特別読み切り 二郎系ラーメン ~二人の距離は膝の上~
「よお、セトーミさんはいるかい?」
「メスカルさんお久しぶりです。お兄ちゃんなら奥ですよ。呼んできますね」
「沙樹ちゃんありがとう。おっ、お前も元気そうだな」
「キュイ、キュイ~♪」
この日も、店じまいのタイミングを見計らったようにメスカルがやって来た。
いつもの奥の席に腰かけるとテーブル席に腰かけるとキュイが嬉しそうに膝の上に飛び乗っている。
「お茶をどうぞ……もう、キュイったらすっかりメスカルさんに甘えちゃって。ご迷惑でしょ」
クリスは、湯呑みを置くと、体をプルプル震わせて嬉しそうなキュイを見て口を尖らせた。
「いやいやクリスちゃん、こんなになついてくれて嬉しいよ」
「そうなんですか?」
「迷惑どころか可愛くて仕方ないよ」
「男の人って、そういうものなんでしょうか」
「当り前さ。やっぱり距離が近いとより親密になれるもんなんだよ」
「距離ですか……」
「それより今日はいいものを持ってきたんだ」
メスカルはそう言うとテーブルの上に肉を置いた。
「きれいなお肉ですね」
「このレッドボアの肉は、丁寧に血抜きされてる極上品なんだよ。そこでセトーミさんなら、うまく作ってくれるんじゃないかと思ったんだ」
◆
沙樹に呼ばれでホールに行くと、冒険者のメスカルさんがお土産を持ってきてくれていた。
それにしても、いい肉だ。
(さてと……これは、アレをつくるに限るな)
俺は表面の脂を少し落とすとフライパンで全面に焼き目を付けた。
こうこれだけで、焦げた甘い匂いが広がっている。
「うわあ、いい匂い! お兄ちゃんひょっとして、チャーシューをつくるんじゃない?」
「そういや、お前、二郎系のお店でバイトしてたよな」
「うん。こう見えて厨房を手伝うこともあったんだから。ひょっとしてあのラーメン作るの? やった! 味付けは私に任せてね!」
「ジロウケイっていう異世界のお料理ですか?」
「クリスちゃん、それは出来てからのお楽しみ。中毒性のある味なんだから一度食べてみて」
「ち、中毒……。大丈夫なんでしょうか?」
心配そうなクリスをよそに沙樹は調味料をボールに入れてかき混ぜていく。
醤油、酒、みりん、砂糖、おろしにんにく、おろし生姜……。我が妹ながら、なかなか手際がいい。
「クリス、長ネギを持ってきてくれないか」
「はい。さっき刻まれてた白髪ねぎですね」
「いや香りづけに青い部分を使うんだ。あともやしも出してくれ」
「お兄ちゃん、ここは私たちに任せてもらっていいから」
「いいのか?」
「大丈夫だって。私とクリスちゃんでチャーシューや野菜作っとくから」
「それじゃ俺はお言葉に甘えて麺を調達してくるよ」
なんだか沙樹が企んでいる気がしないわけでもないが、ありがたく沙樹の言葉に甘えることにした。
俺は、キッチンを二人に任せ、お目当ての品を探すことにしたのだった。
◆
「さあ、麺がそろそろ茹であがるから、皆カウンターに座って」
「セトーミさん、いつも俺が座っているテーブルじゃダメなのか?」
「すみません。カウンターじゃないと雰囲気が出ないんですよ」
「店主さんがああいってるんだから、メスカルさん奥にどうぞ。クリスちゃんはこっち座ってね」
「はい……」
俺は丼に、熱々にゆで上げた太麺を入れていく。
「真ん中の小ラーメンの方、トッピングどうしますか?」
「ヤサイマシ、ニンニク少なめ、アブラで」
「はいよっ!」
「わあ。小盛りなのにてんこ盛りだね」
「何だか詠唱みたいだな。俺は、そうだな、え~っと……」
「メスカルさんフライングですよ。お店の人に聞かれてから答えなきゃ」
「そうなのか。色々と決まりがあるんだな」
「こほん……。では改めまして、奥の並盛りの方」
「あ、えーっと何だっけ?」
「そういう時はニンニクヤサイアブラカラメマシマシって言うんだよ」
「そんなの一度に覚えきれんぞ。ええい、もう全部マシマシで!」
「はいよっ!」
「うわっ、なんだこりゃあ。丼の中に山がそびえてるぞ!」
「では、こちらの小盛りの方は」
「はい、私はサトウ様の作ってくださるものならなんでもいいです」
「はい、お待ち!」
「ちょっとお兄ちゃん! 二郎系でコール無しなんて甘すぎるよ」
「すいません。私、ジロウケイなんて知らなくて……」
「クリスちゃんはいいの。それにしても……ふ~ん。ニンニク少なめ、ヤサイマシ、アブラ少なめか。お兄ちゃんクリスちゃんにだけ優しいんだから」
「おい、沙樹、変なこと言うなよ」
俺は、自分の丼の上にもやしを盛ると、厚切りチャーシューを載せ、背脂をちゃちゃっと振った。
「お兄ちゃんもせっかくだからお客さんとしてカウンターに座って食べたら」
「そうだな。クリスちょっと詰めてくれるか」
「はい……」
スープをすすってからチャーシューを一口。
「ズズズ……うほっ」
「お兄ちゃんたら、なに変な声出してんの」
「うるへー、美味すぎるんだよ」
この圧倒的なとろけ具合と濃厚な脂の甘み。口の中でひと噛みごとにゼラチン質が溶け出してくる。
「な、この肉極上品だろ」
「お口の中で溶けちゃいます~」
「私が炊飯器で早炊きしたんだよ。普通炊飯でするより圧力がかかって、柔らかくなるって聞いたことあったんだ。キュイもお食べ」
「キューイ」
「そういや、サトウさん。この麺、いつものとは違ってやけに太いな」
「なんか、二郎系の麺とは少し違うけど、これも美味しいよね」
「実は、生パスタがあったのを思い出したんだよ。二郎系っぽいだろ」
「なるほど、パスタか。もちもちしてて美味いな」
「さすがお兄ちゃん、いいアイデアだね」
「クリスの口に合えばいいんだけど」
「はい! とっても美味しいです。あっ!」
「ごめんクリス」
「きゃっ」
思いがけなく俺の肘がクリスの柔らかいモノにあたってしまった。
しかも、うろたえてレンゲを落としてしまったせいで、スープがクリスの膝にかかってしまうという二次災害まで発生。
「もう! お兄ちゃんったら何してるのよ」
「お前がもっと奥に詰めないからだろうが。狭くて肘が当たっちゃったんだよ」
「私の方こそすいません、すぐ着替えてきます」
「ごめんなクリス。クリスの分は作り直すよ。どこでも好きなところに座っていいからな」
「はい、ありがとうございます」
◆
「はふはふ……ちゅるっ」
着替えを済ませたクリスは、銀髪を耳にかけて麺をすすっている。
ラーメンが熱いのか、白いうなじが火照っている。
そして、どういう訳か、俺の膝には、むき出しの太ももと布にくるまれたお尻の柔らかな感触。
メイド服から半袖体操服とブルマに着替えたクリスは、なぜか俺の膝の上にちょこんと座ってラーメンを食べているのだ。
「あっ」
「いやごめん」
思わず見とれていたら、不意に振り返ったクリスと目が合ってしまった。
思わず下を向くと、女の子の甘い匂い。
「お兄ちゃんたら、そんなに見とれてたら、クリスちゃんだって食べにくいでしょ」
「ちょっと待て。それよりクリスに変なこと吹き込んだんじゃないだろうな」
「何言ってんのよ。クリスちゃんにどこでも好きな所に座っていいって言ったのお兄ちゃんじゃない」
「いや、それはそうだけど……」
「しかも、クリスちゃんにスープかけたのもお兄ちゃんだよね」
「はい……」
「こりゃ、サトウさんも腹をくくらないとな」
「キュイ、キューイ(^^♪)」
結局俺は、クリスが完食するまでの間、二人と一匹の生暖かい視線にさらされ続けたのだった。




