第33話 酒宴とまさかの侯爵様
「セトーミ様。私、あんな可愛いのをはけるなんてドキドキしちゃいます」
「……そ、そうか。それは良かったな」
「しかしお客さん。これはウチじゃなくて、他の店で作らせた方がいいんじゃありませんか?」
目を輝かせるクリスを見て、最初は店主も「これは大きめの下着では?」と首をひねっていた。しかし俺とクリスが丁寧に説明したおかげで、何とか「運動に適した短いズボン」だと納得してもらえた。
ただし、初めて作る品だということで、納品にはあと2~3日かかるという。
「本当に楽しみです~♪」
「うん。そうだな。ただ、それをはいて街を歩くのは……」
いけない姿で王都を歩くクリスを想像して、俺は「せめて室内だけにしてくれ」とお願いしようと思った矢先、背後がざわつき始めた。
振り返ると、白銀の鎧をまとった騎士団の一団が俺たちを囲んでいた。よく見れば、昨日市場で見た顔も混じっている。
「詰所までご同行願います」
「何かご用でしょうか? 今、買い物中ですので」
「ご同行を!!」
どうやら悪名高い騎士団らしい。
任意同行とはいえ、この世界でも騎士団の要請を断るのは難しそうだ。
「分かりました」
「では、こちらへ」
「その前に一言、ご挨拶をさせてください」
「何だと」
「悠長な奴め」
「初めまして。私、ダンジョンでうどん屋をしておりますセトーミと申す者です―――」
いぶかしむ騎士たちを無視して、俺はことさら丁寧に挨拶をしたのだった。
◆
「聞いたよ。昨夜の『銀馬車亭』での大立ち回りと大宴会に続いて、今度は真昼間に市場の真ん中で騎士団長をとっちめてやったんだってな!」
「いや、俺は挨拶しただけなのですが……」
「とにかく愉快だ! 久しぶりに気分が晴れたぜ!」
ギルド本部二階の執務室で、ハーネスはひとしきり笑った後、椅子から立ち上がった。
「実は侯爵様が明日、ギルドに来られるんだ。セトーミさんにも会いたいそうだから、よろしく頼む」
「侯爵って、そんな偉い人が俺に何の用でしょう。まさか自分がギルドに入らなかったことにご立腹とか……」
「さあな。そこは分からんが、侯爵様は気さくないい人だぞ」
「セトーミ様、大丈夫ですよ」
「クリスちゃん本当に大丈夫なの?」
「はい。だってセトーミ様は、伝説のシャーマンですから」
「「……」」
俺と沙樹が呆れて言葉を失う中、クリスはにこにこしている。
「……ま、まあ、確かにセトーミさんなら相手が誰だろうと心配ないだろうな」
「ちょっとハーネスさんまで買いかぶりですよ」
「そうですよ。お兄ちゃんなんて肝心なところで意気地なしなんですから」
「ちょっと待て、『意気地なし』は言い過ぎだろ!」
「本当のことじゃない!」
「まあまあ、二人とも。それより、白狼族のガスパウロ様も一緒だそうだ。久しぶりにセトーミさんに会いたいって言ってたぜ。明日、遅れないようにな」
◆
「店主殿! 久しぶりじゃのう!」
翌日、昼過ぎにギルド本部に顔を出すと、一階の酒場『長耳亭』からすぐに声が飛んできた。ホールの中央のテーブル席に、マントを羽織ったガスパウロの姿があった。お付きのラゴスとレイナも一緒だ。
甲冑は着ていないものの、白狼族の有力者であることは一目瞭然。周囲の冒険者たちからはかなり浮いていたが、本人は全く気にしていない様子である。
「こっちに来ていると、ハーネスから聞いてな」
「若、もっと声を抑えてください。このような場所での飲食など、ただでさえ外聞が悪いのですぞ」
「何を言ってる。エールは皆で飲むのが一番うまいんだ」
「そこは若に賛成ですわ」
「レイナ! お前まで!」
「とにかく、店主殿も一杯飲もう。話はそれからだ」
ガスパウロは俺たちに席を勧めると、注文に来たうさ耳のウェイトレスにエールを頼んだ。
「エールを6杯ですね。ありがとうございます」
「いいや、全員にだ」
「ですから6名様、全員の分をお持ちいたしますので……」
「今、この店にいる客、全員にエールを頼む」
「若~!!」
「だから言ってるだろうが。皆で飲むエールが一番うまいんだと」
店内の客たちが「タダ酒だ」と気づくと、あちこちから歓声が上がった。
「ひゅーっ!」
「ありがとうございます~♪」
「ゴチになります!」
「たまたま居合わせただけの俺たち全員にエールを振る舞うなんて、何て豪気な人なんだ」
「さすが大陸一の武勇を謳われたガスパウロ様だ」
「まさしく男の中の男だぜ!」
礼を言いに来る者、テーブルをくっつけて一緒に飲む者、お返しに酒やつまみを持ってくる者……。
中には酔った勢いでガスパウロに腕相撲を挑み、小指一本で負ける者まで現れ、店内はあっという間に宴会さながらの盛り上がりになった。
額に手を当てて小さく首を振るラゴスを尻目に、ガスパウロは陽気にエールをあおり続けている。
「ちょっと、お兄ちゃん。ハーネスさんの所に行かなくていいの?」
このカオスな状況に、沙樹が心配そうに耳打ちしてきた。
俺たちがここにいることは給仕を通じてハーネスに伝えてもらっているはずだが、侯爵様を待たせるのはまずいのではないだろうか。
「おっ、店主殿のグラスが空いてるぞ」
「いえ、もう十分です。ところで自分たちはこれから侯爵様の所に行かなくてはならないのですが……」
「なんだ、そんなことか。気にするな」
ガスパウロに聞いても「大丈夫だ」としか返ってこず、逆に酒を勧められる始末である。
「そういえば、ガスパウロ様は侯爵様と一緒じゃなかったのですか?」
「店主殿の方こそ何を言っておるのだ。さっきからずっと一緒ではないか」
「え?! まさか!」
「シャーマン様、お注ぎいたしますね♪」
そう言って、俺のグラスに甘い蒸留酒を注いでくれるレイナ。
「侯爵としては、はじめまして。レイナ=スチュワートですわ」
……え? 一瞬、頭の中が真っ白になった。目の前ではガスパウロが豪快にエールをあおり続けている。
「ほらほら、今日はもう仕事の話はなしだ! シャーマンと侯爵が揃ったんだ、飲むしかないだろうが!」
……こうして、俺の王都滞在はますます予測不能な方向へ突き進んでいったのだった。




