第100.5話 閑話 十三年前の帳面
弘治三年(1557年)、七月。
伊勢国、三重郡、江野、屋敷。
治田から戻った翌日、弥平次が湯の谷の書付を持ってきた。俺は鉄鉱石の手配を記した紙を脇へ寄せ、弥平次を向かいに座らせた。隣の継潤は書付を読み、裁許に回すものと、調べを続けるものに仕分けている。
弥平次は、お志乃の申し立てを記した書付を広げた。
「お志乃が三人を殺した件は、調べを終えております。権助と徳松からも、十三年前の犯行にそれぞれどう加わったのか、改めて話を聞きました」
「食い違いは残ってるか」
「細かな点は違いますが、荷を盗もうとして奉公人に見つかり、殺したという話は同じです。二人とも、奪った銀を受け取ったことも認めております」
去年の十月に調べ始めてから、九か月近くになる。俺は前の供述を横に並べ、小屋について記した箇所を指した。
「この小屋には、誰が住んでたんだ」
「村で旅人を泊める小屋で、住む者はおりませぬ。その夜はあの一家と奉公人だけが泊まり、翌日、村の者が遺体を見つけました」
「山賊を見た者はいなかったんだろ」
「はい。荷を奪われ、人も殺されていたので、山賊の仕業と思ったそうです。焼けたのは外へ出された荷箱や荷札、荷の一部で、小屋は残っておりました」
事件の後、小屋は使われなくなり、後に清兵衛が村と話を付けたという。使える物を新しい宿へ運び、残りを解体して土台だけにしたのは、その時だ。お志乃が戻った夜には、まだ小屋は建っていた。
俺は最後の一枚に目を通した。権助がお志乃を外へ連れ出した後に箱が焼かれ、五人が去ってから、お志乃は小屋へ戻っている。
「焼いたのは徳松か」
「庄三郎に命じられたそうです。ただ、持ち去った荷もあり、その始末は庄三郎に任せたと。二人とも、売り先は知らぬと申しております」
「受け取った奴は、まだ分からないんだな」
継潤が、宿から出た古い帳面を引き寄せた。父親の屋号がある頁を開き、荷札の印を写した紙と見比べる。
「十兵衛様。三嶽寺から持ち帰った荷の帳面に、この屋号がないか、まだ確かめておりませぬ」
「寺へ荷を納めていたなら、載ってるかもしれないな。事件は十三年前、天文十三年だ」
「古い帳面も残してございます。その年の分を探させましょう」
運ばれてきた帳面を机へ並べ、政基にも手を借りて記録を確かめた。父親の屋号は、天文十三年より前の帳面にも出てくる。
継潤が二冊の帳面を開き、最後の納入予定と、その後に届いた荷の記録を示した。
「この商人は、何度も寺へ納めております。最後の荷も受け取る予定でしたが、本人の名で受け取った記録はございませぬ」
「こっちは」
「その後に入った荷です。品と数が合いますが、扱ったのは榊屋となっております」
「どこの店だ」
「桑名です。米や油、布、鉄などを扱い、主人は宗兵衛と申します」
品と数に加え、寺のどこへ届けるかという指定まで一致している。俺は二つの記録を指でたどった。
「荷札を外しても、届け先の帳面には残ってたわけか」
「その疑いはございます。ただ、榊屋が事情を知らずに買った可能性も、まだ捨てられませぬ」
「弥平次、二人を別々に呼んでくれ。庄三郎が持っていった荷と合うか、確かめよう」
先に来た権助は、榊屋の名には覚えがないと答えた。だが、俺が荷の中身を読み上げていくと、途中から帳面をじっと見つめ始めた。
俺が読み終えて紙を置くと、権助が答えた。
「その荷で間違いありません。ほかの物とは分けて置けと、庄三郎に言われました」
「盗んでから決めたのか」
「いえ。小屋へ入る前です。まとめて売るつもりなのだと思っておりました」
「残りは、お前たちで分けたんだな」
「銀も分けました。俺の取り分は、前に申し上げた通りです」
「売り先の話はしなかったか」
「売り先はあると言っておりましたが、どこかまでは聞いておりません」
権助の答えは伏せ、徳松にも庄三郎が持ち去った荷について尋ねた。挙げた品は、権助の話と一致している。
弥平次が何を焼いたのか尋ねると、徳松は膝の上で指を曲げながら答えた。
「箱は持っていかず、荷札も外せと言われました」
「理由は聞かなかったのか」
「盗品だと分からぬようにするためでしょう。それくらいは、俺にも分かります」
「分かっていて焼いたんだな」
徳松は口を閉じた。俺は寺の帳面を継潤へ返し、次は荷を受け取った相手を調べることにした。五人が何をしたかは、もう分かっている。
「桑名へ行くぞ」
政基がすぐに口を挟んだ。
「兵を向かわせれば済むのではございませぬか」
「買っただけだと言われたら、今はそれまでだ。古い帳面を比べたいと頼んでみる」
「御自ら頼みに行かれるので」
「先に兵を送って帳面を焼かれたら困る。それに、荷のことを聞いた時、どんな顔をするかも見たい」
「少人数で入られて、何かあれば」
「弥平次には先に動いてもらう。大勢で押しかけたら、捕らえに行くのと変わらないだろ」
弥平次は店の出入りを調べ、桑名で調べに当たる者とも連絡を取るという。俺が話をしている間は蔵へ踏み込まず、荷や書付が運び出されたら、その行先を追わせる。
政基は供の支度へ移る前に、机の帳面を指した。
「原本を相手の手へ渡されませぬように」
「分かってるよ」
「お分かりでも、面白くなるとお忘れになりますので」
「まだ何もしてないだろ」
* * *
桑名では目立たない装いで、政基と二人で榊屋へ入った。表では客が荷を量り終えるのを待ち、奥からは算用を読み上げる声が聞こえる。古い取引について聞きたいと伝えると、しばらくして座敷へ通された。
榊屋宗兵衛は丁寧に礼をしたが、俺が誰かは分かっていないようだ。
「どちらの御用でございますかな」
「三嶽寺から出た帳面を調べてるんだが、天文十三年に納めた荷のことを聞かせてほしい」
「ずいぶん昔のことでございますな。寺とは長く商いをしておりましたが、個々の荷までは覚えておりませぬ」
「この荷だ。覚えはないか」
品と数を写した紙を渡すと、宗兵衛は目を通して俺へ返した。
「庄三郎という者から買った荷かもしれませぬ。あの頃は、いろいろな者が荷を持って参りましたので」
「その庄三郎は死んだ」
「それは、お気の毒に」
「元の荷主も殺されてる。妻も奉公人もな」
「……盗品とは知りませんでした。相手の仕入れ先まで、いちいち確かめるわけにも参りませぬ」
俺が返事をせずにいると、宗兵衛は茶を勧めた。俺は手を付けず、父親の屋号を伝えて荷札の包みを開いた。宗兵衛も湯呑みを置き、俺の問いを聞いた。
「この商人とは付き合いがあったか」
「寺へ出入りしていた者なら、顔くらいは」
「この商人が納めるはずだった品を、お前が納めてる。寺の帳面では、届け先まで同じだ」
「足りない品を、手前が揃えたのでしょう」
「なら、その時の帳面を比べよう。誰から買って、いくら払ったか、残ってるだろ」
「探さねば分かりませぬ。今日すぐにと言われましても」
「今夜は桑名にいる。見つかったら知らせてくれ」
宗兵衛は戸口まで付いてきて、俺たちが角を曲がるまで見送っていた。政基は振り返らず、俺の隣を歩きながら声を掛けた。
「気付いてはおらぬようですな」
「前に俺を見ていても、遠くからだったんだろ」
「だからといって、油断なさいませぬように」
「してないって。今夜はお前の隣で待ってるよ」
日が落ちてから、榊屋の裏で古い長持を運び出し、火を用意していると報せが入った。俺たちが着くと、弥平次たちは長持を運んだ者を取り押さえ、焼こうとしていた紙を火から遠ざけていた。
光忠が表口へ出てきた。
「蔵と帳場へ兵を置きました。主人は奥で、何の権限で踏み込んだと騒いでおります」
「運んだ奴は」
「別にしております。今夜のうちに焼けと、主人から命じられたそうです」
「まず書付を確かめる。蔵と帳場には誰も戻すな」
茂朝は長持から出した書付を仕分けていた。普段の商いの帳面とは別に、品名を省き、荷数だけを記した控えがある。茂朝はその横に送り状を並べ、日付と数を比べている。
茂朝が送り状を一枚抜き出した。
「槍と矢とあります。日付と荷数はこの控えと合い、寺の帳面には、その後に受け取った記録がございます」
「武具を運んでたのか」
「ですが、その頃は国衆が道を押さえ、三嶽寺へ武具を通すのを禁じておりました。その命令の写しもございます」
差止めの写しと同じ束から、荷を別の品名で通すよう指示した文が出てきた。表の帳面に武具と書かなかったのは、この差止めを避けるためだった。
弥平次が、お志乃の父親の屋号が記された文を広げた。
「宗兵衛の取引相手からの文です。あの商人に荷の中身を問いただされ、差止めを承知しているのかと聞かれたとあります」
父親は禁じられた荷を運んでいたのではなく、同じ道を使ううちに宗兵衛の別口の商いを知ったのだ。次の束から庄三郎の文が出てくると、弥平次は広げた紙を見つめたまま、読み上げようとしなかった。
俺はその文へ手を伸ばした。
「何が書いてある」
「御覧になった方がよろしいかと」
細かな字を追うと、頼まれたとおり家の者も奉公人も全員殺し、一家の口封じを済ませたと書かれていた。指定された荷は引き取り、残りは約束どおり自分たちの取り分にしたという。
政基が肩越しに文を読んだ。
「……盗みを見つかったから殺したのでは」
「権助には、そう見えたんだろ。だが、庄三郎は初めから一家を殺すよう頼まれてたんだ」
寺へ荷を納めた時の口上の控えも残っていた。元の荷主から引き受けて代わりに届けるとあり、荷主が殺されたことには触れていない。
俺は控えを政基へ渡した。
「これなら、寺も本人を捜さないな」
「前から出入りしていた榊屋が届けたのであれば、なおさらでしょう」
俺は庄三郎の文と、父親の屋号が記された文を弥平次へ渡した。
「この二つを宗兵衛に見せて、書かれたことを確かめる。残りの書付はここで守れ」
「荷の記録はこちらで揃えます」
茂朝が書付をまとめ直す間に、俺たちは奥の広間へ向かった。宗兵衛は俺の後ろに弥平次の姿を見ると立ち上がり、昼間の丁寧な口調を捨てて声を荒らげた。
「これは何の真似でございます! 古い紙を片付けるにも、いちいち伺いを立てねばならぬのですか!」
「焼こうとしたのは、これだろ」
庄三郎の文を置くと、宗兵衛は口を閉じた。その文へ手を伸ばしかけると、弥平次が先に紙の端を押さえた。
「触れずに御覧になられよ」
宗兵衛は手を引いたが、顔を上げない。俺は口封じについて記された箇所を指した。
「禁じられた武具の取引を知られたから、あの一家を殺せと頼んだんだな」
「誰が、そのようなことを」
「庄三郎が書いてる。持ち帰る荷も、残りを報酬にすることも、先に決めてあった」
「勝手なことを書かれても、手前には……」
「なら、なんで今夜これを焼こうとした」
宗兵衛は文を読み直してから俺を見た。何度か口を開きかけるが、言葉は出てこない。俺が父親の屋号を記した文も並べると、今度はその文へ目を落とした。
「寺へ出入りしていた商人だ。殺されたと知れたら、お前が届けた荷についても聞かれる。だから、本人から引き受けたことにした」
「……余計なことを知ったのです。あの男が、自分の荷だけ扱っておれば」
「それで、妻も奉公人も殺させたのか」
「誰に話していたか、分からぬではございませんか」
俺は焦げた荷札を文の横へ置いた。
「これを拾ったのは、あの商人の娘だ」
「娘……あの娘が、生きて……」
「庄三郎は全員殺したと書いてるが、娘は生きていた。荷札の印も、寺の帳面も残ってたんだ」
政基が刀の位置を直すと、宗兵衛はその手を見てから廊下へ目を向けた。奥には、長い刀を腰に差した男が立っている。荷を運んでいた店の者とは違う男だ。
宗兵衛が俺に向き直った。
「そもそも、お前様は何者です。内務軍を連れて、商人の家でこのような真似をなさるとは」
「宗兵衛。俺の顔を見忘れたか」
宗兵衛は俺を正面から見返したまま固まった。口元が震え、畳に膝と手をつく。
「……た、橘様」
「一家を殺させ、荷まで持ち去らせた理由は分かったぞ。庄三郎だけの仕業で済むと思ったか」
宗兵衛は膝を引き、廊下へ向かって叫んだ。
「先生方! 先生方!」
奥の戸が開き、男たちが出てきた。すでに刀を抜いた者もいる。弥平次が文と荷札を後ろの兵へ預ける間に、政基は俺の横へ出た。
宗兵衛が用心棒の後ろへ下がった。
「ええい、橘様とて構わぬ! 生かして帰すな! 斬れ!」
俺は立ち上がって刀を抜いた。
「十三年前と同じつもりか」
先頭の男が踏み込み、刀を振り下ろした。俺はその刃を横へ払い、伸びた腕の下から胴を斬る。男が崩れると、その向こうから二人目が斬りかかってきた。俺が刀を外へ弾いて肩を斬る間に、横から迫った男を政基が押し返した。
政基は相手を斬り伏せ、廊下への通り道を空けた。
「十兵衛様、こちらへ!」
「宗兵衛を逃がすな!」
座卓を回ってきた男を退け、俺も廊下へ出た。宗兵衛は奥へ逃げながら、前にいた用心棒の背を押している。
「何をしておる! 早く斬れ!」
俺は男の構えを見ながら間合いを詰めた。
「そう急かすなよ。今、そっちへ行く」
突き出された刃を受け流し、胸元へ踏み込んで斬る。倒れた男が廊下を塞ぎ、後ろの二人が足を止めた。政基が一人を引き受け、俺はもう一人を柱際へ追い込んだ。
別の廊下からも刃のぶつかる音が聞こえる。弥平次と光忠が押してくるのを見て、宗兵衛は逃げる向きを変え、広い部屋へ駆け込んだ。
その入口に、太い腕の牢人が刀を構えて立ちはだかった。
「若造、ずいぶん調子に乗ってくれるな」
「雇い主が何をしたかは聞いただろ。それでも俺を斬る気か」
「銭をもらっておるのでな」
打ち込まれた刀を受けると、手元に重さが掛かった。押し返す前に男は刀を引き、横から斬りつけてくる。半歩退いて避け、続く打ち込みを外へ流すと、男が間を詰め直すのに合わせてこちらも踏み込んだ。刀を合わせたまま肩をぶつけ、男の足が崩れたところで刃を返して胴を斬る。男は戸へぶつかり、そのまま膝を折った。
宗兵衛が落ちた刀を拾った。
「おのれ、橘ぁ!」
振り上げた刀を打ち払い、間を詰めた。宗兵衛は刀を落とし、よろけて膝をつく。拾い直さず廊下へ逃げようとしたが、そこには弥平次と光忠がいた。
俺は宗兵衛を見下ろした。
「成敗!」
弥平次と光忠が左右から進み出て、続けて刀を振るった。宗兵衛が畳に崩れると、二人は俺の前へ戻って片膝をついた。
刀の血を払って鞘へ収めた。倒れた宗兵衛を見下ろすと、あの小屋で殺された者たちのことが頭に浮かぶ。妻も奉公人も、なぜ襲われたのかさえ分からなかっただろう。
俺は宗兵衛から目を離し、弥平次へ向き直った。
「蔵を封じろ。帳面は一枚も捨てさせるな。三嶽寺への荷に関わった奴を、全部調べろ」
* * *
江野へ戻ってからお志乃の所へ行き、弥平次には外で待ってもらった。格子の前に座ると、お志乃は手を揃えたが、刑のことは尋ねなかった。
俺は両膝に手を置いた。
「庄三郎に、お前の一家を殺せと頼んだ奴がいた」
「……あの者たちだけでは、なかったのでございますか」
「桑名の宗兵衛という商人だ。三嶽寺へ持ち込むのを禁じられた武具を、別の品に見せかけて運んでた。お前の父親が、それを知ったんだ」
「それで、父を」
「ああ。寺には、お前の父親から荷を引き受けたことにして、自分の店から届けていた」
お志乃は膝へ目を落としたが、俺が続きを話す前に顔を上げた。
「権助は、奉公人に見つかったから殺したと申しておりました」
「見つかったのは本当だが、庄三郎は初めから殺すつもりだった。権助たちには、盗みの話しかしてなかったんだ」
「庄三郎が殺しを頼まれていたことは、権助も知らなかったのですね」
「ああ。あいつらの話は、残っていた書付とも合ってる。宗兵衛にも確かめた」
お志乃は膝の上で手を揃えたまま、しばらく黙っていた。俺も言葉を足さずに待つ。
やがて、お志乃が顔を上げた。
「宗兵衛は、どうなったのでございますか」
「用心棒に俺たちを襲わせ、自分でも刀を取った。最後は俺が命じて討たせた」
「……そうでございますか」
お志乃は深く頭を下げ、俺が立ち上がる時にも、助けてほしいとは言わなかった。外で待っていた弥平次と屋敷へ戻りながら、裁許の前に何を確かめておく必要があるか聞いた。
その後、権助と徳松には、十三年前の犯行についてそれぞれ裁許を下した。宗兵衛の依頼を知らなくても、殺害に加担し、奪った銀を受け取った事実は変わらない。お志乃も、三人を殺した罪で死罪と決めた。
弥平次が朝の報告に来た。
「今朝、お志乃の刑が執行されました」
「そうか」
俺は手にしていた書付を机へ置いた。弥平次が一礼して下がると、外で待っていた者を呼び入れ、次の用件に取り掛かった。
数日後、政基と庭へ出ると、継潤と弥平次が来た。桑名の帳面の調べは続いているが、今日は別の相談だという。俺は二人と池の方へ歩いた。
継潤が、宿と問屋について記した紙を出した。
「宿泊者と荷の記録を残させようと考えております。今ある帳面を使い、屋号、荷札の印、荷数、行先を確かめられるようにいたします」
「村で旅人を泊める小屋も入れてくれ。誰が帳面を預かり、いつまで残すかも決めよう」
「字を書けぬ者には、村の書ける者へ頼ませましょう」
「帳面を付ける手間も確かめてくれ。同じことを何冊にも書かせず、今の帳面で足りるなら、それを使おう」
弥平次は、行方不明や不審死の届けについて話した。
「村だけで山賊の仕業と決めつけず、内務軍へ届けさせます。遺体や残った物も、片付ける前に記録させましょう」
「届けた奴を、初めから犯人扱いするなよ。それで黙られたら意味がない」
「まず見たことを聞き、必要な者を現地へ向かわせます。盗まれた荷についても、宿や問屋に加え、納入先にも尋ねるようにいたします」
「寺社も同じだ。受け取った荷がどこから来たのか、確かめさせてくれ」
池の脇で継潤が歩みを緩め、手元の紙へ目を落とした。
「まずは、宿と問屋の多い所から始めるつもりでございます」
「頼む。届出がない所も、何も起きてないのか、届けられないのか確かめてくれ。帳面を付ける者にも話を聞いて、無理があれば決まりを直そう」
「承知いたしました。村の小屋を預かる者にも、不都合がないか聞きましょう」
「次は十三年経ってからじゃ遅い。人が消えた時に、調べ始められるようにしたい」
屋敷へ戻る道に入ると、政基が声を掛けた。
「ところで十兵衛様。桑名での件は、奥方様へ申し上げておきました」
「何を」
「御自ら商人の屋敷へ入り、用心棒相手に刀を抜かれたことを。しばらく一人で勝手に出歩かれぬように、とのことでございます」
「なんで言うんだよ。お前もいたじゃねえか」
「それで、あの有様でしたので」
継潤も弥平次も口を挟まない。俺は屋敷へ戻るのをやめ、庭の出口へ足を向けた。政基がすぐに付いてくる。
「どちらへ行かれるので」
「散歩」
「供を呼びます」
「庭だぞ」




