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近江の山奥から始める近代国家建設 〜転生田舎領主は戦国そのものを終わらせたい〜  作者: 近江もののふ
第三章 北伊勢戦役

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第92話 五年待った南蛮の品

 弘治三年(こうじさんねん)(1557年)、春。

 伊勢国(いせのくに)、三重郡(みえぐん)、江野(えの)、屋敷。


 堺(さかい)のロドリゲスから、南蛮(なんばん)の品の大半が揃ったと文が届いた。あいつには五年前、堺で火縄銃(ひなわじゅう)を買った時に、いくつもの品を探してくれと頼んでいる。俺は文を最後まで読み、揃った品をもう一度確かめた。


 頼んでから何度も問い合わせたが、返事は「探している」「船を待っている」「まだ揃わない」の繰り返しだった。先月はとうとう、品が海に沈んだのならそう書け、ロドリゲスごと沈んだのなら諦める、と催促の文を送った。


 返事の末尾には、俺の催促への一言もあった。

『残念ながら私は沈んでいない。品も沈んでいない』


 元気そうで何よりだ。文を畳むと、座敷では継潤(けいじゅん)たちが、各地から届いた帳面を広げていた。


 継潤が数字の食い違う箇所を抜き出し、光秀(みつひで)が各村で使われていた升(ます)を調べている。忠治(ただはる)は、数字だけでは分からない古い取り決めや、以前の領主による年貢(ねんぐ)と土地の扱いを説明していた。玄以(げんい)は朝から村へ出て、現地の升や田畑(たはた)、水利(すいり)を確かめている。戻れば、その報告も帳面と照らし合わせる。


 俺はロドリゲスの文を光秀の前へ置いた。

「九郎、お前も堺へ来い。頼んだ品の中に、土地を測る道具がある。実物を確かめて、使えそうなら扱い方を覚えてくれ。戻ったら孫十郎(まごじゅうろう)と試してもらう」

「では、出立までに、村ごとの升の違いを帳面へ書き留めておきます。留守の間も、今どこまで調べたか分かるようにいたしましょう」


 光秀は文に目を通すと、脇へ置いて帳面の続きを書き始めた。継潤が、広げられた帳面と光秀を見比べる。

「九郎まで堺へ連れていかれますと、こちらは少々手薄になりますな」

「三郎左衛門(さぶろうざえもん)もいるだろ。孫十郎も戻ってくる」

「ですが、堺から新しい帳面仕事まで持ち帰られては、追いつきませぬ」

「それは品を見てからだな」

「増やさぬとは仰らないのですな」


 忠治まで笑っている。継潤の心配も分かるので、俺は留守中の連絡を頼んだ。

「善祥坊(ぜんしょうぼう)、急ぎで俺の決裁が要ることが出たら、使いを寄越してくれ」

「承知いたしました。帳面の照合は、留守の間もこちらで続けます」


 堺へは、一益(かずます)、政基(まさもと)、作兵衛(さくべえ)、光秀を連れていくつもりだった。ところが、堺行きを聞いた綾(あや)も、一緒に行きたいと言い出した。

「堺を一度見てみとうございます。十兵衛様からお話を聞くばかりでしたので、南蛮の品も実際に見てみたいのです」

「今回は戦じゃないしな。なら、一緒に行くか」


 綾によれば、小徳丸(しょうとくまる)は乳母(うば)と奥向きの女たちに任せられるという。翌朝、綾も一緒に江野を発ち、桑名(くわな)へ向かった。


 そこから先は九鬼(くき)の船で堺へ行く。江野へ本拠を移してから、船を使う機会も増えた。買った品を持ち帰るなら、陸路より運びやすい。ロドリゲスが何をどれだけ揃えたのか、倉で確かめるのが楽しみだった。


 * * *


 堺へ着いた午後、ロドリゲスとの約束まで少し時間があったので、綾と市を歩いた。明(みん)の絹や陶器(とうき)の隣に南蛮の硝子(がらす)器が並び、色鮮やかな布、薬種(やくしゅ)、香辛料(こうしんりょう)も売っている。俺が品に目をやる間、政基は後ろから周囲の人の動きを確かめていた。


 硝子玉を並べた店で、綾が足を止めた。赤や青、緑の玉を手に取って光に透かし、今度は穴に細い紐が通るか試している。


 綾が青い玉を光に透かしたので、俺も手元を覗いた。

「気に入ったのか」

「綺麗でございますね。ただ、穴の大きさが揃っておりませぬ。こちらには紐が通りますが、これは少し狭うございます」

「そこまで確かめるのか」

「身に付ける物ですから。紐が通らねば困ります」


 綾が選んだ青い硝子玉をいくつか買った。江野へ戻ったら、髪飾りに仕立てさせよう。隣の店では、柔らかい薄手の布を綾が見つけ、小徳丸の着る物に使うため、それも買った。


 俺がロドリゲスに頼んでいたのは、ポンプに測量道具、銃や大砲と、欲しい物ばかりだ。綾の髪飾りは買ったが、小徳丸の土産は布だけだった。


 俺は店先の品をもう一度眺め、綾に聞いた。

「小徳丸にも、何か買っていくか」

「まだ何を持たせても、まず口へ運ぼうとなさいますよ」

「そうか。あの硝子玉は、まだ危ないな」

「ええ。もう少し大きくなられてからにいたしましょう」


 小徳丸には、着る物に使う布をもう一枚買った。その後も綾は明の織物や小さな硝子瓶を見て回り、値を聞いては、江野へ持ち帰って使うかどうか考えている。俺も道具を買う時は同じだ。夫婦で堺まで来て、二人とも値と使い道ばかり気にしていた。


 約束の時刻にロドリゲスの倉へ行くと、一益たちは先に着いていた。俺と綾も席へ着く。


 ロドリゲスは懐から一通の文を取り出し、俺の前へ置いた。先月送った催促の文だ。

「私が沈んでいなくて残念だったか」

「品が揃ったなら、生きていてくれて嬉しいよ」

「五年掛けたんだ。少しは感謝しろ」

「五年待った側にも同情しろ」

「海の向こうの物を、何でも堺へ持ってこられると思うな」


 ロドリゲスは昔と変わらない。そばには、火縄銃を買った時にも立ち会った通詞(つうじ)が控えていた。俺とロドリゲスは直接話せても、道具の説明を作兵衛や光秀へ伝えるには通詞が要る。


 ロドリゲスが人足を呼ぶと、大きな木箱が運び込まれた。箱から出てきたのは、細長い木の筒と長い柄を組み合わせた道具。頼んでいた吸い上げポンプだった。


 作兵衛は筒の中を覗き、外せる箇所を順に確かめた。底と内部に付いた革の弁(べん)を見つけると、柄を少し動かして仕組みを追う。

「この革で水の戻りを防ぐのでございますな」

「江野で同じ物を作れそうか」

「筒は木地師(きじし)に頼めましょう。革も厚みを揃えて試せますし、軸や留め具は鍛冶で作れます。ただ、それで同じように水が上がるかは、動かしてみねば分かりませぬ」


 鉱山で使うつもりだったが、作兵衛の話を聞くと、まず江野の水場で試す必要がある。水を上げられる高さや弁の漏れを確かめ、革がどれほど傷むかも見たい。何人かで動かし続け、壊れた時に直せるかまで分かってから鉱山へ持ち込もう。


 俺は二基とも買うと決め、作兵衛へ伝えた。

「江野で動かしたあと、片方を開いて中の作りを控えてくれ。同じ物を作るのは、使えると分かってからだ」

「その方がよろしゅうございます。見た目だけ似せても、水が上がらねば使えませぬからな」


 次の箱には、土地を測る道具が入っていた。磁針(じしん)を収めた羅針盤(らしんばん)、糸に重りを付けた下げ振り(さげふり)、水平を確かめる道具、等間隔に印を付けた鎖。紙を固定する板と、定規、照準具(しょうじゅんぐ)も揃っている。


 方角や距離、高低を測り、その結果を紙へ記すための道具が揃っている。ただ、使う者が違えば、同じ場所でも数字がずれるかもしれない。


 光秀は通詞の説明を聞きながら鎖を床へ伸ばし、印の間隔を確かめた。

「鎖の張り方一つで、測った長さが違ってまいりますな」

「三組買おう。同じ場所を人を替えて測り、どのくらいずれるか確かめてくれ」

「戻りましたら孫十郎とも試します。某だけが使えても意味がございませぬ」

「ああ。数字を帳面へ書き残す方法も揃えてくれ」


 水平を確かめる道具は継潤にも見せたい。田畑に加え、水路や普請(ふしん)にも使えるかもしれない。光秀が通詞へ扱い方を聞き続ける間に、作兵衛は隣の木箱を開けていた。


 箱には細い鋸(のこぎり)、目の違う鑢(やすり)、小さな万力(まんりき)、穴を開ける錐(きり)、厚みや幅を測る道具が入っていた。作兵衛はその中から、螺子(ねじ)を切るための刃具を取り上げた。


 刃の形を横から確かめる作兵衛に、俺は尋ねた。

「それを使えば、螺子の寸法を今より揃えられるか」

「一本ずつ手で作る以上、まったく同じにはなりませぬ。ただ、同じ刃で切れば、今よりは揃えやすくなりましょう」

「なら、何本か作ってみてくれ。別々に作った螺子と穴が合うか試したい」

「へえ。そこまでなら、やってみましょう」


 別の箱には金属製の尺と天秤(てんびん)、分銅(ふんどう)があった。同じ部品を何百個も作るのは、まだ先の話だ。それでも、長さと重さの基準を決めて写しを作れば、別々の工房で寸法を確かめる時にも使える。升と同じように揃えられるか、江野で試してみたい。


 作兵衛が工具を確かめている間に、ロドリゲスが分厚い本を一冊持ってきた。開くと、炉やふいご、水車、鋳型(いがた)、大砲らしき物の図が細かく描かれている。文字は読めないが、図の横に何が書かれているのか知りたくなった。


 俺は本を開いたまま、ロドリゲスに聞いた。

「これは何語だ」

「イタリアの言葉だ」

「通詞に読めるか確かめてもらおう」


 通詞は何頁かめくったが、図の横の文章は読めなかった。

「商いで使っております南蛮の言葉とは違います。某には読めませぬ」


 ロドリゲスなら、堺に出入りする南蛮人からイタリア語を読める者を探せるという。その者に通詞が読める言葉へ訳してもらい、さらに日本語へ移せば内容は分かる。手間は掛かるが、読めないまま図だけで判断するわけにもいかない。


 俺は本を閉じ、ロドリゲスの方へ置いた。

「これも買う。読める奴を探してくれ。図の説明だけでも知りたい」

「翻訳代は別だ」

「五年待たせた分、安くしろ」

「待ったことと、訳す者に払う金は別だ」


 次に並べられたのは、厚みや曲がり方の違う硝子だった。俺は一つ手に取って光にかざし、ロドリゲスへ尋ねた。

「遠くを見る筒は見つかったか」

「またそれか。そんな物は知らん」


 五年前にも同じ答えだった。俺の覚えている年代がずれているのか、どこかにあってもロドリゲスの商いには入ってこないのか、今は分からない。完成品がないので、硝子と研磨用の皿、砥粉(とのこ)を買った。使えるレンズを削れるかは、江野へ持ち帰ってから確かめるしかなかった。


 俺が硝子を戻すと、ロドリゲスは小さな銃を卓へ置いた。火縄がなく、短い銃身の横には複雑な金具が付いている。輪燧式(りんすいしき)の短銃だ。


 通詞の説明によれば、鍵でばねを巻き、鋼の輪と黄鉄鉱(おうてっこう)を擦り合わせて火花を出す。その火を火皿(ひざら)の口薬(くちぐすり)へ移す仕掛けだ。


 作兵衛は説明を聞きながら、短銃の金具を覗き込んだ。

「時計に似た仕掛けが入っておりますな」

「部品が細かそうだ。買っても、いきなり壊すなよ」

「まだ買われてもおりませぬのに」

「買ったら開けるつもりだろ」

「開けねば、中が分かりませぬ」


 短銃と一緒に、予備のばね、鋼輪、巻くための鍵も買った。黄鉄鉱も見本をいくつか付けてもらう。江野へ戻ったら、まず銃の動きを確かめ、それから作兵衛に分解と組み直しを試してもらおう。向山(むかいやま)で出る物が黄鉄鉱の代わりになるかも、その時に調べればいい。


 次の箱には、同じくらいの大きさに割られた燧石(ひうちいし)が詰まっていた。二千個ほどあるらしい。原石と、形を整える道具も添えてある。


 俺は燧石を一つ取り、作兵衛へ渡した。

「今の短銃とは別に、この石で火を取る仕掛けも試したい」

「輪は使わぬのでございますか」

「ああ。石を打金(うちがね)へ当てる。火花を出せても、銃の火皿へ届かなきゃ使えないがな」

「また仕事が増えましたな」

「堺へ来る前から分かってただろ」

「ええ。もう諦めております」


 倉の奥からは、後装式(こうそうしき)の旋回砲(せんかいほう)が二門運び出された。短い砲身の後ろへ、火薬と弾を詰めた薬室(やくしつ)を差し込んで使う。船縁や砦に据える旋回台(せんかいだい)が付き、薬室も一門につき六個ずつある。


 薬室を取り替えれば、砲口から詰め直すより早く次を撃てる。ただし、砲身との継ぎ目から火や煙が漏れるという。どれほどのものか確かめるため、一門を港外れの海沿いへ運んでもらった。


 海へ向けて一発撃つと、砲口だけでなく、後ろの継ぎ目からも火と煙が噴いた。人が近くに立っていれば危ないのは一目で分かる。


 俺は砲の後ろを指した。

「薬室を入れる奴も、撃つ時はここから離さないとな」

「横も近すぎれば危ない」

「まず、人をどこに立たせるか決めてから使おう」


 倉へ戻ると、一益が二門分の薬室と付属品を数え、帳面へ記していた。

「二門とも買われるのでございますな。薬室は合わせて十二個、道具も付いております。船のどこへ積むか、船頭と相談いたします」

「頼む。まずは安全に撃てるようにしたい」

「火薬とは分け、運ぶ間に砲が動かぬよう積ませましょう」


 一益が砲の買い入れを帳面に書き加えると、ロドリゲスはまだ見せる物があると言って、俺たちを倉の裏へ案内した。


 そこには土を入れた木箱が並んでいる。一つの箱から蔓が伸び、葉の下には芋の一部が土から覗いていた。サツマイモだ。ロドリゲスは南方の港で種芋(たねいも)を手に入れ、堺へ運んでから箱に植えたという。


 蔓を見て、小学生の頃に学校の畑へ植えたことを思い出した。先生に言われるまま畝(うね)に蔓を寝かせ、節へ土を掛けた。水の溜まる所を避け、肥料をやりすぎるなとも教わった。秋に皆で掘った赤紫の芋まで覚えている。


 その記憶だけで江野でも育つとは言えないが、植え方には心当たりがある。一か所で失敗して全部駄目にしないよう、畑を分けて試したかった。


 俺は並んだ木箱を指し、ロドリゲスに告げた。

「持ってきた芋と蔓は全部買う」

「全部か」

「ああ。江野へ持ち帰って、いくつかの畑に分けて植える」


 サツマイモの箱の隣には、袋に入ったトウモロコシの種があった。カボチャと唐辛子の種も別々に包まれている。トウモロコシを見ると、焼いて醤油(しょうゆ)を塗った時の匂いを思い出した。食べるのは、まず育ててからだ。


 俺は通詞に、ロドリゲスから聞いたことを書き留めてもらった。

「それぞれ植え方と食べ方も聞いておいてくれ。種だけ持ち帰っても困る」


 政基は種の袋と芋の箱を見比べ、俺に尋ねた。

「江野では、どれほどの畑を使われますか」

「最初は狭くていい。育つと確かめてから広げる」


 芋の箱は土が乾き切らないようにし、船でもほかの荷の下にならない場所へ積ませることにした。


 品を確かめ終える頃には、通詞の書付にも道具や作物の説明が増えていた。江野へ戻ってからも、使い方を確かめたい品がある。俺は通詞に声を掛けた。

「お前、江野へ来る気はないか。南蛮人との商談や、道具と書物の説明にも力を借りたい」

「ありがたいお話ですが、堺には家族がおりますので……」

「家族まで移れとは言わない。江野に住まいを用意するし、必要なら堺へ戻れるようにする」


 一益が間に入り、江野にいる間の扶持(ふち)や堺との往復について通詞と話した。条件が決まったところで、俺は今日の本を指した。

「文を訳す時、読めない物は読めないと言ってくれ。あの本も、読める者が見つかってから頼む」

「それでしたら、お受けいたします」


 通詞が江野にいれば、南蛮の品を買うたびに堺で人を探さずに済む。商人も江野へ来てくれれば、毎回こちらから買い付けに出る必要はない。


 俺はロドリゲスを誘った。

「お前も江野へ商いに来い。他の南蛮商人にも声を掛けてくれ」

「何を買うつもりだ」

「品を見てから決める。商いをする場所はこちらで用意する」

「私は構わない。他の商人にも話してみよう。だが、伴天連(ばてれん)が行くことも認めるのか」

「来ることも布教も認める。橘領の規則に従うなら、だ」


 寺にも認めていない領民への裁きや、武装は許せない。伴天連は海の向こうと人や銭も行き来する。その扱いまで、先に決めておく必要があった。


 俺はロドリゲスに、伴天連へ伝えてほしい条件を話した。

「布教するなら、責任者と人数、住む場所を届けてもらう。改宗を無理強いするな。寺や社を壊すのも認めない」

「教えを広めること自体は構わないのだな」

「ああ。ただし、領民を勝手に裁くな。武器を集めて兵を抱えるな。罪人を匿うことも、役人の調べを拒むことも認めない」

「ずいぶん細かく決めるんだな」

「あとで揉めるよりいい。それから、橘の敵へ人や銭、武器、情報を流すな。人を売るのも禁止だ」


 ロドリゲスはそこで言葉を挟んだ。

「その二つを破ったら、どうする」

「死罪(しざい)だ」

「重いな」

「嫌なら来なくていい。領内で布教するなら、先に条件を知った上で守ってもらう」


 ロドリゲスは条件を聞き終え、伝えると答えた。俺は教会を建てる場合の場所も指定しておく。

「建てるなら、三嶽寺(さんがくじ)の跡を使わせる」

「寺の跡へ教会を建てるのか」

「今は焼け跡だが、土地は使える。建てる場所はこちらで決めると、伴天連にも伝えてくれ」


 続いて、江野で商売する者の条件を話した。南蛮商人も領内へ入るなら橘の法に従う。その上で、市や倉をどう使わせるかを決める必要があった。


 俺は、江野に倉と商館(しょうかん)を置ける場所を用意すると伝えた。

「市で売るのも、橘領内を動いて商うのも認める。ただし、領外で勝手に橘の名を使うな。必要なら別に許しを取れ」

「場所を与えられるのは、私だけではないのか」

「そんな約束はしてない。条件を飲む商人なら、ほかにも来てもらう」


 ロドリゲスは独占できると思っていたらしい。最初に動いた分の利益はあっていいが、江野へ入る南蛮品の値を一人に決めさせるつもりはない。


 俺はロドリゲスに告げた。

「お前が先に客を掴んで商いを広げるのは構わない。だが、後から来る商人を締め出す権利はやらない」

「競わせるつもりか」

「安くていい品を持ってきた方から買う。それだけだ」


 受け入れの条件が決まると、一益は江野での荷運びを気にした。

「戻りましたら、市から倉へ荷車を通せる場所を探します。道が狭ければ、今の市の荷まで詰まりますので」

「倉を置ける広さも確かめてくれ」

「桑名へ着く荷も増えましょう。九鬼にも先に話を通しておきます」


 商館の場所は、江野へ戻ってから一益が調べることになった。俺が倉を出る頃には、帰りの荷造りも進んでいる。ポンプの柄は縄で固定され、測量道具や工具は濡れないよう木箱へ収められた。一益は品を帳面と照らし合わせ、確認の済んだ箱から荷札(にふだ)を付けさせている。


 旋回砲と薬室を積む位置は船頭と相談し、火薬は別にした。種の包みも濡れない箱へ入れる。サツマイモは土を入れた箱のまま、人足が二人で持ち上げ、蔓を折らないよう港へ運んだ。


 船には、綾の硝子玉と小徳丸の布を入れた小箱も運び込まれる。来た時より、ずいぶん荷が増えた。江野で帳面を受け取る継潤の顔が浮かんだが、五年待った品を置いて帰る気にはならなかった。


 最後にサツマイモの箱が積まれた。港の風で揺れていた蔓が、ほかの荷に挟まれていないのを確かめ、俺も船に乗った。

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