第38話 榾木と千歯こき
瑞照寺の庭では、政秀が薪を選り分けていた。太いものは軒下へ積み、細い枝は縄で束ねている。寺へ入ってから、まださほど日は経っていない。それでも、庭の隅に積まれていた倒木は片づき、薪の山も崩れないよう組み直されていた。
「爺様」
政秀は枝を持ったまま顔を上げた。
「小徳丸か。何かあったか」
「政所で見せてもらった榾木を、もう一度見たいのです」
「きのこの木をか」
「はい。あの椎茸を、朝霧でも増やせないかを試します」
政秀は枝を束の上へ戻した。
「出ている木を持ち帰るのではないのか」
「それでは、その木から採れるだけです。椎茸の出ていない木へ移せれば、もっと増やせます」
「何を移す」
「椎茸の内側から取ったものと、榾木の中に広がっている白いところです。別々に育てて比べます」
「二つとも駄目になることもあるぞ」
「その時は、やり方を変えて、もう一度試します」
政秀は薪についた木屑を払った。
「ならば政所へ行くぞ。出た木を見比べねば、どこから取るかも決められぬ」
薪の片づけを寺の者へ任せ、政秀はそのまま支度に入った。
* * *
その日のうちに、俺は政秀とともに瑞照寺を出た。弦十郎も供につき、少し後ろを歩いている。
雪の頃とは違い、犬上川沿いの道は乾いていた。畑では男たちが鍬を振るい、冬の間に崩れた畦へ土を戻している。
政秀は歩みを緩め、水路の先で回る水車を見た。
「あれが、お前の考えた水車か」
「はい。銭に変えるための油を搾るために作らせました」
「蔵まで増えておるな」
「ここ数年で、人も荷も増えましたから」
政秀は頷いたが、田で鍬を振るう男から、しばらく目を離さなかった。
* * *
政所の隠居屋敷へ着くと、松乃が戸口まで出てきた。
「小徳丸。今日は何を見に来たのです」
「裏の榾木を見せてください」
「爺様まで一緒ということは、見るだけではなさそうですね」
「椎茸を一つと、木の一部を持ち帰ろうかと」
松乃は政秀へ目を向けた。
「どの木から取るかは、もう決めているのですか」
「これから見て決める」
「では、籠と布を用意しておきます」
俺たちは屋敷の裏へ回った。
斜面の窪みへ寄せられた榾木から、薄茶色の傘が二つ出ている。木の根元にも、指の先ほどの椎茸が顔を出していた。
俺が落ち葉の上へ踏み込もうとすると、政秀が腕を出した。
「そこを踏むな。小さいものが出ておる」
足元を避けて脇へ回り、椎茸の出た木を見た。
「前に、木によって出方が違うと言っていましたが、これが一番出た木ですか」
「そうだ。隣も楢だが、こちらには及ばぬ」
政秀は二本の榾木を順に叩いた。
「こちらの方が太く、伐ったのも古い。置いた場所は同じだ」
「どれが違いを生んだかまでは分からないのですね」
「ああ。木の太さか、伐ってから置いた長さか、ほかにあるのか、儂には分からぬ」
樹皮の剥がれたところへ顔を寄せると、木の中に白い筋が走っていた。冬に見た時は気づかなかったが、白いものは木肌の下だけではなく、奥まで入り込んでいる。
「この白いところを使うのか」
「はい。椎茸の内側から取ったものと、こちらを別々に育てます」
「どちらが先に増えるかを見るのだな」
「増え方だけでなく、腐らず残るかも見ます」
政秀は榾木から出た椎茸へ目を落とした。
「椎茸まで増やすなら、朝霧の松茸はどうする」
「朝霧にも出るのですか」
「赤松の山にな。毎年とは限らぬが、場所を知る者はおる」
「なるほど。ですが、松茸は同じやり方では増やせません」
「同じきのこだろう」
「椎茸は伐った木で育ちますが、松茸は生きた松の根について育ちます。榾木へ移しても出ません」
政秀は朝霧のある方角へ目を向けた。
「では、出るに任せるしかないか」
「出る場所を荒らさず、赤松が弱らないように山を整え、どこに何本出たかも書き留めたらいいと思います」
「数えてどうする」
「前年より減っているか分かります。木を伐った場所や、土を荒らした場所で出なくなれば、それも確かめられます」
「ならば、場所を知る者に聞け。ただし、口の軽い者は近づけるな」
「孫兵衛に任せます」
「それがよい」
松茸の出る場所は、それだけで銭になる。採る者が増えれば見つけた端から持っていかれ、土まで掘り返されれば、次に出るものまで失いかねない。
政秀は小さいものを避け、傘の開ききっていない、傷のない椎茸を一つ選んだ。
「持ち帰るなら、これにしろ」
「ありがとうございます。木の白いところも少しいただきます」
「削りすぎるな。増やすために、出ている木を殺してはならぬ」
俺は榾木の端から、小さな木片を取った。
「朝霧にも同じ楢はありますか」
「伐採の者なら、この木肌を見せれば選べるだろう」
「では、二十本ほど揃えます」
「伐ってすぐ使うな。雨の当たらぬ日陰へ置き、少し水を抜け」
屋敷へ戻ると、松乃が籠の中へ布を敷いた。椎茸を包み、木片とは触れないよう分けて入れる。
「陽へ当てず、このまま持ち帰りなさい」
「ありがとうございます、婆様」
弦十郎が籠を受け取り、包みが動かないよう腕に抱えた。
「うまく増えた時は、見せに来るのですよ」
「はい」
* * *
日が傾く頃には朝霧へ戻り、伐採班の者を呼んだ。
政所から持ち帰った木片を渡すと、男は表と裏を返しながら木肌を確かめた。
「楢でございますな」
「これと同じものを二十本。太さは、一人で抱えて運べるほどに揃えてくれ」
「北の斜面に、このくらいのものがまとまっております。ただ、同じ太さにはなりませぬ」
「大きく違わなければいい。樹皮を傷つけずに運んでくれ」
「明日には屋敷へ運びます」
* * *
翌朝、屋敷の脇には切り揃えられた楢が並んだ。長さは揃っているが、太さは少しずつ違う。切り口には、伐った斜面が分かるよう墨の印も付いていた。
政秀は一本ずつ持ち上げ、重さと切り口を確かめた。
「これは軽すぎる。こちらは中が傷んでおる」
外された木を、伐採班の男が脇へ寄せた。
「残したものには、穴を開けますか」
「まだ早い。雨の当たらぬ日陰へ並べておけ」
男たちが楢を運び始めると、政秀は残した木の切り口をもう一度見た。
「白いものを入れる頃には、今より少し軽くなっておるだろう」
「その前に、入れるものを壺の中で増やします」
「その壺が腐れば、楢を残しても仕方がないぞ」
「一つに賭けず、数を作ります」
* * *
木地師の仕事場から楢の鋸屑を集めさせ、米ぬかを混ぜた。水は一度に入れず、鋸屑の具合を見ながら少しずつ加えていく。
手伝いに付けた山仕事の男が、濡れた鋸屑を握った。
「このくらいでございますか」
俺は握られた鋸屑を指で押した。形を保っていた塊が、ほろりと崩れる。
「それでいい。握って水が出るほど濡らすな。固まらないほど乾いていても駄目だ」
「残りも同じ具合に揃えます」
男は鋸屑を二十の小壺へ詰めていった。十壺には一本、残る十壺には二本の墨線を引かせる。
「中へ入れたものを見分ける印ですか」
「ああ。置き場所が変わっても間違えないようにな」
壺は屋敷の炊事場へ運び、釜で長く蒸した。
その間に、蔵の一角を空けさせた。棚を拭き、壺の周りにはほかの荷を置かない。出入りして壺を見る者も、手伝いの男一人に決めた。
小刀と細い鉄箸は、先まで火で焼いた。壺の口へ被せる布も熱湯で煮る。手は灰汁と湯で洗い、台や器にも熱湯を掛けた。
蒸し終えた壺は、煮た布を口へ被せたまま蔵へ運び、手で触れられるまで冷ました。
すべてがうまく育つとは思っていない。同じものを幾つも作り、残ったものを使うしかなかった。
政所から持ち帰った椎茸を手で二つに割る。表面には触れず、柄の内側から冷ました小刀で小さく切り取った。鉄箸でつまみ、一本線の壺へ入れる。
二本線の壺には、榾木から取った白い木片を細かく割って入れた。
すべての壺へ布を戻し、紐で縛る。二列に並んだ壺を見て、手伝いの男が訊いた。
「両方とも白く広がったら、どちらを使います」
「広がる早さと、腐らず残った数で決める。色や臭いの変わった壺だけ離し、口は開けずに俺を呼べ」
「毎朝、墨の印と一緒に確かめます」
「頼む」
男が壺を棚へ並べる後ろで、政秀が腕を組んだ。
「これが白くなれば、あの楢へ入れるのだな」
「壺の中で増えるかも、まだ分かりません。榾木へ入れる話は、その後です」
「なら、先の出来より、目の前の壺を守れ」
「はい。毎日見させます」
「まずは、それだ」
蔵を出たところで、政秀が近くの田へ目を向けた。
苗代には水が張られ、百姓が鍬で畦を直している。
「あれほど新しい物を作っておきながら、田で使う物は昔のままだな」
政秀は百姓の持つ鍬を顎で示した。
朝霧に田が少なかった頃は、壊れた道具をその都度直しても間に合った。だが今は五村を抱え、同じ鍬でも村ごとに柄の長さや差し口が違い、作兵衛が一つずつ合わせて直していては、ほかの仕事まで遅れてしまう。
形をすべて同じにできなくても、柄や差し口さえ揃えれば、替えを先に作って各村へ置ける。田仕事が早くなれば田から上がる米も増え、常備兵を養う余裕にもつながっていく。
「爺様、明日は作兵衛のところへ行ってきます」
「田の道具を変える気か」
「まず、今あるものを並べます」
「儂は昔と変わらぬと言っただけだぞ」
「それで十分です」
政秀は呆れたように息を吐いた。
「思いついた途端に人を巻き込むところは、弥三郎に似たな」
* * *
翌朝、作兵衛の仕事場へ入ると、火床の中で鉄が赤く焼けていた。
「若様、今日は何を作らせるおつもりでございますか」
作兵衛は槌を置き、汗を腕で拭った。
「田で使う道具を見直す」
「鍬だけではございませぬな」
「鍬も鎌も、扱箸もだ」
「そこまで手を入れるのでございますか」
横で木枠を削っていた木地師まで手を止めた。
使いを走らせ、田へ出ていた百姓を二人呼んだ。普段使っている鍬、鎌、鋤、扱箸、箕も持ってこさせる。
土間へ並べると、同じ鍬でも柄の長さも刃の形も違った。
作兵衛は二本を拾い上げた。
「こいつは短いな」
「山際の畑で使います。狭いところでは、その方が振りやすいので」
「では、こっちの長くて重いやつは」
「田を起こすには楽ですが、一日使うと腕が上がりませぬ」
作兵衛は二本を床へ置いた。
「何でも一つへ揃えればよい、というものではございませぬな」
「使い道の違いは残す。柄を差すところと、留め金だけでも揃えられないか」
「へえ、首の幅を揃えればできます。刃が違っても、同じ柄を使えますな」
木地師も柄を手に取り、木目に沿って指を滑らせた。
「長さは二つほどに絞りましょう。余分を作って村へ置けば、折れても柄だけ替えられます」
「鎌はどうだ」
作兵衛が草刈り鎌と稲刈り鎌を並べた。
「刃は違いますが、柄まで変える必要はございませぬ。まず今ある道具を測って、使う者に持たせます。どれを残すかは、それから決めましょう」
「頼む」
百姓の一人が、脇へ置いた扱箸を指した。
「若様、これも変えるんですか」
「二本で挟む代わりに、櫛のような鉄の歯を何本も並べる。その間へ穂を通して引けば、一日に千把もの稲を扱えそうだから、千歯こきと呼ぶ」
俺が穂を引く動きを見せると、作兵衛は炭の欠片を拾い、床板へ何本かの線を引いた。
「歯を真っすぐ立てると、穂が上へ逃げそうですな。少し内へ傾けてみますか」
「間が広ければ籾が残ります。狭すぎれば、穂首まで切れましょう」
百姓が線の間へ指を入れると、作兵衛は間隔を変えて三通り描いた。
「去年の稲穂が残っているなら、三つ作って試してみます」
「種に残したものが少しございます」
「穂の抜け方を見るだけだ。全部はいらん」
木地師は線の脇へ木枠と脚を描き加えた。
「引いた時に倒れぬよう、脚は広げます。腰を曲げすぎぬ高さにすれば、続けて使えましょう」
「持って運べる重さにしてくれ」
「それなら、太い材は使いません」
俺は縄を一本持ってこさせ、土間へ伸ばした。
「こちらは田植えに使う。等間隔に印を付け、田へ張る」
「印に合わせて苗を植えるんですか」
「ああ。苗の間を揃える」
百姓が縄を持ち上げた。
「濡れれば、結び目だけでは見にくいですな」
「短い布を結べばいい」
木地師が端切れを縄へ結ぶと、もう一人の百姓が脇へしゃがんだ。
「一列植えた後は、縄をどれだけ動かします」
「列の間は苗の間より広く取る。両端で同じ幅を測れる棒を二本作ってくれ」
「それなら、縄が斜めになるのも防げますな」
木地師は長い棒を二本選び、同じ位置へ墨を付けた。
「苗の間と列の間は、田で試して決めましょう」
「今日のうちに二列だけ、植える真似をしてみる」
作兵衛は鍬と鎌を分けながら、こちらを見た。
「田植え縄は、すぐに試せます。鍬と鎌は型を絞り、千歯こきは木地師と二人で組みます。まだ何かあるのでございますか」
「水だ」
「水まで道具でどうにかする気ですか」
「油を搾る水車とは別に、田へ水を上げる水車を作る」
俺は仕事場の外を流れる水路を指した。
「輪の外へ竹筒か桶を付ける。下で汲んだ水を、上まで回ったところで木樋へ落とす」
「臼は回さず、輪で水だけ上げるんですな」
作兵衛が木地師を見ると、木地師は水路の幅を目で測った。
「竹筒を斜めに付ければ、上で水を落とせます。置く場所を見て、輪の大きさを決めましょう」
百姓二人が顔を見合わせた。
「宮田の外れに、水路より高い田がございます。川は近いのですが、水を上げられませぬ」
「そこを見に行こう」
もう一人の百姓は、並べた鋤へ目を落とした。
「牛や馬を田へ入れるなら、引かせる道具も要りましょう」
作兵衛が鋤を持ち上げ、刃の向きを確かめた。
「人が押す鋤とは別物でございますな。牛に引かせる犂を組まねばなりませぬ」
「朝霧の狭い田では、牛を返す場所がありません。使うなら広い田でしょうな」
「広い田から試す。刃の入り方は変えられないか」
木地師が床へ犂の枠を描き始めた。
「綱を結ぶ高さを変えれば、刃の入り方も変わりましょう」
作兵衛は土間へ並んだ道具と、床に増えた図を見渡し、大きく息を吐いた。
「若様、これを一度には作れません」
「田植え縄を先に試す。鍬と鎌は型を決める。千歯こきと水車は試作。犂は田を見てからだ」
「それなら、何とかします」
* * *
田の端へ出ると、百姓二人が縄を張った。一人が布の印へ苗を置く真似をし、もう一人が両端へ杭を打って最初の列を残す。
木地師が二本の棒を杭へ当て、墨の印まで縄を動かした。百姓が杭と縄の間へ足を入れ、泥の中を歩くように進んだ。
「これでは少し狭いですな。草を取る時に苗を踏みそうです」
「もう少し広げるか」
「広げすぎれば、植えられる列が減ります」
木地師は棒の墨を指二本分だけ外へ移した。もう一度縄を張ると、百姓は列の間へ入り、両側へ手を伸ばした。
「これなら届きます」
「田植えが始まったら、まず二枚だけこの縄を使え。使いにくければ変える」
作兵衛は田の脇で、鍬の柄を二人の肩へ当てていた。
「背丈が違いすぎますな。柄は長いものと短いものの二つにします。それ以上増やせば、また今と変わりませぬ」
「それでいい」
仕事場へ戻ると、百姓たちは鍬を持ち比べ、作兵衛と木地師が柄や刃の寸法を取っていった。
外の田には、試し直した間隔で縄が張られていた。結びつけた短い布が、田の端から端まで等間隔に並んでいる。




