↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
近江の山奥から始める近代国家建設 〜転生田舎領主は戦国そのものを終わらせたい〜  作者: 近江もののふ
第四章 戦国大名への道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
138/139

第123話 百済寺が動いた

 永禄四年(えいろくよねん)(1561年)、五月。

 近江国(おうみのくに)、甲賀郡(こうかぐん)、三雲(みくも)、三雲館(みくもやかた)。


 六角(ろっかく)の行方――六角義治(ろっかくよしはる)


 観音寺(かんのんじ)から戻った定秀(さだひで)は、承禎(じょうてい)とわしに頭を下げて座についたが、すぐには口を開かなかった。話がまとまったのなら、自分の帰りを待たずに、使いの一人くらいは寄越しているはずだ。


 承禎は前置きもなく、定秀へ尋ねた。

「観音寺は、何と申した」

「城を明け渡すつもりはないとのことでございます。御家へ戻ることにも、今のままでは応じられぬと申しております」

「今のままでは、だと」

「はい。右衛門督(うえもんのかみ)様が当主であられる限り、以前のように六角へは戻れぬと申す者もおりまする」


 観音寺を奪ったのは、もとは六角の家臣だった者たちだ。承禎とわしを城から追い出して居座るだけでも許し難いというのに、今度は、誰を当主に据えるかにまで口を出すつもりらしい。


 怒りを抑えきれず、わしは定秀を問い詰めた。

「背いた者どもが、わしを退けろと申しておるのか」

「全ての者がそこまで申しているわけではございませぬ。ただ、和睦(わぼく)に応じぬ理由の一つにはなっております」

「ならば、同じことだ」


 定秀はそれ以上言い返さず、愛智郡(えちぐん)の話へ移った。

「目賀田(めがた)は、橘(たちばな)との話を進めております。小倉東家(おぐらひがしけ)と西家(にしけ)も、江野(えの)へ人を出しました」

「橘め、そこまで手を回しておったか」

「それだけではございませぬ。ほかにも、六角へ戻ることを拒む者が増えておりまする。橘の後ろ盾があるのなら、今の立場を変えるつもりはない、と申す者も」


 ここまで聞けば、あの者どもが誰を頼みに動いているのかなど、考えるまでもなかった。


 思わず、吐き捨てるような声が出た。

「また十兵衛(じゅうべえ)か」

「ですが、橘が兵を出した形跡(けいせき)はございませぬ」

「兵を出さずに奪っておるから、なおさら質(たち)が悪いのだ」


 小倉宗家(おぐらそうけ)には、定秀の子の小倉左近将監実隆《おぐらさこんしょうげんさねたか》がいる。賢政(かたまさ)は宗家に臣従を求めず、東家と西家だけを先に引き寄せていた。両家が橘へ付けば、実隆が兵を集めようとしても、同じ小倉の者が以前のように従うとは限らない。


 宗家へ直に手を出すのではなく、その周りから削り取っているのだとすれば、なおのこと腹が立った。


 承禎はしばらく考え込んでから、定秀に尋ねた。

「観音寺の者どもは、橘を頼りにしておるのか」

「公然と臣従(しんじゅう)しているわけではございませぬ。ただ、攻められれば橘が助けに来ると、観音寺方は見ておりまする」

「それで十分だ。今の六角には、観音寺を攻めながら十兵衛まで相手にする余裕などない」


 わしは思わず、承禎の顔を見た。

「父上は、十兵衛を恐れておられるのでございますか」

「恐れるかどうかで、兵は増えぬ。わしは、戦えるかどうかの話をしておる」


 野良田(のらだ)の後も、承禎はこうだった。あの男がどれほど気に入らぬことを言おうと、最後には耳を傾けてしまう。その間にも橘は好き勝手に兵を増やして北伊勢(きたいせ)を取り、今度は愛智郡にまで手を伸ばしてきた。


 苛立ちを抑えきれず、わしは承禎へ詰め寄った。

「ならば、どうなされるのです。観音寺の者どもが戻るのを待ちながら、愛智郡がすべて橘へ付くのを、黙って眺めておられるおつもりですか」

「十兵衛と、和を結ぶ」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「……大叔父上(おおおじうえ)を滅ぼした男と、和を結ぶと仰せですか」

「今は、橘と和を結ぶ。まず観音寺へ戻り、家中を立て直す。その先のことは、六角が六角として動けるようになってから決めればよい」

「梅戸(うめど)は最後まで、六角方として残ったのですぞ」

「分かっておる。だが、その梅戸を助ける兵を出せなんだのも、今の六角だ」


 返す言葉に詰まった。それでも、橘に譲ってよいとはどうしても思えなかった。


 それでも引き下がれず、わしは承禎に言い募った。

「では、愛智郡まで諦めるのでございますか」

「今の我らに、取り返せるのか」

「取り返せぬから認めるのでは、誰が六角の当主に従いましょう。橘に土地を取られても黙り、城を奪った家臣にまで頭を下げるなら、当主など要りませぬ」

「その当主に家臣が従わぬから、観音寺へ戻れぬのだ」


 その言葉の意味をすぐには飲み込めず、わしは承禎を見据えて問い返した。

「父上。それは、どういう意味でございます」

「右衛門督。そなたが当主でいるせいで観音寺の者どもが戻らぬというなら、家督(かとく)を動かすことも考えねばならぬ」

「……誰へ、でございますか」

「次郎だ」


 弟の六角次郎義定《ろっかくじろうよしさだ》を、わしに代わる当主に立てるというのだ。


 すぐには言葉が出なかった。観音寺の者どもは、わしが当主でいる限り戻らぬという。ならば、わしを退けて義定を立てれば話はまとまる。承禎は、本気でそう考えているらしい。


 ようやく声が出た時には、自分でも抑えが利かなくなっていた。

「背いた家臣がわしを気に入らぬと申せば、当主を替えるのでございますか」

「家を残すためだ」

「わしを捨ててでも、か」

「右衛門督」

「城を奪った者どもの言い分を聞いて、実の子から家督を取り上げると申されるか!」


 承禎は怒鳴り返しもしなかった。こちらがいくら声を荒らげても、考えを変える様子はない。それが、余計に腹立たしかった。


 見かねたように、定秀が口を挟んだ。

「大殿(おおとの)。家督を動かすことには、某も賛成いたしかねます」

「そなたもか」

「和睦は必要にございます。されど、右衛門督様を退ければ、家臣の望みで当主を替えた前例が残りまする。そうなれば、家中はもう束ねられますまい」

「では、観音寺にも戻れぬまま、家臣が離れてゆくのを見ておれと申すか」

「観音寺方との話は、このまま続けます。ただ、そのために家督まで動かすべきではございませぬ」


 その時まで口を挟まずにいた三雲対馬守定持《みくもつしまのかみさだもち》が、承禎へ頭を下げた。

「大殿。観音寺へ戻るために家督を動かすほかないのであれば、某は大殿の御判断に従いまする」

「対馬守。そなたは、次郎を立てることに異存はないのだな」

「今は、六角の御家を立て直すことが先にございます」


 定持は承禎へ頭を下げたまま、わしには一言も向けなかった。どちらの側に立つつもりなのか、それだけで十分に分かった。


 とうとう堪えきれなくなり、わしは定持の方へ向き直った。

「対馬守。そなたまで、わしを退けるつもりか」

「そのようには申しておりませぬ」

「同じことだ! 家を立て直すためなら、家臣が当主を選んでもよいと申すのか!」


 定持は何も答えなかった。その沈黙に耐えきれず、わしは席を蹴って立ち上がった。

「観音寺を追われた次は、わしを退けるか。そなたらは六角を立て直したいのではない。自分が生き残れるなら、当主など誰でもよいのであろう!」


 もはや、誰が何を言おうと耳を貸す気にはなれなかった。


 わしは定持から目を逸らし、定秀へ言い放った。

「三雲がわしを要らぬというなら、こちらから願い下げだ。下野守(しもつけのかみ)、日野(ひの)へ戻るぞ」

「右衛門督様」

「父上が次郎を立て、三雲がそれに従うというなら、勝手にすればよい。わしは、わしで六角の当主として動く」


 席を立つ前に、わしはもう一度だけ定持へ向き直った。

「後になって、誰が六角の当主であったか、忘れたとは申すなよ」


 承禎は、それでもわしを止めようとしなかった。何よりも、そのことが腹立たしかった。


 * * *


 日野へ移ってからも、愛智郡からの報せは悪くなる一方だった。目賀田は江野へ向かい、小倉東家の実房(さねふさ)も西家の実治(さねはる)も橘へ付こうとしている。以前なら、六角の許しなく他家へ臣従する者など放ってはおかなかったが、今は止める兵も出せない。


 承禎は三雲に残り、観音寺の者どもは戻らず、わしは日野にいる。六角の名を出せば人が動いた頃とは、もう違うのだ。


 使者の支度を命じた日の夕刻、定秀が硬い顔でわしの前に来た。

「右衛門督様。百済寺(ひゃくさいじ)へ使者を出されると伺いました」

「ああ、出す」

「まさか、兵を出させるおつもりではございませぬな」

「わしがそこまで命じるものか。百済寺には、百済寺の考えがあろう」


 使者に伝えさせる中身は、もう決めていた。六角の当主はわしであり、家督を義定へ譲った覚えはない。百済寺が橘を警戒していることも承知している。目賀田や小倉まで橘へ付いたと聞けば、寺の中の危機感を煽る(あおる)には十分だろう。


 伝えさせるのは、橘が愛智郡の家々を引き入れることを六角は認めぬ、ということだけだ。兵を出せとは言わず、どう動くかは百済寺に決めさせる。ただ、橘がこのまま愛智郡に根を張れば先に何が待つか、考えておけとだけ添えさせた。


 使者は、その日のうちに日野を発った。


 * * *


 愛智郡の臣従――橘賢政(たちばなかたまさ)


 江野城の座敷には、目賀田摂津守貞政《めがたせっつのかみさだまさ》、実房、実治の三人が並んでいた。目賀田家とは忠朝(ただとも)の代からの付き合いだが、家督を継いだ貞政と会うのは初めてだ。


 以前なら、こちらから話を通し、余計な疑いを持たれないよう気を遣う相手だった。その目賀田の当主が、小倉東家と西家の当主と並び、臣従するために俺の前へ座っている。


 話の締めくくりに、兵を動かす権限だけは念を押しておいた。

「摂津守殿。家を潰すつもりはない。ただし、これからは橘の下知(げち)なく兵を動かすことは認めない。右京亮(うきょうのすけ)殿、右京大夫(うきょうのだいぶ)殿も同じだ」

「心得ております」


 貞政が頭を下げるのを待って、実房がこちらへ顔を向けた。

「朝霧(あさぎり)で初めてお会いした折には、まさか某がこのような形で、御屋形様の前に座ることになろうとは思いませなんだ」

「俺もだ。あの頃は、右京亮殿にずいぶん上から見られていたからな」

「御屋形様は、まだ童(わらべ)でございましたゆえ」

「まさか、今でもそう思っているんじゃないだろうな」

「さて。もう、それを申せる立場ではなくなりました」


 実治からも異存は出ず、三人は揃って頭を下げて席を立った。


 悪くない。昔は目賀田や小倉の顔色を窺い(うかがい)ながら兵を出していたのが、今では向こうから江野まで足を運び、俺に臣従を誓っている。顔に出すのはまずいが、少しくらい調子に乗っても罰は当たらないだろう。


 しばらくして、新九郎(しんくろう)が書付を手に入ってきた。

「御屋形様。近江より報せが届いております。六角家中が、さらに割れたようにございます」


 観音寺との話はまとまらず、承禎は俺との和睦を唱えた末に、義治を退けて義定を立てることまで考え始めたらしい。義治はそれに反発し、定秀とともに日野へ移った。承禎は三雲に残り、観音寺を押さえた連中は、そのどちらにも付いていない。


 書付から顔を上げると、思わず声が漏れた。

「……三つに割れたのか」

「そのようにございます」


 ここまで割れるとは思っていなかった。観音寺方や愛智郡の連中が六角へ戻らずにいれば、それで十分だったのだ。少し、効きすぎたな。


 賢豊(かたとよ)を殺して以来、義治と家臣の間には亀裂(きれつ)があり、承禎との親子仲も悪かった。俺は、その亀裂が塞がらないようにしただけだ。三つに割れている間は、六角も愛智郡を取り返す兵など揃えられない。


 俺は書付を畳み、新九郎へ指示を出した。

「新九郎。三雲、日野、観音寺に、それぞれ誰が出入りしているか探らせろ。今は動きを追うだけでいい」

「日野については、既に動きがございます。百済寺へ使者が入りました」

「その使者が何を伝えたかは分かるか」

「そこまではまだ。ただ、日野から参った使者であることは確かめております」

「使者が入っただけなら、まだ何もするな。誰と会ったか、寺で兵や武具が動くかを探らせろ」


 新九郎は一礼すると、書付を携えて座敷を下がっていった。


 * * *


 百済寺――橘頼政(たちばなよりまさ)


 日野から百済寺へ使者が入ったと聞いても、わしはすぐには兵を出さず、政澄(まさずみ)、高晴(たかはる)、重尚(しげなお)、政忠(まさただ)を座敷へ集めた。その後も瑞鳳衆(ずいほうしゅう)から報せが続き、百済寺では蔵の武具が出され、鉄砲や火薬、米まで百済寺道の近くへ移され始めているという。


 わしは、報せを持ってきた瑞鳳衆の者へ問いを重ねた。

「兵も集めておるのか」

「数は増えております。ただ、まだ寺を出る様子はございませぬ」


 寺の中には、橘と争うべきではないと止める者もいるらしい。かつて橘酒造(たちばなしゅぞう)で蔵人頭(くろうどがしら)を務めた者も、朝霧の兵の数だけを見て戦を決めるなと申しているという。


 それでも、兵を出せと唱える者の方が勢いを増していた。六角当主の使者が来たことで、橘に逆らうのは百済寺だけではないと息巻く者まで出ているらしい。


 そこまで聞いたところで、政忠が苦々しげに口を挟んだ。

「何とも、都合のいい話ですな」


 義治の使者が来ただけで、寺の強硬な者どもは、六角の後ろ盾を得たつもりになっているのだろう。


 政澄が、わしの方へ向き直った。

「兄上。寺から出る前に、こちらから兵を出して抑えますか」

「いや。六百はいつでも出られるようにしておけ。だが、こちらから百済寺へ兵を近づけるな」

「では、向こうが兵を連れて朝霧へ向かってきた時に止める、ということですな」

「ああ。朝霧へ入る前で受け止める」


 重尚には百済寺道(ひゃくさいじみち)へ出て、兵を受け止める場所を確かめに行かせた。政忠にはすぐに出せる兵を揃えさせ、喜平(きへい)には使える鉄砲と、それに要る火薬、玉、火縄(ひなわ)だけを出させた。


 鉄砲を運び出しに向かう喜平を、わしは呼び止めた。

「修理が要るものは混ぜるな。持たせるのも、いつもの者たちでいい」


 屋敷の外では、六百を出す支度が始まっていた。兵糧(ひょうろう)と武具が隊ごとに渡され、鉄砲兵も出陣に備えて持ち場へ集まっていく。


 座敷を出かけた高晴を、わしは呼び止めた。

「茂兵衛(もへえ)。百済寺が出てきても、追い散らそうとは考えるな。朝霧へ入れずに止めれば、それでよい」

「向こうが引けば、こちらも追わぬということですな」

「そうだ。寺まで追う必要はない」

「では、前に立つ者たちにも、そのつもりで伝えておきます」


 その日の暮れには、六百の出陣準備が整っていた。夜が明けきらぬうちに、瑞鳳衆の男が屋敷へ駆け込んできた。

「百済寺が動きました。千ほどが寺を出て、百済寺道を進んでおりまする。兵糧も武具も伴っております」

「行き先は朝霧で、間違いないか」

「はい、間違いございませぬ」


 もはや待つ理由はなく、わしは立ち上がって控えの者たちに命じた。

「兵庫助(ひょうごのすけ)、六百を出す。茂兵衛は前を頼む。右近(うこん)、左近(さこん)は、昨夜決めた通りに動け」


 * * *


 百済寺勢とぶつかったのは、朝霧へ入るよりずっと手前だった。道の向こうには槍と弓が並び、その間には鉄砲を構えた者の姿も見える。数は向こうの方が多く、鉄砲も思っていたより揃えてきていた。


 ほどなく、百済寺側から使者が一人、こちらへ進み出てきた。

「橘殿には、目賀田ならびに小倉東家、西家の臣従を受け入れたこと、撤回していただきたい」

「断る」

「六角右衛門督様も、これ以上、橘が愛智郡へ勢力を広げることは認めぬとのお考えにございます」

「右衛門督殿が何を申そうと、橘はもう六角に従ってはおらぬ」

「百済寺としても、これ以上黙って見ているつもりはございませぬ」

「それで、千も連れてきたのか」

「お聞き入れいただけぬのであれば、我らも退くわけには参りませぬ」


 使者が引き返すと、重尚と政忠が兵の間を回り、鉄砲兵の前の槍兵を左右へ退かせた。撃ち終えた鉄砲兵が後ろへ抜け、代わりに槍兵が出られるよう、隊列(たいれつ)の間にも道を空けていく。後方では喜平が、火薬と玉の行き渡りを確かめていた。


 やがて、百済寺勢の前列がじりじりと動き始めた。


 前に立っていた高晴が、振り返って声を張り上げた。

「来まする!」


 だが、まだ遠い。わしは逸る(はやる)気持ちを抑え、百済寺勢がさらに近づくのを待った。先頭の槍兵が十分に引きつけられたところで、声を張り上げる。

「撃て!」


 銃声が一斉に響き渡った。前へ出ていた兵が何人も倒れ、立ち込める煙の向こうで、後ろの列が詰まって足を止めた。


 敵の足が止まったその隙を逃さず、わしは重尚へ叫んだ。

「右近、槍を出せ!」


 重尚の号令で、槍兵が前へ出た。撃ち終えた鉄砲兵はその後ろへ抜け、次の装填(そうてん)に取りかかる。百済寺勢の槍はそこで足を止めたが、引き返しはしなかった。代わりに、弓と鉄砲を持った者たちが前へ出てくる。


 向こうの筒先がこちらへ向くのを見て、わしは前の兵たちへ怒鳴った。

「身を低くしろ!」


 直後、矢と弾がこちらの列へ飛び込んだ。槍兵が一人倒れ、その横でも別の兵が肩を押さえてうずくまる。手負いを後ろへ引く間にも、百済寺の槍兵が再び距離を詰めてきた。


 崩れかけた前列へ、高晴が自ら踏み出していった。

「下がるな! そこを詰めろ! 鉄砲が次を撃つまで持たせろ!」


 槍先がぶつかり合い、前列が押し合いになる。こちらが押し返しても、百済寺勢は後ろから次々と新しい兵を送り込んできた。


 政澄が、こちらを振り返った。

「兄上、少し下げますか」

「まだだ。鉄砲が撃てるうちは、ここで少しでも数を減らす」


 射撃と槍のぶつかり合いが、二度、三度と繰り返された。百済寺勢は前列を次々と入れ替えられるが、こちらは同じ六百から手負いが抜けていくばかりで、そのたびに前へ出せる兵が減っていく。


 高晴のいる辺りで、兵の叫ぶ声が上がった。

「茂兵衛様!」


 兵の声に、高晴が振り返った。槍列の後ろに、若い男が一人倒れている。胸の辺りを血に染め、名を呼ばれても動かなかった。高晴はすぐにその脇へ駆け寄り、膝をついた。


 わしは馬を寄せ、高晴の背へ声を掛けた。

「茂兵衛、誰だ」

「……某の、次男にございます」


 それだけ答えると、高晴は立ち上がった。息子の向こうでは、まだ槍がぶつかり合っている。


 政澄が、こちらへ馬を寄せてきた。

「兄上。ここは一度、下がった方がよろしいかと」

「ああ。次の場所まで、順に下げる。兵庫助、鉄砲を先に下げろ」


 まず鉄砲兵を抜き、後ろの構えへ走らせる。その間は重尚と高晴の槍兵が前を支え、後ろの備えが整ったところで、前列から順に兵を引いていった。百済寺勢は、そのまま追ってきた。だが、先に下がった鉄砲兵は、すでに装填を終えている。


 追ってくる先頭が射程(しゃてい)に入ったのを見て、わしは再び声を張り上げた。

「撃て!」


 銃声が重なり、追ってきた兵が崩れた。その隙に、最後の槍兵まで後ろへ抜ける。戦列(せんれつ)は崩れていない。だが、最初に構えた場所を明け渡したことも、また確かだった。


 道の向こうでは、百済寺勢がまた列を組み直し始めている。こちらでは、手負いを後ろへ運ぶ兵が、先ほどより目に見えて増えていた。


 わしは、すぐ後ろに控えていた政忠を呼んだ。

「左近、江野へ使いを出せ」

「救援を求めますか」

「そうだ。百済寺はおよそ千。こちらは六百で止めているが、このままでは先に持たなくなる。まだ戦列は崩れておらんことも、併せて伝えろ」

「すぐに馬を出します」


 政忠の使者が馬を駆って走り去る頃には、百済寺勢の前列が、また動き始めていた。


 前を見据えたまま、政澄が低く言った。

「次も来ますな」

「止められるだけ止める。だが、兵を潰してまで一つの場所にしがみつくな。押されたら、また下がれ」


 ここで勝つ必要はない。賢政が来るまで、朝霧への道を塞ぎ続けられれば、それでよい。


 * * *


 朝霧急報――橘賢政


 その日の夕刻、朝霧からの急使(きゅうし)が江野城(えのじょう)へ駆け込んできた。百済寺勢およそ千が朝霧へ向けて進み、頼政の兵六百が百済寺道で迎え撃っているという。


 膝をついた使者へ、俺はまず頼政の安否を尋ねた。

「父上は、無事か」

「某が発った時には、戦列を保ちながら後ろへ下がっておられました。百済寺勢も、まだ朝霧へは入っておりませなんだ」

「損害は」

「死傷者が出ております。竹田茂兵衛(たけだもへえ)殿の次男も、鉄砲を受けて討死(うちじに)いたしました」


 高晴の次男、か。高晴とは昔からの付き合いだが、次男がいたことは今初めて知った。顔すら浮かばない。それでも、高晴が息子を失ったという事実は重かった。


 準備が足りずに押されているわけではない。だが、六百で千を止め続ければ、前列を入れ替えられる向こうより、こちらの方が先に持たなくなる。


 戦況を聞き終えたところで、俺は気にかかっていたことを確かめた。

「日野からの使者については、何か分かっているか」

「百済寺へ入ったことまでは、瑞鳳衆が確かめております。ただ、兵を出せと命じたかどうかまでは分かりませぬ」


 日野の使者が百済寺へ入ったことと、義治が出兵を命じたこととは、別の話だ。義治が百済寺を使って橘に圧を掛けようとした見込みは高い。だが、朝霧を攻めろとまで命じたかどうかは、分からなかった。


 それでも、百済寺が兵を向けてきたという事実だけは、もう動かしようがなかった。


 それ以上考えるのは後回しにして、俺は控えの者へ命じた。

「善祥坊(ぜんしょうぼう)を呼べ。江野の兵に、出陣の支度をさせろ」


 ほどなく、継潤(けいじゅん)と重治(しげはる)が座敷へ入ってきた。事情を聞くなり、継潤が尋ねる。

「江野から、どれほど出されます」

「千三百出す。残りは江野に置いておく」

「菰野(こもの)と千種(ちくさ)は、いかがいたします」

「又左衛門(またざえもん)と藤吉郎(とうきちろう)にも使いを出せ。守りを残して、すぐ動かせる兵だけ八風(はっぷう)へ向かわせろ」

「小倉東家と西家にも、兵を出させますか」

「ああ。ただし全部はいらん。両家合わせて八百ほどでいい」


 江野から千三百、菰野と千種から合わせて七百から八百、小倉両家から八百ほど。すべて揃えば、三千に少し届かないくらいになる。百済寺の千を押し返すには、それで十分だ。


 継潤は重治へ書付を渡し、江野に残す兵と、菰野や千種から動かす兵の数を確かめさせ始めた。


 筆を取った重治の手元を覗き込みながら、継潤が言葉を添える。

「半兵衛(はんべえ)。兵だけ数えるな。兵糧と火薬、玉も、出発する場所ごとに分けておけ。江野へ全部寄せる必要はない」

「道へ入る場所ごとに、荷も分けるのでございますか」

「そうだ。先に出られる兵を、後ろから来る荷のために待たせるな。馬も、一所(ひとところ)へ集めすぎるな」

「では、それぞれ兵と荷を一緒に出せるよう、書き直します」


 重治は書付を引き寄せ、継潤と並んで数字を直し始めた。城内では各地へ走る使者が次々に支度を整え、廊下を行き交う者の数が一気に増えていく。


 そこへ、政基(まさもと)が具足(ぐそく)を抱えて入ってきた。

「御屋形様。こちらも整っております」

「ああ。俺も出る」


 小倉東家と西家への使者も、その日のうちに江野を発った。返事は待たず、両家の兵とは近江へ入ってから合流すればいい。


 翌朝、俺は千三百を率いて江野を発った。利家(としいえ)と秀吉(ひでよし)には、それぞれの持ち場から八風へ向かうよう命じてある。街道を進むうちに菰野の兵が加わり、千種からも秀吉の兵が合流して、隊列はみるみる長くなった。


 峠(とうげ)を越えて近江へ入ると小倉両家の兵も加わり、軍勢は三千弱に膨らんだ。かつては大勢で通るだけでも周りの顔色を窺った八風街道(はっぷうかいどう)を、今はその軍勢が朝霧へ向けて進んでいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。