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近江の山奥から始める近代国家建設 〜転生田舎領主は戦国そのものを終わらせたい〜  作者: 近江もののふ
第三章 北伊勢戦役

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第94話 桑名の戦い

 弘治三年(こうじさんねん)(1557年)、春。

 伊勢国(いせのくに)、員弁郡(いなべぐん)、長深(ながふけ)街道。


 治田(はった)を発って一刻ほどで、前へ出していた偵察兵(ていさつへい)が戻ってきた。桑名衆(くわなしゅう)が郡境(ぐんざかい)を越え、員弁川(いなべがわ)沿いを西へ進んできたという。先行させていた片山勢(かたやませい)三百は、その先手三百余とすでにぶつかっていた。


 こちらの本隊は、まだ荷駄(にだ)を挟んで一本道を進んでいた。三千近い兵をそこから戦える隊形へ組み直すには、時間が要る。


 俺は可成(よしなり)を呼び寄せた。

「三左衛門(さんざえもん)。主計頭(かずえのかみ)に道を塞がせろ。本隊が展開するまで持たせればいい。無理はさせるな。持ちそうになければ下げていい」

「では、某が前へ出て指図いたします」

「ああ。勝つ必要はない。桑名衆をこちらへ引きつけておけ」


 可成は伝令(でんれい)を連れて前へ出た。片山勢を下げて森勢と入れ替える間に、本隊を左右へ開く。桑名衆が追ってくれば、森勢で正面を受け、両側から叩ける。警告を承知で郡境を越え、こちらへ槍を向けた以上、もう敵として扱うことに迷いはない。


 俺は利家と成政へ配置を伝えた。

「又左衛門(またざえもん)は左、内蔵助(くらのすけ)は右へ回れ。主計頭の退き道だけは絶対に塞ぐな」


 利家(としいえ)が頷いた。

「三左殿が正面で受けるなら、敵が寄ったところを横から叩けます」


 成政(なりまさ)も続いた。

「こちらも右から合わせます」


 俺は成政へ念を押し、秀吉にも指示を出した。

「鉄砲(てっぽう)は主計頭の隊が抜けてからだ。味方を撃つな。それと、藤吉郎(とうきちろう)。後ろは頼んだぞ。荷駄で道を詰まらせるなよ」


 秀吉(ひでよし)が請け合った。

「荷駄は脇へ寄せます。退いてくる兵も、前へ出る兵も通れるようにしておきます」


 号令が回ると、止まりかけていた隊列が動き始めた。第一大隊は街道を外れて左へ、第二大隊は右へ広がり、第三大隊は後続と荷駄を整理して道を空ける。菰野(こもの)、千種(ちくさ)、山口(やまぐち)の兵も、それぞれの持ち場で隊列を整えていった。


 前方から喊声(かんせい)が届いた。斬り合う兵の姿はまだ見えないが、森勢(もりぜい)の旗が前へ進み、片山勢の旗がこちらへ下がってくる。旗の間隔も退く速さも大きく乱れていない。片山勢は隊形を保ったまま、森勢へ前を譲っていた。


 前線から戻った伝令が報告した。

「桑名の先手は片山勢を追っております。三左衛門様は片山勢を下げ、森勢と入れ替えておられます。桑名の後続も前へ詰めております」

「又左衛門と内蔵助は」

「両隊とも、展開を終えております」


 ほどなく、右手で鉄砲が続けて鳴った。片山勢が射線を抜けたのだろう。正面では森勢が敵を受け止め、左から利家の隊が寄せていく。


 片山勢を追って前へ出た桑名の先手は、横への備えが薄かった。そこへ利家の槍が入り、隊列の端から崩れ始めた。


 押し戻された兵が後続にぶつかり、前へ出ようとする兵を止めた。川沿いの狭い道は、たちまち後ろまで詰まる。片側は川へ落ち込み、反対側には田畑との段差がある。横へ逃れようとする兵も道を外れるのに手間取り、その間に後ろから押されていた。


 揃っていた旗指物(はたさしもの)が入り乱れ、槍の折れる音に、馬のいななきと怒鳴り声が交じった。


 前線から、また伝令が戻った。

「第一大隊が伊藤方の宿老(しゅくろう)二人を討ち取りました。討ったのは神崎勘十郎《かんざきかんじゅうろう》様。討ち取った後も持ち場を離れておりませぬ」

「上出来だ。そのまま又左衛門の指図で動かせろ」

「第二大隊も右から押しております。倉梨源三郎(くらなしげんざぶろう)様の小隊は、味方の槍兵が前へ出るのに合わせて撃ち方を止め、射線を変えているとのことにございます」


 政綱(まさつな)は戦果を挙げても持ち場を離れず、政泰(まさやす)も味方の動きに合わせている。初陣でそこまでできれば十分だ。


 その間にも、桑名衆は先手を立て直せず、東へ退き始めていた。後続も列を組み直そうとしたが、退いてくる兵に押されて崩れた。やがて踏み止まる者もいなくなり、旗が郡境の方へ流れていった。


 一益(かずます)が、東へ退く旗を見て言った。

「追えば、さらに崩せますぞ。立て直す間を与えねば、桑名(くわな)まで押し切れましょう」

「まだ長深と大木(おおき)が残っている。深追いはしない。まず長深を落とす」


 追撃は郡境までに留めた。片山勢の負傷者を後ろへ下げ、可成に残った兵を組み直させた。第一、第二大隊にも大きな乱れはなく、追撃に出た兵も新たな損害を出さずに戻ってきた。


 川沿いには、折れた槍や脱ぎ捨てられた具足(ぐそく)が残っていた。秀吉がその脇へ荷駄を通し、軍勢はその日のうちに長深へ向けて再び動き出した。


 頼みの援軍が退いた今なら、六左衛門も考えを改めるかもしれない。城を包囲する前に、もう一度だけ返答を求めることにした。


 継潤(けいじゅん)が、使者へ渡す書付を確かめながら尋ねた。

「条件は、前と変えぬということでよろしいのでございますな」

「城を開け、武器と帳面を渡し、橘に従う。それで家は残す」

「大木も、長深の返答を見ておりましょうな」

「なら、なおさら変えない。長深だけ条件を緩めれば、大木も同じ条件を求める。これが最後の機会だと伝えろ」


 夕刻、使者が戻った。六左衛門の答えは変わらず、橘の兵が来れば迎え撃つという。条件を変えろとも、返事を待てとも言わない。そこまで決めているなら、こちらも待つ理由はなかった。


 俺は三人へ攻め口を割り振った。

「明朝から攻める。三左衛門は正面、又左衛門は南、内蔵助は東だ」


 可成が応じた。

「城兵は正面へ引きつけましょう」


 利家も続いた。

「南に隙ができれば、すぐ兵を入れます」


 俺は利家へ念を押し、成政にも指示を出した。

「無理にこじ開けるな。守りが薄くなったところへ入れ。それと内蔵助、味方の槍兵が寄ったら撃ち方を止めさせろ」


 成政が頷いた。

「槍兵が入るところでは撃たせませぬ。射線を変えて合わせます」


 俺は三人を見回した。

「先を競って兵を潰すな。それだけは守れ」


 翌朝、三方から長深城へ兵を寄せた。鉄砲と弩(ど)で土塁(どるい)の上を押さえ、槍兵が木盾(きだて)の陰から近づいていく。


 正面の喊声が大きくなるにつれ、城兵もそちらへ集まった。南の守りが薄くなり、利家の兵が城際へ詰める。東では槍兵が進むのに合わせて鉄砲が止まり、射線を変えた兵が別の位置から撃ち始めた。


 本陣から城内までは見通せない。動く旗と銃声、運ばれてくる負傷者、伝令の報告から、攻めの進み具合を確かめた。どの隊も、ほかの隊を置いて先へ出てはいない。


 城方も矢を返し、土塁へ取り付いた兵を槍で押し戻そうとしていた。だが、守兵の減った南では、利家の隊を押し返せなくなっていた。


 昼前、伝令が本陣へ駆け込んできた。

「又左衛門様の兵が南から城内へ入りました。三左衛門様の側も土塁際まで迫っております」

「内蔵助の鉄砲は」

「味方の突入を見て、すでに撃ち方を止めたとのことにございます」

「そのまま待たせろ。無理に前へ出さなくていい」


 南から入った兵が城内へ広がると、正面の守兵も下がり始め、可成の兵が土塁を越えた。ほどなく、六左衛門が主だった一族とともに討ち取られたとの報せが届いた。


 俺は城内を押さえるよう命じた。

「最後まで降らなかったか。武器と兵糧、帳面を押さえろ。蔵は先に封じておけ」


 継潤が尋ねた。

「大木へも今日中に使いを出しますか」

「いや、向こうから来る」


 夕方、舎人の使者が本陣へ入り、すぐに臣従を申し出た。

「舎人様は橘へ従うお考えにございます。城も開けます」

「武器と帳面を渡し、城兵にも武器を置かせろ。それで家は残す。従う者は組み直して使う」


 翌朝、大木城は開城(かいじょう)し、武器と帳面が引き渡された。舎人以下、家中の者に橘への臣従を誓わせる。これで梅戸(うめど)を除く員弁の城をすべて押さえ、俺は範者(のりもの)を本陣へ呼んだ。具足には新しい傷がつき、腕には布が巻かれている。片足を庇いながらも、誰の手も借りずに歩いてきた。


 俺は膝をついた範者へ告げた。

「顔を上げろ。員弁は取った。お前の罰はここまでだ」

「十兵衛様……」

「楽なところには置かなかった。それでも桑名衆を止め、三左衛門の下知どおりに退いた。兵を無駄に失わず、役目を果たした。働きは見ていたぞ」


 範者が顔を上げるのを待ち、俺は続けた。

「それと、お前の息子を俺のところで小姓(こしょう)として預かりたい。嫌なら断っていい」

「いいえ。必ず参らせます」


 これで遅参の咎は清算した。次からは、他の家臣と同じように働きを見て使えばいい。俺は範者へ次の役目を伝えた。

「お前は次も三左衛門の下だ。今度は罰ではなく、橘の家臣として働け」


 範者は深く頭を下げた。これで員弁で片付けるべきことは終わったが、郡境の向こうには桑名衆が残っている。ここで止まれば、城へ戻って散った兵を集め直す時間を与えることになる。立て直される前に、こちらから踏み込むつもりだった。


 * * *


 軍議(ぐんぎ)の卓に、桑名へ続く道と周辺の城を記した絵図(えず)を広げた。


 一益が東を指した。

「今なら、向こうが兵を城へ戻し切る前に動けます。退いた兵の行き先を確かめながら、主だった城から押さえていきましょう」


 継潤は川筋へ指を移した。

「桑名を押さえれば、多度(たど)へも道がつながります。ただ、川向こうへ逃げる兵も出ましょうな」


 俺は追撃の範囲を決めた。

「揖斐川(いびがわ)は越えるな。長島(ながしま)へ逃げた兵も追わせるな。願証寺(がんしょうじ)と事を構える気はない。六月末には中務大輔(なかつかさのたいふ)との和睦(わぼく)も切れる。桑名だけに何日も掛けてはいられない」


 急いでいても、町を焼き、商いまで潰せば、取った後に困る。城と兵を押さえ、港は使えるまま残したい。


 俺は攻め口を割り振った。

「東城(ひがしじょう)は又左衛門、西城(にしじょう)は三左衛門。三崎(みさき)は内蔵助だ」


 光秀(みつひで)が顔を上げた。

「残る城々はいかがなされます」

「藤吉郎、久助、彦九郎(ひこくろう)で分けろ。三城が片付いたら、三左衛門たちの兵も周りへ回す。開城して武器と帳面を渡せば家は残す。抗えば家も残さない。ただし、伊藤、樋口、矢部の三家は別だ」


 舎人は兵を向ける前に降ったが、三家は警告を無視して郡境を越え、こちらと戦った。同じ条件で受け入れるつもりはない。


 俺は絵図の矢田を指した。

「降った家の城も、原則として取り壊す。矢田(やだ)だけは開城するなら残せ。あそこは見張りに使う」


 条件を記した書付が各隊へ回り、軍勢は再び東へ進んだ。桑名の街道沿いには商家と蔵が並んでいたが、戸を閉めた店が多く、人足の姿も少ない。港には繋がれたままの船が目立ち、商人も船主も、橘の兵がどこまで踏み込むのかを窺っているらしい。


 町へ入って間もなく、正勝(まさかつ)が商人と船主たちを連れてきた。船を率いて桑名まで来た浄隆(きよたか)も一緒だった。


 正勝が皆に代わって口を開いた。

「皆、城が落ちた後を気にしてるんだ、橘。蔵も船も、自分たちの荷だけじゃない。京(きょう)や堺(さかい)から預かった品もある。そんな物まで戦利品にされたんじゃ、商いが立たん」

「町の蔵と船には手を付けさせない。必要なら番も置く。ただし、三家へ兵糧や兵を運ぶ船は止める」


 商人たちは互いの顔を見た。こちらが負ければ、兵糧を止めたことで三家から咎められる。勝てば桑名は橘の下に入る。どちらへ転んでも商いを続けたいのだろう。それで構わない。今は三家へ兵や兵糧を運ばなければ十分だ。


 正勝が続けた。

「川舟と、海へ出る大船じゃ押さえ方が違う。川舟と渡しは川並衆(かわなみしゅう)に見させればいい。大船は九鬼(くき)に任せた方が早い」


 俺は浄隆へ尋ねた。

「九鬼殿、船はどれほど連れてきた」

「大船が三艘(そう)、小舟が十余艘にございます。ほかに荷舟も幾艘か」

「十分だ。川舟と渡しは川並衆に任せる。九鬼殿は河口と港を押さえてくれ。長島へ向かう船も、こちらの岸を離れる前に止めろ。対岸までは追うな」

「承知しました」


 俺は桑名へ入る船の扱いも伝えた。

「戦が終わるまでは、入ってくる船も一度止めろ。行き先と積荷を改めて、岸で待たせればいい。荷は奪うな」

「では、川並衆と合図を決めておきましょう」


 俺は正勝へ向き直った。

「小六、頼む」

「ああ。九鬼の船と、どこで引き継ぐかも決めておく」


 正勝は浄隆と持ち場を決め、船主や商人へ話を通した。川並衆が渡しと川舟を押さえ、九鬼の船も河口と港へ回った。三家へ送る兵糧や軍用の荷は差し止め、商船は積荷を改めて待たせる。


 本部の兵は、渡し場と港へ通じる道、城から町へ抜ける道に配した。備えが整ったところで、三家へ最後の使者を送ることにした。


 俺は継潤へ条件を伝えた。

「城を開け、武器と帳面を渡せ。その上で、武左衛門(ぶざえもん)、治部少輔(じぶのしょう)、右馬允(うまのじょう)に切腹(せっぷく)を申し付ける。三人が責めを負って腹を斬れば、一族の者は助命する」

「三人が拒めば」

「家ごと潰す。だが、家臣や足軽(あしがる)まで同じ扱いにはしない。武器を置いた者を殺す理由はない」


 この条件は、桑名の他の国衆にも伝えさせた。当主が責めを負えば、一族は残す。だが、それを拒んでなお抗うなら、家ごと潰す。


 三城へ送った使者は、その日のうちに戻ってきた。

「三家とも、切腹には応じぬとのことにございます。開城もせず、兵を解く気もございませぬ」


 俺は翌朝の攻撃を命じた。

「なら、決まりだ。明朝、三城を同時に攻める。町へ火を移すなと、各隊へもう一度伝えろ」


 翌朝、桑名の各所で兵が動いた。東城、西城、三崎城(みさきじょう)へ主力を寄せ、周辺の城にも開城を求めた。


 先に降った城からは武器と帳面を受け取り、その家は残した。その扱いが伝わるにつれ、他の城からも開城を申し出る使者が来たが、三家は抗戦を続けていた。


 政基(まさもと)が報告を持ってきた。

「東城では又左衛門殿が一当てした後、守りの薄い側へ兵を寄せ直しております。西城からは兵が討って出ましたが、三左衛門殿が片山勢と山口勢で受け、押し返しているとのことにございます」

「三崎は」

「内蔵助殿が鉄砲で守兵を押さえ、槍兵を城際へ寄せております」

「三隊とも急がせるな。今日中に落とせればいい」


 周辺の城を受け持つ秀吉、一益、政虎からも報告が届いていた。


 秀吉の陣では、政孝(まさたか)が道と城ごとに報せを整理し、先に降った家の使者を次の城へ回していた。開城後の扱いは、こちらの使者が説くより、隣の国衆から伝えさせる方が早い。


 一益は城同士を結ぶ道と逃げ道を先に押さえていた。政虎は返答の期限を切って包囲し、開城した城には手を出さず、期限を越えて抗う城にだけ兵を向けていた。


 光秀が各隊からの報せをまとめて伝えた。

「藤吉郎殿の方では二城が開き、残る城も返答を急いでいるとのことにございます。久助殿の方でも一城が開きました。彦九郎殿の方は、まだ一城が返答を渋っておりますが、包囲を続けております」


 周りの城が降るにつれ、三家は孤立していった。兵糧も援兵も入らず、逃げる船や道も押さえてある。昼を過ぎる頃には、東城で利家の兵が城内へ入り、西城では討って出た兵が崩れた。三崎でも槍兵が城際の守りを破り、夕刻までに三城とも落ちた。当主と一族、直属の郎党(ろうとう)は捕らえさせた。


 俺は捕らえた者の扱いを指示した。

「三家の当主と一族、直属の郎党は東城へ集めろ。それ以外の家臣、足軽、徴発(ちょうはつ)された兵は分けておけ。武器を置いた者は組み直して橘へ入れる。町へ逃げ込んだ者も同じだ」


 武左衛門、正家(まさいえ)、右馬允と、その一族や郎党が、縄を掛けられて東城の一角へ集められた。


 俺が近づくと、武左衛門が顔を上げた。

「お前が、ぶさいもんか」

「……武左衛門だ。我らをいかがなさる」

「お前ら三家の者は、ここで焼く。一人残らずだ」

「……女子供までおるのだぞ」

「一人残らずと言った」

「……悪鬼の所業でござるな」

「三人が腹を斬れば、一族の者は助命すると言った。その恩情を断り、なおも戦うと決めたのは、お前らだろう」


 兵が三家の者を屋敷へ押し込み、外から戸と窓を塞いだ。軒先に火を掛けると、炎が戸板を這い上がっていった。


 俺は周囲を固めた兵へ命じた。

「町へ火を移すな。火の粉が飛んだら、すぐに消せ。桑名の町と港は、この先も使う場所だ」


 政基が水桶を並べさせ、周囲の屋根や蔵にも見張りを置いた。武具、兵糧、帳面はすでに運び出してあり、東城で火を掛けたのは、三家の者を押し込めた屋敷だけだった。


 武器を置いた家臣や足軽、徴発された兵は別の場所へ集め、書役(かきやく)に所属と役目を確かめさせた。使える者から橘の隊へ組み入れていく。


 周辺の城も順に処理した。降った家は残し、最後まで抗った家は取り潰した。城は武器と兵糧、帳面を運び出してから崩させ、火を使う場所には延焼を防ぐ人手を置いた。処置が済んだ城から、兵を引き上げさせた。


 継潤が城の一覧に目を通した。

「残す城は、ほとんどございませぬな」

「矢田だけでいい。桑名の政は役所で執らせ、兵は別に陣屋(じんや)を置いて詰めさせる。守る値打ちのない城へ、一つずつ兵を割く必要はない」


 矢田城には見張りの兵を入れ、ほかの城を押さえていた兵は順に町と街道の警備へ回した。町では閉めていた蔵が開き、止まっていた荷が動き始めた。渡し場にも人が戻り、港で待たせていた商船も、安全を確かめたものから通していった。


 集まった帳面を前に、俺は書役へ指示を出した。

「関銭(せきせん)と渡しの銭は、今までの額を変えるな。まず、誰が取り、どこへ納めていたかを調べろ。港では船主ごとに、舟の数と使い道を控えさせる。町の役人も今までの者を使え。問題が見つかった者だけ替えればいい」


 銭や荷の流れも分からないうちに、取り決めまで変える気はない。まず帳面と現場を調べ、銭を抜いていた者がいれば処置すればいい。東城からはまだ煙が上がっていたが、町では荷を担いだ人足が港へ向かって歩いていた。


 継潤が絵図の桑名へ目を落とした。

「これで一段落ですな」

「ああ。ただ、六月末まで、さほど間はない」


 俺は絵図の南へ目を移した。

「それまでに、四日市(よっかいち)の国衆(くにしゅう)には腹を決めさせる」

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