第41話 キュイのおめでたと新生児
王都から帰って来て半年が過ぎた。
ダンジョン『潮の廻廊』は、今やすっかり王都きっての観光名所になっている。
一階層から十階層までは完全に整備され、『ベース』と呼ばれる広大なスペースは、ギルドの支部や関連施設、宿屋や商店が立ち並び多くの観光客を受け入れている。
おかげさまで『さぬき製麺』も忙しい。そんな中、俺は従業員の体調が気にかかっている。時折冷や汗を浮かべたりして、具合が悪そうなのだ。
「ところで、メスカルさん、相談があるんですけど」
「どうしたんだ?」
「実は、キュイの様子がこのところおかしくて……」
「キュ~イ」
俺の膝の上で、弱弱しく返事するキュイ。どうも最近食べ過ぎなのか頑張り過ぎなのか、二回りほど大きくなったようで、苦しそうにしている。少し休ませるべきなのだろうか。
「おっ、これは“おめでた”だな」
「え?! まさか妊娠してるわけじゃ……」
「そのまさかだよ」
スライムは、小さい間は保護色で周辺に溶け込むが、ある程度育つと保護色機能が失われる。そしてさらに育つと、分裂して子どもをつくるという。
「キュイは今、妊娠中だな。こりゃ近く産まれるかもな」
◆
「キュィ~」
その日の晩は苦しそうなキュイをベッドで寝かせて、俺たちは三人でしばらく見守ることにした。
そして夜更け。
「キューッ!」
キュイのお腹? が膨らんだかと思うと、小さなスライムが誕生した。握りこぶしより少し小さく、キューキュー鳴きながら、プルプル震えている。
冷ました重湯をあげてみると、おいしそうに飲み干した。
「キュキュー♪」
「おお、よしよし可愛いなあ」
「お兄ちゃんばっかりずるい。次は私の番ね」
「私も“キュー”に重湯飲ませてあげたいです~」
この小さな命はクリスによって「キュー」と名付けられ、一週間後には、キュイにくっついて食堂や温泉の掃除をしてくれるようになった。
◆
「おっ、キューも元気に育ってんな」
「キューッ」
メスカルは、いつものカウンターに座ると、まとわりついてきたキューを両手ですくい上げた。
「ただ、こんなに人になれちゃって、もし店の外に出ちゃうと、すぐに刈られちゃうんじゃないかと心配しているんです」
「確かにな。小さいうちは擬態して我が身を守るもんだが、キューはそんな必要ないもんな。ウチのギルドでも間違いが起こらないように、周知させるよ」
「ありがとうございます」
「まあ、いいって。それよりセトーミさん。ついにウチの支部の売り上げが本部に並んだんだよ!」
今日は、俺に相談事があるということだったが、なかなか本題を切り出さない。
「思い切って、入場料をとって一般の観光客に開放したのが当たったんだ。ダンジョン内の店やホテルも直営店だしな」
「ひょっとして本来のギルドの仕事より、ダンジョン経営の方がもうかってたりするんじゃないですか」
「その通り。冒険者への仕事の斡旋や魔石や素材の買取りより、こっちが本業みたいになってるな」
「商売繁盛でいいじゃないですか。ところで相談というのは何ですか」
「ウチはあくまで、王都にあるギルド本部の支部なんだが、正式なギルドとして独立する目が出てきたんだ」
「凄いじゃないですか」
「ただし条件があってな。この『ダンジョンギルド』が本部を抜いてぶっちぎりの売り上げを叩き出せば、晴れて独立したギルドに昇格。俺もギルドマスターになれるってわけだ」
メスカルはそう言うと、スライムを模≪かたど≫った紋章≪シンボルマーク≫を見せてくれた。なんでも、キュイがモデルらしい。
「そこで相談なんだが、更なる売り上げを増やす何かいいアイディアはないかな?」
「売上アップの方法ですか……」
「そう。シャーマン様なら、俺たちの思いもよらない考えがあるんじゃないかと思ってな」
「……ならば、この案はどうです?」
俺はメスカルにスタンプラリーを提案してみた。ダンジョン内にスタンプ台を複数設置し、スタンプがたまれば景品を出すというものである。
「なんでそれで儲かるんだ?」
俺の意見を聞くなり、怪訝な顔で腕組みをするメスカル。
「今、観光客の皆さんは、一泊二日が多いですよね。中には日帰りの人も」
「最短ルートをたどれば、日帰りも可能だからな」
「そこで、観光客の皆さんにスタンプカードを渡すんです。各階層ごとにチェックポイントを作り、すべて回り切ってスタンプを押せば賞品をプレゼントする。全部回りたいなら、一泊二日でも難しくなりますよ」
「なるほど! 序盤はやさしく、すすむにつれて難しくすれば、賞品目当ての観光客はギルドの宿にもう一泊してくれるか……。さすがは伝説のシャーマン様! 早速取り入れてみよう」
その後、スタンプラリーが開催されると、『潮の廻廊』は、さらに観光客であふれかえった。
みな、手に入場券とセットになったカードを持ち、スライムのスタンプを探してワイワイ楽しんでいる。
この盛況に『さぬき製麺』も、連日長蛇の列ができるようになった。親子連れの来店が増え、子どもたちはキュイやキューにうどんの切れ端をやって喜んでいる。
「しかし、二人で始めたウチの店も大きくなったもんだな」
「セトーミ様のおかげです」
「俺は、ここで店を開いたら絶対繁盛するって後押ししてくれたクリスのおかげだと思うぞ」
「そんな、私なんて……」
クリスはそう言って恥ずかしそうに俯く。その姿が可愛くて、俺は思わず頭をなでなでぽんぽんしてしまった。
「あれ~お姉ちゃん大人なのに、頭撫でられてる。変なの~」
「こ、これ! そういうのは見ないふりをしなさい!」
「そうだぞ。母さんの言う通りだ」
「はーい!」
「み、見ないふり……」
「は、はうう……」
お客さんからは見えないと思っていたのに、キューを追いかけてきた子供に見つかってしまったようだ。
おかげでクリスはその日ずっと恥ずかしがって俺に目を合わせてくれなかったものの、この日、過去最高の売り上げを記録したのだった。




