第104話 席は返す。シマは返さん
永禄元年(1558年)、五月。
山城国、京、洛中。
京のシマ――松永久秀
五月十九日、京の周囲には一万五千の兵が出ていた。洛中だけでなく、街道筋や要所にも兵を置いている。ワシら松永の者は、いつもどおり京の通りを打ち廻っていた。
公方を近江へ追い出して五年になる。それでも将軍の看板を掲げ、京へ戻ろうと兵を集めてくる。今回は晴元も加わり、後ろには六角までついていた。前に叩き出した連中が、他所の大看板を頼って三好のシマへ戻ろういうわけや。来るなら、また叩き出すまでやった。
通りを進むと、商人たちは松永の兵に道を空け、頭を下げたり店の奥へ引っ込んだりした。ワシらが来た時にどう振る舞えばええか、よう分かっとる。好かれんでも、それで十分や。
少し後ろでは、楠木河内守正虎が帳面を持って店を回っていた。あいつは腕っ節で片付けるより、寺や商人と話をつける方が向いとる。誰が銭を納めたかだけやなく、裏でどこへ話を通しとるかも確かめてくる。
正虎が話を済ませたばかりの店で、兵の一人が主人を呼び止め、銭を受け取っていた。ワシは足を止め、その兵に声を掛けた。
「おい。何しとんねん」
兵がこっちを向いて固まると、ワシは銭を握った手を指した。今さら隠そうにも、もう遅い。
「河内守が話つけた店やろ。何の銭や、それ」
「酒代を少し出してもらおうかと……」
「誰が取ってええ言うたんや。納めるもん納めた店から、松永の看板でさらに銭を取ったら、ワシのシノギをピンハネしとるんと同じやぞ」
兵が言い訳を続ける前に手を開かせ、銭を取り上げて主人へ返した。正虎はワシの脇から兵の前へ進み出た。
「カシラ、こいつはこっちで締めときます」
「甘いことすんなよ。今回は生かしたるが、次に同じことしたら、松永の看板舐めた落とし前をつけさせろ」
正虎が兵を連れていく間、主人はワシに何度も頭を下げてきた。礼を言われるようなことをした覚えはない。手を振って下がらせ、通りへ戻った。
カスリを取ることに後ろめたさはない。払わせる力があるから取るし、払わん奴には分からせる。せやけど、納めた店から身内が勝手に銭を取ったら、松永へ筋を通す意味がなくなる。銭を取る以上、他所の兵や盗人にも好き勝手はさせん。誰から取り、誰を殴るかは、ワシが決める。
通りの向こうから、弟の松永備前守長頼が兵を連れてきた。兵は顔の腫れた男二人の腕をつかみ、長頼の後ろを引きずるように連れてくる。一人は足を引きずり、まともに歩けていなかった。
長頼は連れてきた二人を顎で示した。
「兄貴、こいつらウチの兵に石投げよったんで、シバいときました。まだ息はありますけど、どこのモンかまでは聞いてません」
「お前な、殴る前に何者か聞けや。公方の回し者なんか、ただの酔うた町人なんかも分からんやろ」
「どっちにしても、石投げたんは同じですやん。兄貴に当たっとったら、二人ともとうに死んでますで」
長頼は昔から、敵と決めれば殺し、素性の分からん相手でも向かってきたら先に殴る男やった。前の世なら、親分が止めん限り一人で相手の事務所へ突っ込んでいく鉄砲玉や。考えてから動けと言うても、考える前に手が出る。
ワシは男二人を連れている兵に言いつけた。
「河内守に渡せ。まだ口が利けるうちに、誰に言われて石投げたんか聞かせろ」
「ワシが聞きましょうか。こういうの、性に合うとりますねん」
「お前に任せたら、口割る前に顎割るやろが。もう触んな」
長頼が残念そうに手を引き、兵が男二人を連れていくと、東から使いが来た。公方が晴元とともに動き始め、六角方の兵も後ろについて京を窺っているという。
長頼は報告を聞く途中から笑い、ワシへ顔を向けた。
「兄貴、六角も来るんやったら、まとめて殺れますな。そしたら、しばらく静かになりますやろ」
「殺ったら何でも片付く思うな。公方も右京大夫も六角も、一人の親分に従う連中ちゃうぞ」
「せやけど、敵は敵ですやん」
「京へ攻めてくる分にはな。せやからいうて、六角の本拠まで潰しに行けとは言われてへん」
長頼はまだ納得しとらん顔やった。こいつを行かせるなら、どこで止まるかまで言うておかなあかん。引き際を考えさせるより、ワシが止める方が早い。
叔父貴の三好日向守長逸にも、この動きを知らせなあかん。ワシは戻ってきた正虎に、使いが持ってきた書付を渡した。
「河内守、この書付を叔父貴んとこへ届けろ。六角の兵がどの道から京へ寄っとるかも、向こうから来た商人と使いの話を照らし合わせて確かめとけ」
「六角の下におる連中も調べますか」
「今は京へ来とる兵が先や。脇の話に手ぇ取られて、公方のカチコミ見落としたら笑い話にもならん」
正虎は書付を持って出ていった。知らせが届けば、長逸も兵の差配に取りかかるやろ。親父の三好筑前守長慶が京を押さえとる以上、公方が兵を連れて戻ってくれば、ぶつかるしかない。先に手を出してくるなら、次は来るのをためらうくらい殴り返したる。その後の話は、それからや。
* * *
六月二日、長逸ら三好方の兵が勝軍山へ入り、近江から京へ通じる道を押さえた。公方方を京の東で食い止めるためや。道には柵を立て、朝から晩まで木を伐り出し、土を固める作業が続いている。柵の外へ見張りを出す一方、ワシらもすぐ動けるよう兵を寄せておいた。
二日後、公方方が如意ヶ嶽へ上がり、鹿ヶ谷でも兵がぶつかった。こちらより高いところには六角方の旗が見える。斜面を攻め上がれば上からの矢をまともに食らううえ、先の雨で地面がぬかるみ、踏ん張ろうにも足が滑る。
ワシが斜面の下へ着くと、長頼は山を睨みながら具足の紐を締めていた。ワシに気づくなり、上の旗を指した。
「兄貴、上取られましたで。正面が止められとるんで、ワシが兵連れて上がりますわ。六角の旗があるところを潰せば、下の連中も崩れますやろ」
「見りゃ分かるわ。誰や、あんなとこ先に押さえさせたアホは。あとでエンコ詰めさせとけ。せやけど、お前まで正面から突っ込んだら、アホが一人増えるだけやぞ」
長頼は紐を締め終えても、上の旗から目を離さなかった。ワシは横から上がる道を探しに出した兵の戻りを待ちながら、釘を刺した。
「横から上がる道を探させとる。見つかり次第、お前に行かせる。それまでは待て」
「待っとる間に、正面がもたんかったらどないするんです」
「正面を保たせるんは、お前の役目やない。お前は横から上がって、前の連中に矢ぁ射かけとる奴を止めたらええ」
「ほな、上へ出たら逃げる奴も追ってええんですか」
「京側へ逃げるなら追え。山越えて近江まで行くな。カチコミの分は返すけど、向こうの本家まで潰す話にはなってへん」
「六角まで潰した方が、後で楽ですやろ」
「六角潰すのに、何人要る思うとんねん。ただ斬りたいだけなら、一人で山籠もりして獣でも斬っとけ」
長頼はそれ以上言い返さんかったが、目はまだ六角の旗を追っていた。
七日、三好方は勝軍山を焼いて京へ退いた。孤立を避けるためやったのか、使えるものを運び出し、残った柵にも火を放った。空いた山へ公方方が入り、京へまた一歩近づいた。
長頼は退くのが気に入らんらしく、京へ戻る道でも何度も山を振り返った。
「兄貴、ワシらだけ残ったらあきませんでしたんか。上がってくる奴を片っ端から殺っとけば、そのうち来んようになりますやろ」
「それまで何食うねん。山に居座って、全員腹減らして死ぬんか」
「向こうの兵糧を奪えばええですやん」
「お前、ほんまに戦と山賊の区別ついとらんな。叔父貴が退け言うたら退くんや。身内が勝手に抗争広げたら、敵より始末悪いぞ」
長頼は燃える山をもう一度振り返ると、黙って京へ向かった。兵の足取りも重い。この退却が町へ伝われば、三好は六角を連れた公方に押されたと言われるやろ。そうなれば、別の連中まで三好を押せると考え始める。山を捨てて退いたまま、終わらせるわけにはいかんかった。
長逸から翌日の出兵が伝えられると、長頼はようやく機嫌を直した。
「兄貴、今度は止めんといてくださいよ。上取ったあの連中、まだ腹立っとるんですわ」
「備前守、任せるところは任せる。せやけど、頭に血ぃ上らせて兵を無駄死にさせんなよ。敵一人殺るのに味方十人死なせる奴は、武闘派やのうてただのアホや」
「五人くらいならええんですか?」
「そういう数の話ちゃうわ」
翌八日、長逸、ワシ、長頼らは東へ兵を進め、如意ヶ嶽の公方方へ攻めかかった。斜面を上がる兵に矢が降り、先頭が身を丸めて足を止めると、後ろも詰まった。その脇を抜けようとした兵まで足を取られ、思うように進めん。
横へ回した兵が木の間を上がり始めると、長頼はその先にいる敵へ目を向けた。木立の隙間から配置を確かめ、右手を指した。
「兄貴、右から上へ出られそうです。ワシが行きますわ。向こうが正面に気ぃ取られとる間に、横から食えば崩せます」
「行け。ただ、抜けた勢いで山の向こうまで追うなよ。ワシが止めたら、そこで止まれ」
「まだ殺れる奴がおっても?」
「止まれ言うたら、そこで止まるんや。二度言わせんな」
長頼が兵を連れて駆け出すと、後ろの連中も足を速めた。あいつは自分が斬られるより、相手を斬る方へ頭がいっとる。その勢いにつられて、さっきまで足を止めていた兵まで斜面を上がっていく。
右手の木立から長頼の兵が飛び出すと、上の敵がそちらへ向き、正面への矢が止んだ。その隙に三好方も斜面を押し上がり、敵とぶつかった。刃の打ち合う音が響き始める。
六角方は一度下がっても別のところで踏み止まり、こちらが上へ出ると横から兵を寄せてきた。そう簡単には崩れん。長頼は寄せてくる兵の中へ突っ込み、得物を振るい続けていた。
長頼は具足も顔も血にまみれ、息を切らして戻ってきた。それでも足取りはしっかりしとる。ワシの前まで来ると、また山を指した。
「兄貴、もうひと押しで向こうも全部下がりますで。次の隊を連れて、もう一回行ってきますわ」
「お前、その肩どうしたんや」
「肩ですか?」
「血ぃ出とるやろが」
「これ、ワシのですかね。何人か斬っとるうちに、どれが誰の血か分からんようになりましたわ」
笑って済ませるなや。肩を確かめると、傷は浅く骨には達していなかった。長頼は手当ての間も山を睨み続け、終わるなり立ち上がろうとした。
翌九日、北白川周辺で再び両軍がぶつかった。公方自身も前へ出とるという報告が長頼の耳に入ると、あいつは待ってましたとばかりにワシへ寄ってきた。
「兄貴、公方本人が出てきとるそうですやん。ワシに行かせてください。首取ったら、このカチコミも一発で終わりますで」
「公方の首追いかけて、兵をバラけさせんな。あいつを殺っても、将軍の看板まで潰せるとは限らん。まずは向こうの陣を押し下げろ」
「次の将軍立てたら、そいつも殺ったらええんちゃいます?」
「お前と話しとったら、世の中から人間おらんようになるわ」
長頼は笑いながらも、もう公方の旗を探していた。
北白川では朝から何度も兵がぶつかった。公方方が出ればこちらが受け、押し返せば六角方が踏み止まる。土と血で足元が滑り、倒れた者を避ける間もなく、次の兵が喚きながら踏み込んでくる。
ワシも前へ出て、向かってきた刃を弾いた。兵に殴らせといて、自分だけ後ろで親分面する気はない。殴られる覚悟もない奴のために、誰が命張るねん。
相手の懐へ踏み込んで押し返し、六角の兵が寄せてくるところには味方を回した。息は上がるが、足を止めるわけにはいかん。押し合いを続けるうちに、向こうの隊列にわずかな隙間ができた。
長頼が隊列の隙間を指した。
「兄貴、あそこなら抜けますで。ワシが突っ込んで、そのまま追いますわ」
「抜くのはええ。せやけど、向こうが退いたら追わずに止まれ」
「また止めるんですか」
「備前守、何で止めるか分かっとるやろ」
「殺り過ぎるからでしょう」
「ほな、止まれ言うたら止まれや」
長頼は笑って槍を構え直すと、そのまま突っ込んでいった。敵を押し返しても止まらず、退く兵を追いかける。味方の間隔も開き始めたので、ワシは使いを走らせて追撃を止めた。
戻ってきた長頼は、まだ退く敵へ目を向けていた。
「兄貴、もうちょい追えば、もっと殺れましたで」
「知っとるわ。せやけど、今は京へ入れんようにしたらええ。近江まで追いかけて、六角と全面抗争する気か」
「ワシは構いませんで」
「ワシが構うんじゃ」
長頼は敵を減らした分だけ後が楽になると思うとるが、六角まで殺し尽くす必要はない。京へ兵を入れてきた分は殴り返す。せやけど、本拠まで追って看板を潰そうとすれば、向こうも引けんようになる。まだ手打ちできるところで止めるのは、ワシの役目や。
* * *
夏を越えても、双方は京の周囲に兵を置いたまま睨み合いを続けていた。小競り合いでは決着がつかず、相手が先に崩れるのを待つ。先に音を上げた方が負けやと意地を張り合ううちに、日が過ぎていった。
ワシは前から、六角とはどこかで手打ちした方がええと長慶へ言うていた。公方は京へ帰りたがり、晴元は三好を引きずり下ろそうとしとる。せやけど、六角とはいつまでも京を挟んで殺し合うほどの因縁はない。今は一緒に攻めてきとっても、同じようには扱えん。
長慶の前でも、ワシは遠回しに言わんかった。
「親父、公方と右京大夫は好きなだけシバいたらええですけど、六角さんの相手すんのはもうええでしょう」
「六角とは、もう手打ちにしろと言うのか」
「向こうもこっちも、もう十分血ぃ流しとります。話がつくなら、ここらで手打ちした方がええです」
「六角がまだ退かぬと言えばどうする」
「まだ退かんのなら、もう一回殴ったらええです。やれる思うとるうちは、こっちの話も聞きませんやろ。せやけど、席につく言うてきたら、話は聞いた方がええです」
長慶はすぐには答えなかった。急かしても、こっちが焦っとるように見えるだけや。黙って待っていると、長慶が手打ちの条件を尋ねた。
「六角を席につかせるには、何を持たせればよい」
「公方を京へ戻したいう手柄ですわ。六角の顔は立つし、公方も帰れる。三好が京に残れば、こっちが頭下げた話にもなりません」
六角の顔を潰してから手打ちを迫っても、向こうの家中が収まらん。若い衆の前で親分に恥をかかせれば、誰かが勝手に報復へ走る。互いに身内へ負けたと言わずに済む形にせな、抗争は終わらん。
長慶はしばらく考えてから、ワシに尋ねた。
「六角に仲立ちをさせるか」
「ええ。公方を京へ戻す役を持たせれば、六角さんも身内に顔が立ちます。親父は公方と手打ちするだけで、京に残れますわ」
「六角との話は、お前がつけるか」
「ワシでは六角さんと貫目が違いますわ。親父が直接話をつけてもらえまっか。なんやったら、六角の親分と兄弟盃でも交わしたらどうでっか」
「兄弟盃とは何だ」
「若い衆を出して殺し合う前に、話をつけられる仲になったらええいうことですわ。ほんまに盃を交わせと言うてるわけやありません」
長慶は呆れた顔をした。つい前の世の言葉が出てしもうたが、大きな組同士の抗争は、下の者がいくら死んでも終わらん。結局、親分同士で話をつけるなら、いつ手打ちに持ち込むかも考えておいた方がええ。
話が一区切りつき、長慶は庭へ目を向けた。ワシもそれ以上は口を挟まず、親父の判断を待った。
その頃、正虎は近江を行き来する商人や寺社筋から話を集め、帳面と照らし合わせていた。六角家の看板は義治やが、家中へ話を通すには承禎を外せんという。和睦を持ちかけるにも、話を通す相手は見極めなあかん。
報告を続けていた正虎が、別の名を挙げた。
「カシラ、六角の下におる橘も、無視できんほど大きゅうなっとります」
「橘やと。どこの連中や」
「近江にシマを持つ、六角の二次団体ですわ。北伊勢にも手を広げて、六角の中でも名が通ってきとるそうです」
「えらいデカなっとるやないか。今回の和睦も、橘が絵を描いとんのか」
「そこまでは分かりませんわ。六角の内輪で何を言うたかは、まだ確かめられとりません」
「ほな、決めつけんとけ。勝手に裏読んで見当外れやったら、こっちがアホや」
正虎は帳面を閉じた。橘の腹を読んだつもりで動くより、今は名前を覚えておけばええ。兵とシマを持ち始めた二次団体が、本家に従うのか、自分の看板を張りたがるのかは、まだ分からん。まずは六角との話をつける方が先やった。
秋に入ると、戦の動きより使いの出入りが目立つようになった。近江との往来が増えるにつれ、正虎の帳面も厚くなっていく。それでも、話がまとまるまでは兵を退かせん。
長頼は使者の行き来を横目で追いながら、槍の手入れを続けていた。
「兄貴、ほんまに六角と手打ちするんですか。北白川でも、まだ全然殺り足りませんで」
「お前は何人殺ったら気ぃ済むねん」
「向こうが来んようになるまでですかね。公方も京へ戻すんやったら、途中でさらって首落とした方が早いですやろ」
「お前を使者の前に出さんで正解やったわ。手打ちする相手を帰り道で殺してどないすんねん」
「まだ話がまとまる前なら、ええんちゃいます?」
「ええわけあるか。話してる最中に殺ったら、次から誰もワシらと話せんようになるやろが」
長頼はまだ納得しとらん顔やった。敵を生かして帰すのが気に入らんのやろ。敵陣へ突っ込ませるには頼りになるが、手打ちの席には連れていけん。
相手が何を欲しがり、誰に話を通せばええかは正虎に探らせる。殴り込む時は長頼に任せる。どっちも要るが、役目を取り違える気はない。
* * *
十一月に入り、承禎の仲立ちで長慶と公方が和睦する条件がようやく固まった。公方は京へ戻るが、三好も退かん。互いに相手を潰し切れんかったとはいえ、これ以上やっても割に合わんのなら、そこで手打ちにすればええ。
十一月六日、承禎の仲介で和睦が成立した。長頼とともに知らせを持ってきた正虎が、ワシの前に書付を置いた。
「カシラ、手打ちです。公方は京へ戻りますが、三好は退かんでええとのことです。六角が間に入って、向こうも顔が立ったようですわ」
「それでええ。今日から勝手に六角の兵へ手ぇ出した奴は、ウチで締める。京の若い衆にも、よう言い聞かせとけ」
長頼だけは不満を隠さんかった。
「兄貴、カチコミかけた公方を京へ戻すだけで、落とし前つくんですか。手ぇ出すな言われる前に、一回くらい――」
「もう言うたやろ。今日から勝手に殺すな。手打ちした相手を刺したら、こっちが筋違えることになるんやぞ」
「ほな、また向こうがカチコミかけてきたら?」
「その時は好きにせえ。ワシが止めるまで殺せ」
「それを先に言うてくださいよ」
長頼がようやく機嫌を直すと、正虎は呆れた顔を向けた。ワシは書付を畳み、正虎へ返した。公方が京へ戻っても三好の看板は下がらんし、明日からの地回りも変わらん。
ワシは書付を受け取った正虎に、明日からの地回りを言いつけた。
「河内守、明日からは元どおり回れ。手打ち祝いや言うて飲み散らかす奴は、身内でも締めろ。向こうが筋守っとるうちは、こっちも破るな」
「合点です。店にも話を通しときます」
ワシは長頼にも釘を刺した。
「備前守、お前も余計な真似すんなよ」
「兄貴、ワシを何やと思うてるんです」
「鉄砲玉や」
「ひどい言いようですなあ」
どの口で言うとんねん。ワシは長頼から目を外し、いつもどおり動く京の町へ目を向けた。将軍の帰る席は空けても、松永が受け持つ店や通りまで渡すわけやない。
ワシは二人に念を押した。
「公方の席は返したる。せやけど、シマまで返すとは言うてへんからな」




