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近江の山奥から始める近代国家建設 〜転生田舎領主は戦国そのものを終わらせたい〜  作者: 近江もののふ
第二章 橘の礎

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第37話 五村の沙汰と気の長い銭

雪の朝、政澄(まさずみ)笠松(かさまつ)の者を入れた仮小屋(かりごや)から戻ってきた。


玄恵(げんえ)政所(まんどころ)から朝霧(あさぎり)へ戻った後に還俗(げんぞく)し、今では橘兵庫助政澄たちばなひょうごのすけまさずみと名乗っている。


俺と頼政(よりまさ)火鉢(ひばち)の前で待っていると、政澄は肩の雪を払い、濡れた草履(ぞうり)を脱いで部屋へ入った。


「遅かったな」


頼政に言われ、政澄は火鉢へ手をかざした。


「朝から、いつ村へ戻れるのかと詰め寄られておりました」

「まだ戻すな」

「そう伝えております。ただ、いつまでも仮小屋へ置いておけるものでもありません」

「分けられそうか」

「難しいですな」


政澄は冷えた指を火へ向けたまま続けた。


「誰に聞いても、自ら進んで加わったとは申しません。長次郎殿に命じられた、周りが動いたので従っただけだと答えます」

「互いに(かば)っているのか」

「それもありましょう。誰が先に動いたのか尋ねれば、皆が別の者の名を出します。本人の話だけでは分けられませぬ」

「こちらで調べたこととは照らしたか」

「まだ半分ほどです。話の食い違う者から、もう一度聞いております」


頼政は火鉢の炭を見た。


「急いで答えを出す必要はない。分からぬ者は、分からぬまま残せ」

「村へ戻せと急かされても、でございますか」

「間違えて戻すよりはよい」

「承知しました」


政澄は両手を擦り合わせた。


「されど、六角(ろっかく)の御沙汰が出なければ、あの者たちへ先の見通しも話せませぬ」

観音寺(かんのんじ)まで道が通れば、わしが出向く。人と家の処置は始めたが、五村を橘のものと決めて終われる話ではない」

「それまでは、聞き取りを続けます」

「ああ。戻す者を決めるなとは言ったが、調べる手を止めろとは言っていない」

「分かっております。兄上が戻るまでに、できるだけ詰めておきます」


頼政は短く頷いた。


* * *


それから幾日かして、観音寺まで道が通ったとの知らせが届いた。


頼政は供を整え、六角への報告に向かった。


* * *


観音寺の座敷には、定頼(さだより)義賢(よしかた)がいた。


頼政は二人の前へ進み、頭を下げた。


「先に寄越した使いから、笠松長次郎と酒井左近を討ったとは聞いておる」

「はっ」


定頼は(おうぎ)の先を膝へ置いた。


「笠松が兵を集め、朝霧へ向けたことも聞いた。なぜ、手打ちを結んだ後に長次郎を討った」

「討つよう命じたのは、倅にございます」

小徳丸(しょうとくまる)が、そなたに(はか)らず命じたのか」

「はい。某が知った時には、長次郎も左近も討たれた後でした」


義賢が頼政を見据えた。


「ならば、橘の沙汰ではないと申すか」

「申しません。討った者は、いずれも小徳丸直属の家臣にございます。命じたのも小徳丸です。されど、橘家の内で行われたことに変わりはありません。当主として、某も責を負います」


定頼は続けて左近について尋ねた。


「酒井の者が二人、朝霧への襲撃に加わっていたそうだな」

「はい」

「左近が命じた証は」

「ございません」

「証もなく討ったか」

「倅は、左近を残せば酒井の利を守るため、笠松と橘の間を動き続けると判断しました」

「疑う理由にはなろう。だが、討つに足る証とは別だ」

「承知しております」


定頼の問いは、手打ちそのものへ戻った。


「弥三郎。手打ちとは何だ」

「互いに争いを収め、それ以上を求めぬと定めるものにございます」

「そなたは長次郎と盃を交わした。その日のうちに、倅が長次郎を討たせた」

「はい」

「倅が勝手にしたと言えば、そなたが結んだ手打ちを違えずに済むと思うか」

「思いませぬ。長次郎を朝霧へ招き、手打ちを結んだのは某にございます」

「ならば、その重さは忘れるな」


頼政は頭を下げた。


「言い逃れはいたしません」


義賢が定頼へ向き直った。


「父上。このまま五村を橘へ任せれば、手打ちを違えたことまで認めたと思われます」

「二人を討ったことと、その後の始末は分けて見ねばならぬ」


定頼は頼政へ尋ねた。


「酒井は残し、笠松は立てぬ。先触れの通りだな」

「はい」

「扱いを分けた理由は」

「酒井には、家中を止めて武器を置かせた者がおります。笠松は直系を立てれば、長次郎の仇を討つ旗にされる恐れがございます」

「残った笠松の者は、すべて外すのか」

「いいえ。弟の兵庫助に預け、本人が何をしたかを見させております」


定頼は一度頷いた。


「家を立てぬことと、家中をすべて捨てることは別だ。そこを違えるな」

「承知しております」


義賢が口を開いた。


「五村を百済寺(ひゃくさいじ)へ返すこともできます」

「返した後は、誰が笠松と酒井の残った者を押さえる」


定頼は扇を閉じた。


「百済寺が受けきれねば、また郷内で争いが起こる。弥三郎を退けるだけでは、始末にはならぬ」


定頼は頼政へ向き直った。


「手打ちを違えた責は消えぬ。だが、今ここで橘を退ければ、五村は再び乱れる」

「はっ」

「百済寺郷の五村は、橘に任せる」

「ありがたき御沙汰にございます」

「預ける相手は、当主であるそなただ。小徳丸が動かすにしても、責を負う者を曖昧にするな」

「承知しております」

「百済寺との取り決めは、そのまま守れ」

「はっ」


義賢が頼政へ問いかけた。


「今後も、小徳丸の意見を家の沙汰へ入れるのか」

「意見は聞きます」

「此度のように、そなたへ隠して動いたとしてもか」

「それを理由に遠ざければ、次に討たれるのは某でしょう」


義賢の眉が動いた。


「倅を恐れて、そばへ置くと申すか」

「恐れているのではありません。倅が何を考え、どう動くのか、某には測りきれませぬ。ゆえに、遠ざけるわけにはまいりません」


定頼が頼政を見た。


「そなたにも、分からぬか」

「はい。考えを聞いても、すべてを話すとは限りませぬ。此度も、長次郎と左近を討つとは、某には話しませんでした」

「それでも、意見を聞くと申すのだな」

「聞かずに遠ざければ、さらに分からなくなります」


義賢が口を開いた。


「ならば廃嫡(はいちゃく)し、次男を立てればよかろう」

「親として、それはできかねます」

「家よりも、倅を取るか」

「家から外したところで、小徳丸が止まるとは思えませぬ。それに、親として我が子を捨てることはできません」


定頼はしばらく頼政を見ていた。


「ならば、そばへ置け。目を離すな」

「はっ」

「小徳丸の考えには使えるところもある。だが、やり方を誤れば、敵だけでなく味方まで失う。そのことは分からせよ」

「承知いたしました」


定頼は義賢へ視線を移した。


「いずれ、お主もあれを使うことがあるやもしれぬ。使えるかどうかは、その時に見極めよ」

「はっ」


定頼は再び頼政を見た。


「もう一つある。呼び出しがあれば、すぐ動けるようにしておけ」

「橘から兵を出すこともございますか」

「まだ決まっておらぬ。今の橘で何人出せるか、兵糧(ひょうろう)と合わせて確かめよ」

「五村の守りを残した上で、見積もります」

「村を空にして兵を出すなよ」

「心得ております」


頼政は深く頭を下げた。


* * *


朝霧へ戻った頼政は、政虎(まさとら)と政澄を広間へ呼んだ。俺もその場に残った。


「五村は、橘に任された」


政澄が頼政へ確かめる。


「笠松の者へも、そのように伝えてよろしいのですな」

「ああ。ただし、誰を戻すかまで決まったとは言うな。見極めは続けろ」

「承知しました。聞き取りの済んだ者から、改めて兄上へ上げます」


頼政は政虎へ向き直った。


彦九郎(ひこくろう)。六角から、呼び出しがあればすぐ動けるようにしておけと言われた」

「出兵でございますか」

「まだ決まっていない。今の兵で、守りを残して何人出せるか確かめろ」

「兵糧も合わせて見ます」

「五村から無理に集めるな。今ある兵と蓄えで、どこまで動けるかを出せ」

「承知いたしました」


政虎が頭を下げると、頼政は俺を見た。


「小徳丸」

「はい」

「五村を任されたからといって、此度のやり方まで認められたわけではない」

「分かっています」

「御屋形様は、わしのそばへ置いて目を離すなと仰った」

「そこまで言われたのですか」

「言われた。わしも、そのつもりだ」


俺は返事をせず、火鉢の炭を見た。


* * *


雪が消え、春も深まった。


山の緑が濃くなり、田では苗代(なわしろ)に水が入っている。屋敷へ持ち込まれる話も、雪道や薪から、田植えや水の順番へ変わっていた。


そんな折、茂七(もしち)が小さな包みを抱えてやってきた。


「若様。今年最初の茶の葉を、少し摘めましたわ」

「朝霧の苗からか」

「いいえ。朝霧の苗は、まだ葉を摘めるほど育っておりません」


茂七が包みを開くと、柔らかな葉が少しだけ入っていた。


志野原(しのはら)に、昔から残っていた木の葉です」

「志野原に茶の木があるのか」

「畑と呼べるものではありません。家の脇や山裾(やますそ)に、何本かずつ残っております。家で飲む分を摘むだけで、売るほど集めたことはないそうです」

「まだ葉は残っているか」

「少しはございます」

「なら、木を見に行こう」

「今からですか」

「残っているうちに、どんな木か見ておきたい」

「そう申されれば、後へ延ばすわけにもいきませんな」


(はる)のそばにいた惟丸(これまる)が、俺の袖を掴んだ。


「あにうえ」

「茶の木を見に行く」

「ちゃ」

「惟丸も行くか」

「いく」


近くに控えていた弦十郎(げんじゅうろう)が、惟丸と俺を見比べた。


「惟丸様もお連れになるのですか」

「木を見るだけだ。疲れたら抱けばいい」

「抱くのは私でございますな」

「頼んだ」

「やはり、そうなりますか」


春は惟丸の襟を直した。


「あまり長く連れ回してはなりませんよ」

「木を見たら戻ります」

「弦十郎。二人とも頼みます」

「はっ」


俺も頼まれる側に入っているらしい。


* * *


志野原へ向かう道では、畑の(あぜ)まで緑が濃くなっていた。


家々の前では女たちが(おけ)を洗い、子供たちは手を止めて俺たちを見ている。すれ違う者は頭を下げたが、朝霧の者ほど気軽には声を掛けてこない。


惟丸は初めだけ自分で歩いた。


しばらくすると弦十郎の(はかま)を掴み、両手を上げる。


「だっこ」


弦十郎は何も言わず、惟丸を抱き上げた。


「早かったな」

「若様も、惟丸様ほどの頃は似たようなものでした」

「俺は、もう少し歩いたはずだ」

「抱かれるまで、声を上げなかっただけでございます」

「覚えていない」

「こちらは覚えております」


茂七が案内した山裾には、低い木が点々と残っていた。


家の裏手や石垣の脇、斜面の際に生えている。畝はなく、枝の高さも揃っていない。


家の陰から、年寄りの女が顔を出した。


「婆さま、話していた茶の木は、これですな」


茂七が石垣の脇の一本を示す。


「ああ、それじゃ。そんな木を見て、どうするんじゃ」

「若様が御覧になりたいそうでな」


女は俺に気づき、慌てて頭を下げた。


「昔から、葉を煮出して飲んでおります」

「毎年摘んでいるのか」

「はい。多く取れた年は、寺へ少し持っていくこともございます」

「ほかの家にも残っているか」

「山裾の家には、何本かずつございます。どれも、似たような木でございます」


茂七は木の前へしゃがみ、根元を覆う枯れ草を分けた。


「まずは、根元の草を払わねばなりませんな」


込み合った枝を持ち上げ、枯れた先を確かめる。


「枯れ枝を落とし、重なりすぎたところだけ空けます」

「かなり茂っている」

「長く手を入れておりませんからな。だからといって、一度に切れば木が弱ります」

「朝霧の苗より、手が掛かるのか」

「育った木には、育った木の手が掛かります。放っておいて、葉だけ取り続けられるものではありません」


茂七は根元の土を指で崩し、湿り具合を確かめた。


「朝霧の苗は、今年も摘まない方がいいか」

「はい。今取れば、枝も根も育ちません」

「志野原の木は」

「家々が飲む分を先に残し、余った葉だけを集めます。急に多く摘ませれば、来年の葉が減りますわ」

「枝を整えれば、来年は増やせるか」

「木を弱らせずに済めば、少しは増えましょう。ただ、急には増えません」


茂七は立ち上がり、手についた土を払った。


「茶は、気の長い銭ですわ」

「なら、急いで枯らすな。残っていた木を育ててくれ」

「承知しました」


弦十郎に抱かれた惟丸が、枝へ手を伸ばした。


「ちゃ」

「そうだ。茶の葉だ」

「とる」

「今日は取らない。取れば減る」

「へる」


惟丸は手を引っ込め、覚えた言葉を繰り返した。


山裾に残る木は少ない。それでも、朝霧の苗が育つまで、まったく葉が取れないわけではなくなった。


「ほかの村にも残っていないか、確かめてくれ」

「承知しました。家の脇や山裾を知る者に聞いてみます」


惟丸が弦十郎の腕の中で身じろぎした。


「ちゃ」

「屋敷へ戻れば、茂七が持ってきた茶を飲める」

「ちゃ」


俺たちは山裾を離れた。


* * *


屋敷へ戻ると、茂七が持ってきた葉を煮出した。


量は少なく、その場にいた者へ分けると、茶碗(ちゃわん)だけでは足りず、小さな(わん)まで使うことになった。


女中の一人が、薄く色づいた湯を覗き込む。


「これで、味が出ておりますか」

「初めは、このくらいでよろしいです。濃くすれば、渋くて飲めませんからな」


茂七は惟丸の椀へ、さらに湯を足した。


「惟丸様には、これでも苦いかもしれません」


俺は茶碗を受け取り、一口含んだ。


薄いが、青い香りと渋みが舌に残る。


「いかがですかな」

「渋い。だが、悪くない」

「それなら上々です」


春も一口飲み、茶碗を両手で包んだ。


「春の葉らしい味がしますね」


惟丸は椀へ顔を近づけ、恐る恐る口をつけた。


すぐに顔をしかめる。


「にがい」


茂七が笑い、春も茶碗を持ったまま口元を緩めた。


「朝霧の苗も、志野原の木も育ててくれ」

「来年も葉を取れるよう、木を弱らせぬように見ておきますわ」


惟丸は自分の椀を俺の方へ押し出した。


「いらぬ」

「お前には、まだ早かったな」

「いらぬ」


惟丸は椀から両手を離し、俺の茶碗を見ないように顔を背けた。

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― 新着の感想 ―
管領代様には大分気に入られてますなぁ 手打ち後の暗殺は普通なら罪を得ても文句の言えない暴挙 親父さんもそこそこに評価はされてる 爺様の頃から何かあったのかな? 百済寺は思い出しました 確か信長公が催…
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