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近江の山奥から始める近代国家建設 〜転生田舎領主は戦国そのものを終わらせたい〜  作者: 近江もののふ
第三章 北伊勢戦役

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第98話 亀山城の戦い

 弘治三年(こうじさんねん)(1557年)、七月。

 伊勢国(いせのくに)、鈴鹿郡(すずかぐん)、亀山(かめやま)、橘本陣(たちばなほんじん)。


 夜が更けても、亀山城を囲む各隊は兵の配置を進めていた。北から西にかけての街道と脇道を可成(よしなり)が押さえ、南には秀吉(ひでよし)が築いた陣城(じんじろ)の灯が見える。東南では一益(かずます)が攻め口へ兵を寄せていた。一方、西へ移ってきた政虎(まさとら)と利家(としいえ)は、城際から少し離れた場所に兵を配置していた。


 街道沿いには篝(かがり)が等間隔に置かれており、城側からも包囲の配置は分かるはずだ。囲みの厚さを隠す理由はないので、見えていて構わない。


 城内では松明(たいまつ)の灯が曲輪(くるわ)や屋敷の間を行き来し、土塁(どるい)の上には見張りが立っていた。周囲の城との連絡を断たれても、盛信(もりのぶ)に亀山を捨てる様子はない。


 本陣に継潤(けいじゅん)、光秀(みつひで)、政虎、利家、成政(なりまさ)、一益、新九郎(しんくろう)を集め、文机(ふづくえ)に絵図を広げた。少し離れた所で亀山の外郭(がいかく)を眺めていた正利(まさとし)が、先に口を開いた。

「城を残したまま取るとなると、面倒じゃな。中務大輔(なかつかさのたいふ)も、橘は亀山の城を欲しがっておると思うておるかもしれん」

「それなら、城を残すことにこだわる必要はないだろ」

「では、焼くつもりなのか」

「その前に、城を出る機会を与える。明日の日没までは、武器を持たない者の退去を認める」

「兵の家族にも退去を認めるのか」

「家族も、持てる荷を持って城を出て構わない。ただし、明日の日没を過ぎたら道を閉じる」


 攻め始めてから女子供が荷を抱えて街道へ溢れれば、兵や伝令、荷駄(にだ)の往来を妨げる。だから、焼く前に城から出しておきたい。ただし、退去を認めるのは期限までで、それを過ぎても城内に残る者に、一人ずつ事情を聞いて回るつもりはない。


 光秀が、攻撃を始める刻を確かめた。

「日没と同時に火を掛けるのでございますか」

「いや。日没は退去の期限だ。攻めるのは、こちらの支度が済んでからにする」

「では、退去の期限だけ知らせ、攻め時は伏せておきます」

「ああ。それでいい」


 継潤は絵図の南側を指した。

「出てきた者は、藤吉郎(とうきちろう)の陣城近くへ寄せましょう。街道から離しておけば、兵の往来も妨げませぬ」

「そこへ普請方(ふしんかた)を回す。雨を凌げる場所と炊事場、荷置き場を作らせろ」


 一益が、受け入れに兵を回すと申し出た。

「第四からも人を出しましょう。下の者に任せれば、某は攻め口へ出られます」

「城からは、どれだけ出てくると見てる」


 俺の問いに継潤が答えた。

「町の大きさからすれば数百は。兵の身内まで出れば、千に近づくやもしれませぬ」

「なら、第四からは出すな。東南の攻め手を減らす方が困る」


 一益は申し出を引っ込めた。

「承知しました。受け入れはお任せします」


 一益は東南、秀吉は南、可成は北から西にかけての外周を受け持つ。菰野勢(こものぜい)の一部は益重(ますしげ)に率いさせて一益の隊へ加え、元家(もといえ)には東へ抜ける道を押さえさせる。


 成政の鉄砲兵は西へ多めに回し、他の攻め口へも動かせる位置に置く。細かな配置は、各将が持ち場を見て決めた方が早い。


 城を落とすだけなら、これほど外周に兵を割く必要はない。だが、盛信を城内で討ち取るには、先に逃げ道を塞いでおかなければならない。


 俺は絵図の西の攻め口を示し、政虎に伝えた。

「彦九郎(ひこくろう)、俺も西へ行く」

「十兵衛様も攻め口まで出られるのでございますか」

「先頭に出るつもりはないが、佐兵衛(さへえ)と大蔵介(おおくらのすけ)が崩す場所は、自分で見ておきたい」

「では、私が先に入りまする。又左衛門(またざえもん)には後ろから崩し口を広げさせましょう」

「それでいい。ただし、兵が一列でしか通れない幅のままにせず、さらに広げろ」


 利家も西側の配置を確かめ、続けた。

「勘十郎(かんじゅうろう)を西へ回します。彦九郎殿が入ったら、横から柵を引かせましょう」

「任せる」


 俺が西へ出る間は、本陣に全体の指揮を任せる者が要る。継潤なら手慣れているが、今回は光秀に経験を積ませたい。


 俺は光秀へ向き直った。

「九郎(くろう)、本陣はお前に任せる」

「某に、でございますか」

「各所の報せをまとめろ。予備も預ける。決めた作戦の範囲で、お前の判断で動かせ」

「では、配置を大きく変える時は、西へ使いを出します」

「それでいい。善祥坊(ぜんしょうぼう)は九郎の横にいてくれ」


 報せを読むだけなら、これまでもやらせている。今度は俺がその場にいなくても、どの兵を動かし、どこに残すかを自分で決めさせたい。

「善祥坊、先に答えを教えるなよ」

「そこまで甘やかすつもりはございませぬ」

「九郎も、迷うたびに何でも聞くな」

「何でもお尋ねするつもりはございません」


 正利が横から口を挟んだ。

「一年も経たぬうちに本陣を任されるとは、九郎も災難じゃな」

「勘九郎(かんくろう)は家臣じゃないから、気楽でいいな」

「そのために死んだことになっておる。少しくらい楽をさせろ」


 軍議が終わると、各将は持ち場へ戻った。俺は新九郎だけを残し、城内の様子を確かめた。

「中へ入れた者は動かせるか」

「動かせます。城兵の中にも、家族だけは外へ出したいと申す者がおります」

「家族は通せ。ただ、本人が残るというなら、無理に連れ出さなくていい」

「火を掛けさせますか」

「できるなら掛けさせろ。ただし、内から火が上がるのを待たず、こちらの支度が済めば攻める」

「では、攻め始める刻は城内の者にも伏せておきます」

「ああ。それでいい」


 翌朝、亀山の四方から退去の期限を知らせたが、すぐには誰も出てこなかった。城下の路地には人影が見えるものの、街道へ踏み出す者はいない。


 昼近くになって、ようやく南へ向かう道に人が出始めた。荷を背負う者、子供の手を引く者、家財を抱える者が続く。橘兵は武器を持っていないことを確かめ、鈴鹿川(すずかがわ)側へ通していた。


 その先の秀吉の陣城近くでは、普請方が受け入れ場所を広げていた。屋根を掛けた仮小屋(かりごや)が並び、持ち出された荷も街道を塞がない場所へまとめられている。


 受け入れの様子を見に行くと、秀吉が寄ってきた。

「十兵衛様、まだ増えそうです」

「兵が通る道は空けておけ。寝場所の細かな割り振りは後でいい」

「荷は奥へ置かせ、人は家族ごとにまとめます。後で数えるのも楽でしょう」

「任せる。今、何人だ」

「二百は超えました。日没までには五百ほどになりそうです」

「食う物は足りるか」

「当座の分は運んでおります。足りなければ蔵から回します」


 受け入れの様子を確かめると、俺は西の攻め口へ回った。


 土塁の下では、佐兵衛と大蔵介が人足を動かしていた。真正面から近づけば城上の兵に見えるため、作業場への道は斜めに取ってある。人足は掘り出した土を麻袋(あさぶくろ)に詰めて外へ運び、空の袋を抱えて戻っていた。


 佐兵衛が土塁の一角を示した。

「崩すのは、あそこにございます。裾を削って支えを入れ、最後に支えを落とせば、上も一緒に崩れましょう」


 大蔵介は土を運ぶ人足の列を見ながら、作業の進め方を説明した。

「掘る者を増やしても、土の運び出しが追いつかなければ作業が滞りますので、今の人数で交代させる方が早うございます」

「二人に任せる。内蔵助(くらのすけ)には、土塁の上の兵を抑えさせる」


 成政の鉄砲兵は少し離れた場所から、土塁の上に姿を見せる関兵を狙っていた。銃声が響くたびに人影が引っ込み、その間も掘削は続く。


 午後になると、盛信の返答を携えた使者が亀山から出てきた。城も土地も兵も渡さない、退去の期限を待つ必要もないという返答だった。


 使者が去ると、継潤が口を開いた。

「中務大輔殿は、北畠(きたばたけ)の援軍でも待っているのでしょうか」

「かもしれないが、こちらが待ってやる必要はない。退去を認めるのは、予定どおり日没までだ」

「もう一度、返答を求めますか」

「いらない。向こうはもう答えを出している」


 俺は新九郎に、周辺の動きを調べるよう命じた。

「北畠と長野(ながの)の動きを探れ。援軍を出すつもりがあるか、それだけ分かればいい」

「承知しました」


 西の空が赤くなるにつれ、城から出てくる者は減っていった。やがて秀吉の陣城に日没を知らせる赤い旗が上がると、兵が街道の要所へ戻り、退去のために開けていた道を閉じていった。


 だが、西では佐兵衛たちがまだ土塁の下で作業を仕上げており、成政も鉄砲兵の配置を調整していたため、攻撃は始めなかった。


 本陣へ戻ると、光秀が書付を方面ごとに整理していた。継潤は横にいるが、判断には口を出していないようだ。

「九郎、何か変わったか」

「大きな動きはございません。三左衛門殿から、北へ抜けようとする城兵を見たとの報せがありました」

「どう対処した」

「追撃はさせず、そのまま包囲を保たせました。城兵は引き返しております」

「それでいい」


 俺は続いて、東南と予備の状況を確かめた。

「久助の支度はどうだ」

「柵まで近づく道を確保し、夜明け前には攻められるとのことです」

「予備は動かしたか」

「攻撃が始まるまでは残しておくべきと考え、まだ動かしておりません」

「それでいい。引き続き本陣を頼む」


 玉薬(たまぐすり)と鉛玉(なまりだま)は火を使う場所から離し、退路には水桶(みずおけ)も置かせた。風は弱く、今の向きなら、火を掛けてもすぐにこちらの攻め口へ吹き返すことはなさそうだった。


 夜が深まると、俺は西へ移った。政虎と利家の兵が前へ詰め、成政の鉄砲兵も射撃位置に入っていく。土塁の下では、普請方が最後に残した支えの周りへ、乾いた藁(わら)を詰めていた。


 佐兵衛が作業場から戻った。

「十兵衛様、土塁を落とせます」

「彦九郎、崩れたら先に入れ。又左衛門は崩れ口を広げろ」


 利家が配下の支度を確かめた。

「勘十郎、柵を引く者は揃ったか」

「揃えております。彦九郎様の兵が上がり次第、右側の柵を外します」


 俺は攻撃の開始を命じた。

「始めろ」


 城下の四方から火矢(ひや)が放たれた。湿った屋根に落ち、そのまま消えるものも多い。だが、油を染み込ませた藁束が軒下や板壁の隙間へ投げ込まれると、火は煙を上げながら屋根へ這い上がった。


 炎は隣の家へ燃え移り、やがて通りの向こうへも広がった。西と東の端城(はじろ)にも火矢が飛び、柵や櫓(やぐら)の下から煙が上がる。城兵が水桶を運び、火の移りそうな屋根を崩す一方で、櫓や土塁の射手(いて)はこちらへ弓を構えていた。


 間もなく、西の土塁の下にも火が入った。藁の燃える匂いが漂い、土の中から材の軋む音が聞こえてくる。関兵も狙いに気付いたらしく、柵際へ集まり始めた。


 そこへ成政の鉄砲が鳴り、関兵が身を伏せた。なおも矢が盾へ突き立つ中、土の下で支えが続けて折れ、土塁の裾が沈む。柵を支えていた土が滑り落ち、崩れた土と材木が浅い堀に重なって、兵が駆け上がれる斜面ができた。


 政虎が声を上げた。

「行くぞ! 続け!」


 千種勢(ちくさぜい)が崩れ口へ駆け上がった。上から槍を突き下ろされ、先頭の兵が斜面を転がる。後続も続いたが、狭い入口で関兵とぶつかり、前進を止められた。


 その脇では、利家が柵へ縄を掛けさせ、引き倒すよう命じた。

「勘十郎、引け! 入口を広げるぞ!」


 兵が一斉に縄を引くと杭が抜け、つながった柵が傾いた。別の箇所にも縄を掛けて入口を横へ広げ、政虎に続く兵が二列で上がれるようになった。


 その時、城内の離れた場所からも火が上がった。屋根の向こうが赤く染まり、少し遅れて炎が見えた。新九郎が入れた者の仕業かもしれないが、今は確かめる暇もない。


 西を守る関兵の何人かが消火に走ったものの、一部はすぐ戻ってきた。奥には新たな槍列(やりれつ)が作られ、最初の柵を越えた政虎も、その先で止められていた。


 利家が奥の守りを見た。

「十兵衛様、火だけでは崩れませぬな」

「ああ。すべての火を消そうとはしてないらしい」


 そこへ、本陣から伝令が駆け込んできた。

「十兵衛様! 久助様が東南から攻めかかりましたが、一度押し戻されております!」

「九郎はどう動いた」

「予備を回し、藤吉郎様には南を動かぬよう伝えております」

「分かった。久助には、そのまま攻め続けろと伝えろ」


 西でも押し合いが続いていた。関兵は消火に人を割きながらも、西と東南へ兵を足している。盛信はまだ全体を見ているらしい。燃える建物すべてを救おうとはせず、破られそうな守りを支えていた。


 そこへ、二度目の伝令が来た。

「東南の柵を破りました! 久助様が中へ入っております!」


 ほぼ同時に、城の奥から大きな鬨(とき)の声が響いた。西の関兵が振り返ると、その隙を逃さず政虎が踏み込んだ。

「押せ! ここで止まるな!」


 千種勢の槍列が前へ出た。利家の兵も広げた入口から入って横へ回ると、関兵の二列目が乱れた。後ろの兵も倒れた者を避けようとして詰まり、西の守りが割れた。


 俺は政基に指示を出した。

「弦十郎(げんじゅうろう)、九郎に西も突破したと知らせろ」

「本部も城内へ入れますか」

「彦九郎の後ろまで進める。先頭には出ない」


 政基(まさもと)と馬廻り(うままわり)を連れ、崩れ口から城内へ入った。足元には土と折れた材木が残り、兵が通るたびに斜面の端が崩れる。正吉(まさよし)たちが俺の周囲を固め、後ろでは政綱(まさつな)が柵を外して道を広げていた。


 中では、外から見ていた以上に火が広がっていた。外側の建物も、内から火が上がった屋敷も燃え、道へ火の粉が降ってくる。その中を関兵と橘兵が走り回っていたが、盛信の旗はまだ城の奥までは下がっていない。


 そこへ、本陣から使いが来た。

「九郎様より! 久助様は外郭を突破しました。予備はこれ以上投入せず、本陣に残すとのことです!」

「それでいい。戻れ」


 西と東南の両方の攻め手が城内へ入った以上、今すぐ予備を足す必要はない。光秀もそう判断したのなら、こちらから指示を変える理由はなかった。


 さらに奥へ進もうとした時、道の脇から武者が飛び出した。

「十兵衛! 父の仇!」


 武者の具足は焼け焦げ、片方の肩当て(かたあて)が外れかけている。こちらの旗を見つけたのか、槍を構えて真っ直ぐ突っ込んできた。


 俺は腰の短銃(たんじゅう)を抜き、武者へ向けて引き金を引いた。銃声とともに煙が目の前を塞ぎ、その向こうで武者が倒れる。手放された槍が土の上を滑り、足元近くで止まった。


 短銃を腰へ戻し、正吉から十文字槍(じゅうもんじやり)を受け取ると、俺は政基に尋ねた。

「弦十郎、今、俺を呼んだか」

「いえ、私ではございません」

「そうか」


 名を呼ばれた気はしたが、誰だったのか確かめる暇はない。正吉が倒れた武者を見ながら言った。

「今の者、十兵衛様を狙ってきたように見えましたが」

「手柄を狙った雑兵(ぞうひょう)だろ。それにしても、この南蛮の短銃はなかなか使えるな」


 誰だったのかはどうでもいい。盛信がまだ兵を動かしている以上、足を止めている暇はない。俺は倒れた男の脇を通り、奥へ進んだ。


 盛信の旗は少しずつ城の奥へ移っていた。西を抜かれても関兵は一気に崩れず、一隊を下げてはその先で槍を揃える。東南から一益の兵が近づけば、そちらにも兵を回していた。消火も、兵の通る道を塞ぐ火に絞っているようだった。


 また伝令が来た。

「東南で一度押し返されましたが、久助様が別の道から回っております!」

「九郎の指示は」

「今いる兵で攻め続けるようにと。南の兵は動かしておりませぬ」


 東南へ兵を寄せて一益を止めれば、西が薄くなる。そこへ政虎が食い込み、利家が横道を押さえる。西へ兵を戻せば、今度は東南で一益が進む。片方なら止められても、両方を同時には止められない。


 最初から狙っていた形になった。


 それでも関兵は潰走しなかった。曲輪を一つ捨てるたび、退く兵を先に通し、残った者が槍を揃える。政虎の兵を受け止め、押されればまた下がる。その退き方にも、指図が通っていた。


 俺は政虎へ声を飛ばした。

「彦九郎、追い過ぎるな!」

「分かっておりまする! 奥へ退く道だけ詰めます!」


 その時、西の端城から関家の旗が煙を割って進んできた。盛信が太刀を振るい、退こうとする兵を押し戻している。政虎の前へ出た橘兵が首元を斬られ、続いた兵も胴を払われて柵際へ倒れた。


 政虎が盛信へ声を張り上げた。

「中務大輔、まだ抗うか!」

「千種の彦九郎か! 小僧どもの先に立ち、死にに来たか!」


 盛信が政虎へ斬りかかった。穂先(ほさき)を太刀で払い、そのまま踏み込む。刃が政虎の肩の具足を削ったが、政虎は下がらず、盛信の脇腹へ石突(いしづき)を打ち込んだ。


 盛信の身体が揺れた隙に、政虎が穂先を返して突いた。だが、盛信は太刀で弾き、再び前へ出た。


 政虎が、右から迫る関兵を利家に任せた。

「又左衛門! 右を止めよ!」


 利家も配下の槍兵へ命じた。

「彦九郎殿の脇へ入れさせるな!」


 利家が槍兵を横へ向け、迫る関兵を受け止めた。その間に盛信が兵の間を割り、利家へ斬りかかった。利家は槍の柄で一撃を受け、身を引いて二撃目を避ける。太刀が空を切ったところへ穂先を突き返し、盛信の腿を裂いた。


 盛信の足が止まると、政虎が踏み込んで肩口へ槍を突き入れた。具足の隙間から血が流れたが、盛信は倒れず、太刀を横薙ぎに振って政虎を退かせた。


 岩間七郎左衛門《いわましちろうざえもん》が兵の間を割って入り、盛信へ叫んだ。

「殿、内へ!」


 七郎左衛門が政虎の追撃を槍で止め、関兵二人が盛信を左右から支えた。盛信は、その手を振りほどこうとした。

「離せ! まだ終わっておらぬ!」

「東の端城も破られます! ここで果てられては、兵が持ちませぬ!」

「七郎左衛門(しちろうざえもん)!」

「お叱りは後で受けます。殿を中へ!」


 七郎左衛門は殿軍(しんがり)をまとめ、盛信を中央の郭へ退かせた。


 追おうとする政虎を、利家が槍を差し出して止めた。

「彦九郎殿。久助殿の兵も入りました。先にこの端城を固めねば、味方同士でぶつかります」

「……又左衛門、道を広げよ。勘十郎と後続を入れろ」


 東の端城からも、一益と益重の兵が中央へ押し始めていた。火はさらに広がり、燃え落ちた屋根が道を塞いでいる。迂回しようとすれば、西か東南から入った橘兵の近くを通るしかなく、盛信が使える道は一つずつ減っていった。


 やがて盛信の旗が中央の屋敷へ入った。盛信も肩口から血を流しながら、担がれずに自分の足で歩いていた。西と東南の兵は間隔を詰め、南は秀吉が押さえている。城外にも可成の包囲があり、関兵はまとまって打って出てこなくなった。


 俺は政虎に、屋敷の周囲を押さえるよう命じた。

「彦九郎、火の回った屋敷へ兵を入れるな」

「周りを塞ぎまする」

「久助にも、同じように伝えろ」


 しばらくして、屋敷の中から抵抗の音が消えた。


 中へ入ると、盛信が奥の一室に座っていた。障子は何枚か外れ、外の炎の照り返しが天井を赤く染めている。遠くで屋根が落ちるたび、座敷に埃が舞った。具足は血に濡れ、傷を負った腕もほとんど上がらない。その傍らには七郎左衛門が座っていた。


 誰もすぐには口を開かず、外で燃える音だけが座敷に届いていた。


 盛信がこちらを見た。

「これまでか」

「降るなら、ここで攻撃を止める」

「今さら降れと申すか」


 盛信は血に濡れた袖へ目を落とした。

「西も東南も破られ、火まで回った。もう兵を動かせる道は残っておらぬ」

「それでも、随分粘ったな」

「褒めても何も出ぬぞ」


 盛信は口元をわずかに緩め、俺へ顔を向けた。

「橘、初めから亀山を残す気はなかったのか」

「残すかどうかは、後で決める」

「結局、最後まで答えを濁すのか」


 七郎左衛門が横へ寄ってきた。盛信は刀に手を伸ばし、七郎左衛門へ声を掛けた。

「頼む」

「御供いたします」

「そこまでは頼んでおらぬ」

「某が決めることにございます」


 俺が口を挟む話でもなかった。


 盛信が腹へ刃を入れると、七郎左衛門が介錯(かいしゃく)した。七郎左衛門は首の落ちた盛信の身体を横たえ、その脇へ座り直したかと思うと、止める間もなく自分の喉元へ刃を入れ、前へ倒れた。畳に広がった血が床板の隙間へ落ち、外では柱の焼け落ちる音が続いていた。


 盛信の死で関兵のまとまった抵抗は途絶えたが、火の向こうから武器を持って出てくる者はまだいる。こちらへ刃を向ける者を助ける理由はない。だからといって、追うために燃える建物へ兵を入れる必要もなかった。


 俺は各隊へ声を張った。

「火の回った場所から下がれ! 内蔵助には鉄砲と玉薬を先に出させろ! まだ通れる道だけ押さえればいい!」


 西から入った兵が、少しずつ城の外へ戻っていく。政虎は肩に浅い傷を負っていたが、自分で歩いていた。俺は政虎へ声を掛けた。

「彦九郎、大丈夫か」

「この程度なら問題ございませぬ。東南でも、敵のまとまった動きはもうないようにございます」

「千種勢の損害は」

「今、数えさせております。手負い(ておい)は出ましたが、崩れて逃げた者はおりませぬ」

「分かった。先に手負いの手当てをしろ」


 間もなく、一益と益重も外周を回って来た。益重が燃える東側を振り返り、一益へ声を掛ける。

「叔父上、東の端城にも火が回ります」

「兵を下げろ。残る物には構うな」


 一益は俺へ向き直り、東の封鎖について報告した。

「弥左衛門には道を閉じさせたままにします。逃げ出した兵が集まっても、包囲の外へは抜けられませぬ」

「朝までは、そのままでいい」

「東南の柵際でも、何人か討たれております。詳しくは明るくなってから調べます」

「頼む」


 火を避けて兵を下げても、包囲は解かなかった。城を出ようとする者は、武器を持っていれば止める。逃げた兵が集まり直さないよう、可成にも街道を閉じさせたままにした。亀山はなお燃えていた。


 本陣へ戻る途中、政基が追いついてきた。具足の汚れも拭っていない。

「十兵衛様、各方面の手負いの数をまとめております。西は今のところ十数人、東南も同じくらいかと」

「討ち死には」

「西で三人。東南はまだ確かめ切れておりませぬ。夜が明け次第、改めて数えます」

「分かった。無理に急がなくていい」


 途中で会った正利は、焼ける城を眺めていた。俺に気づくと、城へ目を向けたまま声を掛けてくる。

「関も、あっけなく終わったものじゃな」

「中務大輔は最後まで粘っただろ」

「あの男の話ではない。これだけ城も家も抱えておった関でも、崩れ始めれば早いものじゃ」

「そうなるように、周りから切ったんだよ」

「身も蓋もないの。それで、次は四日市の南か。それとも北畠か」

「まだ決めてない。まずは亀山の始末だ」


 夜明けとともに雨が降り始めた。雨脚は次第に強まり、焼け残った柱や土塀(どべい)から白い煙が上がる。火は弱まっているが、今から消して回る必要はない。兵はすでに城外へ下がっており、街道は泥に覆われていった。


 避難した者たちの仮小屋も、強まる雨に叩かれている。子供を抱えた女が屋根の下へ小走りに入るのが、遠目に見えた。その向こうでは、最後まで残っていた東南の櫓の骨組みが、大きな音を立てて倒れた。


 亀山城は、ほとんど使い物にならなくなった。焼け跡を片づけ、逃げた兵の扱いを決め、避難させた者たちの帰る先も考えなければならない。だが、どれも雨が上がってからでいい。

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