第99話 二十万石の橘家
弘治三年(1557年)、七月。
伊勢国、三重郡、江野、屋敷。
亀山が落ちた後は数日ほど現地に残り、焼け跡の始末や避難民への対応、残った兵の処遇に手を付けた。それから江野へ戻り、今日で三日になる。
広間には、亀山と旧関領から届いた書付が積まれていた。玄以と牛一が人別と物資の帳面を突き合わせ、継潤と光秀の前には亀山周辺の絵図が広げられている。正利は少し離れたところで、そのやり取りを聞いていた。
玄以が人別の帳面を開いたまま、俺へ報告した。
「十兵衛様。城下を出た者は、周りの村や寺へ身を寄せております。戦が終わったと知り、戻りたいと申し出る者も増えてまいりました」
「元の城下へまとめて戻せそうか」
「すぐに戻すのは難しゅうございます。焼け残った家もございますが、道や井戸が傷んでおりますし、大半の者には住む場所も用意せねばなりませぬ」
どうせ家を建て直すなら、元の町並みをそのまま戻す必要はない。俺は継潤たちの前にある絵図へ目を移した。
「これから家を建てる者は、新しく決める場所へ集めよう。使える家や井戸は残していいが、町の中心は移す」
「でしたら、城の場所も、町と合わせて決めた方がよろしゅうございますな」
「ああ。焼けた城を直すんじゃなく、新しく建てる。城だけ先に場所を決めて、町を造る時に困るのは避けたい」
亀山から鈴鹿を越えれば近江へ出られ、東へ下れば伊勢の平野へ入る。北へ延びる道は、菰野や四日市へつながっている。これだけ道が集まる場所を、城と関所だけに使うのは勿体ない。
俺は絵図の亀山を指し、継潤へ話を続けた。
「亀山は江野や桑名、四日市と並ぶ町にする。鈴鹿を行き来する人や荷を集め、長野や北畠へ兵を出す時の拠点にも使いたい」
「でしたら、宿や蔵に加えて、市場も要りますな。人を住まわせるだけでは済みませぬ」
「ああ。荷車も増えるだろうから、道幅は初めから余裕を持たせておいてくれ」
玄以は帳面を繰り、帰りたいと申し出ている者を確かめた。
「家が残っている者は戻し、新しく建てる者には、町の場所が決まるまで待つよう伝えます。勝手に建て始める者が出ぬよう、念を押しておきましょう」
「それでいい。待たせている間に配る米は、又助と相談して決めてくれ」
牛一が米の書付を玄以の前へ寄せ、二人で戻れない者や普請へ入れる者の人数を確かめ始めた。必要な人数が分かれば、配る米の量は二人で決められる。俺が一つずつ指図する必要はない。
亀山の仕置を任せる相手も決めていた。俺は継潤へ転任の指示を出した。
「彦九郎を千種から亀山へ移す。城と町、道の普請から旧関領の仕置きまで、亀山一帯を任せる」
「旧関方の者も、彦九郎殿の下で使うのでございますな」
「ああ。玄蕃助、兵庫頭、兵助を付ける。佐渡守、八郎四郎、左京進、蔵人も、彦九郎の下へ置く」
政虎は亀山攻めで西側を担い、盛信と斬り合って肩に傷を負いながらも、兵を崩さず押し切った。これから任せる亀山では、城の守りに加え、町や道の普請も進めなければならない。そこまで差配を任せるなら、政虎が一番向いている。
俺は継潤へ、旧関方の者をどう使うかも伝えた。
「土地や村、寺のことは佐渡守たちに聞けばいい。以前の領地を返すつもりはないが、地元との付き合いまで切る必要はない。誰をどこで使うかは、彦九郎に決めさせる」
「では、亀山からの報告も彦九郎殿を通すようにいたします。各所の書付をそちらでまとめてから、江野へ送らせます」
盛邑、盛祐、定義、定住には、旧関領で築いてきたつながりがある。それを生かすために、四人へ以前の領地まで返す必要はない。
牛一が帳面の送り先を書き改めている傍らで、光秀が絵図の千種を指した。
「十兵衛様。彦九郎殿を亀山へ移されるのでしたら、千種にはどなたを入れられますか」
「藤吉郎だ。そろそろ城を一つ預けてみたい」
秀吉には何度も兵を預け、その働きを見てきた。必要な相手を見つければ自分から話を聞き、使えると判断した者には役目を与えている。次は城と村も任せて、どこまでやれるか確かめたい。
正利がその話を聞いて笑った。
「藤吉郎なら喜ぶだろうな。いよいよ一城持ちか」
「試しに預けるんだ。駄目なら戻す」
「そう言っても、本人は一城持ちになれるとしか聞かんと思うぞ」
俺は絵図の菰野と四日市を指し、残る転任を伝えた。
「久助は浜田へ移す。空く菰野には、又左衛門を入れる」
「四日市まで任せるのなら、久助を菰野に置いたままにするより、その方がよかろう」
四日市には、浜田城の元綱をはじめ、こちらへ従った者がいる。港や町、蔵、周辺の城の差配が別々のままでは、現地で話がまとまらず、何か変えるたびに江野へ判断を求めることになる。
俺は続けて、四日市の諸将の扱いも伝えた。
「遠江守や采女正たちは、久助の下へ付ける。どの城を残すかだけじゃなく、港や町、蔵、周りの道の扱いも久助に任せよう」
「儀太夫殿も、引き続き久助殿を助けるのでございますか」
「ああ。今まで通りだ。菰野の又左衛門には彦九郎とも話を通してもらい、必要に応じて千種にも四日市にも兵を出せるようにしておく」
政虎の娘婿でもある利家なら、亀山との連携にも余計な手間は掛からないだろう。俺が各地の人事を伝え終えると、継潤が亀山攻めの編制を書いた紙を引き出した。
「久助殿や藤吉郎を各地へ移すとなれば、大隊も組み直さねばなりません」
「臨時の第四大隊は解き、江野を中心に常設の四個大隊を組む。第一は内蔵助、第二は七郎左衛門、第三は甚助、第四は作内に任せる」
「では、各地へ移る者を大隊から外してから、残る兵を振り分けます」
「ああ。ただ、帳面だけで振り分けるな。九郎、内蔵助と一緒に残る兵と鉄砲を数え直し、負傷者を外して組んでくれ」
光秀が応じた。
「七郎左衛門殿、甚助殿、作内殿にも話を通しておきます。鉄砲は使える物と修理が必要な物を分けて数え、兵の人数と併せて報告します」
亀山から戻ったばかりの兵には、負傷して隊を外れる者もいる。鉄砲にも傷んだ物があり、玉薬も撃った分だけ減っていた。俺の指示を受けた光秀は、編制の紙を手元へ寄せた。
牛一が旧関領から引き継いだ銭の帳面を開いた。
「こちらは鈴鹿の関から上がっていた分にございます。引き続き徴収するのであれば、人を――」
「関所は廃止する」
「関銭を取るのをやめるだけでなく、関所そのものをなくされるのでございますか。これだけの銭が上がっておりますが」
「分かってる。でも、亀山へ人と荷を集めたいのに、鈴鹿を越えたところで止めて銭を取るのは邪魔だ」
正利が牛一の帳面へ目をやった。
「その分、宿や市場で銭を使わせる気か」
「そういうことだ。荷が増えれば蔵が使われるし、人が増えれば宿や飯屋が儲かる。関所で取るより、町の商いを増やしたい」
「先に取らず、後から取るのか。相変わらずだな」
「人が来なきゃ、取れる銭そのものが増えないだろ」
牛一は関所からの収入に線を引いた。
「では、今後の収入から関銭を外します。人と荷が増えるなら、亀山の宿や蔵には、初めから余裕を持たせておいた方がよろしいでしょう」
「ああ。ただ、町割りまで江野で決める必要はない。彦九郎に現地を確かめてから決めてもらおう」
亀山の城と町、各地の差配、大隊の編制について当面の方針が決まると、俺は継潤へ次の指示を出した。
「善祥坊。神戸へは進まない。北伊勢の切り取りは、ここまでにする」
「では、南へ送る予定だった兵糧は、亀山で要る分を除いて江野へ戻してよろしゅうございますか」
「任せる。彦九郎に普請で要る兵糧の量を出させ、それに合わせて割り振ってくれ。欲しかった所はほぼ押さえたし、左近衛中将殿とも、南勢へ兵は入れないと話してある」
「願証寺にも、引き続き手は出さぬのでございますな」
「ああ。今、あそこまで敵に回す理由はない」
神戸を取れないとは思っていないが、新しい城と町を造り、従った者を橘の仕置きに組み込むだけでも、まだ手が掛かる。城をもう一つ落とすより、取った土地を落ち着かせる方が先だ。
継潤は兵糧の書付を玄以へ渡し、牛一も関所の帳面を重ねた。評定が終わる頃には、亀山へ送るものと江野で扱うものの整理が進んでいた。
* * *
午後には、ここまでの戦功に対する褒賞と夏の賞与をまとめて出した。働きに応じて感状と銭を渡し、役目が変わる者とは引き継ぎについても話した。
継潤は亀山攻めの前から兵の配置と兵糧の手配を詰め、戦が始まってからも各隊の動きをつないだ。その働きに報いて感状と銭を渡し、江野の軍務も引き続き任せた。
俺は継潤に、もう一つ頼んだ。
「善祥坊。俺が観音寺へ上がることになったら、留守も頼む。普段の仕置きは九郎と進めてくれ」
「他家や兵に関わる大きな話は、お戻りになるまで保留にしておけばよろしいですか」
「ああ。ほかは俺を待たずに進めていい」
政虎には、西の外郭へ最初に入り、その後も兵を崩さず押し続けた功で感状と銭を渡した。その上で、千種を秀吉へ引き継いで亀山一帯を預かるよう伝えると、政虎は城を築く場所も自分で決めていいのかと尋ねた。
俺は絵図を示して答えた。
「町も合わせて造るんだ。現地を見て、お前が決めてくれ」
「そこまでお預けいただけるのであれば、先に街道と水場を確かめます。城を築いてから町を広げる場所がないと分かっては、困りますゆえ」
「ああ。細かいところも現地で決めていい」
政虎は亀山の絵図へ手を伸ばした。城番を替えるだけの転任とは違い、今回は城と町を一から任せること自体が、銭以上の褒賞になる。
次に一益と益重を呼んだ。東側から兵を率いて外郭へ入った益重にも感状と銭を渡すと、受け取りながら口を開いた。
「某は叔父上に言われた通り、兵を動かしただけにございます」
「六百の兵を命令通りに動かしたのは儀太夫だ。そこまで久助の功にするつもりはない。これからも久助を助けてくれ」
「ありがたく頂戴いたします」
一益には、菰野を利家へ引き継いで浜田へ移るよう命じ、四日市の諸将もその下へ付けると伝えた。引き継ぎの内容を聞いた一益は、港と蔵の話から始めた。
「まずは荷の出入りを確かめます。船を増やしても、荷の置き場が詰まっては意味がございません。浜田から先へ運ぶ道も合わせて調べます」
「それでいい。儀太夫にも今まで通り助けてもらえ」
千種を任せると伝えると、秀吉は俺を見返した。
「わしに一城を預けてくださるのでございますか」
「試しだぞ。城も兵も村も預ける。どこまでやれるか見せてみろ」
「千種のことは、三郎左衛門殿にも聞いてよろしいのでございますか」
「ああ。ただし、聞いた話だけで決めるな。自分でも確かめろ」
「まず城と村を見て回ります。それから、どの仕事を誰に任せられるか調べます」
利家には一益から菰野を引き継ぎ、政虎とも話を通しておくよう伝えた。千種は秀吉に任せておけばいいのかと聞かれ、俺は念を押した。
「ああ。藤吉郎が困っていそうでも、頼まれる前から千種へ乗り込むなよ」
「そこまで世話を焼くつもりはございませぬ」
最後に成政へ、組み直す第一大隊を預けると伝えると、成政が応じた。
「九郎殿と相談しながら、第一大隊を整えます」
「頼む。形だけ先に四つへ分ける必要はない」
その日のうちに、屋敷では転任に伴う引き継ぎが始まった。千種へ渡す帳面がまとめられ、亀山へ送る荷と菰野に残す兵糧が仕分けられている。浜田へ移す物には、別の札が付いた。
夕方、観音寺から使者が来た。六角家の家督は義賢から六角右衛門督義治へ移り、義賢は髪を下ろして承禎と号したという。書状には家督相続の挨拶が記され、北伊勢の戦の報告に観音寺へ上がるよう求められていた。
* * *
数日後、俺は観音寺へ上がった。政基には供回りと馬を任せ、光秀だけを連れて座敷へ入る。上座には新たに当主となった義治と承禎が座り、その左右には定秀、賢豊、賢盛が並んでいた。
家督相続の挨拶を済ませると、義治が北伊勢の話を切り出した。
「亀山は落ちたと聞いておる」
「はい。中務大輔は自害し、亀山城も焼けました。古い城は使わず、別の場所に新しい城を造るつもりにございます」
「関の旧領も、全て橘が治めるのか」
「従った者は家中へ組み込みますが、旧領はそのまま返さず、こちらでまとめて治めます」
「それで、北伊勢の所領はどれほどになった」
「各地の古い帳面を合わせれば、二十万石ほどになるかと。ただ、取ったばかりの土地ですので、今すぐ帳面通りの米や銭が上がるわけではございません」
義治は二十万石という数字を繰り返し、定秀へ顔を向けた。
「蒲生の所領を大きく超えるではないか」
「帳面の上では、そうなりましょう。ただ、長く治めてきた土地と、従えたばかりの土地では事情が違います」
義治が言い返した。
「それでも、一家で治めるには大きすぎる」
「ですが、北伊勢の村も城も家臣も、まとめるのはこれからにございます」
家督を継いだばかりの義治が、急に領地を広げた橘を警戒するのは分かる。俺は何を問題にしているのかを確かめた。
「右衛門督殿。某がその石高を理由に、下野守殿より上へ置いていただきたいと申し上げましたか」
「席次ではない。これほどの土地と兵が一家へ集まれば、家中の釣り合いが崩れる」
「では、北伊勢を他家へ分けますか。そうなれば、代わりの土地も考えていただかなければ、こちらも納得いたしかねます」
「それを決めるのはわしだ」
「はい。御下知には従います。ただ、長野、神戸、北畠と接する土地にございます。誰に任せ、どれだけの兵を置くかも、併せてお決めいただきたいのです」
義治が答える前に、定秀が話を引き取った。
「蒲生に任せよとの御下知であれば、兵は出せます。ただし、その分の兵は日野か南近江から抜かねばなりませぬ」
「下野守は、橘に持たせたままでよいと申すのか」
「代わりに誰を置くかも決めぬまま、北伊勢だけを手薄にする必要はないと申し上げております」
賢豊は、北伊勢を任せた時の条件に話を戻した。
「十兵衛殿が御下知に背いて広げた領地ではございませぬ。御家から兵も銭も出さぬという条件で戦った結果にございます」
「但馬守は娘婿を庇うか」
「その働きは認めております。しかし、任せた土地を取った後になって、大きすぎると咎めては、次に御下知を受ける者が困りましょう」
義治は賢盛にも意見を求めた。
「山城守はどう思う」
「橘殿が石高を理由に家中の席次を改めよと申すのであれば、話は別にございます」
「では、北伊勢は橘に任せたままでよいと申すか」
「これまで通り六角家に従い、北伊勢を守るのであれば、今、領地の広さを問題とするには及ばぬと思いまする」
三人とも、橘が大きくなったことを喜んでいるわけではないだろう。それでも、領地を取り上げた後の治め方は考えているらしい。
義治は、領地の扱いから現地に置く兵の数へ話を移した。
「戦が終わったのなら、兵を減らせばよかろう。現地を治めるだけの兵がおればよい」
「必要な兵を置いております。どこまで減らすべきかお示しくだされば、その人数で何が守れなくなるかも申し上げられます」
「そなたは何でも数で決めるのだな」
「兵を減らせとのお話でございますので、人数を伺っております」
承禎がそこで口を挟んだ。
「十兵衛。これより南へ進むつもりはあるか」
「今はございません。神戸も含め、先に北伊勢をまとめるつもりにございます」
南へは進まぬと聞くと、義治は三好との戦へ兵を回す話を持ち出した。
「ならば、北伊勢の兵をそのまま三好へ回すこともできよう」
「恐れながら申し上げますが、三好とは和睦すべきかと存じます」
「何を申す。公方様を京へお戻しするために戦っておるのだぞ」
「公方様の帰京がかなう条件なら、和睦でも目的は達せられます。三好を滅ぼすことまで必要ではないと存じます」
座にいた何人かがこちらへ顔を向けた。ここまで使った兵も銭も戻ってはこないが、それを取り返すために戦を続ける必要はない。
義治は、和睦後の約定について問い返した。
「三好が約定を守ると思うのか」
「守らなければ、また戦えばよろしいでしょう。話を始めたからといって、こちらから兵を解く必要はございません」
「公方様が和睦を受けられぬかもしれぬ」
「まずは、受けていただける条件があるか探ればよろしいかと」
承禎が定秀へ意見を求めると、定秀は、条件を探ることに異存はなく、まとまらなければ今まで通り戦えばよいと答えた。賢豊もこれに同意し、戦を続けるにしても、三好方の要求を知っておくことは無駄にならないと述べた。
定秀と賢豊の意見を受け、賢盛が続けた。
「御家の負担を減らし、公方様を京へお戻しできるのであれば、話を進める価値はございましょう」
義治は三人の意見を聞くと、再び俺へ問いを向けた。
「三好と和睦して、その後はどうする」
「近江を固めます。浅井がおりますし、越前には朝倉もおります」
「美濃はどう見る」
「この先どうなるか分かりません。西の戦を終えられれば、東と北への備えに兵を回せます」
「東では、織田をどうする」
「上総介殿とは、六角家として同盟を結ぶべきかと存じます」
織田の名が出ると、義治の声が強くなった。
「そなたは既に織田と書付を交わしておるな」
「はい。正式に交わす前に、大殿にも御覧いただいております」
「父上から聞いた。だが、橘と織田が直接つながっていることは変わらぬ」
「そのつながりを使い、六角家の意向を上総介殿へ伝えて、先方のお考えを伺うことはできます。ただ、同盟の条件を決める権限は某にはございません」
定秀が、俺と義治のやり取りに口を挟んだ。
「上総介が応じる見込みはあるのか」
「分かりません。六角家との同盟については、まだ聞いておりませんので」
義治は定秀へ問いを向けた。
「下野守まで賛成するのか」
「相手が何を求めるかも分からぬうちから、賛成も反対もございませぬ。ただ、東で戦わずに済めば、その分の兵をほかへ回せます」
賢豊は、まず話を聞き、条件が合わなければ断ればよいと述べた。賢盛もこれに同意した。
義治はなおも、俺と織田のつながりを問題にした。
「そなたたちは簡単に申すが、橘がそのまま織田へ寄ることもあるのではないか」
「某が織田へ、でございますか」
「二十万石を持ち、上総介とも直接話ができる。六角より織田を選ばぬと、どうして言い切れる」
「某が上総介殿と、六角家を離れる話をしているとお聞きになったのでございますか」
「そういう話ではない。これだけ力を持てば、先は分からぬと言っておる」
「それでは、某にもお答えのしようがございません」
信長へ兵や領地を渡す相談や、家臣の引き抜きなど、具体的な疑いがあるなら答えようもある。だが、力があるからこの先何かするかもしれないという話では、そうしないと証明しようがない。
俺は、話を交渉の是非へ戻した。
「某を警戒されることまで、やめていただこうとは思いません。ただ、それと三好との和睦や、織田との同盟は別の話にございます」
「別ではあるまい。そなたを使者に出せば、向こうと何を話すか分からぬ」
「でしたら、別の方を使者にされればよろしいかと」
承禎が俺の名を呼んだ。俺が口を閉じると、今度は義治へ話を向けた。
「まだ同盟を結ぶと決めたわけではない。十兵衛が申しておるのは、上総介の考えを確かめるところまでだ」
「ですが父上、それでも――」
「その先まで任せる必要はない。向こうに話を聞く気がなければ、それで終わりだ。応じるなら、こちらで改めて条件を考えればよい」
義治はしばらく黙っていたが、やがて俺へ向き直った。
「十兵衛。上総介の考えを確かめるところまでだ。それ以上のことを勝手に決めてくるな」
「承知いたしました」
三好との和睦は家中で条件を詰め、織田との同盟については俺が信長の意向を確かめることになった。その方針で評定は終わり、俺は光秀を連れて座敷を出た。
観音寺の石段を下りながら、一度だけ上を振り返った。承禎がいる間は、まだ話ができる。定秀も賢豊も賢盛も、自分で考えた上で意見を述べているから、こちらと意見が違っても、何を問題にしているかは分かる。
だが義治は、土地を分けた後の守りも、兵を減らす目安も示せず、俺を警戒するばかりだった。想像していた以上に無能な奴だ。これなら、六角にこれ以上遠慮する必要はない。




