第37話 百万ギルの身代金
「わあ、クリスちゃんこれ美味しいね!」
「王都の名物なんですよ。キュイもお食べ」
「キュイ、キュイ~♪」
「あ、沙樹ちゃん……」
串焼きにかぶりつく沙樹の口元にソースがついているのを見て、クリスはくすっと笑いながらハンカチで優しく拭った。
「クリスちゃんってホントいい子だよね~。可愛いし、優しいし、気が利くし」
「そ、そんなことありませんよ」
「その控えめなところまで満点。ウチのお兄ちゃんにはもったいないなあ」
「そんな……セトーミ様は伝説のシャーマン様なんですから。私なんて釣り合いません」
「う~ん……ウチのお兄ちゃんは元々ただのサラリーマンなんだけど……大丈夫、クリスちゃん自信持って!」
「でも……セトーミ様も沙樹ちゃんも、いつか元の世界に帰られるんですよね」
「まあ、私もいきなりこっちの世界に来ちゃったからね。正直、最初は一日でも早く帰りたいと思ったよ。でもこうしてクリスちゃんとお話ししたり、キュイと遊んだりするうちに……なんだかこっちの生活も悪くないなって思えてきちゃった」
「本当ですか?」
「うん! 元の世界には帰りたい。でも、帰りっぱなしは嫌かも」
「沙樹ちゃん……ぐすっ……」
「もう、泣かないの! せっかくの可愛い顔が台無しだよ。そうそう、クリスちゃんが注文した例のモノ、いつできるの?」
「あさってには出来るそうです」
「ならさ、出来たらすぐに履いてお兄ちゃんに見せちゃおうよ」
「は、はい……正直、なんて思われるか自信ないんですけど……頑張りますっ!」
「よし、その意気!」
「キュイキュイ~♪」
――――――
「あいつらで間違いないか」
「間違いありませんや」
「……行くぞ」
「兄貴、待ってくださいよ~」
手を繋いで楽しそうに市場を歩く二人と一匹の後ろに、怪しい影が忍び寄っていた。
◆
「ところでセトーミさん。さっきメスカルから連絡があったんだが、ダンジョンの工事が終わったらしい。いつでも店に帰れるぜ……って、セトーミさん……いや、様か? こんな口の利き方でいいのかな?」
「ハーネスさんはギルドマスターなんですから、遠慮なんてしないでくださいよ」
「いや、でも侯爵様やガスパウロ様のご友人に対して……」
「大丈夫ですよ。いつも通りで構いません。それより、クリスと沙樹はそろそろ帰ってくる頃だと思うんですが」
「そういや少し遅いな。市場ならウチの若い冒険者に迎えに行かせるか」
「セトーミさん、大変です!」
執務室に飛び込んできたロゼの声が、いつもより一オクターブ高かった。そして彼女が震えながら差し出した手紙に目を通した瞬間、ハーネスの顔から血の気が引いた。
「セトーミさん、落ち着いて聞いてくれ。クリスと沙樹さんが……何者かにさらわれたらしい!」
「何だって!」
≪ シャーマンへ 二人とスライム一匹を預かった。返して欲しければ今夜0時、ひとりで街はずれの共同墓地に来い。最奥の一本杉にて待つ。
仲間や配下の者と一緒の場合は、人質の命は無いものと思え。 ≫
「一体、誰がこんなことを……」
「正直、俺もわからねえが……こりゃ王都でもとびきりの馬鹿の仕業だな。ひょっとしたら、セトーミさんのことを根に持つ騎士団の連中が絡んでるかもしれねえ」
◆
その夜。俺はひとりで指定された共同墓地へ向かった。
震える膝を強く叩き、深呼吸する。敵への恐怖じゃない。俺の大事な二人と一匹を拉致した連中に対する、煮えたぎるような怒りが冷静さを奪いそうだった。
「おうおう、シャーマン様が本当にひとりで来やがったぜ!」
「ひゃひゃひゃひゃ!」
「どうした。こいつらを返して欲しけりゃ、裸になって這いつくばってみな」
「ううっ……」
「うぐっ…」
「キュイ~」
一本杉の根元に、クリスと沙樹が猿ぐつわをされ転がされ、キュイは麻袋に詰め込まれていた。
へらへら笑う悪党は二十人余り。街のチンピラか、せいぜい下っ端の窃盗団といった連中だ。
「要求通り、ひとりで来てやったぞ。お前らの目的は何だ」
「ぎゃははっ! なんておめでたい野郎だ」
「そんなの、お前の命に決まってるだろうが」
「そうか……で、誰から頼まれた」
「ふっ……それは言えねえな」
どうやら相当頭の悪い連中らしい。
自ら「第三者から依頼された」と白状しているようなものだ。
「なら聞くが、お前たちの報酬は大した金額じゃないだろう? 安すぎやしないか? 不満なら、騎士団には俺から直接掛け合って、倍の報酬を払ってもらうよう話をつけてやる」
「な、何だと!?」
「どうしやす兄貴? まさか向こうから報酬のつり上げを提案されるとは……」
「しっ。ここは俺に任せろ」
――――――
「……そうか。ならば俺がお前たちが騎士団と交わした報酬の全額を、人質をひとり返すごとにこの場で支払おう。合計三倍でどうだ!」
「あ、兄貴~!」
「分かった! まずはお前が百万ギルをこちらに渡せ。それから一人ずつ人質を返してやる」
“ジャリン!”
俺はバックから百万ギルの金貨袋を放り投げた。
「よし、今数えるからちょっと待て……」
もう茶番は十分だ。
実行犯だけじゃない。裏で糸を引いた連中も含めて、許す気はない。
俺は奴らの前にゆっくりと歩み出ると、とびきり丁寧に【挨拶】をしてやったのだった。
――――――
「セトーミ様~っ!」
「お兄ちゃん、怖かったよ~」
「キュイ~!」
三人を抱きしめて無事を確かめると、俺はハーネスに合図を送った。
指定の場所に来たのは俺ひとりだったが、共同墓地の周囲はギルドの冒険者たちが十重二十重に包囲していたのだ。
「よし、かかれーっ! 報酬は犯人ひとりの捕縛につき十万ギル! 足りない分はシャーマン様が負担してくださるから安心しろ!」
「「「おおおーっ!」」」
……え、俺も払うの? 聞いてないんですけど!?
◆
後に、ギルドの取り調べで騎士団の関与が明らかになった。
このスキャンダルは国王の耳にも入り、公爵家は取り潰し。騎士団は解体され、王国の治安と軍備は白狼族を筆頭とした獣人たちが担うこととなった。
そしてこの事件以降、王国の実権は侯爵家が事実上一手に握ることになったのである。




