだ。


「若様、こちらです」


日吉丸が船を見た。


「……これに乗るのですか」

「そうだ」

「沈みませぬか」

「今のところ浮いている」

「今のところ」

「早く乗れ。後ろが詰まる」


日吉丸は顔を固くしたまま、弦十郎に腕を取られて船へ乗った。


船が岸を離れた瞬間、日吉丸の顔色が変わった。


「……水が動いております」

「水だからな」

「船も動いております」

「船だからだ」


日吉丸は両手で頭を押さえた。


「頭の中まで揺れております」

「無理に喋るな」


船は大きく揺れているわけではない。


それでも、足元が地面ではないだけで、身体が勝手に身構える。岸が少しずつ離れ、船板の下では水が当たる音がした。


弦十郎は荷の脇に座り、周囲を見ている。顔色一つ変わらない。


「弦十郎は平気なのか」

「この程度なら」

「この程度」


日吉丸が小さく繰り返した。


船頭が笑った。


「坊主、水を見るな。遠くを見とれ」


日吉丸は言われた通り、顔を上げた。


少し間が空く。


「若様」

「何だ」

「遠くも動いております」

「諦めろ」


日吉丸は目を閉じた。


俺は笑いそうになったが、我慢した。笑えば、こちらまで気分が悪くなりそうだった。


しばらくして、日吉丸がまた口を開いた。


「船は、山賊より手強いです」

「山賊は殴れるが、船は殴れないからな」

「はい」


日吉丸は腹を押さえたまま、深くうなずいた。


その顔が真剣すぎて、船頭まで笑った。


「山賊に勝って、船に負けるか」

「まだ負けておりませぬ」

「ほんなら、佐屋まで吐くんやないぞ」


日吉丸は目を閉じたまま、小さくうなずいた。


佐屋の岸が近づく頃には、すっかり静かになっていた。


船が岸へ寄り、板が渡される。


俺が降りると、地面が少し揺れている気がした。気のせいだと分かっていても、足が一瞬だけ迷う。


日吉丸は岸へ降りた途端、その場にしゃがみ込んだ。


「地面は、ありがたいです」

「そこは邪魔だ」


弦十郎が日吉丸の襟を掴み、道の端へ寄せる。


「はい……」


佐屋も人の出入りが多い。船から降りた者が荷を受け取り、すぐ道へ流れていく。


俺は日吉丸に水を渡した。


「飲めるか」

「少しなら」

「無理に飲むな」


日吉丸は水を口に含み、ようやく息を吐いた。


「船でなければ、歩けます」

「なら、少し休んでから津島(つしま)へ向かう」

「はい」


* * *


日吉丸の顔色が戻るのを待ち、佐屋を出た。


「本当に歩けるか」

「歩けます。地面の上なら」

「なら行くぞ」

「はい」


弦十郎は先に道を確かめていた。


桑名から船で渡った者たちも、荷を背負い、馬を引き、津島へ向かう道へ流れていく。


佐屋から津島へ向かう道は、山道とはまるで違った。足元は悪くなく、人も多い。船から降ろされた荷が、そのまま背へ移り、車へ積まれ、道を進んでいく。


日吉丸が周囲を見た。


「ここも、人が多いですね」

「ああ。桑名から渡った荷が、そのまま道へ流れている」


桑名では、まず船が目に入った。


佐屋では、船から降りた荷が、そのまま陸へ移っていく。


津島へ近づくにつれ、今度は人の声が増えてきた。


道端で荷を下ろす者がいる。俵の口を確かめる者がいる。問屋らしい家の前では、帳面を持った男が若い者を走らせていた。


さらに進むと、荷の流れへ、社へ向かう者たちが混じり始めた。


飯を売る女が声を張り、俵を担いだ男が道を急ぐ。鈴の音に、値を掛け合う声が重なった。


「そんだけ負けたら、こっちが損だわ!」

「損だ言うても、この濡れようじゃ値が落ちるんだわ!」

「なら半分だけ持ってけ! 残りは乾いてからだで!」


日吉丸が声の方を見た。


「尾張へ戻りました」

「津島は知っているのか」

「いえ。ここは初めてです。ただ、言葉が違います」

「なら、尾張の言葉で話してみろ」


日吉丸は少し困った顔をした。


「急に言われましても」

「出るだろう」


日吉丸は道の先を見て、少しだけ口を曲げた。


「……津島は初めてだで、道なんぞ分からんわ。けど、尾張へ戻ったんは分かるがや。人の声も、値の言い合いも、近江とは違うんだわ」

「出るじゃないか」

「出せ言うたのは若様だがや」


そこで日吉丸は、はっとした顔になった。


「……でございます」

「今のも直されるのか」

「直されます。皆に、でございます」


少し笑いそうになった。


尾張の言葉は残っている。ただ、朝霧で覚えた話し方が、その上へ被さっているだけだ。


道の脇では、布を広げる者や干物を並べる者がいた。奥の問屋では、帳面を持った男が荷を指し、若い者へ声を飛ばしている。


桑名では船が目立った。


津島では、荷を受ける者、値を決める者、社へ向かう者の声が、道の上で混じっている。


朝霧には山の強さがある。木も水もあり、隠す場所も守る場所もある。


だが、人を集め、荷に値をつけ、銭を次の荷へ回す流れはない。


品を作るだけでは足りない。


それを外へ運び、人と銭が動く場所へつなげなければならない。


「若様」


弦十郎が振り返った。


「宿を取ります」

「ああ」


津島の宿は、桑名とはまた違っていた。


水辺の音より、人の声が近い。問屋の者らしい男が遅くまで誰かと話し、遠くで鈴の音が鳴る。その間を縫うように、荷車が通り過ぎた。


日吉丸は座るなり、足を伸ばした。


「今日は、船より歩く方が楽でした」

「それはよかったな」

「船がなければ、世はもっと穏やかです」

「荷が困る」

「荷は酔いませぬ」

「人より強いな」

「はい。少なくとも、わしよりは強いです」


俺は少し笑った。


弦十郎は入口近くに座り、いつものように刀を手元へ置いていた。外の声が大きくなるたび、目だけをそちらへ向けた。


「津島も、夜まで動いているな」

「人が集まる場所です」


桑名。


佐屋。


津島。


水を渡った荷が道へ上がり、人の中へ入っていく。


水と道がつながる場所では、荷も銭も止まらない。


なら、その先にある城も見ておきたい。


那古野(なごや)


その名を思い浮かべながら、夜の津島のざわめきへ耳を傾けた。

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信長「また転生者が来たか。椎茸・清酒・石鹸はもう要らぬ」 この世界の信長はさて?
山育ちだとこうなりますわなw 津島、長島、熱田、桑名 この当時の伊勢湾と長良川河口は物流の一大拠点
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