第48話 2度目は少し強引に
「くっ!」
「わっ、眩しいーっ」
店を出ると、抜けるような青空。
国道の向こうには、丼を伏せたような山々の向こうに讃岐富士がきれいに見える。
そして店には、クリスもキュイたちもいない。
「そうだ、スーツに着替えなきゃ!」
「私も急がないと!」
俺は誰もいない部屋に戻り、慌ただしく着替えると急いで出社した。
◆
「考え直す気は無いのかね」
「申し訳ありません。あくまで一身上の都合です」
「正直ショックだよ。君ほどわが社のうどんを愛している社員はいないと思っていたんだが」
「『さぬき製麺』のうどんが大好きな気持ちは変わりません。ですが……本当に私のわがままで……」
「わかった。これからも元気で頑張ってくれ」
「はい……うっ……」
俺は肩を震わせながら辞表を出し、本社を後にした。
(ふう……)
帰りは、琴電に乗らず一駅歩いた。
思い切り涙を流し終わったら、すっきりした。
店の前には、沙樹が待っていた。
「お兄ちゃん、どうだった? 私はバイトの面接、上手く行ったよ。明日から来て欲しいって」
「そうか。良かったな。俺の方は、すっぱり辞めてきたよ。でもそんなことより……」
「はいはい。どうせクリスちゃんの方が大事なんでしょ」
「うん」
「ホントはっきり言っちゃって。でも、お兄ちゃん何だか最近変わったよね。我が兄ながら、男らしくなった気がする」
「ほんとか? 自分じゃよくわからないんだけど」
「だって、お兄ちゃんって、お父さんとお母さんが離婚してから、人が変わったもん。特に女の人に対して、自分から壁を作ってたから心配してたんだよ」
「もう、その話はするなって」
「いや、でもこれだけは言わせて。お父さんもお母さんもそれぞれ新しい家族がいるからって、私を引き取ってくれたことは、今でも感謝してるんだ。でも、それと自分の結婚とか恋愛って別でしょ」
「そりゃ、まあそうだけど」
「女の子に好意を持たれても、いつも照れてはっきりしなかったよね。そんなお兄ちゃんが女の子に、堂々と”好き”って言うなんて考えられなかったよ」
「沙樹に随分背中推してもらったおかげだけどな」
「わかっているなら、よろしい。……で、こっちの世界のことはどうするの?」
「まあ、そこのところも、沙樹に上手くやってもらえれば。……なんてな」
「何それ! バカ兄! また私のこと巻き込む気、満々じゃない! さっき誉めて損した!」
「冗談だよ。いざとなったら行方不明として警察にでも届けてくれ」
「もう!」
「でも、お兄ちゃん。クリスちゃんからは本当に何も聞いてないの?」
「ああ。“大丈夫”って言葉だけだよ」
「それでホントに戻れる保証はあるのかなあ」
「クリスが言うんだから間違いないだろう。きっと理由があると思うんだ」
「そこまでお互いを信じてるんだ。わかったよ……。お兄ちゃんのことは、クリスちゃんに任せる。ちょっぴりやけちゃうけどね」
沙樹はそう言うとクルリと俺に背を向けた。
「なんか、お前には世話になったよな」
「うん。お世話しました。今更なにを当たり前のこと言ってんのよ。……それから、お兄ちゃん」
「何だ?」
「クリスちゃんのこと、泣かせたら承知しないからね!」
「大丈夫だ! 任せとけって」
「じゃあ、これでお別れかもな」
「私も覚悟できてるんだ」
「大丈夫。心配ないよ」
「うん。お兄ちゃんはともかく、親友で将来の義理の姉のクリスちゃんのことは、信じないとね」
涙を拭ぬぐう沙樹に背を向け、俺は店の引き戸を開けたのだった。
◆
「……セトーミ様!」
「クリス! ……って、おわっ!」
玄関をあけるなり、クリスが泣きじゃくりながら胸の中に飛び込んできた。
「詳しい説明もしなかったのに、私の言葉を信じて頂けるなんて~」
「正直、知りたいけど、クリスが言いにくいなら仕方ないよ」
クリスは、俺がなぜ元の世界からこちらに帰ってくることができたのか教えられないという。
「あ、あの……。幼いころから、私の願いは伝説のシャーマン様と幸せに結ばれることでした」
「俺なんてしがないサラリーマンなんだけどな」
「私にとっては、かけがえのない伝説のシャーマン様です!」
そう言って俺の体に必死にしがみつくクリス。理屈なんてない。とにかく俺にとっては、腕の中にある、どこまでも柔らかで温かい存在こそが全てだ。
「クリス。もう離さない。俺はお前を絶対一生、幸せにするからな」
「は、はうう……。ありがとうございま……っつ」
二回目の口づけは、ちょっと強引なものになってしまったのだった。




