第8話 セトーミ様はお優しいんですね
「……なかなか来ないな」
「ううう……。絶対にお客さんが来るなんて言って、ごめんなさい」
「まだ一日目だろう。気にするなよ。こういうのは最初のお客さんが付くまでが長いんだ」
「そういうものなのですね」
「誰かに見つけてもらって宣伝してもらえるまで仕方ないだろうな」
外の様子をうかがうと、すでに暗くなっている。このダンジョンはどういう訳か地上と同じように、昼間は明るく夜になると暗くなるそうだ。
客が来ず、しょんぼりと肩を落とすクリス。
俺はお店のことはひとまず脇に置いておいて話題を変えてみることにした。
「そういや、クリスがくれた魔石のスライムはどれくらいの大きさだったんだ?」
「掌に乗るくらいの大きさでした」
「ならば、これでいけるかもな」
俺はキッチンから例のモノを取り出した。その名もゴキブリスイスイ。
幸いなことに獲物はまだ一匹もかかっていない。
屋根を取り外し平らに広げてドアの前のダンジョン通路に置いてみたのだった。
◆
「クリス。今日の夕食はこれでいいか」
「もちろんです!」
俺は棚からイトメンのカップ麺を取り出した。
龍野しょう油を使った播州ラーメンだからお腹には優しいだろう。
ひょっとして、カップ麺にトラウマでも持ってしまったらどうしようと躊躇したのだが、当の本人は目を輝かせている。
「すぐ作るから……って、客に出すわけでもないし、クリスが作ってみるか?」
「はい! 初めての異世界のお料理、緊張しますが頑張ります!」
ふんすとばかり、両手で握りこぶしをつくるクリス。料理といっても、沸騰したお湯を内側の線の所まで注ぐだけにもかかわらず、気合満点だ。
この機会にクリスに電化製品の使い方に慣れてもらうのも悪くない。落ち込んでいるクリスの気晴らしにもなるだろう。
「ポットに浄水器の水を入れて沸騰させて」
「ここを押せばいいのでしょうか」
「そうだよ。沸騰したら、内側の線までお湯を注いでね」
「はい!」
クリスはきれいな銀髪をかきあげて、カップに顔を近づけると、慎重にお湯を注いでいく。目が真剣だ。
「内側の線、ぴったりです」
待つこと3分。
蓋≪ふた≫を開けると、しょう油ダシのいい香りがふわっと立ち上った。
ねぎと背脂風味の具材がシンプルに浮かんでいる。
「う~ん。美味しいです」
「なんかホッとするな」
少し濁り気味のスープは、甘めの醤油ベースであっさりなのにコクがある。
麺は細めの縮れ麺。カップ麺としてはしっかりした歯ごたえがあるのは、播州そうめんの技が活かされているらしい。
「そういやこっちでは、しょう油を使った料理はあるのか」
「高級品ですので、あまり一般的には出回ってないですが、探せばあると思います。それにしてもほんと美味しすぎます~♪」
クリスは、満足そうにスープも全部飲み干したのだった。
◆
二日目の朝を迎えた。
開店前にホイホイシートを確認すると、そこには手のひらサイズのスライムが一匹かかっていた。体はゼリーの様に透き通った水色。
体の中心には黒ずんだ魔石らしいものが透けて見える。
ところで、これどうしよう……。
仕掛けに獲物がかかった喜びもつかの間、腕組みをしつつため息を漏らす俺。
ダンジョンの魔物は殺して魔石を得るものらしいが、ホイホイシートにかかっているスライムは、「キューイ、キュッ、キュー」とせつない声で鳴きながら、プルプル震えている。
罠にかかった自分に起こる不幸を憂い、震えて情けを乞うているようにも見える。
なんだか殺すには忍びない。
「ここは元冒険者である私にお任せを!」
困っている俺を察したクリスが、俺を庇うかのように前に出たのだが……。
「や、やっぱり駄目です~!」
クリスが言うには、スライムと目が合ってしまったらしい。……って、スライムに目なんてあるのか?!
よく見ると体の真ん中に小さな黒い点が二つ付いている。おそらくこれが目なのだろう。
「ごめんなさい。やっぱりできません~」
俺が最初にもらったスライムの魔石は、クリスがうっかり踏みつぶしてしまったものだとか。クリスは故意に生き物の命を奪ったことは、今まで一度も無いという。それでよく冒険者が務まっていたと思うが、回復役とはそういうものなのかも知れない。
結局、俺はクリスと一緒に、スライムをダンジョンの通路にかえしてやることにしたのだった。
「キューイ!」
気のせいだろうか、スライムはお礼を言うように一度立ち止まって鳴いた後、元気よくダンジョンに帰っていった。
「あいつが、元気にダンジョンで暮らせることを祈ってやろう」
「はい。私もそれがいいと思います。あ、あの……セトーミ様」
「ん?」
「セトーミ様はお優しいんですね」
「え?」
「だから私にもあんなにもお優しく……い、いえ何でもないです」
そう言ってクリスは恥ずかしそうに下を向いてしまった。きれいな髪の毛先を指先でもてあそんでいる。
「クリス……」
「セトーミ様……」
そのまま、お互いちらちら顔を見合わせては目が合うたび、びくっと下を向く俺とクリス。
その時―--。
“トントントン”
店の扉をノックする音が聞こえた。
「おーい、開いてるか?!」
「返事がないなら、入っちゃうわよ~!」
ぎこちなく向かい合って俺たちに、待望のお客様が来てくれたのだった。




