第6話 一味唐辛子に鬼びっくり
「刺激物かも知れないけど、食べて大丈夫かな?」
「『シゲキブツ』のことは分かりませんが、この香りはスパイスですね。本当にこのような高級品を頂いてもいいのでしょうか」
クリスは七味の小瓶を手に取ると嬉しそうに顔をほころばせた。この世界では、香辛料が弱った胃腸によくないという考えは無いという。むしろ、薬膳料理のような位置付けらしい。
「私の体を気遣って、こんな高級スパイスを用意してくださるなんて、何てお礼をすればいいのか分かりません」
クリスは俺に頭を下げると、七味の蓋をとった。
「……ん? お、おい、ちょっと待てクリス!」
「はい?」
「い、いや別にいいけどね」
「おいひいですう~♪」
「ほんと大丈夫か?」
「この刺激がたまりません~♪」
真っ赤に染まったうどんを美味しそうに食べるクリス。
蓋を外して何度かふりかけた後、出ないと思ったのか、瓶の白いキャップを外して七味を直接投入している。かなりの量が入っているが平気そうだ。
「……あっ!」
「どうされましたか?」
「い、いや、何でもないよ」
「とっても美味しくて、お腹いっぱいです~」
七味じゃなくて一味だったことに気付いたのは、クリスが完食した後のことだった。
◆
「ふぁあ……」
うどんを完食したクリスは、眠そうに目をこすっている。
ふと時計を見ると、時刻は夜の10時過ぎ。
「俺はこれから風呂に入って寝るよ。クリスも後で入るか?」
「お風呂ですか?」
この世界では家に風呂があるのは貴族や大商人くらいで、一般の庶民は公衆浴場に行くらしい。年頃の女性でも、普段は皆お湯で体を拭くだけで済ますのだとか。
キョトンとするクリスを風呂場に連れていき、ひとつひとつ丁寧に説明した。
「この蛇口をひねれば水が出るんだ。赤い所がお湯で、青い所が水だよ。あ、それと、こっちのレバーがシャワーだから」
コクコクと頷くクリス。
どうやらこの世界も俺がいた世界と同じく「赤=熱い」「青=冷たい」の概念は共通のようである。
「それにしても、凄い魔道具です。せっかくですから、洗濯をさせてもらってもよろしいでしょうか」
「なら、ジャージの上と中に着る半袖の体操服も持ってくるよ」
「はい」
クリスは替えの服が無いらしい。ダンジョンに潜っている間は風呂に入らず、服も下着もずっと同じものを着けるのが普通なのだとか。
「ですから、女の子たちはダンジョンで素敵な人に出会ったときなんて、自分の臭いがばれないか、恥ずかしくて死にそうになるのです。特に2日目とか」
「2日目?」
「……あ! は、はうう……」
自分で言っていながら、急に恥ずかしそうにおどおどするクリス。
「俺はクリスに会ったとき、別に気にならなかったぞ。むしろ女の子のいい匂いがしていたような気がする」
「い、いい匂いですか?!」
「あ、変な意味じゃないから!」
「は、は、はう、はう、はうう……」
「大丈夫かクリス!」
「は、はい……シャーマン様にお会いできて……し、幸せな人生でした」
「おい! しっかりしろ! 何バカなこと言ってんだ‼」
ちょっと待て! なんで本当に死にそうになってんだ!
まさか一味の食べ過ぎか? だったら今回も俺のせいじゃないか。
俺は驚いてクリスを横にしたのだが、過呼吸症状に見える。息苦しそうにあえいでるし、手足にけいれんもみられる。
「ちょっと息を止めることができるか?」
クリスは頷いているものの、無理やり笑顔をつくっているように見える。
俺はクリスを横にさせた後、急いでスーパーのビニール袋を取ってきた。
なおも苦しそうなクリスの口に数秒あてては離すのを繰り返すと、程なくして顔色も戻ってきた。
「私のことなどお気になさらず早くお風呂にお入りください」
「ばか! クリスのこと、ほおっておける訳ないだろ!」
「は、はうう……」
「やばい!」
しばらくしてベットに寝かせると、クリスは小さな寝息を立ててそのまま寝てしまった。
ひとまず安心だと思うのだが、異世界人に過呼吸の対処法で大丈夫なのだろうか。
結局俺は、クリスの枕元で一晩中見守ることにしたのだった。
【瀬戸内グルメ:一味とうがらし】




