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近江の山奥から始める近代国家建設 〜転生田舎領主は戦国そのものを終わらせたい〜  作者: 近江もののふ
第四章 戦国大名への道

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第115話 桶狭間の後始末

 永禄三年(えいろくさんねん)(1560年)、五月二十日。

 尾張国(おわりのくに)、知多郡(ちたぐん)、大高(おおだか)、大高城(おおだかじょう)。


 昨日まで兵で埋まっていた大高城は、今日はずいぶん静かになっていた。捕虜は手当ての必要な重傷者を除き、順に江野(えの)へ送り出した。押収した槍や刀、具足、馬、城内に残っていた物資も帳面に記し終え、橘の旗もすでに下ろしている。残る荷と負傷者を運び出せば、俺たちの仕事は終わりだ。


 城門の方が騒がしくなり、見張りに立っていた橘兵がこちらへ駆けてきた。

「連隊長殿、織田方より使者が参っております」


 兵に続いて入ってきた水野下野守信元《みずのしもつけのかみのぶもと》は、俺の前まで進み、頭を下げた。

「水野下野守にございます。上総介(かずさのすけ)様の命により、大高城の引き継ぎに参りました」

「橘十兵衛(たちばなじゅうべえ)です。ちょうど後始末が終わるところです。城内の帳面も残していきますので、あとはお願いします」

「承知いたしました。上総介様より、十兵衛殿にはこのまま清洲(きよす)へお戻りいただきたいと承っております」

「分かりました」


 これで大高を織田へ引き渡せる。ただ、元康(もとやす)は信元の甥だ。俺はそのことに一言触れてから、城を任せることにした。

「下野守殿。次郎三郎(じろうさぶろう)殿を亡くされた御心中、お察しします。ただ、これも戦のことですので」

「……承知しております。某は上総介様より、大高を預かるよう命じられております。今は、その役目を果たすのみと心得ております」

「では、大高をお願いします」


 それ以上、この話には触れなかった。敵として戦った俺が何を言っても、慰めにはならない。


 城を引き渡す前に、もう一つ命じておくことがある。俺は荷を検分している秀吉(ひでよし)に声を掛けた。

「藤吉郎」


 秀吉が手を止め、こちらへ来た。

「はい」

「お前は清洲には来なくていい。そのまま岡崎(おかざき)へ向かって、城を潰してこい」

「潰す、とはどういうことでございますか」

「言葉通りだ。空城なのは確認してある。松平が戻ってもすぐには使えないよう、門も柵も建物も残さず壊して、更地にしろ」

「城下はいかがいたしましょう」

「潰すのは城だけでいい。町を焼く必要はない」


 秀吉は少し考えてから頷いた。

「承知いたしました」

「人は必要なだけ連れていけ。終わったら江野へ戻れ」


 松平が勢力を立て直すための足場まで、残してやる必要はない。


 * * *


 清洲へ戻ると、城内はまだ戦勝の喜びに沸いていた。大軍を率いて尾張へ攻め込んだ義元(よしもと)を、信長(のぶなが)が自ら出陣して討ち取ったのだ。城内を歩いていると、家臣たちの弾んだ声が耳に入ってくる。


 俺は元康の首を収めた木箱を清興(きよおき)に持たせ、信長の前へ進み出た。

「上総介殿。此度の御勝利をお祝い申し上げます」

「お前に言われると妙な気分だな。わしが治部大輔(じぶのたいふ)とやり合っている間に、大高を丸ごと取っておるではないか」


 信長は苦笑していたが、俺が清興に木箱を前へ置かせると、顔を曇らせた。

「……十兵衛。その箱は何だ」

「次郎三郎の首です」

「首だと。何故、首桶ではない」


 そういえば、織田では首桶を使うのが普通だったか。

「橘では普段、首を取らせていませんので、首桶も用意していませんでした」

「戦へ出る家が首桶を持っておらぬのか」

「必要ありませんから」

「相変わらず妙なところで徹底しておるな」


 信長が家臣に蓋を開けさせると、俺は元康の首を示した。

「大高で討ち取った松平次郎三郎《まつだいらじろうさぶろう》です」


 信長はしばらく元康の首を見つめていた。

「……竹千代か。まさか、こうして首を見ることになるとは思わなんだ」

「討ち取ったのは左近です」

「そうか」


 蓋を閉じさせると、信長は俺へ向き直った。

「十兵衛、此度は助かった。お前が大高を押さえたおかげで、わしは治部大輔との戦に専念できた。礼を言う」

「礼には及びません。ただ、こちらもそれなりの損害を受けています。その分は補償していただきます」

「何が欲しい」

「大高で捕らえた今川方と三河方の捕虜、それに橘勢が押収した武具や馬、その他の物資です。それらを、こちらで処分させていただきたい」

「大高でお前が取ったものだ。好きにせよ」

「ありがとうございます。それと、佐々家についてもお願いがあります」


 信長の顔から笑みが消えた。

「隼人正(はやとのしょう)の家か」

「はい。隼人正殿の跡を、内蔵助(くらのすけ)に継がせたいと思っています」

「内蔵助は、とうにお前の家臣であろう」

「ですから、佐々家も橘にお預けいただきたいのです」

「尾張の家を一つ、丸ごと持っていくつもりか」

「内蔵助を尾張へ戻すつもりはありませんから、佐々家もこちらへ移していただく方が話は早いでしょう」


 成政(なりまさ)はもう橘の家臣だ。兄が死んだからといって、尾張へ戻すつもりはない。佐々家を成政に継がせ、家ごと橘へ移せばいい。


 信長はすぐには頷かなかった。

「佐々は織田に仕えてきた家だぞ」

「承知しています。ですから、こうして上総介殿にお願いしています」

「わしが断ればどうする」

「それなら、橘で内蔵助を当主に据え、新たに佐々家を立てます」

「……何だと」

「尾張の佐々家を誰に継がせるかは、上総介殿がお決めください。こちらはこちらで、内蔵助の佐々家を立てれば済む話です」


 信長が黙り込んだ。俺は返事を待った。

「佐々の家が二つになるぞ」

「こちらは困りません」

「お前が勝手にもう一つ佐々家を立てれば、困るのはわしだ」

「でしたら、今ある佐々家を内蔵助に継がせてください」

「お前は、こういう時だけ話を簡単にしすぎる」

「二つに分けるよりは簡単かと」


 簡単に考えているのは確かだ。だが、成政が佐々を名乗っているのだから、こちらで別に家を立ててもおかしくはない。少なくとも、こっちが困る話ではない。


 信長は呆れたように息を吐いた。

「……分かった。佐々家は内蔵助に継がせる。家中にはわしから話を通す。ただし、尾張にあるものまで何もかも持っていけると思うなよ」

「ありがとうございます。何をこちらへ移すかは、話し合いましょう」

「今度は何を取る気だ」

「まだ何も言っていませんが」

「お前のことだ。先に聞いておかねばならぬ」


 失礼な。ともあれ、成政に佐々家を継がせる話はついた。俺は続けて、岡崎城のことも伝えた。

「それと、もう一つあります」

「まだあるのか」

「岡崎城は潰しておきます」


 信長が眉を寄せた。

「……お前、わしに断りもなく三河(みかわ)の城を潰すのか」

「松平が勢力を立て直す足場を残す必要はありません。すでに藤吉郎を岡崎へ向かわせました」

「相変わらず勝手な奴だな」

「三河をお望みなら、上総介殿がお取りになればいいでしょう。こちらは当面、兵を出すつもりはありません」

「三河はいらぬと申すか」

「当面は、です。今年は他にもやることが多いので」


 今川が崩れたからといって、今すぐ三河へ兵を出すつもりはない。俺は続けて、信長に西の備えについても伝えた。

「今後も西には橘がおります。そちらの心配はせず、上総介殿は東へ兵を向けられればいいかと」

「わしに三河を取れと」

「取るかどうかは上総介殿がお決めください。西を気にする必要はないと申し上げています」


 信長は少し考えてから口を開いた。

「ならば、そうさせてもらうか」


 信長が東へ進むなら、こちらは西を固めればいい。今はそれで十分だ。


 * * *


 数日後、江野へ戻った俺は、まず成政を呼んだ。成政は桶狭間の後も普段とさほど変わらない様子だったが、兄を失って平気なわけではないだろう。


 成政が俺の前に座るのを待ち、話を切り出した。

「内蔵助。佐々家を継げ」

「某が佐々家を継ぐのでございますか」

「ああ。上総介殿には話を通してある。隼人正殿の跡はお前が継ぐ」


 成政はしばらく黙った後、口を開いた。

「……兄者の家を、某が」

「お前が継がなければ、別の誰かが継ぐことになる。それが嫌なら、お前が継げ」

「十兵衛様は、佐々家まで橘へ移されたのでございますか」

「頼んだらくれた」

「そう簡単な話ではないと思いますが」

「少し揉めたが、最後には貰った」


 成政が何とも言えない顔をした。俺は続けて、今後の役目についても伝えた。

「佐々家を継いでも、お前の役目は変えない。これまで通り第一大隊を預ける」

「承知しております」


 成政はそこでようやく頭を下げた。

「……兄者に代わり、某が佐々家を継ぎます」

「ああ。頼む」


 それ以上は言わなかった。兄をどう悼み、家を継いだことをどう受け止めるかは、成政自身のことだ。俺が横から口を挟む話ではない。


 成政を下がらせ、継潤(けいじゅん)から受け取った損害の帳面を開いた。討ち死にの欄に記された二百七十二人という数字に、俺は目を留めた。

「……随分死んだな」

「はい。負傷者にも、まだ床を離れられぬ者がおります」


 大高を落とし、元康も討った。それでも、二百七十二人の兵は帰ってこない。俺は帳面を閉じ、継潤に告げた。

「捕虜を使うぞ」

「三河勢でございますか」

「三河勢も使うが、まずは鵜殿(うどの)だ」


 呼び出した長照(ながてる)は、まだ傷が残っていたものの、俺の前まで歩いてきて座った。義元が死んだ今、今川家を継ぐのは嫡男の今川上総介氏真《いまがわかずさのすけうじざね》だ。長照の身代を求めるなら、氏真へ話を通すしかない。


 俺は長照に尋ねた。

「単刀直入に聞くが、今川へ帰るか、俺に仕えるか。好きな方を選んでくれ」

「……少し、考える時を頂きたい」

「なら、今川へ帰れ」


 長照が顔を上げた。

「お待ちくだされ。まだ御仕えせぬと申したわけでは――」

「ここで迷うような奴はいらない。今年は予定が詰まってる。お前一人が決心するまで待っていられない」

「十兵衛殿、どうか――」

「今川上総介殿に身代金を求める。払われれば帰してやるから、せめて銭になって失せろ。話は終わりだ」


 長照はまだ何か言おうとしていたが、俺はそのまま下がらせた。使える男だとは思うが、俺に仕えるかどうかで迷うならいらない。


 長照が出ていった後、継潤が帳面を開いた。

「十兵衛様。鵜殿の身代は、いかほどにいたしましょう」

「治部大輔の甥で、上総介とは従兄弟だろ、あいつ」

「左様にございます」

「なら、そうだな……四千貫でふっかけとけ」


 継潤の筆が止まった。

「四千貫、でございますか」

「払うなら儲けものだ。払わないなら、それはそれでいい」

「値を下げてほしいと申してきても、応じぬと」

「そうだ。善祥坊(ぜんしょうぼう)、簡単にまけるなよ」

「簡単にも何も、まける余地がございませぬ」

「だから、ふっかけろって言っただろ」


 次は三河勢だ。捕虜の名を調べさせたところ、使えそうな者は何人もいた。中でも目を引いたのは、帳面に並ぶ酒井小五郎忠次《さかいこごろうただつぐ》、石川与七郎数正《いしかわよしちろうかずまさ》、本多平八郎忠勝《ほんだへいはちろうただかつ》、大久保新八郎忠世《おおくぼしんぱちろうただよ》、鳥居彦右衛門元忠《とりいひこえもんもとただ》の五人だった。


 ……いるじゃないか。主を失っても、仕えていた者たちは残っている。史実では後に徳川(とくがわ)を支える連中が、今は揃って俺の捕虜になっていた。


 三河勢を集めさせ、俺が一同の前に座ると、忠次(ただつぐ)が代表して口を開いた。

「我らをいかようになさるおつもりか、お聞かせ願いたい」

「選べる道は二つだ。武士を捨てて野に下るか、橘に仕えるか。好きな方を選べ」


 三河勢の間にざわめきが広がる中、忠次が重ねて尋ねた。

「三河へ帰ることは、お許しいただけませぬか」

「帰ってどうする」


 忠次が口を閉ざしたままでいるので、俺は続けた。

「次郎三郎は死んだ。岡崎城へ戻るつもりなら、それも諦めろ。今頃は藤吉郎が更地にしてる」


 ざわめきが一段と大きくなり、元忠(もとただ)が堪えきれずに口を挟んだ。

「岡崎城を、潰されたのでございますか」

「そう命じた。松平が戻って、すぐに立て直せるような拠点を残す理由はないからな」


 三河勢の顔が険しくなった。主を討った相手に、故郷の城まで潰すと告げられたのだ。無理もないが、条件を変えるつもりはない。俺は一同に告げた。

「どうしても三河へ帰りたいなら、俺の下で働け。俺が三河を取れば、お前たちの働き次第で任せることもあるかもしれない」

「では、いずれ三河へ戻していただけるので」

「そこまでは約束しない」


 忠次は表情を曇らせ、問い返した。

「三河をお取りになるおつもりは、ないのでございますか」

「少なくとも今はない。上総介殿が取るかもしれないし、今川が立て直すかもしれない。俺にも先のことは分からないから、三河へ帰れるとは約束できない」


 黙り込んだ忠次たちに、俺は今回の損害を告げた。

「こっちはお前たちとの戦で二百七十二人を失った。仕えるなら、その穴を埋めるだけの働きはしてもらう。もちろん、働きに見合う待遇は与える」

「次郎三郎様を討った御方に仕えよと、仰せになるのでございますか」

「そうだ。嫌なら野に下れ。無理に武士を続けろとは言わない」


 すぐに返事をする者はいなかった。俺は一同の返答を待つ間に、家族のことにも触れた。

「三河に女房や子、親兄弟がいるなら申し出ろ。親類や縁者も、こっちへ来たい者がいれば引き受ける」


 三河勢の間から驚きの声が漏れた。俺はそのまま言葉を継いだ。

「三河者のお前たちに伊勢の暮らしが合うかは分からないが、不自由させるつもりはない。家族を三河に残して仕えろとも言わない」


 忠次が俺の顔を見直し、確かめるように尋ねた。

「我らの家族も、お引き受けくださるのでございますか」

「ああ。こちらへ来る気がある者は引き受ける」


 俺は牛一(ぎゅういち)を呼び、家族の受入れについて指示した。

「三河に残っている家族や縁者の名を書き出させてくれ。こちらへ来る者の受入れは、お前に任せる」

「承知いたしました」


 俺は三河勢へ向き直り、返答を求めた。

「橘に仕えるなら、お前たちも家族も面倒を見る。あとは自分で決めろ」


 しばらく相談する時間を与えると、三河勢は橘に仕えると答えた。皆が納得した顔をしていたわけではないが、拒む者はいなかった。


 その日のうちに五人を改めて呼び、政基(まさもと)、清興、玄以(げんい)、牛一、忠治(ただはる)を同席させた。松平の下で同じ釜の飯を食ってきた者同士を一か所に置けば、いつまでも三河の一団で固まるだろう。別々に配属し、それぞれの担当者の下で橘のやり方を覚えてもらうことにした。


 俺はまず忠次と忠勝(ただかつ)に配属先を告げた。

「小五郎、平八郎。お前たちは左近の下に入れ」


 清興が俺に配属の意図を確かめた。

「某の下でございますか」

「ああ。小五郎には兵の動かし方を見せてやってくれ。平八郎には、まず勝手に突っ込まないことを覚えさせろ」


 忠勝が口を挟んだ。

「某とて、むやみに突っ込んでいるわけでは――」

「大高では突っ込んでたぞ」

「……承知いたしました」


 清興は忠勝に向き直った。

「命じられた持ち場で槍を振るえればよい。ただ前へ出ればよいというものではない」

「心得ました」


 次に、俺は数正(かずまさ)へ役目を告げた。

「与七郎は孫十郎(まごじゅうろう)の下で働け」

「軍の務めではないのでございますか」

「軍から外すわけじゃない。人と米と銭をどう手配するか、まずはそっちを覚えろ。それができなければ兵も動かせない」


 玄以が数正に尋ねた。

「帳面は読めますかな」

「多少は」

「では、明日から帳面を読んでいただきましょう。その『多少』がどの程度か、確かめさせていただきます」


 数正の表情が少し硬くなった。どこまで読めれば仕事を任せられるか、その辺りはたぶん俺より玄以の方が厳しい。


 俺は忠世(ただよ)に配属先と仕事を告げた。

「新八郎は又助(またすけ)の下で、記録の付け方を覚えろ」

「何を書き留めればよいのでございますか」

「兵の数や損害、各人の働き、出された命令、それに荷の出入りだ。後から読んで、戦場で何があったか分かるように書き残せ」

「書役を務めよということでございますか」

「それだけじゃない。戦場で何を記録に残すべきか、自分で判断できるようになれ」


 牛一が忠世に声を掛けた。

「まずは、此度の大高での戦を記した書付に目を通していただきましょう」

「承知いたしました」


 最後に、元忠と忠治へ配属を告げた。

「彦右衛門は三郎左衛門(さぶろうざえもん)の下で働け」


 忠治が少し身を乗り出し、俺に確かめた。

「某にお任せくださるのでございますか」

「ああ。江野で家中の仕事を一通り覚えさせてくれ。人を預かり、守る務めも教えてやってほしい」

「承知いたしました」


 元忠が忠治へ頭を下げた。

「これより御厄介になります」

「うむ。三河ではどのような務めに就いておったか、後ほど聞かせてくれ」


 五人の配属先を決めた後、俺は一同に念を押した。

「次郎三郎殿に仕えていたことまで忘れろとは言わない。だが、橘に仕えると決めた以上は、昔の主への義理を理由に命令に従うかどうか迷うな」


 忠次は俺に頭を下げて答えた。

「承知いたしました」


 他の四人も頭を下げた。この場で誓わせたところで、忠誠まで得られるわけではない。まずは働かせて、それぞれに何ができるか確かめる。信用できるようになれば、任せる仕事も増やしていけばいい。


 三河勢の残りも、家族や縁者を確認した上で、兵の部隊やそれぞれの仕事場へ分けて配属することにした。一か所に固めず、配属先の者たちと働きながら、橘の軍令や領内での暮らし方を覚えてもらう。


 * * *


 それからしばらくして、秀吉の使者が到着し、俺の前に膝をついた。

「十兵衛様、藤吉郎様より御報告にございます。岡崎城の破却を終えたとのことでございます」

「分かった」


 門も柵も建物も、すべて取り壊したという。松平が岡崎へ戻っても、すぐには城を拠点に立て直せない。


 その日のうちに、継潤も一通の文を持ってきた。

「十兵衛様、駿河(するが)より鵜殿の身代金について返答がございました」

「四千貫、出すと言ってきたのか」

「いえ、その額には到底応じられぬとのことでございます」

「本当に断ってきたのか」

「はい。そのように記されております」


 ……本当に断ったのか。俺は継潤に長照のことを尋ねた。

「藤太郎(とうたろう)はどうしてる」

「まだこちらにおりますが」

「それは知ってるよ」


 仕方なく長照を呼ばせると、何とも言えない顔をして俺の前に座った。

「駿河から返事が来た。お前の身代金は払えないそうだ」

「……面目次第もございません」

「俺に謝ってどうする」


 長照は黙り込んだ。四千貫をふっかけたのは俺だが、向こうが払わない以上、帰す話もなくなった。俺は改めて仕官を命じた。

「まあいい。俺の下で働け」

「お仕えしても、よろしいのでございますか」

「他にどうしろってんだ。今度は迷うなよ」

「……承知いたしました」


 今度は返事が早かった。これで桶狭間の後始末も一通り済んだと思ったところへ、廊下を急ぐ足音が近づいてきた。入ってきた近習は俺の前に膝をつき、報告した。

「十兵衛様、近江(おうみ)より急報にございます」

「何があった」


 差し出された文を受け取って目を通すと、愛智郡(えちぐん)の肥田城(ひだじょう)主、高野瀬秀隆(たかのせひでたか)が浅井(あざい)方へ寝返ったとあった。


 ……今度は近江か。

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