表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
近江の山奥から始める近代国家建設 〜転生田舎領主は戦国そのものを終わらせたい〜  作者: 近江もののふ
第二章 橘の礎

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/52

第38話 榾木と千歯こき

瑞照寺(ずいしょうじ)の庭では、政秀(まさひで)が薪を選り分けていた。太いものは軒下へ積み、細い枝は縄で束ねている。寺へ入ってから、まださほど日は経っていない。それでも、庭の隅に積まれていた倒木は片づき、薪の山も崩れないよう組み直されていた。


「爺様」


政秀は枝を持ったまま顔を上げた。


小徳丸(しょうとくまる)か。何かあったか」

政所(まんどころ)で見せてもらった榾木(ほだぎ)を、もう一度見たいのです」

「きのこの木をか」

「はい。あの椎茸(しいたけ)を、朝霧(あさぎり)でも増やせないかを試します」


政秀は枝を束の上へ戻した。


「出ている木を持ち帰るのではないのか」

「それでは、その木から採れるだけです。椎茸の出ていない木へ移せれば、もっと増やせます」

「何を移す」

「椎茸の内側から取ったものと、榾木の中に広がっている白いところです。別々に育てて比べます」

「二つとも駄目になることもあるぞ」

「その時は、やり方を変えて、もう一度試します」


政秀は薪についた木屑を払った。


「ならば政所へ行くぞ。出た木を見比べねば、どこから取るかも決められぬ」


薪の片づけを寺の者へ任せ、政秀はそのまま支度に入った。


* * *


その日のうちに、俺は政秀とともに瑞照寺を出た。弦十郎(げんじゅうろう)も供につき、少し後ろを歩いている。


雪の頃とは違い、犬上川(いぬかみがわ)沿いの道は乾いていた。畑では男たちが鍬を振るい、冬の間に崩れた(あぜ)へ土を戻している。


政秀は歩みを緩め、水路の先で回る水車を見た。


「あれが、お前の考えた水車か」

「はい。銭に変えるための油を搾るために作らせました」

「蔵まで増えておるな」

「ここ数年で、人も荷も増えましたから」


政秀は頷いたが、田で鍬を振るう男から、しばらく目を離さなかった。


* * *


政所の隠居屋敷へ着くと、松乃(まつの)が戸口まで出てきた。


「小徳丸。今日は何を見に来たのです」

「裏の榾木を見せてください」

「爺様まで一緒ということは、見るだけではなさそうですね」

「椎茸を一つと、木の一部を持ち帰ろうかと」


松乃は政秀へ目を向けた。


「どの木から取るかは、もう決めているのですか」

「これから見て決める」

「では、籠と布を用意しておきます」


俺たちは屋敷の裏へ回った。


斜面の窪みへ寄せられた榾木から、薄茶色の傘が二つ出ている。木の根元にも、指の先ほどの椎茸が顔を出していた。


俺が落ち葉の上へ踏み込もうとすると、政秀が腕を出した。


「そこを踏むな。小さいものが出ておる」


足元を避けて脇へ回り、椎茸の出た木を見た。


「前に、木によって出方が違うと言っていましたが、これが一番出た木ですか」

「そうだ。隣も(なら)だが、こちらには及ばぬ」


政秀は二本の榾木を順に叩いた。


「こちらの方が太く、伐ったのも古い。置いた場所は同じだ」

「どれが違いを生んだかまでは分からないのですね」

「ああ。木の太さか、伐ってから置いた長さか、ほかにあるのか、(わし)には分からぬ」


樹皮の剥がれたところへ顔を寄せると、木の中に白い筋が走っていた。冬に見た時は気づかなかったが、白いものは木肌の下だけではなく、奥まで入り込んでいる。


「この白いところを使うのか」

「はい。椎茸の内側から取ったものと、こちらを別々に育てます」

「どちらが先に増えるかを見るのだな」

「増え方だけでなく、腐らず残るかも見ます」


政秀は榾木から出た椎茸へ目を落とした。


「椎茸まで増やすなら、朝霧の松茸(まつたけ)はどうする」

「朝霧にも出るのですか」

赤松(あかまつ)の山にな。毎年とは限らぬが、場所を知る者はおる」

「なるほど。ですが、松茸は同じやり方では増やせません」

「同じきのこだろう」

「椎茸は伐った木で育ちますが、松茸は生きた松の根について育ちます。榾木へ移しても出ません」


政秀は朝霧のある方角へ目を向けた。


「では、出るに任せるしかないか」

「出る場所を荒らさず、赤松が弱らないように山を整え、どこに何本出たかも書き留めたらいいと思います」

「数えてどうする」

「前年より減っているか分かります。木を伐った場所や、土を荒らした場所で出なくなれば、それも確かめられます」

「ならば、場所を知る者に聞け。ただし、口の軽い者は近づけるな」

孫兵衛(まごべえ)に任せます」

「それがよい」


松茸の出る場所は、それだけで銭になる。採る者が増えれば見つけた端から持っていかれ、土まで掘り返されれば、次に出るものまで失いかねない。


政秀は小さいものを避け、傘の開ききっていない、傷のない椎茸を一つ選んだ。


「持ち帰るなら、これにしろ」

「ありがとうございます。木の白いところも少しいただきます」

「削りすぎるな。増やすために、出ている木を殺してはならぬ」


俺は榾木の端から、小さな木片を取った。


「朝霧にも同じ楢はありますか」

「伐採の者なら、この木肌を見せれば選べるだろう」

「では、二十本ほど揃えます」

「伐ってすぐ使うな。雨の当たらぬ日陰へ置き、少し水を抜け」


屋敷へ戻ると、松乃が籠の中へ布を敷いた。椎茸を包み、木片とは触れないよう分けて入れる。


「陽へ当てず、このまま持ち帰りなさい」

「ありがとうございます、婆様」


弦十郎が籠を受け取り、包みが動かないよう腕に抱えた。


「うまく増えた時は、見せに来るのですよ」

「はい」


* * *


日が傾く頃には朝霧へ戻り、伐採班の者を呼んだ。


政所から持ち帰った木片を渡すと、男は表と裏を返しながら木肌を確かめた。


「楢でございますな」

「これと同じものを二十本。太さは、一人で抱えて運べるほどに揃えてくれ」

「北の斜面に、このくらいのものがまとまっております。ただ、同じ太さにはなりませぬ」

「大きく違わなければいい。樹皮を傷つけずに運んでくれ」

「明日には屋敷へ運びます」


* * *


翌朝、屋敷の脇には切り揃えられた楢が並んだ。長さは揃っているが、太さは少しずつ違う。切り口には、伐った斜面が分かるよう墨の印も付いていた。


政秀は一本ずつ持ち上げ、重さと切り口を確かめた。


「これは軽すぎる。こちらは中が傷んでおる」


外された木を、伐採班の男が脇へ寄せた。


「残したものには、穴を開けますか」

「まだ早い。雨の当たらぬ日陰へ並べておけ」


男たちが楢を運び始めると、政秀は残した木の切り口をもう一度見た。


「白いものを入れる頃には、今より少し軽くなっておるだろう」

「その前に、入れるものを壺の中で増やします」

「その壺が腐れば、楢を残しても仕方がないぞ」

「一つに賭けず、数を作ります」


* * *


木地師の仕事場から楢の鋸屑(のこくず)を集めさせ、米ぬかを混ぜた。水は一度に入れず、鋸屑の具合を見ながら少しずつ加えていく。


手伝いに付けた山仕事の男が、濡れた鋸屑を握った。


「このくらいでございますか」


俺は握られた鋸屑を指で押した。形を保っていた塊が、ほろりと崩れる。


「それでいい。握って水が出るほど濡らすな。固まらないほど乾いていても駄目だ」

「残りも同じ具合に揃えます」


男は鋸屑を二十の小壺へ詰めていった。十壺には一本、残る十壺には二本の墨線を引かせる。


「中へ入れたものを見分ける印ですか」

「ああ。置き場所が変わっても間違えないようにな」


壺は屋敷の炊事場へ運び、釜で長く蒸した。


その間に、蔵の一角を空けさせた。棚を拭き、壺の周りにはほかの荷を置かない。出入りして壺を見る者も、手伝いの男一人に決めた。


小刀と細い鉄箸(かなばし)は、先まで火で焼いた。壺の口へ被せる布も熱湯で煮る。手は灰汁(あく)と湯で洗い、台や器にも熱湯を掛けた。


蒸し終えた壺は、煮た布を口へ被せたまま蔵へ運び、手で触れられるまで冷ました。


すべてがうまく育つとは思っていない。同じものを幾つも作り、残ったものを使うしかなかった。


政所から持ち帰った椎茸を手で二つに割る。表面には触れず、柄の内側から冷ました小刀で小さく切り取った。鉄箸でつまみ、一本線の壺へ入れる。


二本線の壺には、榾木から取った白い木片を細かく割って入れた。


すべての壺へ布を戻し、紐で縛る。二列に並んだ壺を見て、手伝いの男が訊いた。


「両方とも白く広がったら、どちらを使います」

「広がる早さと、腐らず残った数で決める。色や臭いの変わった壺だけ離し、口は開けずに俺を呼べ」

「毎朝、墨の印と一緒に確かめます」

「頼む」


男が壺を棚へ並べる後ろで、政秀が腕を組んだ。


「これが白くなれば、あの楢へ入れるのだな」

「壺の中で増えるかも、まだ分かりません。榾木へ入れる話は、その後です」

「なら、先の出来より、目の前の壺を守れ」

「はい。毎日見させます」

「まずは、それだ」


蔵を出たところで、政秀が近くの田へ目を向けた。


苗代には水が張られ、百姓が鍬で畦を直している。


「あれほど新しい物を作っておきながら、田で使う物は昔のままだな」


政秀は百姓の持つ鍬を顎で示した。


朝霧に田が少なかった頃は、壊れた道具をその都度直しても間に合った。だが今は五村を抱え、同じ鍬でも村ごとに柄の長さや差し口が違い、作兵衛(さくべえ)が一つずつ合わせて直していては、ほかの仕事まで遅れてしまう。


形をすべて同じにできなくても、柄や差し口さえ揃えれば、替えを先に作って各村へ置ける。田仕事が早くなれば田から上がる米も増え、常備兵を養う余裕にもつながっていく。


「爺様、明日は作兵衛のところへ行ってきます」

「田の道具を変える気か」

「まず、今あるものを並べます」

「儂は昔と変わらぬと言っただけだぞ」

「それで十分です」


政秀は呆れたように息を吐いた。


「思いついた途端に人を巻き込むところは、弥三郎に似たな」


* * *


翌朝、作兵衛の仕事場へ入ると、火床の中で鉄が赤く焼けていた。


「若様、今日は何を作らせるおつもりでございますか」


作兵衛は槌を置き、汗を腕で拭った。


「田で使う道具を見直す」

「鍬だけではございませぬな」

「鍬も鎌も、扱箸(こきばし)もだ」

「そこまで手を入れるのでございますか」


横で木枠を削っていた木地師まで手を止めた。


使いを走らせ、田へ出ていた百姓を二人呼んだ。普段使っている鍬、鎌、(すき)、扱箸、箕も持ってこさせる。


土間へ並べると、同じ鍬でも柄の長さも刃の形も違った。


作兵衛は二本を拾い上げた。


「こいつは短いな」

「山際の畑で使います。狭いところでは、その方が振りやすいので」

「では、こっちの長くて重いやつは」

「田を起こすには楽ですが、一日使うと腕が上がりませぬ」


作兵衛は二本を床へ置いた。


「何でも一つへ揃えればよい、というものではございませぬな」

「使い道の違いは残す。柄を差すところと、留め金だけでも揃えられないか」

「へえ、首の幅を揃えればできます。刃が違っても、同じ柄を使えますな」


木地師も柄を手に取り、木目に沿って指を滑らせた。


「長さは二つほどに絞りましょう。余分を作って村へ置けば、折れても柄だけ替えられます」

「鎌はどうだ」


作兵衛が草刈り鎌と稲刈り鎌を並べた。


「刃は違いますが、柄まで変える必要はございませぬ。まず今ある道具を測って、使う者に持たせます。どれを残すかは、それから決めましょう」

「頼む」


百姓の一人が、脇へ置いた扱箸を指した。


「若様、これも変えるんですか」

「二本で挟む代わりに、櫛のような鉄の歯を何本も並べる。その間へ穂を通して引けば、一日に千把もの稲を扱えそうだから、千歯こき(せんばこき)と呼ぶ」


俺が穂を引く動きを見せると、作兵衛は炭の欠片を拾い、床板へ何本かの線を引いた。


「歯を真っすぐ立てると、穂が上へ逃げそうですな。少し内へ傾けてみますか」

「間が広ければ籾が残ります。狭すぎれば、穂首まで切れましょう」


百姓が線の間へ指を入れると、作兵衛は間隔を変えて三通り描いた。


「去年の稲穂が残っているなら、三つ作って試してみます」

「種に残したものが少しございます」

「穂の抜け方を見るだけだ。全部はいらん」


木地師は線の脇へ木枠と脚を描き加えた。


「引いた時に倒れぬよう、脚は広げます。腰を曲げすぎぬ高さにすれば、続けて使えましょう」

「持って運べる重さにしてくれ」

「それなら、太い材は使いません」


俺は縄を一本持ってこさせ、土間へ伸ばした。


「こちらは田植えに使う。等間隔に印を付け、田へ張る」

「印に合わせて苗を植えるんですか」

「ああ。苗の間を揃える」


百姓が縄を持ち上げた。


「濡れれば、結び目だけでは見にくいですな」

「短い布を結べばいい」


木地師が端切れを縄へ結ぶと、もう一人の百姓が脇へしゃがんだ。


「一列植えた後は、縄をどれだけ動かします」

「列の間は苗の間より広く取る。両端で同じ幅を測れる棒を二本作ってくれ」

「それなら、縄が斜めになるのも防げますな」


木地師は長い棒を二本選び、同じ位置へ墨を付けた。


「苗の間と列の間は、田で試して決めましょう」

「今日のうちに二列だけ、植える真似をしてみる」


作兵衛は鍬と鎌を分けながら、こちらを見た。


「田植え縄は、すぐに試せます。鍬と鎌は型を絞り、千歯こきは木地師と二人で組みます。まだ何かあるのでございますか」

「水だ」

「水まで道具でどうにかする気ですか」

「油を搾る水車とは別に、田へ水を上げる水車を作る」


俺は仕事場の外を流れる水路を指した。


「輪の外へ竹筒か桶を付ける。下で汲んだ水を、上まで回ったところで木樋へ落とす」

「臼は回さず、輪で水だけ上げるんですな」


作兵衛が木地師を見ると、木地師は水路の幅を目で測った。


「竹筒を斜めに付ければ、上で水を落とせます。置く場所を見て、輪の大きさを決めましょう」


百姓二人が顔を見合わせた。


宮田(みやた)の外れに、水路より高い田がございます。川は近いのですが、水を上げられませぬ」

「そこを見に行こう」


もう一人の百姓は、並べた鋤へ目を落とした。


「牛や馬を田へ入れるなら、引かせる道具も要りましょう」


作兵衛が鋤を持ち上げ、刃の向きを確かめた。


「人が押す鋤とは別物でございますな。牛に引かせる(からすき)を組まねばなりませぬ」

「朝霧の狭い田では、牛を返す場所がありません。使うなら広い田でしょうな」

「広い田から試す。刃の入り方は変えられないか」


木地師が床へ犂の枠を描き始めた。


「綱を結ぶ高さを変えれば、刃の入り方も変わりましょう」


作兵衛は土間へ並んだ道具と、床に増えた図を見渡し、大きく息を吐いた。


「若様、これを一度には作れません」

「田植え縄を先に試す。鍬と鎌は型を決める。千歯こきと水車は試作。犂は田を見てからだ」

「それなら、何とかします」


* * *


田の端へ出ると、百姓二人が縄を張った。一人が布の印へ苗を置く真似をし、もう一人が両端へ杭を打って最初の列を残す。


木地師が二本の棒を杭へ当て、墨の印まで縄を動かした。百姓が杭と縄の間へ足を入れ、泥の中を歩くように進んだ。


「これでは少し狭いですな。草を取る時に苗を踏みそうです」

「もう少し広げるか」

「広げすぎれば、植えられる列が減ります」


木地師は棒の墨を指二本分だけ外へ移した。もう一度縄を張ると、百姓は列の間へ入り、両側へ手を伸ばした。


「これなら届きます」

「田植えが始まったら、まず二枚だけこの縄を使え。使いにくければ変える」


作兵衛は田の脇で、鍬の柄を二人の肩へ当てていた。


「背丈が違いすぎますな。柄は長いものと短いものの二つにします。それ以上増やせば、また今と変わりませぬ」

「それでいい」


仕事場へ戻ると、百姓たちは鍬を持ち比べ、作兵衛と木地師が柄や刃の寸法を取っていった。


外の田には、試し直した間隔で縄が張られていた。結びつけた短い布が、田の端から端まで等間隔に並んでいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
よくある内政チートはやらないのかなと思ってましたが、ついに出ましたね
ここにでる政所て将軍家の役職とは違うのですよね
椎茸は好気性ですからなぁ(´・ω・`) ヘタに酸素濃度下げると嫌忌呼吸に切り替わって異臭が出るから適切な換気通気と保温保湿が大事 高く売れるでしょうw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ