第45話 流しそうめんは黒ラベル
「何よバカ兄、どこ見てんの!」
沙樹が、リビングの踏み台の上にはカレンダーをめくりながら、お尻を隠しつつ俺を睨んでいる。
「誰がお前の緑の縞パンなんて見るか!」
「やっぱ見てんじゃない、変態! しかもその発言自体がセクハラなんだからね!」
メスカルがスタンプラリーの景品としてつくったカレンダーには、スライムの親子が新緑の森で涼しげに水浴びをしているイラストが添えられている。ちなみに、モデルはウチのキュイとキューらしい。四季の変化が小さいダンジョンも、いつしか初夏を迎えようとしていた。
「そういや、こっちにも夏の風物詩とかあるのかな?」
「フウブツシですか?」
リビングの騒ぎにクリスがやってきて小首をかしげた。沙樹みたいに超ミニでもないメイド服が、ちょうどのバランスでよく似合っている。
「あ、いや。夏ならではの楽しみとかあるのかなと思って」
「う~ん。水浴びをするくらいでしょうか」
「水浴び? 泳いだりとかしないのか?」
「そんな、とんでもないです」
この世界では、漁師以外の人はほとんど泳げないらしい。当然水着などという文化はなく、男女問わず全裸で水につかったりするくらいだそうだ。
ということは……。
「ちょっと、お兄ちゃん!」
「え?」
「さっき、クリスちゃんの体見ながら、変なこと考えてたでしょ!」
「何言ってんだ!」
「そんな。シャーマン様がそんな目で……。はうう……」
「い、いやそんなこと考えてないから!」
うろたえながら我に返ると、目の前には耳まで真っ赤にしたクリス。
メイド服の胸元と脚元を隠している。俺ってここまで恥ずかしがられるような視線を向けていたのだろうか……。
「ほんとやらしい! 男のチラ見は女のガン見だっていつも言ってるでしょ! クリスちゃん、私の部屋に行こう」
「おい、ちょっと待てよ……」
沙樹は俺を無視すると、クリスの手を引いて二階にあがってしまった。
うまい言い訳が思い浮かばず、うろたえる俺の目に、頂き物の桐の箱が目に入ったのだった。
◆
「セトーミさん。注文の品はこれで全部だが、こんなの何に使うんだ?」
メスカルは積み荷の青竹をセーフティースペースの隅に運び終わると、俺にいぶかしげな視線を向けた。
「まあまあ。それより来週臨時休業にして、食事会をしようと思っています。メスカルさんたちもいかがですか?」
「そりゃ楽しみだ! ロゼとガイルを連れて、三人で来るよ!」
一週間後、臨時休業の店に、メスカルたち三人が来てくれた。
「セトーミさん、こりゃ一体どういう趣向なんだ?」
店内は、厨房から美人の湯まで半分に割られた青竹がつなげられている。この状況は、日本人以外にはなかなかピンとこないだろう。
「お兄ちゃん、もったいぶらずに早くはじめようよ」
「なんだか、わかりませんがワクワクしちゃいます」
「キュイ、キュイ~♪」
「キュー」
メイド服姿の沙樹と体操服姿のクリスが、お椀とお箸を全員に手渡したのを確認すると、俺はキッチンに行き蛇口を開いた。
「よし。それじゃ、流していくぞ」
「きゃっ! 取り損ねちゃいました~」
「おっと、ラッキー! お兄ちゃんどんどん流して~」
俺が、そうめんを流す度、店内から歓声が上がる。沙樹はともかくクリスたちが喜んでくれて何よりである。
「取ったぞ~!」
「ちょっとメスカルったら! ギルマスだからって、取りすぎなんですけど!」
「うるせー、弱肉強食とはこのことだ!」
「ずずず……うまい」
ちなみに、今流しているのは播州素麺『揖保乃糸』の黒帯(特級品)。他の素麺より麺が細くて舌触りがつるるん。 めんつゆもよく絡んで、流しそうめんによく合うのだ。
生産組合の皆さま、いつもありがとうございます!
しばらくすると、厨房にロゼがやってきた。
「セトーミ様には、私が食べさせてあげますね。あ~ん」
「高潔なシャーマン様に対して何をなさるのです! 必要以上に近付く行為はお控えください!」
「何よ! セトーミ様と何も進展してない人に言われたくないわ」
「な、な、なんですって~!」
「「ちょ~っと待った‼」」
今回も俺とメスカルが二人の間に割って入って事なきを得た。
そしてこの日、俺たちは桐の箱に入った最高級素麺を全部食べつくし、異世界の初夏を満喫したのだった。




