第97話 亀山を孤立させる
弘治三年(1557年)、六月下旬。
伊勢国、三重郡、江野、屋敷。
盛信との和睦は、あと一週間足らずで期限を迎える。
亀山からの報せは、ここ数日で増えている。城へ運び込まれる米や荷駄が増え、周辺の家からも人が集まり始めたが、兵を北へ出した形跡はまだない。
こちらも四日市や多度で兵糧と荷駄を揃え、江野の各隊に支度を進めさせているが、兵はまだ領境へ寄せていない。去年結んだ和睦が続いているうちは、こちらから破る気はない。
だが、兵を出さずとも、期限までに手は打てる。去年は関宗家に峯、鹿伏兎、国府、鈴鹿郡の与力衆が加わって一度に動いたが、それぞれを分断し、退かせて勝った。
今度はこちらから亀山へ入るため、周囲に同じ連中が残っていれば、その対応にも兵を割かなければならない。戦になる前に、関宗家から切り離せる相手は切り離しておきたい。
座敷では、継潤が絵図の脇に書付を並べていた。受け取った日付を記した木札を確かめ、新しい報せで状況が変わったものは脇へ除けていく。その隣には、各隊の兵数を記した書付も置かれていた。
去年の戦で減った兵は補ってきたが、以前と同じ数に戻すだけでは足りない。新しく取った土地から米も銭も入るようになった分、守る場所も増えたため、その後も募兵を続けていた。
今、江野で抱えている兵は二千。第一大隊の利家、第二大隊の成政、第三大隊の秀吉がそれぞれ三百。一益に臨時で預ける三百と本部の百を合わせて、千三百となる。残る七百のうち三百は忠治に預け、四百を江野の守りに残す。
江野の兵に加え、可成と範者がまとめる員弁勢六百、菰野の六百、千種の五百も使える。これだけ揃えても、城を取るたびに主力を留めていては、亀山へ進めなくなる。
俺は絵図の三城を示し、可成に命じた。
「三左衛門。三郎左衛門の三百と、お前と主計頭が率いる員弁勢六百で、小川、白木、小野を落とせ。三城を一人に任せず、手分けしてかかれ」
「三郎左衛門に一城を任せ、残る二城は某と主計頭で一城ずつ受け持ちます。五郎右衛門には亀山へ抜ける道を押さえさせ、彦左衛門には開城後の始末を任せます」
「それでいけ。城を受け取ったら、後は彦左衛門に任せて本隊を先へ進めろ」
可成が請け合うと、継潤は絵図で三城から亀山へ続く道筋を確かめた。
俺は続いて四日市の札を指し、継潤に命じた。
「和睦が切れたら、四日市の兵を津賀へ出せ。津賀城を落としたら、城を解体して引き上げろ。兵を残す必要はない」
「承知しました。四日市へ伝えておきます」
「多度には、員弁へ送る兵糧と荷駄をまとめさせろ。三左衛門たちが前へ進んでも、補給を途切れさせるな」
「多度から員弁へ送る手筈も整えておきます」
北から亀山へ進む道を確かめると、俺は絵図の菰野へ指を移した。
「善祥坊、小岐須には別に手を打つ。久助、儀太夫、弥左衛門を呼んでくれ」
小岐須を預かっているのは、小岐須常陸守盛光だ。
一益、益重、元家が入ると、俺は菰野の札を益重と元家の前へ動かした。
「久助、菰野の六百は儀太夫と弥左衛門に預けろ。お前は俺のところへ戻り、江野の三百を率いろ。臨時の第四大隊として動かす」
「大隊として動けるよう、三百を組み直しておきます」
「儀太夫、弥左衛門。常陸守には、もう一度だけ開城を勧めろ。それでも拒むなら落とせ。城が落ちれば、逃げる兵まで追う必要はない」
小岐須は亀山を守るための城で、国府や鹿伏兎、峯とは立場が違う。盛光には、関家から離れて自分の所領だけを守る道はない。開城を拒むなら、兵で落とすしかない。
俺は亀山を囲む三城へ目を戻し、継潤に続けた。
「国府と鹿伏兎は調略を進め、峯には俺が主力を入れる。三方の調略は期限までに片付けるから、藤吉郎にも江野で出陣の支度を整えさせておけ」
「承知しました。第三大隊三百を、すぐに動かせるようにしておきます」
「和睦が切れたら、その三百を亀山の南へ入れ、鈴鹿川の渡しを押さえさせろ。そこに、後続の兵も入れる広さの陣城を築かせる」
「では、普請に使う資材と荷駄も、先にまとめさせます」
継潤が指示を書き留める間、俺は絵図の脇に残っている国府、鹿伏兎、峯の札を見た。この三城もこちらに従えば、亀山を囲む形はほぼ整う。
国府を治めているのは、国府佐渡守盛邑だ。俺が絵図の国府を指すと、一益が口を開いた。
「佐渡守なら、話を通す伝手があります。兵を連れずに行けば、今でも会えましょう」
「なら、久助が行ってくれ。話が付くなら臣従まで決めろ。橘に従ったら、和睦が切れ次第、亀山へ通じる道を閉じさせる」
「それなら、国府を攻める兵も要りませぬな。甲賀の者を一人借ります」
「今、甲賀は何人使ってる」
「五人です。うち二人には、亀山の米蔵の出入りを見張らせております」
「増やす必要はあるか」
「今のところは足りております。増やすかどうかは、鹿伏兎の首尾を見てからでも間に合いましょう」
鹿伏兎では、去年俺が定長を討ったことが障りになる。息子の鹿伏兎豊前守定秀が、俺とまともに話したがるとは思えない。だが、鹿伏兎には鹿伏兎左京進定義と坂蔵人定住もいる。俺が出向いて話をこじらせるより、他の者を通じて三人の考えを確かめた方がいい。
俺は鹿伏兎との交渉を光秀に任せた。
「九郎は鹿伏兎へ行け。おりんを付ける」
「豊前守殿に加え、左京進殿と蔵人殿にも話を伺います。豊前守殿が臣従を拒まれても、お二人まで同じ考えとは限りませぬ」
「そこを確かめてくれ。豊前守一人を降らせることに拘らず、鹿伏兎家を残す話を進めろ」
「承知しました。豊前守殿のお考えだけでなく、家としてどうするのかも確かめてまいります」
最後は峯だ。新九郎が以前から入れていた者を通じ、峯八郎四郎盛祐とは俺自身が会えるところまで話が進んでいる。ここは、直接出向いた方が早い。
俺は継潤に、留守の間のことを頼んだ。
「峯へは俺と新九郎で行く。善祥坊は江野に残って、三方の報せと出陣準備をまとめてくれ」
「国府と鹿伏兎からの報せは、十兵衛様が峯におられる間も届くようにいたします。各隊の支度も、こちらで進めます」
「頼む。俺が出た後のことは任せる」
期限が切れれば兵を出せるのだから、相手の機嫌を取るために臣従の条件を緩める気はない。
話がまとまりかけた時、少し離れて聞いていた正利が茶碗を置いた。
「十兵衛。峯にはわしも行くぞ」
「何しに」
「見るだけじゃ。去年あれだけ兵を出した家が、今度は何を考えておるのか興味がある」
「付いてくるなら、話には口を出すなよ」
「最初から出す気などないわ」
正利は橘の家臣ではないが、北伊勢の巡検へ連れ出した時と同じように、姿を変えて少人数の供に混ぜるなら支障はない。
翌朝、一益は国府へ、光秀はおりんを伴って鹿伏兎へ向かった。俺も新九郎と正利を連れ、峯を目指して江野を出た。交渉の場は別々でも、期限は同じだ。六月が終われば、今度は兵が動く。
* * *
国府――滝川一益
和睦が切れれば再び戦になるため、この時期に橘の使者を迎えたと盛信に知られれば、国府の立場は悪くなる。それでも盛邑が面会に応じたのだから、こちらの話を聞く気はあるのだろう。城外に残した甲賀の者からも、ここ数日、関方の使者が国府へ入ったという報せはない。
案内された座敷には、盛邑一人が待っていた。庭に面した障子は開け放たれ、蝉の声が絶え間なく届いてくる。年は四十を超えたあたりだろうか。白髪の交じった鬢を隠すこともなく、落ち着いて座っていた。
某が席に着くと、盛邑が切り出した。
「橘へ降れという話であろう」
「そのつもりで参りました」
「なら、条件を聞こう」
城も土地も兵も橘の支配に入るのだから、国府にとって軽い条件ではない。某は条件を述べる前に、従う理由から話すことにした。
「その前に一つ。中務大輔殿が亀山からいなくなった後、国府が備えるべき相手は誰になりましょう」
「まだ中務大輔殿は亀山におられる」
「今は、ですな」
「……何が言いたい」
「亀山が落ちた後、お隣に誰が残るかという話にございます」
「神戸か」
「そうなります」
神戸が国府へ攻め込むという報せはないが、亀山が落ちれば、国府は神戸への牽制となっている関宗家の後ろ盾を失う。
「神戸が国府へ兵を出すと決まったわけではあるまい」
「決まってはおりませぬ。ですが、中務大輔殿がおられなくなれば、神戸から何か求められても、国府だけで対処せねばなりません」
盛邑はそこで初めて、某が持参した書付を手に取った。読み進める途中で目を止め、こちらへ問いかける。
「国府家は残すが、国府を好きに治めることはできなくなる、ということか」
「その代わり、国府だけで兵を養う必要もなくなります」
「今年、すでに集めた年貢はどうなる」
「その分は取り上げませぬ。来年からは、橘の定めに従っていただきます」
「随分急ぐ話の割には、そこは緩いのだな」
「急いでいただきたいのは臣従の返事であって、年貢の引き渡しではございませんので」
盛邑は書付の最後まで目を通し、顔を上げた。
「従った後、最初に何を命じる」
「和睦が切れたら、亀山へ通じる道を閉じ、関方の兵と使者を通さぬようにしてください。まずは、それだけにございます」
「亀山を攻めろとは申さぬのだな」
「国府を味方に迎えるために参ったのです。最初の戦で国府勢を潰しては、意味がございません」
盛邑の口元がわずかに緩んだ。
「随分と損得で話す」
「某には、その方が分かりやすいので」
某は返事を急かさず、最後に一つ付け加えた。
「中務大輔殿が勝つと思われるなら、関方に留まってくだされ。ただし、亀山が落ちた後に臣従を申し出られても、今と同じ条件にはなりませぬ」
「……今決めた者と、後から来た者で扱いを分けるか」
「分けねば、今決める者がおらなくなります」
盛邑は硯を引き寄せ、書付に名を記して花押を据えた。これで国府を攻めずに済む。和睦が切れれば、亀山の東へ伸びる道も一つ塞がる。
城外へ出た某は、待たせていた甲賀の者を呼んだ。
「善祥坊殿へ先に報せを送ってくれ。国府の臣従が決まった」
「承知しました。亀山から国府へ人が来るかも、引き続き見ておきます」
「頼む。某は書付を持って江野へ戻る」
* * *
鹿伏兎――明智光秀
鹿伏兎へ入る前から、定秀本人を臣従させるのは難しいと考えていた。
昨年の戦で父の定長を討ったのは、賢政だ。どれほど理由を説いても、定秀にとって父を殺された事実は変わらない。確かめるべきは、その恨みを抱えて戦う定秀に、鹿伏兎家も従うつもりなのかということだった。
座敷には定秀と、弟の定義、叔父の定住が揃っていた。定秀は具足こそ着けていないが、膝を崩さずに座っている。三人が揃っているのは都合がいい。定秀だけでなく、二人の考えもその場で確かめられる。
定秀が、某に問いかけた。
「橘十兵衛は来なかったか」
「鹿伏兎との話を任され、某が参りました」
「父を殺した男と、同じ座敷に座らずに済んだのはありがたい」
「近江守殿の件を忘れていただきたいと申すつもりはございません」
「ならば先に言っておく。わしは橘には降らぬ」
「豊前守殿のお考えは承りました。その上で、鹿伏兎家について話をさせてください」
定秀は眉を寄せた。
「同じことであろう」
「豊前守殿が中務大輔殿とともに戦われることと、左京進殿、蔵人殿、御嫡男まで亀山へ入り、鹿伏兎家の命運を賭けられることは別にございます」
「わしだけ好きに死ねと申すか」
「皆様も同じお考えなのか、確かめたいのです。御嫡男まで亀山へお連れになるおつもりかも、伺っておきたい」
某が説き続けるより、二人の考えを定秀に直接聞いてもらう方がいい。
定秀は弟へ向き直った。
「左京進。おぬしはどうなのだ」
「兄上が亀山へ行かれるのを、止めることはできぬと思っております」
「聞いているのは、おぬしがどうするかだ」
「私は鹿伏兎に残ります。御嫡男まで亀山へお連れになれば、鹿伏兎の嫡流を失いかねませぬ」
「蔵人殿は」
「左京進殿とともに御嫡男を支え、鹿伏兎家を残すべきかと存じます」
定秀は二人の答えを聞くと、某へ向き直った。
「橘の条件は」
某は懐から書付を出し、三人の前へ置いた。定秀が手に取ると、定義と定住も両脇から覗き込んだ。
「父の城まで渡せと」
「城を手元に残したままの臣従は認められませぬ」
「城内の武具も渡せというのか」
「城とともに、軍用の槍、鉄砲、玉薬も引き渡していただきます。ただし、家に伝わる品まで取り上げるつもりはございません」
定秀は書付から目を上げ、弟に確かめた。
「この条件でも残るか」
「残ります」
「蔵人殿は」
「左京進殿を支えます」
しばらく誰も口を開かなかった。障子の外からは、蝉の声だけが届いてくる。自らは亀山へ向かい、嫡男を鹿伏兎に残して家を存続させるか。それを決めるのは定秀であり、某が代わりに答えを出すことはできない。
やがて、定秀が口を開いた。
「……ならば残れ。倅も鹿伏兎に残し、家督を譲る。左京進、おぬしが後見せよ」
「兄上は」
「わしは亀山へ行く。中務大輔殿を捨てて、橘へ頭を下げる気はない」
某は、定秀個人と鹿伏兎家の立場を分けて確かめた。
「では、御嫡男が家督を継ぎ、鹿伏兎家は橘に従うものとして話を進めます。和睦が切れましたら、鹿伏兎城と兵を引き渡していただきます」
「一つだけ違えるな。わしが橘へ降ったとは伝えるな」
「豊前守殿は臣従を拒み、亀山へ向かわれる。一方、御嫡男が家督を継ぎ、左京進殿と蔵人殿が支える鹿伏兎家は橘に従う。そのまま申し上げます」
「それでいい」
定義と定住には、鹿伏兎家を代表して書付に名を記してもらった。城を出ると、おりんに定秀が亀山へ向かう際の供の数と道筋を調べるよう頼んだ。和睦はまだ続いており、ここで定秀を捕らえれば、せっかくまとまった臣従の話まで壊してしまう。
* * *
国府と鹿伏兎で交渉が始まったのとほぼ同じ頃、俺も盛祐に会うため峯へ向かっていた。
道は途中から谷筋に沿って細くなり、片側の斜面には夏草が伸びていた。新九郎が話を通していたため、城内へも揉めずに入れた。正利は目立たない格好で供に紛れ、約束どおり俺の少し後ろで黙っている。
通された曲輪の奥では、まだ若い盛祐が待っていた。落ち着かないのか、膝の上で何度も手を組み直しながら口を開いた。
「橘殿の話は分かる。だが、中務大輔殿からは後詰を出すと聞いておる」
「何人来る」
「そこまでは聞いておらぬ」
「どこから来る」
「それも聞いておらぬ」
「誰が率いる」
「それは……聞いておらぬ」
三つ聞いても、具体的な答えは一つも出なかった。
「中務大輔が嘘をついてるとは言わない。だが、約束があっても、必ず兵が来るとは限らないだろ」
「されど、来るやもしれぬ」
「なら、いつ来るかは聞いてるのか。和睦が切れるまでに間に合うんだろうな」
「……そこまでは聞いておらぬ」
「それで待つつもりか。来なかった時は、峯をどう守る」
「……中務大輔殿は、後詰を出すと仰せになったのだ」
俺は新九郎に、兵の動きを確かめた。
「亀山からこっちへ向かう兵は」
「昨日まで、まとまった兵が峯へ向かった形跡はございません。亀山へ入る兵糧と人は増えております」
「八郎四郎。約束はあっても、今のところ峯へ向かう兵は見えていない」
「……亀山から回せる兵が、どれだけあるかも分からぬ」
「なら、今の頼りは、その約束だけだ」
盛祐は膝の上で組んでいた手を解いた。
「……確かに、後詰を当てにしてよいのかは分からぬ」
「なら、和睦が切れるまで待とう。その時までに来なければ、峯城と兵、支配権を橘へ渡し、従ってもらう」
「渡した後、わしや家の者はどうなる」
「人質は取らない。峯家として橘に仕えてもらう」
「本当にそれだけか」
「疑うなら、先に従った国衆に聞けばいい。同じ条件だ」
城だけ渡し、兵や土地の支配を手元に残すことは認められない。先に従った者との釣り合いが崩れるからだ。和睦が切れるまでに後詰が来なければ、城、兵、支配権を渡すという条件を書付にまとめ、盛祐に名を記させた。
正利は城を出るまで一言も口を挟まず、山道で人目がなくなると、ようやく笑った。
「中務大輔を裏切れとは言わず、後詰を待つ期限を決めて降らせるか」
「待つなら、いつまで待つかも決めておかないとな」
「わしなら、もう少し迷わせて焦らしたものだが」
「勘九郎のやり方だと、後で恨まれるだろ」
「恨まれても家は崩れんかった。それで、わしは長くやれたのだ」
「それで最後は長良川だろ」
山道を下ると、朝は霞んでいた田が日に照らされ、水面が細かく光っていた。正利の足取りも、城へ向かう時より幾分軽い。峯との話が付いた俺は、国府と鹿伏兎の交渉の結果を確かめるため、江野へ戻った。
* * *
和睦が切れるまで、あと二日となった。
関方の荷は亀山や周囲の城へ向かっているが、まとまった兵はまだ領境に現れていない。こちらが先に大軍を寄せれば、和睦を破るつもりだと騒がれる。今は兵糧と荷駄を揃え、進軍に使う道を確かめるに留めておけばいい。
正利が絵図の前で亀山へ続く道を指でなぞっていたので、俺は意見を求めた。
「勘九郎は、どう見る」
「まだ何とも言えん。戦には米が要るが、集めておるだけでは攻めるのか守るのか分からん」
「亀山へ集めた後の動きを見ろということか」
「そうじゃ。どの城へ何を回すのか、兵と荷の行き先を調べさせろ」
俺は新九郎を呼び、調べる範囲を伝えた。
「美濃との連絡は続けろ。その上で、関領へ入る荷と使者を追ってくれ」
「城ごとの出入りを調べます。まとまった兵が動けば、それも知らせます」
翌日の夜、新九郎が報せを持って戻った。裾には乾きかけた泥が付き、懐から取り出した書付の端も濡れていた。
「国府の佐渡守は正式に橘へ臣従し、和睦が切れ次第、亀山への道を閉じます。峯には、まだ後詰が来ておりません。鹿伏兎には左京進と蔵人が残り、豊前守は亀山へ入ったままです。小岐須は二度目の開城勧告も拒みました」
三方の交渉も小岐須の返事も、見立てどおりだった。国府は従い、鹿伏兎では定秀だけが亀山へ向かい、家は橘に従う道を選んだ。峯も、このまま後詰が来なければ、約束どおり門を開く。
俺は継潤に、政虎への指示を伝えた。
「彦九郎には、千種の五百を率いて鹿伏兎へ向かわせろ。和睦が切れたら左京進と蔵人から城と兵を受け取り、亀山との往来を断つ。関所と山道は、彦右衛門殿から借りる甲賀衆に任せろ。五百は城から離すな、と」
可成、益重、秀吉への下知は、江野を発つ前に済ませてある。四日市にも、和睦が切れ次第、津賀城へ兵を出すよう伝えてある。多度では兵糧と荷駄が揃い、可成たちの進軍に合わせて、すぐに員弁へ送り出せる。
あとは期限を待つだけだった。
* * *
和睦が切れた朝、各隊が動いた。峯には最後まで後詰が来ず、盛祐は約束どおり門を開いた。俺も本部を率いて城門をくぐった。
曲輪の手前で待っていた盛祐が、俺を迎えた。
「お待ちしておりました」
「ああ。約束どおり受け取る」
「はい。峯城と兵、支配権をお渡しいたします」
峯の兵たちは武器を置いたまま、その場に留まっている。橘の兵も手を出さず、彼らの脇を通って城内へ進んでいった。
盛祐が頭を下げた。
「中務大輔殿の後詰を、和睦が切れるまで待ちました。ですが、来なかった以上、これ以上待って峯を戦に巻き込むわけにはまいりません」
「分かってる。それでいい」
「……ただ、中務大輔殿へ刃を向けるつもりはございません」
「それも分かってる」
盛祐はもう一度深く頭を下げた。引き渡しが済むと、俺は城内を見て回った。門や蔵では、橘の兵が峯の兵から引き継ぎを進めている。ただ、朝から動いた他の隊がどこまで進んだかは、まだ分からなかった。
昼過ぎ、最初の伝令が戻った。
「小岐須は儀太夫殿らが攻め落としました。二度目の勧告も拒んだ常陸守殿は、打って出て討たれ、残兵は武器を置いたとのことです」
「儀太夫に伝えろ。武器を置いた者には手を出すな。蔵の中身と帳面を運び出してから城を焼き、始末が済み次第、菰野の兵を亀山へ回せ」
小岐須が落ちたことで、菰野の六百も亀山攻めに加えられる。
夕暮れが近づく頃、別の伝令が入った。
「小川と白木は門を開きました。小野は一度矢を射かけましたが、三左衛門殿が兵を寄せると、その日のうちに降ったとのことです」
「三城とも受け取れ。必要な始末を済ませ、主力は亀山へ回せ」
続いて、四日市からの伝令も到着した。
「津賀城は四日市勢が攻め落としました。城兵は散り、今は城の解体を進めているとのことです」
「分かった。解体が済み次第、四日市へ引き上げさせろ。津賀に兵を残す必要はない」
伝令は敬礼して下がった。これで小川、白木、小野はこちらの手に入り、津賀城も解体が済めば使えなくなる。国府でも、盛邑が約束どおり亀山へ通じる道を閉じていた。
北と西を可成が押さえる一方、政虎も千種の五百を率いて鹿伏兎へ入り、定義と定住から城と兵を受け取った。定秀は亀山に残っているが、鹿伏兎から鈴鹿への道は塞がれ、甲賀衆も鈴鹿の関所と山道を押さえている。南では秀吉が第三大隊三百を率いて鈴鹿川の渡しを確保し、後続を迎える陣城の普請を始めていた。
多度から員弁への補給も滞りなく続き、菰野の兵も小岐須の始末を終え次第、亀山へ向かう。国府、峯、鹿伏兎、小川、白木、小野、小岐須、津賀と、先に片付けておくべき城はほぼ片付いた。亀山へ兵を集める手筈も整っている。
あとは、本軍を亀山へ進めればいい。




