↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
近江の山奥から始める近代国家建設 〜転生田舎領主は戦国そのものを終わらせたい〜  作者: 近江もののふ
第三章 北伊勢戦役

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
104/139

第93話 金井の夜

 弘治三年(こうじさんねん)(1557年)、春。

 伊勢国(いせのくに)、三重郡(みえぐん)、江野(えの)、江野城。


 堺(さかい)から戻って数日が経った。城内では次の出陣に向け、武具蔵から運び出した槍(やり)や具足(ぐそく)を並べ、兵糧(ひょうろう)の俵に行き先の札を付けている。俺のところへ届く報告も、鉱山や市の話に交じって、員弁(いなべ)の兵や道に関するものが増えていた。


 その日も、勘次(かんじ)、平助(へいすけ)、虎松(とらまつ)をそばに置き、出陣に持ち出す荷の書付を確かめていた。ふと三人を見る。幼い頃から俺について走り回ってきたが、いつまでも小姓(こしょう)として後ろに控えさせておく歳ではなくなっていた。


 俺は書付を置き、三人へ声を掛けた。

「おい勘次。お前らもそろそろ元服(げんぷく)して、初陣(ういじん)に出る頃だよな」

「いきなり何だよ、若……十兵衛様」

「今、若って言ったな」

「言い直しただろ。で、今度は俺たちも戦に出るのか」

「ああ。そのつもりだ」


 勘次は平助と虎松を見た。二人も頷く。初陣を嫌がる様子はないが、平助は少し考えてから俺に尋ねた。

「十兵衛様は、初陣の時に怖くなかったんですか」

「俺の初陣か。鉄砲で殲滅(せんめつ)したから、特に何とも思わなかったな」


 勘次が平助へ顔を向けた。

「聞く相手を間違えたな」


 虎松も頷く。

「俺もそう思う」


 二人にそう言われ、俺は言い足した。

「朝明川(あさけがわ)では槍働きもしたぞ。ずっと後ろから撃ってたわけじゃない」

「そっちを先に言ってくれよ。何人斬ったんだ」

「お前はそこしか気にならないのか」


 虎松は悪びれもせず、勘次は面白がっている。平助もつられて笑った。


 俺は初陣の話を切り上げた。

「まあ、俺の初陣は参考にしなくていい。お前らは又左衛門(またざえもん)、内蔵助(くらのすけ)、藤吉郎(とうきちろう)のところへ一人ずつ入れる」

「えー、あいつらの下かよ」

「勘次、今度は言い直しもしなかったな」

「だって又左衛門なんか、昔から知ってるじゃねえか」


 虎松も口を挟んだ。

「藤吉郎だって、俺たちが小さい頃からいるぞ」


 三人にとって、利家も成政も秀吉も、昔から上役だった相手ではない。一緒に飯を食い、時には同じ場所で叱られていた頃も知っている。


 俺は勘次へ向き直った。

「昔から知ってることと、今、誰が兵を預かってるかは別だ。お前らもそろそろ上下関係を覚えろ」

「分かってるって」

「分かってるなら、あいつらなんて言わないだろ」


 勘次は何か言い返しかけたが、結局、口を閉じた。


 俺は三人を見回した。

「又左衛門たちも、昔はお前らと大して変わらなかったぞ。又左衛門は喧嘩っ早くて、内蔵助は負けず嫌い。藤吉郎は何かあるたびに、自分も役に立つって首を突っ込んできた」


 勘次が首を傾げた。

「今も変わってなくないか」

「性格はな。だが今は、あいつらが動けば三百人の兵も動く。敵が見えたから突っ込む、勝てそうだから全員を出す、じゃ済まないんだよ」


 平助が尋ねた。

「三人が何を見て兵を動かしてるか、覚えてこいってことですか」

「そうだ。兵の動かし方だけじゃなく、将としての心持ちも学んでこい」


 いずれ三人にも兵を預ける。その前に、勝つことだけでなく、預かった兵をどう扱うかも見てきてほしかった。


 勘次が待ちきれずに尋ねた。

「で、俺は誰のところだ」

「その前に元服だろ。お前ら、勘次と平助と虎松のまま初陣に出るつもりか」


 元服させるなら、通称(つうしょう)と諱(いみな)だけでなく、名乗る姓も決めなければならない。そこで、以前政秀(まさひで)から聞いた話を思い出した。


 俺は三人に、以前政秀(まさひで)から聞いた姓を挙げた。

「昔の橘家には神崎(かんざき)、早川(はやかわ)、倉梨(くらなし)という家があった。今はどの姓も家中に残っていない。お前ら、一つずつ選べ」

「じゃあ俺、神崎」

「俺は早川で」

「なら俺は倉梨だな」


 勘次、平助、虎松の順に決まった。俺は書付の余白に三つの姓を記す。

「次は名前だ。勘次は勘十郎、平助は小平太、虎松は源三郎でどうだ」

「今度は若が決めるのかよ」

「不満なら聞くぞ。諱は順に政綱、政孝、政泰を考えてる」

「急に真面目になったな」

「そこまで遊びで決めるか」


 数日後、三人は前髪を落とした。勘次は神崎勘十郎政綱《かんざきかんじゅうろうまさつな》、平助は早川小平太政孝《はやかわこへいたまさたか》、虎松は倉梨源三郎政泰《くらなしげんざぶろうまさやす》と名を改める。


 装束を整えて並ぶと、三人とも小姓だった頃とは違って見えた。だが、朝から神妙にしていた政綱も、俺と目が合うといつもの顔に戻った。


 俺は三人に配属を伝えた。

「勘十郎は又左衛門の第一大隊。源三郎は内蔵助の第二大隊。小平太は藤吉郎の第三大隊だ。今度の出陣から一緒に動け」

「十兵衛様。又左衛門のことも、これからは又左衛門殿って呼べばいいんだろ」

「俺の前だけじゃなく、本人の前でもな」

「面倒くせえな」

「その面倒くさいのを覚えてこいって言ってるんだよ」


 政孝が笑い、政泰もつられた。元服しても、三人のやり取りはいつもどおりだ。それでも次に戻ってくる時には、兵を預かる者の下で、それぞれ何かを覚えているだろう。


 * * *


 数日後、出陣を前に治田(はった)へ入った。


 江野の兵に加え、菰野(こもの)、千種(ちくさ)、山口(やまぐち)方面からも隊が集まっていた。城下の空き地には幾つもの隊が陣を取り、道脇には荷駄(にだ)が並ぶ。伝令(でんれい)の馬が来るたび、人足が荷を寄せて道を空けていた。


 各城と街道に守りを残しても、治田に集まった兵はおよそ三千。金井(かない)城だけを落とすには多い。だが、今回はその先の宇野(うの)、大泉(おおいずみ)、大木(おおき)、長深(ながふけ)まで進む。


 さらに東には桑名(くわな)がある。南の四日市(よっかいち)周辺にいる国衆(くにしゅう)も、こちらの戦いを見て態度を決めるだろう。まずは員弁東部をどう取るかが肝心だった。


 治田城(はったじょう)では、新たな隊が着くたび、人数と持ち場の報告が上がっていた。文を抱えた書役(かきやく)と廊下ですれ違い、軍議の部屋へ入る。主だった者たちは、すでに員弁東部の絵図(えず)を囲んでいた。


 員弁東部の動きを調べていた松雲軒(しょううんけん)が、絵図の金井城を指した。

「まずは金井がよろしゅうございます」


 城主は種村大蔵太夫高盛《たねむらおおくらだゆうたかもり》。さらに東には、宇野城の後藤右馬允実重《ごとううまのじょうさねしげ》、大泉城の三浦右衛門大夫氏実《みうらうえもんのだいぶうじざね》、大木城の大木舎人(おおきとねり)、長深城の富永六左衛門(とみながろくざえもん)がいる。


 俺は絵図を見ながら尋ねた。

「城主同士の仲が悪くても、橘勢が来れば手を組むか」

「その可能性は高いかと。特に大木と長深は、簡単には降りますまい」


 山口から金井までの道は、これまでも人や兵が行き来しており、可成(よしなり)もよく知っている。問題はその先だ。東へ行くほど道が枝分かれし、城同士を結ぶ細い道も増える。


 可成は絵図の一本を指した。

「金井までは兵を通せます。ただ、その先は道が多く、城から出る使いをすべて止めるのは難しゅうございます」

「金井を攻めてる間に、右馬允と右衛門大夫が話を合わせるか」

「あり得ます」


 秀吉(ひでよし)が、宇野と大泉を指した。

「なら、金井へ着く前に二城へも使いを出しましょう。三千が来たと知る頃に臣従の話も届けば、二家で相談する前に返事を求められます」


 成政(なりまさ)は金井城の印へ目を向けた。

「ただ、金井で手間取れば、二家も返事を延ばして様子を見るでしょう。金井が籠もるなら鉄砲を前へ出します。野へ出てくれるなら、城を攻める手間も省けます」


 利家(としいえ)も頷いた。

「某も、金井が外へ出てくれる方が助かりますな。三千を見ても出てくるなら、まとめて叩けます。城ごとに止められるより早い」

「又左衛門らしいな」

「某とて、何でも正面から突っ込むわけではございませぬぞ」

「昔なら言ってたかもしれないだろ」

「昔の話は勘十郎の前でせんでくだされ」


 少し離れて控える政綱は、聞こえていないふりをした。政孝と政泰もそのそばにいる。三人とも、絵図と話し手を交互に見ていた。


 一益(かずます)が桑名へ続く道を示した。

「長深と大木が落ちれば、桑名衆(くわなしゅう)には次は自分たちだと見えましょう。二城へ後詰(ごづめ)を出し、こちらを止めようとするやもしれませぬ」


 松雲軒も絵図の道をなぞった。

「長深へは、桑名からも道が続いております」


 桑名が動く可能性はある。俺が南側にも目を移すと、継潤(けいじゅん)が口を開いた。

「赤堀や田原も、此度の動きを見ておりましょう。ただ、三千をそのまま南へ進めるのは勧めませぬ」

「六月末か」

「はい。中務大輔との和睦が切れます」


 和睦が切れた後も、盛信が動かない保証はない。四日市まで取れば、各地の守りに兵を残すことになる。その状態で関へ向き直るのは避けたかった。


 俺は継潤へ頷いた。

「四日市へは兵を出さない。今回攻めるのは員弁東部までだ」


 光秀(みつひで)が、南の国衆について尋ねた。

「赤堀や田原には、いかがなさいます」

「員弁での戦を見せてから、まとめて返事を取る。刑部少輔を窓口にして、戦が片付いたら話を回させろ」

「田原家の庶流でございますから、まず田原へは話を通せましょう」

「赤堀にもそこから話を回せ。返事が揃ったら関へ向く」


 可成が、南側に残る山田城を指した。

「山田城はどうなされます」

「そこは先に潰しておこう。水沢の孫九郎と丹後守、それに平尾の安三郎へ使いを出せ。三人で落とすよう伝えてくれ」


 金井攻めの配置へ話を戻すと、範者(のりもの)が進み出た。

「先鋒(せんぽう)は某にお任せくだされ」

「主計頭、傷はもういいのか」

「とうに塞がっております。先の戦では役目を果たせませなんだ。此度は最後まで務めさせてくだされ」


 可成が範者を見た。

「先の遅れを取り返そうと、無理をする気ではあるまいな」

「任された役目を果たしとうございます。三左衛門殿の指図には従います」


 遅参の咎として、員弁を取り終えるまでは片山勢を最先鋒に立てると決めてある。傷も塞がったというなら、範者に務めさせよう。


 俺は範者に頷いた。

「先鋒は主計頭。三左衛門の指図で動け。又左衛門、内蔵助、藤吉郎はそれぞれ大隊をまとめる。本部の百人は俺の手元に残す」


 軍議を終える頃には、日が傾いていた。城下ではまだ荷駄が動いている。翌朝、この三千で金井へ向かう。


 * * *


 金井の夜――滝川一益(たきがわかずます)


 金井城から兵が出てくることはなかった。こちらが陣を整えていると、高盛の使者が目通りを願い出た。


 臣従の条件はすでに伝えてある。賢政は返答を聞くため、高盛を本陣(ほんじん)へ通した。某も同席した。


 高盛は僅かな供を連れて現れた。三千の兵に囲まれても落ち着いた様子で、座に着くと、城や兵の扱いより先に血筋の話を始めた。

「我らも伊庭(いば)の流れを汲む身。橘殿とは遠からぬ縁もございましょう」

「同族だからって条件は変えない。橘へ従うなら受け入れる。嫌ならここで滅ぼす。それだけだ」

「ならば異存はござらぬ。これよりは御家に従いましょうぞ」


 高盛は城を残せとも、兵を手元に置かせろとも言わなかった。臣従を申し出た者なら、自分の家がどう扱われるか確かめたがるものだが、高盛は何も尋ねない。


 高盛は自分の家の扱いを尋ねる代わりに、東の二城の話を持ち出した。

「宇野と大泉も、某が話せば降りましょう。右馬允も右衛門大夫も、三千を見て争おうとは思いますまい」

「そこまで話が通るのか」

「二家ならば。されど、大木は難しゅうございますな」

「舎人か」

「はい。あれは簡単には首を縦に振りませぬ」


 話が終わりかけると、高盛は今夜の宿まで勧めた。

「お宿も用意してございます。城内より落ち着ける屋敷がございますゆえ、そちらをお使いくだされ」


 賢政はその申し出を受けた。高盛が帰った後、某は気になったことを伝えた。

「十兵衛様。あの宿は、臣従が決まる前から整えていたことになります」

「三千も連れてきたんだぞ。最初から降るつもりだったなら、おかしくもないだろ」

「そうであればよろしいのですが。少し探らせます」

「久助が気になるならやってくれ。俺は宿へ入る」


 宿を先に用意していたというだけで、高盛を捕らえるわけにはいかない。とはいえ、勧められた屋敷へ賢政を入れる以上、守りは固めておきたかった。


 屋敷は城から少し離れていた。周囲には民家が建ち、細い道を挟んで塀や屋根が重なる。近くへ人が寄っても、先まで見通せない場所だ。某は政基(まさもと)に加え、益重と元家も警護へ回した。


 二人を呼び、守る場所を確かめる。

「今夜は警護を厚くする。何かあっても、宿を離れて追うな。十兵衛様を守ることを先にしろ」


 益重が答えた。

「表と裏に分かれます。弦十郎殿とも持ち場を合わせておきます」


 益重は宿へ向かい、元家は周囲の道を確かめに出た。某は別に新九郎(しんくろう)を呼び、高盛の屋敷と、そこへ出入りする者を探らせた。


 日が落ちてしばらくすると、新九郎から使いが来た。使いについて細道へ入ると、表通りの篝火(かがりび)はすぐに見えなくなる。月は出ているが、家と塀に遮られ、足元までは照らさない。


 高盛の屋敷の近くで、新九郎が待っていた。高盛の息子、種村弾正左衛門秀政《たねむらだんじょうざえもんひでまさ》が屋敷へ入るところも見たという。新九郎は声を落とし、奥の様子を伝えた。

「大蔵太夫と弾正左衛門が奥におります。家臣も何人か一緒です」

「話は聞けるか」

「近くまで寄れます。久助殿にも聞いていただいた方がよろしいでしょう」


 某は新九郎の後に続き、彼が通った所へ足を置いた。見張りが動けば塀の陰で待つ。勝手に道を選べば、小石を踏んで音を立てかねなかった。


 奥の一室へ近づくと、杯を置く音に交じって高盛の声が聞こえた。

「何が同族だ。あの小倅、我らを誰だと思っておる。伊庭の流れを汲む我らへ、降るか滅ぶかなどと」


 秀政が応じた。

「三千を連れて来ただけで、北伊勢を取ったつもりなのでしょう」

「六角の威を借りて大きくなっただけではないか」


 今度は別の者が言った。

「昼間はよく頭を下げられましたな」

「頭を下げるくらいで死ぬものか。城の前で意地を張るより、懐へ入れてしまえばよい」


 室内で何人かが笑った。高盛はさらに続けた。

「宇野と大泉も降ろせると申したら、疑いもせなんだ」

「若いのです。戦には勝てても、人を見る目までは持っておりますまい」

「宿にも素直に入った。今頃あの世よ」


 某は新九郎と顔を見合わせ、高盛の屋敷を離れた。本陣へ戻る道に出ると、遠くで松明(たいまつ)の火が幾つも動いていた。具足を着けた兵が宿へ向かって走り、その方角からは血の付いた刀を提げた者も戻ってくる。


 某は戻ってきた兵を呼び止めた。

「宿で何があった」

「十兵衛様が襲われました。敵は退け、十兵衛様は本陣へ移られております」


 新九郎とともに本陣へ急ぐと、賢政は無傷で座っていた。陣幕の外には兵が控え、政基たちの具足や袖には血が残っている。襲った者は一人も生き残らなかったという。


 賢政は某を見るなり尋ねた。

「久助。そっちは何か出たか」

「新九郎殿とともに、大蔵太夫と弾正左衛門の話を聞きました」


 某は二人が話していたことを、そのまま伝えた。幕の外では兵が行き来している。賢政は最後まで口を挟まず、報告が終わってからも、しばらく返事をしなかった。


 賢政は脇の刀を取った。抜くなり文机へ振り下ろす。刃が板に食い込み、書付が敷物の上へ散った。

「こけにしやがって。クソが」


 某が黙って待っていると、賢政は刀を引き抜き、顔を上げた。

「久助、種村親子を呼べ。何も知らせるな」

「承知いたしました」

「親父は久助、倅は儀太夫がやれ。弦十郎は俺のそばに残れ。弥左衛門は外を固めろ」


 高盛と秀政は、ほどなく本陣へ来た。裾には夜露(よつゆ)が付いている。陣幕へ通された高盛は、賢政と、周りに控える者たちを見回した。

「いったい何事でござるか」


 誰も答えない。高盛は間を置き、明日の話を始めた。

「宇野と大泉なら、某から話を入れられますぞ。今なら右馬允も右衛門大夫も逆らいますまい」


 秀政も話を継いだ。

「大木まで一度に動かすのは難しゅうございますが、まず二城を降ろせばよろしいでしょう」

「長深の六左衛門の方は――」


 高盛がそう言いかけたところで、某は間合い(まあい)を詰めた。刀を抜いて斬る。ほぼ同時に益重も秀政を斬った。


 高盛は声を詰まらせ、膝から崩れた。賢政が歩み寄り、その顔を見下ろす。

「何が同族だ。何が伊庭の流れを汲むだ。虫けらが。お前こそ一緒にするな」


 高盛の表情が変わった。屋敷での話を聞かれていたと、ようやく気づいたらしい。


 二人の処断を終えると、賢政は使者を呼んだ。

「金井へ伝えろ。種村親子は俺を殺そうとした咎で処断した。夜明けまでに城を開けろ。開かなければ攻める。宇野と大泉にも使いを出せ。右馬允と右衛門大夫は、すぐ本陣へ来い。来なければ同謀とみなす」


 三方へ使者が走った。


 夜明け前、金井から最初の報せが届いた。高盛の孫で秀政の子にあたる種村千代次秀信《たねむらちよじひでのぶ》が、父と祖父の処断を知り、家族と近しい者を連れて西へ逃れたという。


 金井城へ兵を入れさせたが、秀信の姿はなかった。賢政は大がかりな追手を出さず、城を押さえることを優先した。


 宇野の実重と大泉の氏実は、空が白み始める頃に本陣へ来た。高盛と秀政の首を見せると、二人とも言葉を失った。


 某は二人に問うた。

「大蔵太夫が十兵衛様を討とうとしたことは、知っていたか」


 実重が先に答えた。

「知りませぬ。橘へ降ったとは聞いておりましたが、そのような企ては聞かされておりませぬ。宇野も御家へ従います。城も兵もお預けいたします」


 氏実も頭を下げた。

「某も同じにございます。大泉は開きます。種村と同じとは見なされませぬよう」


 賢政は二人の臣従を認めた。

「分かった。城を明け渡せ。これからは橘の指図に従ってもらう」


 金井、宇野、大泉の三城は廃することになり、火が掛けられた。昼頃には三方から煙が上がった。近い金井からは濃い煙が立ち、宇野と大泉の方角にも細い黒い筋が見える。


 残る長深と大木へも、改めて臣従を求めた。長深からの返書には、橘勢が入れば迎え撃つとある。大木もこれに同調し、桑名へ使者を走らせたという。


 ほどなく、桑名を探っていた者が戻った。東城の伊藤武左衛門実房《いとうぶざえもんさねふさ》、西城の樋口治部少輔正家《ひぐちじぶのしょうまさいえ》、三崎城の矢部右馬允(やべうまのじょう)が動いていた。


 報告に来た者は、集まった兵の数も伝えた。

「武左衛門が治部少輔、右馬允にも声を掛け、九百ほどを集めております。まだ郡境(ぐんざかい)は越えておりませぬ」


 長深と大木が橘へ入れば、桑名衆は橘領と直接向かい合う。九百の兵は、それを避けるために集めたのだろう。ただ、まだ郡境(ぐんざかい)を越えていない。こちらから戦を仕掛ける必要はなかった。


 賢政はその日のうちに本陣を治田へ戻し、長深へ進む支度を始めた。


 翌日、桑名衆から使者が来た。座に着くと、長深と大木の扱いを持ち出した。

「両城が橘領となれば、桑名と直接境を接することになります。これまでどおり、両家を置かれるのがよろしいかと」

「員弁の仕置きを、桑名衆が決めるのか」

「桑名を守るための申し入れにございます。橘家と争いたいわけではございませぬ」

「なら、六左衛門と舎人に降るよう言え」

「橘勢が長深へ進めば、桑名衆も座視いたしませぬ」

「員弁へ兵を入れれば、桑名衆も敵として扱う。武左衛門らにそう伝えろ」


 使者はそれ以上言わず、治田を出た。


 継潤が絵図の二城を指した。

「長深と大木を残し、橘と直接向かい合わずに済ませたいのでしょう」


 某も、桑名衆が二城を間に置きたがっていると見ていた。

「ですが、ここで止まれば、兵を集めて脅せば橘は退くと思われます」


 賢政は長深城の位置を指した。

「郡境の向こうにいる分には構わない。予定どおり長深へ進む。桑名衆が越えてきたら、野戦で叩く」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。