第100話 作って、試して、直す
弘治三年(1557年)、七月。
近江国、愛智郡、朝霧村、橘屋敷。
観音寺から戻った翌朝、俺は頼政と向かい合っていた。二人の間には伊勢から持ち帰った書付を積み、その上に亀山周辺の絵図を広げてある。戦の経過はすでに書状で知らせていたが、戦後の人の配置については、まだ詳しく伝えていない。
俺は絵図の亀山を指した。
「亀山は彦九郎に預けました」
「彦九郎を千種から動かしたのか」
「はい。千種は藤吉郎に任せます」
「わざわざ動かしたのなら、城だけではあるまい」
「城と町の造り直しも、旧関領の仕置きも任せます」
頼政は絵図を引き寄せ、亀山から東へ指を滑らせた。
「関の者はどうする」
「従った者は家中へ入れます。ただ、以前の領地をそのまま返すつもりはありません。土地の事情に詳しい者は、彦九郎の下へ付けます」
「随分と多くを任せたな」
「そこまで任せるために、千種から動かしました。城だけなら、ほかの者にも任せられますから」
頼政が二、三点を確かめて絵図を戻すと、俺は観音寺での話へ移った。義賢が義治へ家督を譲り、出家して承禎と号したことを伝え、三好との和睦を探る話にも触れた。さらに、六角と織田が手を結べるか、俺が信長の意向を聞くことになったと説明した。
そこまで話したところで、俺は自分の考えを切り出した。
「父上。上総介殿には、俺からも話を持ちかけるつもりです」
「六角の話とは別にか」
「はい。橘と織田の間でも、約定を交わせないかと」
「どんな約定だ」
「他家に攻め込まれた時、出来る範囲で兵を出して助け合う約定です。ただ、一緒にどこかを攻める約束まではしません」
「右衛門督殿が聞けば、面白くは思うまい」
「でしょうね」
これまで信長と決めてきたのは、互いの支配地へ勝手に兵を入れず、先に臣従を受けた相手へ横から手を出さないことだ。いずれも互いに争わないための取り決めで、他家に攻められた時に助け合う約束まではしていない。
頼政は絵図の端を押さえたまま、しばらく黙ってから尋ねた。
「十兵衛。六角から離れるつもりか」
「今はありません」
「今は、か」
「先のことまでは分かりませんから」
頼政の眉が寄った。ここで取り繕っても仕方がないので、俺は考えていたことをそのまま口にした。
「はっきり言いますが、右衛門督殿とうまくやっていける自信はありません」
「……そう言うと思った」
「分かっていたんですか」
「観音寺から戻ったお前の顔を見ればな」
そんなに顔に出ていたのか。橘家が北伊勢で急に大きな所領を得たのだから、義治が俺を警戒するのは分かる。ただ、力を持ったこと自体を問題にされても困る。今すぐ決裂するとは思っていないが、数年先まで同じ関係でいられるかは分からない。
俺は少し口調を緩め、頼政に言った。
「今から深刻に考えないでくださいよ。今のところは、もしもの備えです」
「お前の備えは、たいてい後で大きな話になる」
「何も起きなければ、助けを頼まずに済みます」
「それならいいがな」
これ以上は信長と話してからだ。俺は書付を脇へ寄せ、話題を変えた。
「それはそうと、父上。孫兵衛をしばらく借ります」
「待て。今の話を『それはそうと』で終わらせるな」
「もう話すことは話しましたよ」
「わしはまだ終わっておらん」
頼政は俺を少し睨んだが、六角の話は蒸し返さず、孫兵衛のことを尋ねた。
「孫兵衛を何に使う」
「治田の山で、炭に使える木がどれだけあるか調べてもらいます」
「なぜ治田だ」
「治田に、鉄を作る炉を造るつもりです。炭が足りるか、先に確かめておきたいんです」
新しい炉がどれほど炭を使うのか、俺にも正確には分からない。動かし始めてから炭が足りないと騒ぐより、先に孫兵衛へ山を調べてもらう方がいい。
頼政は、治田で始める理由を尋ねた。
「朝霧ではいかんのか」
「治田には銀を作る水車があり、鉱石や炉を扱う者もいます。新しく始めるなら、そうした設備と人がいる向こうがいいと思っています」
「孫兵衛は戻すのだな。朝霧からあいつまで持っていかれては困るぞ」
「治田の者だけで山を使い分けられるようになったら、朝霧へ戻します。ずっと借りるつもりはありません」
「ならいい」
* * *
頼政の部屋を出ると、廊下で春に捕まった。伊勢の仕置きについて聞かれるかと思ったが、春が持ち出したのは家族の話だった。
「綾は変わりありませんか」
「はい。元気にしています。小徳丸も、ずいぶん重くなりました」
「当たり前でしょう。いつまでも生まれた時のままではありません」
綾は江野で暮らし、俺も伊勢を離れることが減ったため、小徳丸が生まれてから二人を朝霧へ連れてきた回数は多くない。距離は変わらないのに、以前より遠く感じる時がある。
俺は春に、次は綾と小徳丸も連れて帰ると約束した。
「今度は綾と小徳丸も連れてきます」
「そうしなさい。綾も、こちらへ来れば少しは気が休まるでしょう」
「俺も一緒に休めと言うんでしょう」
「分かっているなら言わせないでください」
返す言葉がない。俺は出立の予定へ話を移した。
「しばらく朝霧にいるつもりでしたが、孫兵衛と江野へ戻ってから治田へ寄ります。そう長くはかかりません」
「十兵衛の言う『長くない』は、あまり当てになりませんね」
「今回は現場を確かめるだけです。細かい仕事は向こうへ任せます」
「本当にそうしてくださいね」
春に念を押されて庭へ出ると、惟丸が木刀を振っていた。少し離れた所には秀長が立ち、惟丸の振りが乱れるたびに声を掛けている。
俺に気付いた惟丸が木刀を下ろした。
「兄上。父上から、彦九郎が亀山へ移ると聞きました。千種は藤吉郎に任せるとも」
「ああ。これからは城だけでなく、その周りの土地もそれぞれに任せる」
惟丸は手元の木刀へ目を落とし、少ししてから顔を上げた。
「私も、元服したら城を任せてもらえますか」
「その頃に任せられる城があればな。ただ、兵も村も、お前が責任を持つことになるぞ」
「城だけを預かるわけではないのですね」
「そうだ。今は目の前のことを覚えろ。城の話は、その時になってからだ」
俺が木刀へ目をやると、惟丸は少しむっとした。
「ちゃんとやっています。小竹にも、何度も直されています」
「ほう。小一郎、どうなんだ」
「まだ力が入りすぎますが、振り終えた後は前より崩れなくなりました」
「なら、そのまま教えてやってくれ」
惟丸はまだ何か言いたそうだったが、秀長に促されて構え直した。俺が庭を離れようとすると、今度は秀長が呼び止めた。
「兄者は千種でどうしていますか。城を任されたなら、じっとしているとは思えませんが」
「今頃は村や道を歩き回っているだろうな。しばらくは好きにやらせるつもりだ」
「やっぱりそうですか。何か任されると、自分で全部確かめないと気が済まないんです」
「今度会ったら、少しは人に任せろと言っておいてくれ」
「俺の言うことを聞く兄者なら、苦労しません」
それはそうだ。俺は二人の稽古をこれ以上邪魔しないよう庭を離れ、その日のうちに孫兵衛へ治田行きを伝えた。
翌朝には支度が整った。門へ向かう途中、初音が俺の袖を引いた。
「兄上、江野へ帰るの? わたしも行きたい」
「今日は連れていけないぞ」
「江野、行ったことない」
「あるぞ。前に一度行っている。覚えていないだけだ」
「おぼえてないなら、行ってないのと同じ」
「何だ、その理屈は」
初音は袖を離さず、さらにせがんだ。
「小徳丸もいるの? わたしも行きたい」
「ああ、いるぞ。今度はお前も連れていってやる」
「ほんと?」
「綾と小徳丸を朝霧へ連れてきたら、江野へ戻る時にお前も連れていく」
それでようやく初音が袖を離した。俺は袖を直して、孫兵衛と門を出た。
* * *
江野へ戻ると、孫兵衛に荷を解かせて作兵衛を呼んだ。鍛冶場から来たらしく、その袖には煤が付いている。
作兵衛は座るなり用件を尋ねた。
「十兵衛様、今度は何を始めるんで」
「まだ何も言ってないだろ」
「何もなければ、わしを呼びませぬ」
「それもそうだな」
俺は治田周辺の絵図を机へ広げた。
「治田へ行く。お前にも来てほしい」
「銀の炉でも壊れましたか」
「壊れてない。銀とは別に、鉄を作る炉を造る」
「鉄でしたら、たたらではいかぬのでございますか」
「たたらは残す。今度は縦に長い炉を造りたい。上から鉄鉱石と木炭を入れ、下から風を送り続ける。うまくいけば、溶けた鉄を下から出せる」
前世で読んだ高炉は、大まかにはそんな仕組みだった。現代の巨大なものではなく、木炭と水車を使う昔の炉なら、試せるのではないかと思っている。
作兵衛は絵図から俺へ目を移した。
「高さと幅はどれほどに。炉の中はどうするので」
「そこまでは覚えてない」
「……それで、わしに何を造れと」
「だから、一緒に現場を見て考えてほしいんだ」
「簡単に申されますな」
作兵衛が額に手を当てると、俺は絵図の水路を示した。
「簡単だとは思ってない。水車でふいごを動かして風を送り続けるが、必要な風の強さも、ふいごの数も分からん」
「では、風の送り方から試すしかありませんな。入れる物は木炭と鉄鉱石だけでございますか」
「石灰石も使う。確か、余計なものをノロにして出すためだった」
「それぞれ、どれほど入れるので」
「分からん。火の強さも、鉄を出す頃合いも知らない」
「ほとんど分かっておられぬではないですか」
「そう言ってるだろ」
必要があって読んだだけで、製鉄を仕事にしていたわけではない。何年も経った今、覚えているのは原料と大まかな仕組みくらいだ。
俺は作兵衛に、確かなところだけを伝えた。
「ただ、そういう炉が使われていたのは覚えてる。一度失敗しても、このやり方では鉄を作れない、と決めつけないでほしい」
「炉の造り方や使い方を変えて試せと」
「ああ。寸法までは教えられないが、こういう炉で鉄を作れることは分かってる」
作兵衛は絵図を引き寄せ、しばらく考えてから尋ねた。
「溶けた鉄は、そのまま使えるのでございますか」
「いや。炭素を多く含んでいて脆い。銑鉄というんだったな」
「では、出した後にも手を加えるので」
「もう一度熱して、風を当てながら炭素を減らすやり方だったと思う。ただ、その炉や加減までは覚えてない。その先は銑鉄が出来てから考える」
「まずは溶けた鉄を出すところまで、と」
「ああ。一度に全部やるつもりはない」
作兵衛はそれを聞いて、とうとう笑った。
「それを十兵衛様から聞くとは思いませんでした」
「俺だって少しは学ぶ」
「なら、まず治田を見てからですな。水と土地、それに炉に使う石と土を確かめねばなりません」
「頼む」
「無理なものは無理と申しますぞ」
「それでいい」
* * *
治田へ入ると、城へ上がる前に製銀場へ向かった。鉱石の受取場には籠が積まれ、その先では砕いた石が選り分けられている。炉のそばには炭が置かれ、水路から引いた水が水車を回していた。
治田を取った直後とは違い、今は荷の受取から銀の記帳まで、それぞれの仕事を誰が担うか決まっている。松雲軒は採掘そのものには口を出さず、山から届く鉱石や荷の受取と、人足の手配を引き受けていた。
選鉱場の脇から書付を抱えて出てきた松雲軒に、俺は声を掛けた。
「ここに、銀とは別に鉄を作る炉を造りたい」
「鉄、にございますか。某は何を揃えればよろしいので」
「それを決めに来た。まず水と土地を確かめる。孫兵衛には山へ入ってもらう」
「では、必要な人足や荷が決まり次第、こちらで手配いたします」
作兵衛が横から口を挟んだ。
「松雲軒殿。人足を呼ぶ前に、炉を置く場所を決めねばなりませんぞ」
「杭が立ってから声を掛けます」
俺たちは水車の脇から水路をたどり、製銀場の外れへ向かった。その途中、作兵衛は何度も足を止めて水量や落差を確かめている。まずは水車を回し続けられる場所を探しているらしい。
斜面の下まで来ると、作兵衛が上を指した。
「あの辺りなら、炉を置けるかもしれませぬ。上から炭と鉄鉱石を入れるのでしたな」
「ああ」
「斜面の上へ荷を運ぶ道を付ければ、炉の口まで上げやすいでしょう。鉄は下で出す。水もこちらへ引ければ、水車を掛けられます」
作兵衛は、今動いている水車を振り返った。
「ただ、銀の方を止めてあれを使うのはやめましょう。新しい炉のために、今の仕事を止めるわけにはいきませぬ」
俺は松雲軒に、水の確認を頼んだ。
「こちらへ水を引いても足りるか、治田の者と確かめてくれ」
「堰と水路を預かる者を呼びます」
斜面を上がった作兵衛は、足元の土を手に取り、近くの石と見比べた。
「積む石だけでなく、炉の内側に使う土も試さねばなりませぬ。どれが熱に耐えるか、今は言えませんな」
「そこも試すしかないか」
「へえ。まずは小さく確かめましょう」
一基目から思い通りの炉が出来るとは考えていない。俺は作兵衛に、失敗した時の記録も頼んだ。
「駄目だった時は、炉の形と使った材料、それに壊れた場所を記録してくれ。次に何を変えたのか、分かるようにしたい」
「炉が悪いのか風が足りぬのか、初めは見当もつかぬかもしれませんぞ」
「分からなければ、そのまま書いておけばいい」
「なら、治田の者に書かせましょう。わし一人が覚えていても仕方がありませぬ」
俺は松雲軒へ向き直った。
「治田の鍛冶と炉を扱う者を、作兵衛に付けてくれ。造り方だけでなく、不具合が出た時にどこを調べて直すかも覚えてもらう。作兵衛が江野へ戻った後も続けられるようにしたい」
「試した結果はこちらでまとめ、江野へ送ります」
「頼む」
松雲軒が近くの者へ書付を用意させる間も、作兵衛は斜面と水路を見比べていた。
「十兵衛様。ふいごは、今あるものを大きくするだけでは足りぬかもしれませぬ。水車の動きをどう伝えるかも含め、ふいごの造りはこちらで変えますぞ」
「風を送り続けられれば、形は任せる。石灰石は古田の採石場でも探させよう」
「石灰石の量はこちらで試すとして、鉄鉱石は」
「それが一番の問題だ」
原料が見つかるまでの間も、水や炉の材料は調べられる。俺は作兵衛に、調達の方針を伝えた。
「領内でも探すが、見つからなければ商人に産地を探させて買う。最初に試す分まで、領内で賄う必要はない」
「朝霧の砂鉄はどうなさるので」
「この炉で使えるかまでは知らない。覚えているのは鉄鉱石だ」
「なら、初めはそちらで。砂鉄を試すのは炉が動いてからの方が、違いも分かりましょう」
「そうしてくれ」
* * *
製銀場を離れ、孫兵衛、松雲軒と治田周辺の山へ入った。孫兵衛はほとんど話さず、道を外れて斜面へ入り、沢へ下り、尾根へ上がっていく。俺と松雲軒はその後をついていくだけだが、それだけでも随分と歩かされた。
しばらくして、孫兵衛が足を止めた。
「炭にする木は、この辺りにもございます」
「足りそうか」
「すぐに尽きることはないでしょう。ただ、炉を増やすなら、一つの山から取り続けぬ方がよろしいかと」
「どう分ける」
「材木用の木を残す場所と、炭に使う木を切る場所を分けます。炭に使う山も幾つかに分け、切った所は木が育つまで休ませるのです」
孫兵衛は斜面の木を示した。
「根を残して切れば、また芽を出す木もございます。若い木までまとめて切らず、育った木から順に使えば、長く取れましょう」
「何年空ければいい」
「一概には申せませぬ。木も場所も違います。日当たりや水の具合で、同じ山でも育ち方が変わりますからな」
ここで俺が十五年、二十年と決めても根拠はない。俺は孫兵衛に、切った場所と時期を記録するよう頼んだ。
「なら、どこをいつ切ったか残して、次に切れるかは木の育ち具合で決めよう」
「私一人で見続けるわけにもいきませぬな」
「山の見方も治田の者へ教えてくれ。お前が朝霧へ戻った後も続けられるようにしたい」
「それなら、炭焼きも一緒に山へ入れましょう。どの木を炭に使うかは、ここで焼いてきた者の方が知っております」
俺は松雲軒へ向き直り、炭焼きを集めるよう頼んだ。
「治田へ炭を納めている者を呼べるか」
「声を掛けます。孫兵衛殿と山へ入るよう伝えましょう」
さらに山を下る途中、孫兵衛が沢沿いで立ち止まった。
「ここは木が多くても、あまり切らぬ方がよろしいですな」
「崩れそうか」
「雨が続けば水が集まります。上の木まで切れば、下の道へ土が流れるやもしれませぬ」
「なら、炭に使う場所から外そう。炭の量だけで決めないでくれ」
「そのつもりでございます」
再び下り始めると、孫兵衛は道から入りやすい別の斜面を示した。
「炭焼き場は、木を切る場所から遠くしすぎぬ方がよろしいです。生木のまま麓へ下ろすより、炭にしてから運ぶ方が軽くなります」
「火の始末が出来る場所を選んでくれ」
「はい。沢に近すぎる所も避けます。雨で崩れれば、窯ごと駄目になりますからな」
製銀場へ戻ると、作兵衛が治田の職人と斜面を歩いていた。地面には何本か杭が打たれ、水路を延ばす方向と炉の候補地に印が付いている。
俺は松雲軒も交え、孫兵衛と作兵衛に今後の役目を確認した。
「孫兵衛は残って、山の分け方と使い方を教えてくれ。治田の者だけで続けられるようになったら、朝霧へ戻っていい」
「承知しました」
「作兵衛も、ここの鍛冶と一緒に炉を試してくれ。お前にしか分からないやり方にはするなよ」
「それが一番難しゅうございますな」
「我慢しろ」
「へえ」
続けて、俺は松雲軒に人手のことを念押しした。
「銀の方から人を取るな。足りなければ、何人必要か知らせてくれ」
「心得ました。金堀の者まで引き抜かぬようにいたします」
「採掘は今まで通り、金堀の頭に任せる。鉄の方は、別に仕事を覚える者を育てよう」
治田を選んだのは、銀山の設備を鉄へ転用するためではない。鉱石や炉を扱う者がおり、水や炭を使う仕事も続いているからだ。そこへ鉄を作る仕事を加えるつもりで、銀の仕事が滞っては意味がない。
作兵衛は杭の方へ顔を向けた。
「一基目がうまくいっても、すぐ幾つも造らせてはいけませぬぞ」
「分かってる。しばらく動かしてからだ」
「本当に分かっておられますか」
「それくらいは分かる。途中で不具合が出たら止めて直せ。無理に続けなくていい」
「そこは言われずとも止めます」
「なら任せる」
夕方になると、炭を運ぶ者や製銀場の職人が松雲軒のもとへ集まってきた。孫兵衛は翌日一緒に山へ入る者と相談を始め、作兵衛は水車を扱う者を連れて、杭の位置を確かめに戻っていく。
俺に残ったのは、鉄鉱石の手配だ。領内で探させるのと並行して、商人にも産地を調べさせる。炉を試せるようになった時に、原料がなくて職人たちを待たせるわけにはいかない。




