第4話 幻影の銀髪少女
「ど、どうぞ……お茶です」
「は、はい……」
「遠慮なく召し上がってください」
「…………」
店のテーブル席で俺は見知らぬ少女と向かい合っていた。
おそらく十代後半。色白で華奢な体躯に、肩の下まで伸びた美しい銀髪が淡く輝いている。碧い瞳は潤んでいてどこか儚げだ。ハーフだろうか。
はっきり言って見たこともないような美少女である。
なんで、扉を開ける度、おかしなことが起こるんだ。
俺はあまりに急激な展開にどう対応していいのか分からない。
……というより、目の前の少女が眩しすぎて、まともに顔を見られない状態である。
少女は時折、柔らかそうな銀髪を人差し指でかき上げ、ちらりと顔を上げる。
視線が合うと——
「「あっ!!」」
頰を真っ赤に染める少女。
互いにすぐ俯いてしまう。
気まずい。
何しろ俺は、今までまともに女性と付き合ったことなんて数えるくらいしかないのだ。
いきなりハードルが高すぎだろ。
「だ、だから……これって、一体どういうことなのかな?」
「ひっ……」
俺の言葉に、少女はビクッと肩を震わせた。
俺はただおそるおそる尋ねているだけなのに、まるで尋問を受けているみたいな反応である。
「じ、実は……」
彼女の話によると、お尻シャワーの使い方が分からず、初めての経験に驚いて下半身をびしょ濡れにしてしまったらしい。
え?!
ちょっと待て。おっさん、どこ行った!
そして、なんで俺の目の前にこんな美少女がいるんだ?
まさか、あのむさいドワーフのおっさんとこの子が同一人物……なんて、あり得るのか?
女の子は下半身をぐっしょり濡らしてしまったため、仕方なく俺のボクサーパンツ(未使用品)と、中学時代に使っていた体操服のズボンを貸してあげた。
あずき色の地に白いライン二本が入り、腰元には瀬戸海というネームも入っている。異世界の美少女がそれをはいている姿は、なんともシュールだ。
「で、一体どういうことなんだ? 君の名前は? どうしてここに? ドワーフを知らないか? クリスって名前なんだけど……」
「シャーマン様……」
「ということは、やっぱり……」
「はい。その……クリスは、私です。下着までお貸しくださりありがとうございました。必ず洗ってお返しします」
「い、いやパンツは洗って返さなくていいから!」
「でも洗濯した方が……」
「いや、だから洗うのはいいけど、今はいてるのは、あげるからね。それより、詳しい事情を教えてくれないか」
「あの……ですから、急に下から温かいお水が噴き出してきて、私の……ごにょごにょが……はうわっ」
「こ、コホン! そこの詳細はいいから、もう少し前から説明してくれないか」
「す、すみません……。もしかして、シャーマン様がおっしゃっているのは、この鎧のことでしょうか?」
彼女が指さしたのは、濡れそぼった皮鎧。
「この鎧には特殊な幻影魔法が付与されていて、装備すると見た目を大きく変えられるんです。ただ、水に濡れると効果が切れてしまうのです」
「水で消える魔法なんてあるのか?」
「はい。その分、安いんですけど……」
つまり、見た目は強面のドワーフ戦士でも、中身は弱気な少女のままだったということか。
だから名前が「クリス」という可愛らしい響きだったり、仕草が妙に女の子らしかったりしたのだろう。
「ともかく、せっかくの付与を台無しにしてしまって申し訳ない。それと、あのカップ麺なんだけど辛すぎたんじゃないか?」
「めっそうもありません! どうか顔をお上げください!」
頭を下げる俺に、クリスは慌てて両手を振った。
「それより……私は、このダンジョンの入り口まで一人で戻る自信が無いのです」
申し訳なさそうに俯くクリス。目尻に小さな涙が浮かんでいる。
「……あの、もし一緒に戻るのが難しいようでしたら……しばらくの間、ここに置いてもらえないでしょうか……」
「何だって!?」
「ご、ごめんなさい! シャーマン様のご迷惑も考えず、私ったらなんてことを……」
両手で顔を覆い、肩を震わせるクリス。
「い、いや……ここは二階が事務所兼住居で、2LDKだから……え~っと、つまり俺と同居ってことに……」
「ごめんなさい、私ったら同棲なんて……!」
「え、同棲!?」
「え、あ、いや、ちが……は、はうう……」
クリスはたちまち顔を真っ赤にし、下を向いてしまった。
「と、とにかくお茶どうぞ。俺も飲むから」
「はい……」
俺は、すっかりぬるくなったお茶をすすりながら、クリスの話に耳を傾けることにした。
今後のことはともかく、まず話を聞くのが先決だろう。
「私は、回復役の冒険者だったのですが、最近王都で高性能のポーションが出回ったせいでパーティーを辞めることになったんです」
「そうだったのか。それにしても仲間をクビにするなんてひどいよな」
「いえ、話し合いの末のことですし、お金も頂きましたから」
例えるなら退職金を貰って円満退社したといったところだろう。
「ただ、みんなが『潮≪しお』の廻廊』に潜ると聞いて、自分もこっそり後をつけてきたんです」
「わかるよその気持ち。納得したつもりでもいざとなると割り切れないことってあるよな」
ちなみに俺も、さぬき製麺の入社試験に落ちて、メーカーへ就職する予定だったのだ。
一度は結果を受け入れたつもりだったが、どうしても気持ちの整理がつかず、結局パート採用に応募して、そこから正社員になった経緯がある。うん、わかるよ、その気持ち。
「ですが、アースドラゴンから命からがら逃げて思い知らされました。これからは別の道を歩もうと!」
クリスは立ち上がると、両手の拳をギュッと握った。
どうやら俺と違って、切り替えの早い子のようだ。
「シャーマン様のお店は明日から開く予定なんですよね。皿洗いでも何でもしますので、働かせてください!」
「それは今は迷っているんだ。こんな場所で店を開いて大丈夫かな。客なんて来ないだろうし……」
「いいえ。ここは補給が困難な場所なのです。お店を開けば、繁盛間違いなしですよ」
「そ、そんなにいい立地なのか?」
「はい!」
元はこの店も国道に近い好立地だったが、ここはダンジョンのメインストリートに近い場所だという。
確かに異世界で店を開くとなると、現地人であるクリスがいてくれた方が何かと心強い。
言っとくが下心は無いからな。説得力は無いかも知れんが、信じてくれ。
「わかった。明日から店を開けるから、接客を頼むよ」
「はい! 精一杯がんばります!」
「ところでセトーミ様、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「いいよ。何でも聞いてくれ」
「お店の入り口からかなりの魔力が感じられるのですが、あれは一体……」
クリスはそう言うと入り口の引き戸に視線を向けたのだった。




