第31話 王都エディンバラ
「あ~疲れた。兄ちゃん、あの人にそろそろ休憩しようって言ってよ」
「でもここ一階だぞ。もうすぐ着くんだから頑張れよ」
「セトーミ様、ようやく出口みたいですね」
「キュイ~♪」
俺たちは早朝に出発したものの、
メスカルが請け負ってくれた通り、途中でいくつか出た魔物も、すべてガイルたちギルドの冒険者が退治してくれた。外に出る頃にはもうすっかり日が傾いていた。
「あれ?」
「どうしました?」
「潮の香りがする。王都って大陸の真ん中じゃなかったのか?」
「そうですよ。海まではずいぶん遠いですね」
「でも、あれはどう見ても」
眼下に見える街の向こうに、海が広がっている。波は穏やかで水面が夕日にキラキラ輝き、遠くにはいくつもの小島まで見える。
「あれは、海じゃなくて湖ですよ」
「湖?」
「はい。大きな塩湖でセトーミといいます。あ。セトーミさんの名前と同じですね」
「お兄ちゃん、早く早く~♪」
「お前、さっきまでへばってたくせに、なに急に元気になってんだよ!」
「街の入り口で待ってるから!」
沙樹は王都の街並みを見るやテンションが上がってしまったのか、キュイと一緒に先に行ってしまった。
「セトーミ様、ここからは私がご案内しますね」
「うん。クリスに案内してもらうのも二回目だな。今回もよろしく」
「はい。ようこそ、王都エディンバラへ!」
クリスは微笑むと、初めてダンジョンの中を案内してもらったときのように俺の手をそっと握ってくれたのだった。
◆
城門をくぐると石畳の大通りがまっすぐにのび、馬車がせわしく行きかっている。人族がほとんどだが、エルフやドワーフ、獣人族など多種多様だ。おかげで、ジーンズ姿の俺や沙樹、そして胸と腰に『瀬戸海』のネームが入ったジャージ姿のクリスも違和感なく街に溶け込めているのかも知れない。
路地には露店が所狭しと並び、屋台からは串焼き肉の香ばしい匂いが漂っている。
「お兄ちゃん、美味しそうなものがいっぱいあるよ~♪」
「ほんと焼き鳥みたいないい匂いがするな」
「ほら、あそこなんて鳥の骨付き肉があるよ!」
「美味そうだけど、まずは宿だな」
「皆さん、メスカルさんに予約してもらった『銀馬車亭』は、もうすぐですよ」
俺たちはそんな王都エディンバラの大通りを、ギルド本部にほど近い宿に向かって歩いたのだった。
◆
『銀馬車亭』は大通りに面した一等地に店を構えるギルド公認の宿らしい。中に入ると、冒険者だけでなく商人や一般の家族連れまで、多くの人で賑わっていた。
とにかく一日中歩きっぱなしで、くたくたで空腹である。
俺たちはチェックインを済ませ、部屋へと向かったのだが……。
「おい、沙樹! この部屋割は一体なんだよ」
「なにってどういうことよ」
「どうして俺とクリスが二人部屋で、お前がひとり部屋なんだよ」
「私はキュイと一緒だからお互い二人部屋でしょ!」
「セトーミ様がお嫌なら私は別に……」
「いや、そこは全く嫌じゃないんだけど。……って、え、あ。いや……」
「もう、お兄ちゃん、細かいこと言ってないで、荷物置いたらさっさとご飯食べに行きましょうよ。明日はギルド本部に行くんでしょ」
そういや沙樹は、宿泊手続きをするクリスの所に行って、ごにょごにょ話していたようだが、部屋割りのことだったのか。
俺としては、何だが沙樹のペースに巻き込まれている様で少し面白くないのだが、異世界の宿でクリスと一泊過ごすことに、内心ドキドキしていたのは確かだ。
この日の夕食は、一階のレストランで取ることにした。何でも名物料理あるそうだ。王都は広大な塩湖を抱えているだけに、海の幸が美味いらしい。
「うわあ。おいしそう。これカキみたいだね」
「オーブン焼きみたいだけど、ほんと大きくて立派だな」
「名物のオースター焼きです。私も大好きなんですよ」
見た感じカキのようだが、いつものカキより一回り大きい。白くてぷるぷるの身が殻からはみ出しており、バターとガーリックのソースが塗られ、何ともいい匂いがする。。
「あ、甘い……!」
「旨味がすごいな」
「カリッとしててプリプリでジューシーだよ~」
「ホント肉厚で噛み応えがある」
「クリスちゃんも遠慮しないで食べてよ。とってもクリーミーだよ」
「これ絶対、ビールに合うやつだ」
「セトーミ様、エールならありますよ」
「ぷはーっ、美味い!」
俺は、エールをお代わりし、久々にいい気分に浸っていたのたが……。
――――――
「きゃーっ!」
「おい、姉ちゃんこっちに来て酌しろよ」
「お、お客様、当店ではそのような……」
「何! 俺たちが第一騎士団だって知ってんのか」
「嫌~っ!」
メイドに絡むタチの悪そうな輩。嫌がる女の子の片腕を掴み、抱き寄せようとしている。
「どうか、お許しを」
「知るかジジイ!」
たまらず支配人が、止めに入ったが、あっけなく蹴り飛ばされている。ホールは客で満員なのに、皆この悪行に目をそむけている。
何とも、異世界にありがちな展開が、俺たちのすぐ後ろのテーブルで始まっていた。
「ちょっと、お兄ちゃんどうするのよ」
「いや、それは……」
「セトーミ様……」
「任せとけ!」
「なんで、私とクリスちゃんとでそんなに態度を変えるのよ!」
後で思えば、このときの俺はどうかしていたのかも知れない。なにしろ、スキル【挨拶】だって知り合いやお客にしか使ったことがないのだから。にもかかわらず、俺は実の妹の非難めいた視線と、妹のように思おうとしている異世界美少女のすがるような瞳を受けて、柄にもなく止めに入ってしまったのだった。
「はじめまして。私、セトーミという者です―――」
「なっ!」
騎士団の男たちは、腰を浮かせて一瞬臨戦態勢を取ったものの、俺の言葉を聞いて一様に姿勢を正して椅子に座り直した。
「これは失礼いたしました」
「お嬢さん申し訳ありませんでした。それから支配人にもお詫びいたします」
「我々はこれで失礼しますので、どうかご容赦ください」
騎士団の連中はそう言うと、女の子と支配人に謝罪して、そそくさと退散していった。
「おおおっ、すげえ! あんた何者だ?!」
「騎士団の連中、いつも好き放題しやがって、ざまあみろ!」
「俺にも一杯おごらせてくれよ!」
騎士団の連中が去った後、俺たちのテーブルは瞬く間に人垣ができた。
「ひょっとして、あなたは噂のセトーミ様ではございませんか。この度は危ない所をお救いくださいましてありがとうございました」
支配人が、恭しく俺に礼をしてきた。蹴り飛ばされて割れた丸眼鏡が何とも痛々しい。
「おい、ちょっと待てよ」
「あれって、もしや」
「確か、セトーミっていやダンジョンの十階層で店を開いているっていう伝説の……」
「お兄ちゃん、かっこよかったよ!」
「さすが伝説のシャーマン様です‼」
この後、店を挙げての大接待にあった俺は、王都観光初日にして、したたかに酔いつぶれてしまったのだった。




