第120.5話 閑話 松永組、大和に立つ
永禄三年(1560年)、五月。
摂津国、島上郡、芥川山城。
松永組、大和に立つ――松永久秀
芥川の広間には、障子を開け放っても風が通らん。上座に座っとるのは、三好の親分、長慶や。その脇に本家舎弟頭の長逸が座り、本家若頭のワシの後ろでは、正虎が帳面を膝に載せて控えとる。
下座で手をついとる畠山の使者を前に、月に一度の本家の寄り合いは、今日はそのまま使者を詰める席になった。
話の筋は単純や。畠山尾張守高政は去年、長慶の口添えで高屋へ戻れた。せやのに、その長慶には断りも入れず、自分で追い出したはずの安見美作守宗房と手を結び直したんや。
要は、本家に頭を下げて組を再興させてもろた男が、破門したはずの元若頭を、本家に黙って呼び戻したようなもんや。
手をついていた使者が顔を上げ、話を続けた。
「美作守殿と手を結んだのは、領内を治めるためにございます。修理大夫様に背く心など、毛頭――」
「ほな、困った時だけ親父に泣きついて、高屋へ戻れたら、あとは勝手にするんか」
「勝手とは心外にございます。国衆の――」
「国衆の顔は立てて、親父の顔は潰す。それが領内を治める仕置きや言うんやな」
「顔を潰すなどと。尾張守様は、修理大夫様の御恩を片時も――」
「その恩を忘れてへんのやったら、事を決める前に親父へ話を通すやろ」
使者の喉が鳴った。正虎は帳面から目を上げ、ワシと使者のやり取りに静かに口を挟んだ。
「カシラ、高屋の国衆が揉めとったんは、ほんまです。美作守が戻らんと収まらん、いう声も聞いとりました」
「ほな、なおさらや。そういう事情があるなら、なんで先にこっちへ話を通さん」
「それは、使者殿に聞いていただかんと」
長逸が扇の先で畳を一度だけ叩き、声を荒らげるワシを制した。親父の前で若頭が出過ぎれば、その行き過ぎを止めるんも舎弟頭の役目なんやろう。
「弾正。そのくらいにしとけ」
「へい」
ワシが口を閉じるのとほとんど同時に、長慶が使者へ問いかけた。
「美作守と手を結ぶ前に、こちらへ知らせたか」
使者は口を開きかけたが、答えずに閉じた。近習の囁きも途絶え、庭の蝉の声だけが聞こえてくる。ワシは膝から手を下ろして座り直し、使者の返事を待った。怒鳴り声より、誰も口を開かんこの間の方がよほど重い。
やがて、使者が答えた。
「……知らせては、おりませぬ」
「分かった。下がってよい」
「修理大夫様。尾張守様には、何とお伝えすればよろしゅうございましょう」
「何も伝えずともよい。いずれ、尾張守にも分かる」
使者が下がると、長慶は茶碗を置いた。ワシから長逸へと目を移すにつれ、座の空気が一段締まった。
「河内では、高屋と飯盛の両方を囲む。兵の割り振りは若頭に任せる。日向守と手筈を詰めよ」
「へい。両方を囲むなら、丹波の蓬雲軒も呼びます」
「好きにせよ」
その言葉で寄り合いは終いやった。廊下へ出ると、隣を歩く長逸が横目でワシを見た。
「お前、使者の首を絞めかねん顔しとったぞ」
「絞めてまへん。口で詰めただけです」
「それでええ。カチコミの絵図を引くんは若頭の仕事や。せやけど、勝手に城の門を叩くなよ」
「叩くんは、蓬雲軒の方ですわ」
「せやから、お前に言うとる。弟の手綱も握っとけ」
* * *
六月の末、高屋を囲む三好の陣へ、南から畠山の後詰が寄せてきた。数で押されて陣の一角を破られれば、そこから城へ兵糧を運び込まれかねん。そうなれば、囲みはやり直しや。
後詰の旗が見えた朝、丹波から駆けつけた弟が、ワシの陣へ飛び込んできた。向こうで頭を丸め、今は松永蓬雲軒宗勝と名乗っとる。せやけど、坊主頭になっても中身は昔のままや。
宗勝は、後詰を攻める許しをワシに求めた。
「兄貴、南から来とる後詰に、カチコミかけてええか」
「どこから入る」
「あの松の並びの裏を回る。叔父さんの陣は敵の正面や。そっちへ向き直ったところを、横から突くんや」
「向き直らんかったら、どうする」
「向き直らす。叔父さんの陣で旗を振ってもろて、敵の目をそっちへ向けさせる。その隙に、こっちが横から入るんや」
「ほな、叔父貴にはワシから使いを出して、旗を振るよう頼む。行け。タマ取られたら承知せんぞ」
宗勝は、正面の槍が厚いうちは動かんかった。敵が長逸の陣へ向き直って横の列が薄うなった一瞬を逃さず、自ら先頭に立って、後詰の横腹へ踏み込んだ。
口では殺る、シバくとしか言わん男や。せやけど、どこを殴れば相手が倒れるかは、ワシより先に見えとるんや。
横から突かれた敵が宗勝の方へ兵を向けると、今度は正面の列が薄うなった。ワシも手勢を連れて前へ出た。敵が向きを揃え直す前に、こっちも押さなあかん。
そのまま正面を押すと、後詰の旗が南へ流れ始めた。宗勝はなお、追い散らした敵の背を見とる。
ワシが馬を寄せると、宗勝は返り血も拭わずに振り向いた。
「兄貴、まだ向こうに兵がおる。今なら追いついて殺れるで」
「囲みの内へは通してへんな」
「一人も通すかい」
「ようやった。ほな、陣へ戻れ。まだシノギは残っとる」
「せやけど、このまま逃がしたら紀伊まで行きよるで」
「逃がしとけ。紀伊へ逃げたところで、高屋の兵糧は増えへん」
陣へ戻ると、ずらりと並んだ若い衆が頭を下げた。
「ご苦労様です!」
ワシは皆の前で弟の肩を一つ叩いた。
「後詰を止めたんは、蓬雲軒や。今日の手柄はこいつのもんや。今夜の酒は、ワシの奢りや」
その晩、身内だけで火を囲んどると、正虎が帳面を開いた。
「叔父貴の槍、また替えが要ります。組の持ち出しになります」
「敵のを拾うたらええやろ」
「拾うた槍を選り分けとるんは、こっちです。穂先の欠けたんも、柄の割れたんも、血で滑るんもあります」
「滑るだけなら、拭いたらええ」
「その血を拭くんも、こっちです」
やり取りを聞いとった倅の松永彦六久通が、火の向こうで噴き出した。宗勝に睨まれて慌てて顔を伏せたが、肩はまだ震えとる。
宗勝は、顔を伏せた久通に問いかけた。
「彦六、何が可笑しい」
「いや、叔父貴が一回カチコミかけるだけで、組の銭がどれだけ飛ぶんかと思うて」
「知るかい。突いて、槍が折れたら次や」
正虎が口を挟んだ。
「折れた槍やったら、数えとります。今年はもう、指が足りまへん」
「河内守、まさか、詰めた指で数えとるんやないやろな」
「指を詰めるんは、そっちの仕事ですわ」
* * *
大和は去年から松永のシマや。河内の囲みが長引く間、ワシは信貴山城と河内の陣を行き来しとった。
信貴山には、国衆や寺の取次、奈良の商人が、みかじめの相談に入れ替わりで登ってくる。どいつも松永の看板には頭を下げる。せやけど、三好の兵が河内から引いた後の話になると、急に返事がぼやける。
その日も、正虎が座敷の外から声を掛けてきた。
「カシラ、晒屋がまた来とります。昨日の今日で」
書付に名を記して帰ったんは、つい昨日のことや。
ワシは正虎に、客の様子を尋ねた。
「顔は」
「汗が多めです」
「ほな、昨日の話を変えに来たな」
奈良の晒屋宗右衛門が、昨日と同じ座で首筋の汗を拭うとる。町の兵糧と人足を松永へ出し、筒井方へ流れる荷を止めると約した男や。
宗右衛門が、書付の話を切り出した。
「弾正様、昨日の書付のことで、少々」
「何や。言うてみ」
「筒井方への荷止めでございますが、せめて秋までの約束として、期限を区切らせていただけませぬか」
ワシは懐から昨日の約束を記した書付を取り出し、宗右衛門の花押が見えるよう膝の前へ置いた。
「あんたが昨日、自分で約束した話やろ。今になって変えるんか」
「いえ、ただ、三好様の兵が河内を退いた後のことを、町の者が案じておりまして」
「ほな、筒井にもケツ持ちを頼んどこう、いう腹か」
「そ、そのような」
「ケツ持ちを二つ付ける店はな、結局どっちにも守ってもらえへん。いざいう時、どっちも相手の出方を窺うて動かんからや」
宗右衛門は書付に目を落とし、今度は誰もおらん縁側へ視線を逃がした。宗勝もおらんし、若い衆に刀を抜かせてもおらん。ただ、ワシが笑いもせずに返事を待っとるだけや。
宗右衛門が、ようやく口を開いた。
「……変えませぬ」
「ほな、それでええ。町でこの約束に文句を言う者がおったら、名前を持ってこい」
「……町の者を、斬られるのでございますか」
「斬るかい。文句を言う本人と話をするんや。ワシが行くか河内守が行くかは、相手次第やけどな」
「河内守様なら、まだ」
「ほな、あんたが先に町をまとめとき。河内守が行くだけで済むようにな」
宗右衛門が帰ると、正虎は書付を帳面に挟みながら言うた。
「町の者は、河内の抗争が済んだら、松永も三好の兵と一緒に引くと思うとります」
「誰が引く言うた」
「残るとも、まだ町には言うてまへんので」
「……信貴山があるやろ」
「あれも、奈良の者には河内へ兵を出すための詰所にしか見えとりまへん。大和に腰を据える証にはならんのですわ」
ワシは言い返そうとしたが、正虎の言うとおりやった。大和をシマにするなら、松永の看板を掲げ、ここに腰を据えると示す本部が要る。黙って考えとると、久通が焦れた顔で廊下から入ってきた。
久通がワシに切り出した。
「親父、町の連中、まだ腹を決めへんで。いっそ晒屋の蔵に若い衆を」
「カタギの蔵に手ぇ出したら、晒屋だけやのうて、町の連中まで筒井を頼るようになる。蔵は叩くな」
「ほな、どうやって腹を決めさせるんや」
「松永は引かんと分かるもんを見せる。それを見たら、向こうも考えるやろ」
「何を見せるんや」
「まだ言わん。親父の許しを貰うてへん」
* * *
高屋の城門が開いたのは、十月二十七日やった。その三日前の二十四日、ワシらが囲んどった飯盛では、安見の旗が下ろされた。
代わって門の上に三階菱の旗が上がると、若い衆が槍を突き上げて吼えた。久通は槍を担いだまま、ワシのもとへ駆け寄ってきた。
久通が声を張った。
「親父、勝ったで! 飯盛の門が開いたで!」
「見たら分かる。そう騒ぐな」
「騒がな損やろ。夏からずっと張り付いとったんやで」
「騒ぐんは、親父に報告してからや。それと、若い衆には城の物に手ぇ出すなと言うとけ。カスリを取るんも、本家の許しが出てからや」
「もう言うてある。……河内守が」
「ほな、ええ」
高屋も開き、高政と宗房は首を繋いだまま城を明け渡した。ワシらが囲み続けた二つの城は、これで親父の手に入った。タマを取らんでも、親父の勝ちや。せやけど宗勝は、城を出ていく一行の背を食い入るように見とった。
宗勝がワシに声を掛けた。
「兄貴、尾張守は堺へ逃げよるで。今すぐ追うたら、二人の首を揃えて持ち帰れる」
「城はもう取った。まだ殴るかどうかは、お前が決めることやない」
「……ほな、誰が決めるんや」
「親父や。お前が決めてええのは、殴れと言われた後の殴り方だけや」
「つまらんのう」
「つまらんでええ。勝った後で勝手に喧嘩を広げる奴は、組を潰す」
その日の夕方になると、これまで返事を濁しとった大和の国衆や寺から、祝いの文が届き始めた。正虎が差出人を順に読み上げる。
「柳生と法隆寺から一通ずつ。興福寺の衆徒からも、連名の文が届いとります」
「晒屋は」
「まだ届いとりまへん」
「さよか。まあ、ええ」
* * *
十一月十三日、長慶は飯盛へ入り、四国支部長の三好豊前守実休は高屋へ入った。これで、三好の本部はそっくり飯盛へ移ったわけや。
飯盛の坂は、荷を運ぶ人足と、方々から来た祝いの使いで埋まっとった。親分が腰を据えれば、人も用もそこへ集まる。その人波を抜けて広間の前まで上がると、長逸に出くわした。
長逸がワシに声を掛けた。
「弾正、飯盛の囲みはご苦労やったな」
「蓬雲軒がよう働いてくれました」
「その蓬雲軒が堺まで追おうとしたんを、止めたんはお前やろ。親父も、その話は聞いとる」
「告げ口ですか」
「報告や。お前の手柄としてな」
長慶は本部を飯盛へ移し、芥川を嫡男の三好筑前守義長に預けた。元の本部には、組の跡目が座るんや。
挨拶を済ませて下がりかけると、義長がワシを呼び止めた。
「弾正。大和からの文は、芥川にも回してほしい。京に届いた報せは、こちらからも知らせる」
「へい。河内守に申し付けておきます」
「文のやり取りは、それでよい。ただ、時には弾正自身の口からも話を聞きたい。文だけでは済まぬ話もあるだろう」
去年まで親父の横で黙って座っとった義長が、今は跡目として、若頭のワシにも筋を通せと求めとる。跡目を立てるべき若頭が、その言葉を「へい」で軽く受け流したら、組の示しがつかん。
ワシは改めて義長に答えた。
「……承知しました」
上座の長慶は、こちらを見ずに茶を啜っとった。聞いとらん顔をしながら、義長とのやり取りは耳に入れとる。ワシは義長が下がるのを待ち、長慶の前へ膝を進めた。
ワシは用件を切り出した。
「奈良に、松永の本部を構えさせてもらいたい」
「信貴山はどうする」
「河内への睨みに残します。奈良の城は、寺と町に、松永が腰を据えると示す看板です。普請の銭はこちらで出し、城の守りも引き受けます」
「寺はどう見る」
「建つまでは嫌がります。建ってしもたら、話を持ってきます」
「よかろう。寺とは揉めるな」
* * *
師走の風に吹かれながら、ワシは正虎と久通を連れ、奈良の北にある眉間寺山へ登った。
眼下に広がる奈良の町には、興福寺の塔や東大寺の大屋根が見え、その間を荷車が行き交っとる。町から北へ延びる道は、京へと続いとる。シマを丸ごと見渡せるここに松永の看板を立てれば、シマのどこからでも見えるわけや。
ワシは草鞋の先で足元の土を均し、後ろの二人を振り返った。
「この城は、門を閉めて籠もるためだけに建てるんやない。松永に用がある奴には、ここまで来て挨拶させる」
「寺も商人も、ですか」
「せや。向こうの用で、若頭が毎度出向いてられるかい」
正虎は山裾からここへ続く道筋を目で追いながら、もう帳面を開いとった。
正虎がワシに言うた。
「ほな、まず職人と材木を手配せなあきまへんな。瓦は寺に出入りしとる者に当たってみます」
正虎が手配の話をしとる間も、久通は山の肩の平らな場所を大股で歩き回っとった。
久通がワシに尋ねた。
「親父、若い衆の詰所は門の脇でええか」
「柱も立ってへんのに、もう寝る場所を決めるんか」
「親父こそ、挨拶に来させる話ばっかりやろ。神棚と代紋のある座敷が先で、若い衆の寝床は後回しかい」
言われてみれば、ワシも客を迎える話ばかりしとった。興福寺へ向けとった指を下ろし、咳払いを一つした。
ワシは久通に言い返した。
「客を通す座敷は、組の顔や。神棚のない本部があるかい」
「ほな、若い衆の詰所は何や」
「手足や。門の脇に置いとけ。顔より先に冷えてもらう」
正虎が口を挟んだ。
「興福寺を見下ろす所に本部を構えて、寺は黙っとりますかね」
「黙らんやろ。せやから、文句のある坊主も通せる座敷が要るんや。陰で言われるより、目の前で言わせる方がええ」
松永の看板を掲げるなら、それを守る神も要る。神棚を据える代わりに、山の上には多聞天を祀る堂を建てることにした。多聞天にあやかって、城の名は多聞山や。
* * *
年が明けても普請の手は止まらず、正虎が話を通した大工と石工が山へ入った。奈良の町から材木と瓦が運び上げられる中、久通は若い衆に荷を運ばせ、坂に溜まる人足も手際よう捌いとった。
丹波のシノギの合間に多聞山へ顔を出した宗勝は、城を一回りし、東の櫓の下で足を止めた。
宗勝がワシに言うた。
「ワシがカチコミかけるなら、あの角から入るな」
「そこ、お前の寝る所やぞ」
「せやからや。あそこからの登り口は塞いどけ。崖の陰を登ってこられたら、上からは見えへん」
「冗談やないんか」
「攻め口の話で、ワシが冗談言うたことあるか」
覗き込むと、崖の陰は確かに上から見えんかった。久通に見張りを一人増やすよう命じてから、ワシは奥の座敷へ回った。客の座る位置に腰を下ろすと、床の間に用意された、京から取り寄せた「仁義」の掛物へ目をやり、棟梁を呼んだ。
ワシは棟梁に注文をつけた。
「棟梁、床の間をもう少し低うしてくれ。座った客の目の高さに、仁義の二文字が来なあかん」
「へえ。先日も同じことを仰いましたが」
「まだ高い。もう少し下げてくれ」
「これ以上は、柱を削らなあきまへんで」
「ほな、削ったらええ」
背後の正虎と久通が、顔を見合わせとる気がした。
正虎が先に声を掛けてきた。
「カシラ、戦場の引き際は誰より早う決めはりますのに」
久通もすかさず乗っかってきた。
「親父、自分の本部になったら一寸も譲らんのやな」
櫓の方から戻ってきた宗勝まで、戸口にもたれ、笑いながら口を挟んだ。
「兄貴、ワシにはあれだけ止まれ言うといて」
「やかましい。お前らは柵でも組んどけ」
「柵を組むんは、彦六の仕事やろ」
久通が声を上げた。
「ワシかい」
* * *
春、多聞山を訪ねてきた宗右衛門は、供を門の外に残し、反物の包みを両手に抱えて坂を上がってきた。門の内には、久通の若い衆が道の両側にずらりと並んどった。
宗右衛門が列の間を進むと、左右の若い衆が一斉に腰を折り、声を揃えた。
「ご苦労様です!」
「お、お邪魔いたします」
客の座に控える宗右衛門の目の高さに、床の間の「仁義」が収まっとる。去年、信貴山の座で書付から目を逸らしとった男や。ワシが座ると、宗右衛門は両手をついて頭を下げた。
宗右衛門が祝いの口上を述べた。
「弾正様、御城の普請、まことにおめでとうございます。これは町の者一同からの祝儀にございます」
「よう来てくれた。堅苦しい挨拶はええ。用件を聞こう」
「はっ。町の荷の改めを、今後はこちらでお願いしたく存じます。寺の方々にも、話は通してございます」
「ほな、その話を書付にして河内守へ出してくれ。寺へはワシからも一筆入れとく」
「ありがたく存じます。……去年は、御無礼を」
「あんたは書付を変えへんかった。それで十分や」
宗右衛門が下がると、正虎が声を掛けてきた。
「カシラ、次は法隆寺の使いが控えとります」
「通せ」
法隆寺の使いを待つ間、正虎が言うた。
「晒屋は、去年と顔つきが違いましたな」
「看板が見えて、ようやくワシらが大和に残ると信じたんや。そら顔つきも変わる」
「ほな、看板を立てた以上は、ここを空けられまへんな」
「空けるかい。ここはワシの寝る所や」
廊下の向こうから、宗勝の声が聞こえてきた。
「彦六、東の角の柵はまだ低いで。もう一段高うしとけ」
「叔父貴、昨日も積んだがな」
「それでも、まだ低い」
どこかで聞いた言い草に、ワシは口元を押さえた。門の方ではまた、若い衆が「ご苦労様です!」と声を揃えとる。ワシが出向かんでも、用のある寺や商人がここへ来る。ようやく、そんな本部ができたんや。




