第36話 讃岐うどんと大陸の覇権
「何やら王都が騒がしいようですね」
「はっ……そ、それが……」
王宮にある貴賓室。
難しい顔を崩さない公爵の前で、老執事が汗をぬぐっていた。
「最近、自らをシャーマンと名乗る者が、王都で好き放題しているそうですね。しかも、栄光ある我が国の軍団長まで、公衆の面前でにべもなくあしらわれたとか」
「何しろ相手は伝説のシャーマンのようでして……」
「ま、まさか……それは確かな情報ですか?!」
「はい。調べたところ事実です。しかもギルドはシャーマンの助力を得て『潮の廻廊』の10階層に支部を作り、ダンジョンの完全踏破に乗り出す計画らしいです」
「何ですと!」
ダンジョン、特に『潮の廻廊』からもたらされる富は莫大なものがある。
今まで公爵家は、騎士団の勇猛さと王家の血筋で侯爵家と何とか張り合ってきたものの、ダンジョンの完全踏破が成されれば、ギルドを傘下に持つ侯爵家に対抗することはできないだろう。
「シャーマンはダンジョン内で異世界から次々と物資を召喚しているらしく、補給は万全。信じられないことに王都のレストランをも凌ぐ程の料理が、冒険者たちに安価で提供されているということです」
「何と……」
「特に店名にもなっている『さぬきうどん』と呼ばれる異世界のパスタは絶品とのこと。侯爵側の最重要戦略物資になっていると思われます」
「くそ、あの忌々しい商人上がりめが! 侯爵などと分不相応な爵位を得て調子付きおって!」
「いえ、公爵さま。残念ながら、もはや侯爵云々などという事態ではございませぬ」
「一体どういうことです!」
「今しがた届いた暗部からの情報によりますと、例のシャーマンは、白狼族の次期首領とも何らかの密約をすでに結んでいる節が見られます。今回の王都来訪は、白狼族の結婚式に合わせたものでしょう」
「なるほど。ガスパウロの奴も、シャーマンの許しを得ずしては、妹を嫁がせることも出来ぬわけですか」
「恐らくは。そして、それはエルフ族とて同じでございましょう」
「な、何と……」
大陸南部で大きな勢力を誇る獣人族。その盟主に位置する白狼族の姫が、この度エルフ族の王子の元に嫁入りすることが決まった。
白狼族が獣人族の盟主であるように、エルフ族は大陸北部を支配するドワーフやホビットといった亜人族の盟主。この二大勢力の婚姻は、とりもなおさず強固な同盟関係の誕生を意味する。
「しかも、暗部の分析では、彼らの後ろ盾として陰で糸をひいているのは、突如現れたシャーマンだと結論付けられています」
「そんなバカな」
「白狼族の姫が嫁入り道具として、エルフ族の元にアースドラゴンの魔石を持っていくことになっていますが、ガスパウロもドラゴンをが仕留めた際、シャーマンの拠点を何度も訪れて援助を受けています」
「くうう……」
「しかも侯爵までもがその場に居合わせたとが」
「かのシャーマンめは、ダンジョンに拠点を構えながらも、ギルドの傘下に入ることを断り、逆に怒りに任せてギルドに厳しい条件を突き付けたとか。シャーマンの逆鱗に触れたギルドから泣きつかれた侯爵は、許しを請うため自らシャーマンの元に出向いたと思われます」
「何ですと! 我が王国貴族ともあろうものが、自ら謝罪するなど! 侯爵め恥を知れ!」
「しかも、侯爵はギルド本部の酒場にて、シャーマンに許しを請いつつ、酒を注いで機嫌を取っていたとか。現在暗部が総力を挙げて裏を取っていますが、おそらくは事実かと」
「侯爵の我が国に対する裏切りではないですか! しかし、なぜギルドの酒場など人目のつく所で密談など……」
「それが、どうもシャーマンは自分の手勢を集めて何やら企んでいるようです。ギルド本部のハーネスも慌てて駆けつける姿が目撃されています」
「確かに王都で一番広い店となると『長耳亭』でしょうね。品は悪いが自らの配下を多数集めるとなるとあそこしかないでしょう。……それで集まったシャーマンの配下は何名くらいですか」
「それが当日は店内は満席で、入りきれない者は店の外でたむろしていたようです。少なく見積もっても数百人。シャーマンが一度号令すれば、数千の冒険者が動くと思われます」
「何ですと! シャーマンはクーデターでも起こす気ですか!」
「いや、それは流石に。ただ……もはや我が騎士団ではどうすることも出来ない勢力であることは事実です」
「くっ……。ギルドに加え、獣人族やエルフ族、更には侯爵までもシャーマンの傘下と見て間違いなさそうですね」
「暗部の分析によると、これから大陸は、シャーマンを軸に動いていくという見方が支配的です。おそらくは。内々では国王も、いざとなれば王位を禅譲する腹づもりのご様子かと」
「まさか、義兄上がそのようなご決断をっ?!」
「より強きものが統べるのが大陸の掟。願わくば、あのシャーマンが善なる者であって欲しいことでございます」
「栄光ある我が王国も、もはやこれまでですか……」
◆
「皆さん、もう少し待ってくださいね!」
俺は、ギルドの二階の調理場で黙々とうどんを打っていた。
ガスパウロたちが、大陸でも最高の小麦粉と塩を揃えてくれたのだ。
「お兄ちゃん、クリスちゃんとキュイの三人で買い物に行ってきていい?」
「セトーミ様、よろしいでしょうか」
「もちろん。気を付けて行っておいで」
「夕方には帰るね」
「キュイ、キュイ~♪」
クリスたちを見送ると、俺は鍋に火をかけた。
出汁は、さすがに店で使っているものは手に入らないが、セトーミでとれた小魚の干物や海藻をである。
「いい匂いですね。これならいいものが出来そうです。あ、そうそう『オースター』があれば、隠し味に使いたいのですが」
やがて、セトーミ産の出汁の香りがギルドの二階にゆっくりと広がったのだった。




