↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
近江の山奥から始める近代国家建設 〜転生田舎領主は戦国そのものを終わらせたい〜  作者: 近江もののふ
第四章 戦国大名への道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
139/139

第124話 朝霧の戦い

 永禄四年(えいろくよねん)(1561年)、五月。

 近江国(おうみのくに)、愛智郡(えちぐん)、小椋道(おぐらみち)。


 小椋道を抜け、朝霧(あさぎり)まであと少しというところで、実治(さねはる)が馬を寄せてきた。

「御屋形様。此度(こたび)の百済寺(ひゃくさいじ)の動き、やはり裏で右衛門督(うえもんのかみ)様が糸を引いておられるのではございませぬか」


 日野(ひの)から百済寺へ使者が入り、その後で武具(ぶぐ)と兵糧(ひょうろう)が動いた。さらに千ほどの兵が朝霧へ向かったとなれば、偶然で片付けるには出来すぎている。だが、俺が確かめたいのは、もうそこではなかった。


 馬上で前を見たまま、俺は実治に答えた。

「おそらくな。だが、右衛門督が命じたのか、百済寺が勝手にその気になったのか、今さら確かめる必要はない。百済寺は自分から朝霧へ兵を向けた。それで十分だ」


 実治は、すぐには返さなかった。臣従(しんじゅう)したばかりの小倉西家(おぐらにしけ)にとって、昨日まで仰いだ六角(ろっかく)当主・義治(よしはる)の名は、まだ簡単には切り捨てられないのだろう。


 しばらく間を置いてから、実治が問い直した。

「では、百済寺はどうなさいます」

「潰す」


 六角から離れた以上、いずれ百済寺にも手を入れるつもりではいた。寺領(じりょう)を抱え、兵を持ち、武具まで蓄えている勢力を、朝霧のすぐ近くに残しておく気はない。


 内務軍(ないむぐん)を入れて武装(ぶそう)を解かせ、寺領も整理する。それさえ受け入れるなら、寺そのものまで潰すつもりはなかった。


 だが、従わないなら話は別だ。俺の知る歴史では、百済寺はいずれ信長(のぶなが)に焼かれる。それを信長がやるか、俺が先にやるか。違いはそれだけだ。


 実治とのやり取りは、後ろから馬を寄せてきた秀吉(ひでよし)の耳にも届いていたらしい。

「いずれ、こうなるとは思うておりました。百済寺が大人しく武具を差し出すとも思えませなんだので」


 政基(まさもと)が、前方へ目を向けたまま応じた。

「されど、向こうから朝霧へ兵を向けてきたとなれば、こちらから寺へ押しかけたのとは訳が違いますな」


 その横で、重治(しげはる)が俺と秀吉の顔を交互に見ていた。近くを進む忠次(ただつぐ)は黙って話を聞いていたが、忠勝(ただかつ)は気になったらしく、俺へ問いかけてきた。

「寺とも、戦をするのでございますか」

「当然だ。兵を向けてきた以上、寺だからといって別に扱う理由はない」

「では、兵だけでなく、寺そのものへ攻め入ることも」

「必要ならやる。一つ焼くのも二つ焼くのも同じだ」


 重治の顔が固まった。秀吉と政基に驚いた様子はなく、忠次がその二人の顔を見比べる。そこへ、後ろから利家(としいえ)が馬を寄せてきた。

「三嶽寺(さんがくじ)と同じに申されるには、随分と大きゅうございますぞ」

「だから何だ」

「いえ。御屋形様なら、そう仰るだろうと思っただけにございます」

「なら、わざわざ言うな」

「それもそうですな」


 利家の後ろには長頼(ながより)と永福(ながとみ)も続いていたが、二人は話に加わらず、前を向いて馬を進めている。やがて兵の列がわずかに詰まり、木々の向こうに幾筋もの煙が見えた。ほどなく、その方角から鉄砲(てっぽう)の音も届いてくる。


 朝霧だ。俺は前方へ声を飛ばした。

「急ぐぞ。百済寺の始末は、朝霧を取り戻してからだ」


 列の進みが速まり、村へ近づくにつれて焦げた臭いが濃くなった。見慣れた畑の向こうでは、何軒もの家から煙が上がっている。村口(むらぐち)には百済寺の兵が立ち、奥でも槍を持った者が行き交い、朝霧砦(とりで)の周りにはなお大勢が群がっていた。


 だが、砦はまだ落ちていない。塀の上の兵が、大手(おおて)へ寄る百済寺勢へ矢と鉄砲を浴びせている。間に合いはしたが、敵は村の中まで食い込んでいた。頼政(よりまさ)は六百で千ほどを相手に砦まで退き、それでも持ちこたえていたのだ。


 俺は村口の手前で馬を降りた。家と畑の間の狭い道へ、これだけの人数に騎馬(きば)まで入れれば身動きが取れない。後続の者にも、馬を村口の外へ下げさせた。


 それから、家次(いえつぐ)、親正(ちかまさ)、光泰(みつやす)、清興(きよおき)を呼び寄せた。

「全軍を押し込むな。村の中で詰まるだけだ。百済寺勢を寺の方へ押し出せ。火矢は使うな。鉄砲も、敵の後ろを確かめてから撃て。朝霧を壊しては意味がない」


 四人が頷くのを見て、俺は言い添えた。

「村に残って抗う者は排除(はいじょ)しろ。寺へ退く者まで追い回すことはない。ほかへ散らさず、寺の方へ追い立てるんだ」


 四人は、それぞれ自分の兵のもとへ散っていった。家次と親正は別の入り口へ兵を回し、光泰は後続を村の外へ広げて、脇から抜けようとする敵に備えている。


 正面を受け持った清興は、まず村道の幅を目で測り、先頭の兵だけを前へ出した。

「先に入るのは三分隊(ぶんたい)だけでいい。後ろは待て。この道に詰め込んでも、槍が振るえん」


 清興の兵が村内へ入り、忠次と忠勝もその後に続いた。援軍(えんぐん)に気づいた百済寺勢は、砦へ向けていた兵の一部をこちらへ振り向け、道幅いっぱいに槍を並べて押し出してくる。


 清興は迫る槍先から目を離さず、前列をその場に踏み止まらせた。

「そこで受けろ。後ろは動くな」


 忠次は敵の槍列から家と家の間へ目を移し、忠勝を呼んだ。

「平八郎(へいはちろう)。兵を連れて脇へ回れ。あの槍列の横へ出ろ」


 忠勝が分隊を率いて家の間へ消えていく。百済寺勢は押せると見たのか、さらに前へ詰めてきた。こちらの前列も穂先を合わせ、柄と柄が打ち合わされる。後ろに兵がいても、この道で一度に槍を振るえる数は限られていた。


 その間に家の間を抜けた忠勝が、敵の槍列の横手へ出た。蜻蛉切(とんぼきり)を構え、兵を引き連れて飛び出していく。

「行くぞ!」


 横腹を突かれた百済寺勢の列が乱れ、正面を向いていた穂先が次々と忠勝たちの方へ振り向けられた。清興はその隙を逃さず、前列へ命じた。

「今だ、押せ」


 正面の槍兵が、一斉に前へ踏み出した。横へ向き直ったところを押された百済寺勢は先頭から崩れ、後ろも踏み止まれないまま、狭い道を押し戻されていく。


 その背を追おうとした兵を、清興が鋭い声で引き止めた。

「追い回すな。寺へ退く奴は行かせろ。戸口と塀の陰を確かめて、残った敵だけを倒せ。道は塞ぐなよ」


 兵が道の両側へ分かれ、その間を次の分隊が進んでいく。清興が前線を押し上げる頃には、家次と親正の兵も別の道から村へ入っていた。あちこちで槍のぶつかる音が続き、怒号に混じって、時折鉄砲の音が響く。


 俺も政基、継潤(けいじゅん)、重治らと後続を率いて村へ入った。戦いが先へ移った場所では、兵の一部がすでに消火(しょうか)へ回っている。


 火の残る家へ水を掛け、燃え移りそうな屋根や板塀を先に濡らしながら、軒下の薪を離していく。空になった桶が後ろへ返されると、代わりの水桶が次々と運び込まれてきた。


 道端には履物や籠が取り残され、戸口を開け放したままの家もあった。慌てて逃げた跡を目で追いながら、継潤が道の両側を見回した。

「これだけ村へ入り込まれている割に、民の姿が見えませぬな」

「砦だ。昔の夜襲以来、半鐘(はんしょう)が鳴れば皆そこへ逃げ込むようにしてある」


 頼政が百済寺道からここまで退いてくる間に、村人を逃がしきれたらしい。


 その時、右手の道から百済寺勢がまとまって飛び出してきた。先頭の一人がこちらを見るなり鉄砲を構え、後ろでも何本かの筒先が上がる。


 俺は、前にいる兵へ叫んだ。

「伏せろ!」


 兵が地に身を伏せた直後、銃声が続いた。土が跳ね、板塀に弾が食い込む。後列で一人が倒れたが、すぐ隣の兵がその腕を掴み、道脇へ引きずっていった。


 こちらの鉄砲兵も反射的に筒を上げたが、敵の後ろには家が並んでいる。俺は鉄砲兵を制し、槍兵へ手を振った。

「撃つな! 槍を出せ!」


 政基も、敵と家並みの間へ素早く目を走らせ、兵へ指示を飛ばした。

「正面は槍で止めろ! 一分隊は家の裏へ回れ! 横から追い出せ!」


 槍兵が道へ出ると、その脇から分隊が家々の間へ入っていった。百済寺勢が次を撃つより早く、こちらの槍兵が間合いを詰め、正面から押し始める。家の裏へ回った分隊が横から姿を見せると、敵は道を捨てて下がり始めた。


 勢いのまま前へ出ようとする兵を、俺は声で抑えた。

「追い込みすぎるな! まず、この道を確保しろ!」


 前列が足を緩め、その後ろから次の兵が入ってくる。落ちた槍や鉄砲を脇へ寄せる間も、火の残る家では消火が続いていた。三千近くいても、この村では一度に動かせない。取り返した道から、順に兵を通していくしかなかった。


 家次の兵が一本の道を取り返し、親正も別の筋から百済寺勢を押し戻している。光泰は村の外へ散ろうとする敵の前を塞ぎ、百済寺へ続く側だけを空けていた。


 利家のいる方でも、家の間へ入り込んだ敵との戦いが始まっていた。利家は槍を振るいながら、兵へ声を飛ばす。

「前だけ見るな! 家の間にもおるぞ!」


 長頼が右手の家の間へ踏み込み、突き出された槍を払いのけた。

「こっちは任せろ!」


 反対側では、永福が後ろへ抜けようとする敵の前へ回り込み、近くの兵を呼び集めていた。

「そこを抜かせるな!」


 左右から押された百済寺勢は、砦の方へ下がっていく。大手前にはなお敵が密集し、門へ取りつこうと槍を突き出していた。砦からも鉄砲が撃ち下ろされるが、敵味方の間合いが近い。倒れた者と折れた槍が重なる場所へ、さらに兵が詰まっていく。


 あそこへ押し込めば、味方同士が邪魔になるだけだ。俺は継潤に命じた。

「大手前へは集めるな。左右から回れ。寺へ退く道だけ残して、ほかは塞げ」


 継潤が左右へ伝令を走らせると、百済寺勢の一部が背後へ向き直った。それでも門を攻める者は離れず、塀から落とされた石で一人が下がれば、すぐに次が前へ出てくる。


 俺も十文字槍(じゅうもんじやり)を手に、前列のすぐ後ろまで出た。隣に並んだ政基が、早速釘を刺してくる。

「御屋形様。前へ出過ぎますな」

「分かってる」

「分かっておられる時ほど出られますので、申しております」

「今はいいだろ」

「よくはございませぬ。ですが、止めても聞かれますまい」


 前列が百済寺勢とぶつかり、穂先が絡んで柄が打ち合わされた。敵も簡単には崩れない。横へ抜けようとする者の前には別の隊が回り込み、空いているのは百済寺へ続く側だけだ。それでも大手前を離れず、こちらへ槍を向けてくる者がいた。


 一人が間合いを詰めて突き出した槍を、前の兵が柄で払う。その横から伸びた別の穂先を、俺は十文字槍で引っ掛けて外へ弾き、一歩踏み込んで男の胴を突いた。穂先が食い込む手応えがあっても抜かず、さらに押し込む。


 柄へ縋りついた男ごと槍を捻り、崩れた身体を横へ振る。迫ってきたもう一人とぶつかり、二人がもつれた隙に槍を引き抜くと、後ろの男へ続けて突き込んだ。


 隣で槍を構えていた政基が、また声を掛けてきた。

「御屋形様。そこから先へは、出られませぬよう」

「分かってる」

「先ほども、同じお返事を伺っております」


 返事の代わりに槍を引き抜き、前へ目を戻した。次はどいつだ。そう思った矢先、右手で大きな声が上がった。


 清興の兵が、百済寺勢の側面へ食いついたのだ。村内の敵を排除しながら進んできた隊が、砦の横へ回り込んでいた。蜻蛉切を手にした忠勝が先頭近くまで斬り込み、その後ろから忠次が分隊を順に送り込んでいる。


 反対側からは家次の兵も迫っていた。左右から橘(たちばな)の兵に詰められ、正面だけを向いていられなくなった百済寺勢の槍列から、穂先が左右へ散っていく。


 そこへ、光秀(みつひで)が兵を連れて駆けつけ、俺の脇へ並んだ。

「こちらは某が引き受けます」

「寺へ逃げる道だけは残せ。それ以外へは散らすな」

「心得ております」


 光秀の兵が左右へ回って脇道を塞ぐ頃には、大手前でも槍を捨てて走る者が出始めていた。一人が寺の方へ逃げると、その後に何人も続く。俺はその背を追わず、まだ槍を向けてくる者へ向き直った。


 抵抗する者は次第に減り、最後まで踏み止まった者も押し寄せる兵に呑まれていった。砦へ向けられていた槍は消え、村のあちこちで鳴っていた銃声も途切れている。


 しばらくして大手門が開き、先に出てきた兵の後ろから頼政が姿を見せた。具足は泥にまみれ、袖にも血が飛んでいたが、足取りを見る限り大きな怪我はなさそうだ。


 俺が近づいて声を掛けると、頼政は足を止めた。

「父上」

「遅かったな」

「これでも、急いだんですが」

「砦が落ちる前には来た。それでよい」


 頼政の後ろから、政澄(まさずみ)、高晴(たかはる)、重尚(しげなお)、政忠(まさただ)も姿を見せた。高晴の具足には、乾きかけた血がこびりついている。それを見た途端、江野(えの)で聞いた報せが脳裏をよぎった。


 俺は高晴の前へ進み出て、声を掛けた。

「茂兵衛(もへえ)。倅(せがれ)のことは、聞いた」

「戦にございます。あれも槍を持ってここに立った以上、覚悟はできておりました」


 高晴はそこで言葉を切り、砦の脇へ運ばれていく手負いの者たちへ目を向けた。

「死んだのは、某の倅だけではございませぬ。今日、身内を失った家はほかにもありましょう。どうか、そちらの者たちのことも、お気に掛けてくだされ」

「ああ、分かった」


 高晴は頭を下げ、手負いの者が集められた方へ向かった。声を掛けてくる兵がいれば足を止め、担がれてきた者の顔を一人ずつ確かめていく。


 砦からは、避難していた村人も出始めていた。女や子供、年寄りが兵の間を抜け、自分の家があった方を見つめている。


 その中に、春(はる)の姿を見つけた。傍らには惟丸(これまる)と初音(はつね)がおり、少し後ろから秀長(ひでなが)も続いている。高治(たかはる)ら後藤(ごとう)の一族の姿もあった。


 春は俺の前まで来ると、具足の上から足元まで、確かめるように目を走らせた。

「怪我はしていませんね」

「ええ、大丈夫です」

「それならよかった。十兵衛まで担ぎ込まれてきたら、砦の中がもっと騒がしくなるところでしたよ」

「帰ってきて、最初に言うことがそれですか」

「無事なら、それでよいのです」


 惟丸も、俺の具足へ目を向けていた。

「兄上。江野から、そのまま来られたのですか」

「ああ。途中で又左衛門(またざえもん)や藤吉郎(とうきちろう)たちとも合流した」

「では、まだ一度も休んでおられませんね」

「お前まで、母上みたいなことを言うな」

「母上が休めと仰らないので、代わりに申し上げているのです」


 春が何も言わずに惟丸を見やる。その横から、初音が俺の袖を引いた。

「兄上。お屋敷が……」

「ああ、見えてる」


 初音は屋敷のある方を一度見たきり、それ以上は何も言わなかった。


 周りでは、手負いを運ぶ声に交じって、焼けた材を片付ける音が聞こえ始めている。火の残る家へは兵と村人が水を運び、砦の負傷者は順に外の手当て場へ移されていた。折れた槍や捨てられた武具も、道を塞がないよう一か所へ寄せられていく。


 そこへ、おはつが書付を手に歩いてきた。後ろには村の者が二人ついている。

「十兵衛様。家は一軒ずつ、住めるか確かめてる。今夜戻れない家の者は、砦へ戻した方がいい」

「ああ、そうしてくれ。食べる物も砦へ運んでいい。建て直すのは、百済寺の始末がついてからだ」

「じゃあ、そうする」


 おはつは後ろの二人に指示を出し、一人を砦へ、もう一人を村の奥へ走らせると、自分も次の家へ向かった。入れ替わりに、おたまがやってくる。

「十兵衛様。手負いの方は、動かせる方から外の手当て場へ移しています」

「家族とはぐれた者も、いるだろう」

「はい。その方たちの居場所も確かめております。田畑は村の者が調べておりますから、私は手負いの方を回ります」

「それでいい。頼む」


 おたまは近くの者に声を掛け、次の手負いのもとへ向かった。少し離れたところでは、親を探していた子供が村の女に手を引かれ、砦へ戻っていく。


 砦の脇では、喜平(きへい)が使い終えた火縄銃(ひなわじゅう)を兵に並べさせていた。すぐ使える物と修理の要る物を分け、火縄を消させ、残った火薬(かやく)は別に集めさせている。


 俺に気づいた喜平が、並べた銃から顔を上げた。

「十兵衛様。砦で使った物も、江野から持ってこられた物も、一度わしらで改めます。鍛冶場(かじば)にも先に人をやりました」

「鍛冶場に火は回っていないか」

「道具が無事かも含めて、確かめさせております。銃の方は、わしらに任せてくだされ」


 喜平が一挺を手に取り、具合を確かめ始める。俺はその場を離れ、近くにいた光秀を呼び止めた。

「逃げた兵は、百済寺まで追ってくれ。寺へ逃げ込む者は、そのまま入れていい」

「このまま攻め込みますか」

「いや。朝霧の始末が先だ。寺へ入った者は、外へ出すな」

「承知しました。寺から出る道を塞ぎ、脇道や山へ抜ける筋にも兵を回しておきます」


 光秀は兵を集めながら村口へ向かい、ほどなく一団を率いて百済寺道へ進んでいった。


 村から敵の姿が消えると、砦へ避難していた者たちも少しずつ家へ戻り始めた。焼け残った柱の前へ座り込む者もいれば、屋根を失った家の戸口から、持ち出せる物がないか覗き込む家族もいる。


 俺は、そうした者たちの何人かに声を掛けた。

「今夜は無理に戻らなくていい。砦を使え。屋根のないところで寝る必要はない」

「ですが、十兵衛様。これをまた建てるとなれば……」

「建て直す。木も人もこちらで出す。今は手負いの手当てと、今夜寝る場所が先だ。田畑のことは、その後でいい」


 男は深く頭を下げ、焼け跡に残った荷を拾って家族へ渡した。隣では濡れた布団を抱えた女が砦へ戻り、別の家では焼け残った戸板を二人掛かりで運び出している。


 材木や人足の手配は明日でいい。今から建て直しまで始めれば、手負いや避難した者へ回す人手が足りなくなる。


 村の一角には、戦死者(せんししゃ)の遺体(いたい)も集められ始めていた。橘方の死者は政忠たちが一人ずつ身元(みもと)を確かめ、家族へ知らせて回っている。砦にいた瑞照寺(ずいしょうじ)の僧たちも出てきて、埋葬(まいそう)と供養(くよう)を引き受けていた。その中に、高晴の次男の亡骸もあった。


 僧が遺体の前に座り、兵から名を聞いて経を唱え始める。俺はその場を離れ、村を一通り見て回ってから、橘屋敷へ向かった。


 頼政も一緒だった。春と惟丸、初音が続き、秀長は少し後ろを歩いている。


 見知った家が焼けているたび、春は足を止めた。惟丸は道端の武具を避けて進み、秀長の袖を掴んだ初音も、焼けた材を踏まないよう足元を見ている。


 やがて見えてきた橘屋敷は、思っていた以上にひどい有様だった。表座敷の辺りまで火が回り、屋根はところどころ落ち、壁も大きく焼け崩れている。残った部分はあるが、とても住める状態ではない。


 それでも、庭の形はまだ残っていた。どこに座敷があり、どこから廊下が延びていたかも分かる。それだけに、失われたものがかえってはっきりと目に映った。


 隣で屋敷を見渡していた頼政が、短く口にした。

「建て直しだな」

「随分と、あっさり仰いますね」

「眺めておれば、柱が元へ戻るのか」

「いえ、戻りません」

「ならば、建てるしかなかろう」


 春も、焼けた屋敷の中へ目を向けていた。

「建て直すのなら、今度は少し広くしてもいいかもしれませんね」

「母上まで、そんなことを」

「十兵衛が人を連れて戻るたびに、前の屋敷では狭かったでしょう。どうせ建て直すのなら、まったく同じ物にする必要もありません」

「もう、新しい屋敷の話になってるじゃないですか」

「焼けてしまったものは仕方ありません。それより、次に住む家のことを考えた方がいいでしょう」


 つられたように、惟丸まで自分の部屋があった辺りを見回し始めた。

「兄上。私の部屋も、残っていません」

「だから、建て直すと言ってるだろ」

「では、前より少し広くしていただけませんか。兄上には江野城がありますが、私はこちらにいることの方が多いですから」

「お前まで、広さの話か」


 惟丸は、後ろに控えていた秀長を振り返った。

「小竹(こちく)は、どう思う」

「俺なら、まず今夜寝るところを決めます。部屋の広さは、その後でいいのではありませんか」

「……それも、そうですね」


 初音が、焼け残った柱の一本を指さした。

「兄上。あれ、残せないの?」

「使えるかどうか、調べてもらってからだな。危ないから、近づくなよ」

「うん、分かった」


 春が、初音を少し後ろへ下がらせた。柱の向こうでは、昔からの庭石が煤を被ったまま残っている。惟丸はまだ自分の部屋の辺りを見つめ、頼政は使えそうな材へ目を移していた。


 春が焼け残った蔵まで歩き、戸の具合を確かめ始めたところで、頼政が俺へ向き直った。

「百済寺は、どうする」

「九郎に、寺から出る道を塞がせています。今日は攻めません」

「追わぬのか」

「寺へ閉じ込めてしまえば、急ぐ理由はありません。まず朝霧の始末をつけて兵を休ませ、手負いの手当てと、火薬や玉の残りを確かめます」

「それなら、よい」


 頼政はもう一度屋敷を見渡してから、春たちを連れて引き返し始めた。普請の話は、焼け残った材や蔵を調べてからでいい。俺もその後を追い、屋敷を後にした。


 引き返す途中で、おはつがまた書付を手にやってきた。今度は、田畑を調べた者たちの報告をまとめたものらしい。

「十兵衛様。村口の辺りは、兵が通ったところがかなり荒れてる。全部じゃないけど、このままにはしておけない」

「家と手負いを先に片付けたら、畑へ回せる人は残るか」

「今日は、家と手負いの方へ回した方がいい。畑は明日もう一度調べてから、どこから手を付けるか決める」

「なら、それで頼む」


 おはつは書付に書き加えると、近くの男に明日もう一度畑を確かめるよう言いつけて、別の家へ向かっていった。少し先では、おたまが手負いを運ぶ人足を振り分けている。喜平のいる方からは、早くも槌の音が聞こえ始めていた。


 日が傾いても、人足を呼ぶ声や水桶のぶつかる音、焼けた材を運び出す音が、村のあちこちで途切れることなく続いていた。


 砦の前へ戻ると、政基が百済寺方面からの報せを手に待っていた。

「御屋形様。寺へ続く道には、順に兵を置いております。逃げ込んだ兵はおりますが、まとまって出てくる動きはございませぬ」

「外から、寺へ加勢に入ろうとする者はいないか」

「そちらにも、見張りを付けております」

「九郎は、何と言っている」

「今夜のうちに、見張りをさらに増やすとのことにございます」

「なら、あとは九郎に任せよう」


 砦の前では、炊き出しの支度が始まっていた。手負いを運ぶ人足の間を、米や薪を抱えた者たちが行き交っている。江野から来た兵も、持ち場を離れられる者から順に具足を解き、思い思いに腰を下ろしていた。


 政基もそちらへ目を向け、言葉を継いだ。

「善祥坊(ぜんしょうぼう)殿と半兵衛(はんべえ)殿が、兵糧を置く場所と手負いを休ませる場所を分けております。夜番の割り振りも、向こうで始めております」

「それも、二人に任せておけ。今日はもう兵を休ませろ」

「左様にいたします」


 政基が砦へ戻っていく頃には、家々から立ち昇っていた煙も薄れ、代わりに炊事の火が幾つも灯り始めていた。俺も、砦の大手へ足を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。