第34話 長耳亭に広がる噂
「シャーマン様が、ウチのダンジョンのために店を閉めてくださっていると聞いて、一言お詫びをしたくて参りましたの」
「い、いえ。そんなお礼なんて……。十分な補償もしてもらってますし、こうして王都を観光できて、こちらこそ感謝してるくらいです。それにしても、まさかレイナさんが侯爵様だったなんて……」
「コホン。実はシャーマン様」
呆然とする俺に、ラゴスが軽く咳払いをした。
「レイナの実家は白狼族随一の商家として、獣人族全体の窓口を務めております。他種族——エルフやドワーフなど——との交易も一手に仕切っているのです」
そしてさらなる商機を求め、レイナを交流のあった貧乏貴族スチュワート家に養女として送り込んだという。スチュワート家は白狼族の資金と武力をバックに急成長し、レイナは成人した際に侯爵位を正式に継承した。
「養子に行ったとはいえ、レイナは我が里で育った身内同然じゃ。儂が王都にいる間は、何かと世話になっておる」
「しかし、俺は侯爵様のことをなんてお呼びすれば……」
「セトーミ様は白狼族同然のごく近しい身内ですわ。私のことは『レイナ』とおっしゃってくださって構いません」
「それはいくらなんでも失礼かと……」
「店主殿、心配は無用ぞ。それよりせっかく再会したのだ、まずは飲もうではないか。皆、いいな?」
ガスパウロが立ち上がると、それまで騒がしかった店内が一瞬にして静まり返った。
「それでは—――。店主殿……いや、伝説のシャーマンとそのお仲間、そして侯爵をはじめ、我が白狼族、そしてギルドに集えし冒険者たちよ。互いに楽しもうではないか! グラスを持って我に続け! いくぞ、せーの……カンパーイ!」
「「「カンパーイ!!」」」
「ち、ちょっと、ガスパウロ様に侯爵様、それにセトーミさんまで……何やってるんですか!」
もはや完全なカオスと化した『長耳亭』に、ハーネスが血相を変えて飛び込んできた。
「とにかく皆さん、お話の続きは執務室で! 特にセトーミさんは最近王都で有名ですから、くれぐれも気を付けてくださいよ~」
「そう怒るな。店主殿を誘ったのは儂だ」
「まあまあ、そんなことより飲みましょうよ。セトーミさん、グラスが空いていますわ」「「はあ~っ」」
ラゴスとハーネスの盛大なため息が『長耳亭』に漏れたのだった。
◆
「おい、ギルマスが呼びつけられてんぞ」
「ガスパウロ様の隣にいるの、美人で有名な侯爵様……って、白狼族だったのか!?」
「しかも、あの若い兄ちゃんの名前、たしか『セトーミ』って言ってたな」
「それって、もしやあのシャーマンか!?」
「ああ。『銀馬車亭』や市場で騎士団の連中をとっちめてくれたお方だ。おそらく、何か腹に据えかねてるモンでもあるんだろう。ほら見てみろよ」
「あちゃ~。ウチのギルド長、なんかやらかしたみたいだな。ガスパウロ様に取りなしてもらってるのか」
「それより、あれ見てみろ」
「げっ! 勘弁してくれよ。セトーミ様、侯爵様の酌で酒飲んでんぞ……。ウチのギルマス、一体何をやらかしたんだよ!?」
いつの間にか満員になった店内の冒険者たちの間で、俺の噂が勝手に膨らみつつあったことなど、知る由≪よし≫もなかったのだった。




