第28話 朝霧夜襲
天文十七年(1548年)、夏。
梅雨が明け、朝霧山に砦を置くと決めてから、二か月あまりが過ぎていた。
村外れの小高い山では、朝から木を払う音が続いていた。山肌には低い土塁が盛られ、その外側では浅い空堀が掘り進められている。
まだ城と呼べるほどのものではない。それでも、山へ入る道は以前より狭くなり、逃げ込んだ者を守る形が少しずつ見え始めていた。
頼政、政虎、弦十郎、作兵衛、そして俺は、その普請を見て回っていた。
頼政が、土を盛った場所へ目を向ける。
「土塁は、これでよいのか」
「はい。今は高くするより、入ってくる道を絞ります」
俺は、山へ続く道を指した。
「木を払って前を見えるようにし、土塁と空堀で道を狭めます。出入りも平虎口一つに絞ります」
「この深さでも、走り込む者の足は止まりましょうな」
政虎が空堀を見下ろした。
「止まれば十分です。そこへ槍を並べ、上から弓と弩を使います」
「大勢で押し込まれぬだけでも違う」
頼政は、山の上へ顔を向けた。
「櫓は」
「組む場所は決めました。立てば、村へ続く道も見えます」
「水はどうする」
「井戸を掘れそうな場所は、まだ探しています。それまでは水甕を上へ運びます」
逃げ込めても、水がなければ長くは持たない。
今は山の中へ何本も道を通すより、人を逃がす道と、水や食い物を運ぶ道を確保することを優先していた。
少し離れた場所では、油の売却益で雇った兵十人が、長槍を構えている。
政虎が教え始めてから、まだ日は浅い。それでも畑仕事の合間に槍を持つ者とは違い、朝から晩まで番と稽古へ回せる。
その後ろには、朝霧の男たちも並んでいた。
兵として雇われたわけではない。普段は畑や山で働いているが、朝霧が襲われた時には自分たちも戦うと申し出た者たちだ。
今では仕事を終えた後、政虎から槍の扱いを教わっている。
「前へ出るな! 穂先を揃えよ!」
政虎の声に合わせ、長槍が一斉に前へ出た。
まだ穂先の高さは揃わず、隣の柄へぶつける者もいる。それでも、初めの頃のように一人ずつ勝手に槍を振ることはなくなっていた。
「敵ではなく、隣を見よ! 一人で勝とうとするな!」
土塁の脇では、孫兵衛が五人の男を並べていた。
猟師や、畑へ出る獣を弓で追ったことのある者たちである。
「遠くへ飛ばすことばかり考えるな。外して味方へ当てたら、敵より始末が悪い」
孫兵衛は、山道の脇に置かれた藁束を指した。
「正面は彦九郎殿の槍が止める。わしらは横から、止まった者を射る。見えぬ相手へは放つな」
男たちが順に弓を引き、放たれた矢の一本が藁束の端へ刺さった。
「それでよい。狙いすぎて遅れるな」
頼政が、その様子を見て頷く。
「少しは守りらしくなったか」
「まだ足りません」
長槍は揃い始めたが、数は少ない。弩も三挺しかなく、山の砦は土塁と空堀を掘り始めたばかりだった。
鐘が鳴った時の動きも、何度か村の者に試させている。
女子供と年寄りは朝霧山へ逃げる。槍の稽古を受けた者は木戸へ集まり、弓を持つ者は孫兵衛につく。怪我人は屋敷へ運び、残る者が水を回す。
実際に敵が来ても、決めた通りに動けるとは限らない。それでも、誰もが別々のことを始めるよりはましだった。
新九郎は、まだ甲賀から戻っていない。
梅雨の山道を避け、明けるのを待って第二陣を連れてくる。そういう知らせは、すでに届いていた。
早ければ、数日のうちに朝霧へ入るはずだった。
作兵衛が、土のついた手で腰を叩いた。
「若様、山も砦も結構でございますが、長槍に弩、木戸の金具まで一度に回されては、炉も手も足りませぬぞ」
「手は増やす」
「その手に持たせる道具も、こちらで直すのでございましょう」
返す言葉がなかった。
作兵衛は腰を伸ばすと、山裾に置いた道具の方へ戻っていった。その向こうでは、政虎の号令に合わせて長槍が一斉に動いている。孫兵衛の弓組は、射場に散った矢を拾い集めていた。土塁の上では、村の者たちがまだ土を運んでいる。
人は集まり始めている。
だが、兵を動かすなら、武具を作り、壊れれば直す手まで要る。
砦も兵も武具も、まだどれも作りかけだった。
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その夜、朝霧は早く寝静まった。
梅雨が明けたばかりの暑さは、日が落ちても抜けきらない。戸を少し開ければ、生暖かい風と一緒に蚊まで入ってくる。
俺は首筋にまとわりつく汗を拭い、畳の上で何度か寝返りを打っていた。
外で短い叫び声が上がったのは、その時だった。
何かが倒れ、地面を引きずられる音が続く。
「敵襲じゃ!」
声は途中で途切れた。
直後、半鐘が激しく鳴り始めた。
俺は跳ね起き、枕元の刀を掴んだ。
屋敷を出ると、夜番の一人が半鐘の縄にしがみつき、肩から血を流しながら腕を動かしていた。もう一人は夜番小屋の前に倒れ、ぴくりとも動かない。
その向こうでは、油場の外小屋と材木置き場から、ほとんど同時に火が上がっていた。夜番小屋にも火が移り、乾いた屋根が赤く燃え始めている。
偶然広がった火ではない。
狙って放たれたものだ。
木戸の方では、すでに怒号と槍のぶつかる音がしていた。
「火事ではない! 攻めてきたぞ!」
炎に照らされた男たちは、野盗の格好ではなかった。
槍や弓を持ち、胴丸や腹巻を着け、陣笠や鉢金で頭を守っている。具足は揃っていないが、誰もが戦うための支度をしていた。
旗も印も外している。
だが、合図に合わせて動き、木戸へ槍を並べて押し寄せる者たちが、ただの盗賊であるはずがなかった。
「女子供と年寄りは山へ! 火消しは油場と水車へ! 槍を持てる者は木戸へ!」
久助の声が飛んだ。
「決めた通りに動け! 道を塞ぐな!」
戸が次々と開き、寝起きの村人が外へ飛び出してくる。
子を抱いた女が足を止め、桶を掴んだ男が木戸と火を見比べた。
久助が日吉丸を呼ぶ。
「日吉丸!」
「はい!」
「今の言葉を繰り返して走れ。迷う者は山へ向かわせろ。怪我人は屋敷へ運ばせよ」
「分かった!」
「返事!」
「はい!」
日吉丸は大きく息を吸い、村の中へ走った。
「女子供と年寄りは山へ! 火消しは油場と水車へ! 怪我人は屋敷だ! 急げえ!」
焦ると尾張の言葉が混じる。それでも声はよく通り、立ち止まっていた者たちが動き始めた。
久助は人の流れが分かれたのを見ると、朝霧に残っていた甲賀の者を二人呼び寄せた。
「火をつけた者が村へ回っておる。二人、某について来い」
「俺も行く」
久助は一瞬だけ俺を見たが、止める言葉は出なかった。
頼政も屋敷から出てくる。
「彦九郎! 木戸を任せる!」
「承知!」
政虎が、兵として雇った十人を木戸へ走らせた。
「前へ出るのは兵だけだ! 稽古を受けた者は後ろにつけ! 勝手に槍を突くな!」
武具を手にした朝霧の男たちが、その後を追う。
頼政は木戸と山道へ目を配り、俺へ顔を向けた。
「小徳丸、山へ逃げる道を守れ。弦十郎、久助と行け」
「はい」
頼政は俺を屋敷へ下げなかった。
俺も、下がるつもりはなかった。
弦十郎が横へつく。
「若様、某から離れませぬよう」
「分かった。行くぞ」
俺たちは、山へ逃げる者の流れを逆に走った。
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煙の中から、鶏の鳴き声が聞こえた。
一軒の家は戸を破られ、土間から大豆や蕎麦の袋が引きずり出されている。鶏小屋の板も外され、男の一人が足を縛った鶏を提げていた。
別の家では、逃げ遅れた女が髪を掴まれ、土の上へ引き倒されている。
火を放つだけではない。朝霧で乱取りをするつもりだった。
山へ向かう子供たちの列では、おたまが足をもつれさせて転んだ。
おはつがすぐに戻り、その腕を引く。
その一拍で、二人は列から遅れた。
乱取りへ回った男が、おはつの腕を掴んだ。別の男がおたまへ手を伸ばす。
日吉丸が横から飛び込み、おたまの肩を引いた。
「走れ!」
おたまを山側へ押し出した後、日吉丸がこちらへ顔を向けた。
「若様! おはつが!」
俺は走る足を速めた。
おはつを掴んだ男の前へ、槍を持った別の男が出る。
「弦十郎、左を」
「はっ!」
槍の穂先が俺へ向いた。
真っすぐ踏み込めば、こちらが先に貫かれる。
俺は横へ跳び、家の柱を間へ挟んだ。男が突き出した槍は柱へ当たり、柄が止まる。
その内側へ入り、腿へ刀を入れた。
男が膝を落としたところへ、首元を斬る。
倒れるのを待たず、おはつを掴んだ男へ向き直った。
「おはつ、伏せろ!」
おはつが身を縮め、頭の上を男の刀が通った。
俺は振り切った腕の下へ入り、その脇腹を斬った。男はおはつを放し、傷口を押さえて崩れ落ちる。
「山へ走れ!」
「小徳丸は」
「行け!」
おはつが煙の薄い方へ走り出した。
右から別の槍が伸びた。
弦十郎が柄を打ち払い、俺はその脇から踏み込む。相手は胴を着けていたため、正面ではなく手首を斬った。
槍が落ちる。
男が腰の刀を抜こうとしたところへ、喉元へ刃を走らせた。
「若様、右の木立にも敵が!」
久助の声が飛んだ。
甲賀の者が木陰へ踏み込み、潜んでいた弓持ちへ斬りかかる。久助は正面から来た男の槍をかわし、柄を掴んで引き寄せると、その腹へ刀を入れた。
「前だけを見てはなりませぬ!」
木立から矢が飛んだ。
弦十郎が俺の前へ出る。
矢は弦十郎の袖をかすめ、後ろの板壁へ刺さった。
俺は倒れた男の槍を拾った。
刀より長く、俺の体には扱いにくい。それでも、山へ続く狭い道を塞ぐなら、刀より役に立つ。
遅れてきた村の男が三人、俺たちの後ろへついた。そのさらに後ろからは、別の男が弩を抱えて走ってくる。
いずれも、政虎や作兵衛から持ち場を教わっていた者たちだ。
「ここを通すな。俺と弦十郎の後ろから突け」
「はい!」
敵は木立の間からまとまって出てきた。
俺は槍を前へ出す。
一人目が穂先を払ったところへ、弦十郎が横から斬り込んだ。
二人目の槍が俺の左腕をかすめ、袖の下が熱くなる。
だが、腕は動いた。
俺は柄を引き、相手の足元へ穂先を突き出した。男が身をよじったところへ、後ろから伸びた村人の槍が脇腹へ刺さる。
「引け! 次が来る!」
村の男たちは突いた槍をすぐに戻した。
一人で敵を追わず、穂先を並べたまま次を待つ。
政虎が何度も教えていた動きだった。
狭い道に四本の槍が揃うと、残った敵は勢いを失った。
その横へ、久助と甲賀の者が回り込む。
「某が右を押さえます! 若様は道を!」
久助が敵の一人へ斬りかかった。
後ろへついた男が弩を構え、火に照らされた敵へ狙いをつける。
弦が鳴り、放たれた太矢が男の肩へ刺さった。
その体がよろめいた隙に、俺と弦十郎が並んで前へ出た。
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木戸では、襲撃者の主力が押し込もうとしていた。
片側の扉はすでに傾き、閂を支える柱がきしんでいる。
政虎は兵として雇った十人を前に並べ、その後ろへ村の槍持ちを入れていた。
「押し合うな! 穂先を下げるな!」
木戸の隙間から敵の槍が伸び、前列の一人が肩を突かれて倒れる。
後ろにいた村の男が、すぐに空いた場所へ入った。
「列を崩すな! 一人で外へ出るな!」
政虎自身も長槍を持ち、木戸脇へ寄った敵を押し返している。
今は敵を討つより、木戸の内へ入れないことが先だった。
前列の槍に止められた者へ、孫兵衛の弓組が横から矢を放つ。
「火の前へ出た者だけを射ろ!」
炎に照らされた男の胸へ矢が刺さり、別の一本が陣笠を弾いた。敵が身をすくめたところへ、木戸の内側から長槍が突き出される。
弩の弦も続けて鳴った。
木戸へ置かれた二挺のうち一本は外れたが、もう一本は槍を振り上げた男の肩へ深く刺さった。
「次を掛けろ! 急がず狙え!」
作兵衛の下で扱いを教わった男が、震える手で弦を掛け直す。
孫兵衛は矢をつがえながら、敵の後ろへ目を凝らしていた。
「弓持ちがおる! 頭を上げるな!」
敵の矢が木戸を越えた。
朝霧の男の一人が首元を射られ、その場へ崩れる。
政虎は男の体を後ろへ運ばせ、空いた場所へ次の者を入れた。
村の中央では、頼政が避難と火消しの流れを動かしていた。
「山へ向かう者は右を通れ! 水は左から回せ! 怪我人は屋敷へ運べ!」
日吉丸も同じ言葉を叫びながら、村の端から端まで走っている。
火の手は、油場と材木置き場だけでは済まなかった。
作兵衛の小屋へも火の粉が飛び、屋根脇に積まれた藁から煙が上がっている。作兵衛は槍を持って木戸へ向かう代わりに、弩の部材と工具を奥へ運び、燃え始めた藁を蹴り出していた。
「そこへ水をかけろ! 長槍の柄は後でよい、工具を先に出せ!」
油場では、外小屋の屋根へ水を浴びせる横で、濡らした蓆が燃える場所へ被せられていた。割れた油壺の周りには土がかけられ、流れ出した油へ火が移らないよう押さえている。
母屋への延焼は止めたものの、積んでいた原料と油壺の一部は炎に呑まれた。
水車場へ回った敵は、樋を叩き壊していた。
そこへ槍を持った朝霧の男が二人駆けつけ、逃げようとした一人を道の脇へ追い詰める。
木戸だけを見ていれば、村の内側を焼かれる。
火に人を回しすぎれば、今度は木戸を破られる。
頼政はその間を見ながら、動かせる者を一人ずつ必要な場所へ送っていた。
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襲撃者たちが退き始めたのは、木戸の外から短い笛の音が聞こえた時だった。
山側で俺たちと向き合っていた男も、急に足を引く。
久助が追おうとした村人を止めた。
「一人で追うな! 道を空ければ、また押し込まれるぞ!」
木戸でも、敵は槍を引いて一斉に下がり始めていた。
「追いすぎるな!」
政虎の声に、頼政の命令が重なる。
「木戸を空けるな! 外へ出る者は組を崩すな!」
敵は火の向こうを走り、山道へ逃げ込もうとした。
その先で悲鳴が上がる。
逃げた男が、道の奥から押し戻されてきた。
煙の向こうに、新九郎の姿があった。
甲賀衆を連れている。
第二陣だった。
新九郎たちは日暮れ前に朝霧の手前まで来ていたが、女子供と荷を抱えたまま夜の山道へ入ることを避け、手前で休んでいたらしい。
火を見た新九郎は、動けない者と荷に護衛を残し、戦える者だけを率いて敵の退路へ回った。
村へ飛び込むのではなく、逃げる先を押さえたのだ。
「一人も通すな」
新九郎の声が響く。
甲賀者が山道の左右へ散り、逃げてきた敵を道の内側へ押し戻していく。
木戸へ戻れば、政虎たちが待っている。山側へ逃げても、俺たちと久助が道を塞いでいた。
退路を失った者たちは、ばらばらに林へ入ろうとする。
高い場所へ移った孫兵衛の弓組が、火に照らされた背を射た。
久助は木の間を抜けようとした男の先へ回り込み、刀を抜く。
「そこは通さぬ」
男が槍を振り上げた。
久助はその懐へ踏み込み、槍を握った腕を斬り落とした。
俺と弦十郎も、山へ向かってきた二人を受ける。
一人は弦十郎が斬った。
もう一人の刀が俺へ振り下ろされる。
受ければ押し切られる。
俺は刃の外へ踏み出し、相手の横へ回った。下から刀を振り上げ、男の脇腹を斬り上げる。男の体がくの字に折れた。
その肩を押しのけ、次の敵へ顔を向けた。
戦いは、夜が白み始めるまで続いた。
最後に武器を捨てた三人だけが、生きたまま押さえられた。
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日が昇る頃には、朝霧のあちこちから煙が上がっていた。
夜番小屋は焼け落ち、最初に斬られた男はその前に倒れている。木戸でも、首元へ矢を受けた男が戻らなかった。
死者は二人。
深手を負った者が四人おり、浅い傷まで含めれば、屋敷の土間には十人を超える怪我人が並んでいた。半鐘を鳴らした夜番も、肩の傷を縫われて横になっている。
俺の左腕にも布が巻かれたが、傷は深くない。
油場の母屋は残ったものの、外小屋と原料の一部を失った。水車も樋を壊され、木戸の片側は傾いている。
荒らされた家の前には、大豆や蕎麦が散らばり、鶏小屋の板も外されていた。持ち出そうとされた鶏の何羽かは、道端で死んでいる。
それでも、連れ去られた者はいなかった。
おはつも腕に痣を残しただけで、ほかの子供たちと一緒に山から戻ってきた。
朝霧の内外に残った襲撃者の死体は三十一。
捕らえた三人を合わせれば、襲ってきたのは三十四人だった。
旗も印も外していたが、久助は捕虜の一人に見覚えがあった。笠松へ続く道を見張った際、正綱の屋敷へ出入りしていた男だという。
三人は別々の小屋へ入れられた。
新九郎は、久助と甲賀の者二人を、それぞれの小屋につけた。集められた場所、武具を渡した者、朝霧で何を命じられたかを、同じ順で聞かせる。
答えなければ傷口を押さえつけ、縄を締め直す。
水も手当ても、口を開いた者にだけ与えた。
隣の小屋から上がる声を聞かせるため、戸は閉め切らなかった。
初めは誰も正直に話さなかったが、明け方を過ぎる頃には、三人の話は細かなところまで揃っていた。
三人は笠松の屋敷で集められ、蔵から槍と具足、火をつけるための松明を渡されていた。指図したのは、正綱の側に仕える組頭だったという。
木戸を破って油場と水車を焼き、屋敷へ入れれば頼政か俺を討つ。食い物と鶏は奪い、女や子供も連れ帰ってよい。笠松の印は外し、夜明けまでに戻る手筈だった。
正綱本人から直接命じられた者はおらず、書状も残されていなかった。だが、笠松の手勢であることには疑いがない。
「ほかに聞くことは」
頼政が新九郎へ尋ねた。
「ございませぬ」
「ならば、斬れ」
俺が言うと、頼政は黙って頷いた。
捕らえた三人の首も、その日のうちに落とされた。
襲ってきた者は、誰一人として朝霧から帰さなかった。
「笠松へ続く道は、これまで以上に見張ります」
新九郎が言った。
「頼む。砦と木戸も急がなければならない」
「うむ」
頼政は、焼けた油場の方へ顔を向けた。
「笠松へは、どうする」
正綱本人の命令だという証はない。こちらから攻めれば、朝霧が争いを広げたことにされる。
「まずは砦と木戸を急ぎます。兵と番も増やします」
「それだけか」
「いいえ。笠松にどう備えるかも、考えなければなりません」
朝霧を襲ったのが笠松の手勢であることは、もう疑いようがなかった。
すぐに攻め込めない以上、朝霧を固めながら、次を許さないための策を探るしかない。




