第27話 沙樹の怒りと五体投地
「ちょっと、お兄ちゃん」
「どうしたんだ?」
沙樹は右手を差し出して手のひらを上に向けるや、揃えた指先を“クイックイッ”と上にあげた。これから開店準備に入ろうという所で一体何なんだ。
「あのねえ……。お兄ちゃん。さっきクリスちゃんから聞いたんだけど、昨日も何もなかったそうじゃない。しかも、部屋をシーツで二等分って何カッコつけてんの! 似合わないんですけど」
「はあ? お前に文句言われる筋合いはないぞ!」
「クリスちゃんは女の子なんだから、恥ずかしがって自分から何もできないに決まってるじゃない! それをこの鈍感バカ兄!」
「お前こそ何言ってるんだ。俺なんて、所詮女の子からしたら、いい人止まりなんだよ。クリスのことだって、この世界での妹みたいだと思ってるし」
そう。俺は長年の経験上、自分に夢を見ないことにしているのだ。
……なんだか、涙が出てきた。
「はあ~。こりゃクリスちゃんがかわいそうだわ」
「何でだよ!」
「いい? 男女が何か月も同居してるのに、手をつなぐ以上、何も進展してないって正気? それって女の子からしたら、脈無し宣告されてるのと同じなんだからね」
「え? 意味が分からん」
「ほんとバカ兄! 着替えてくる!」
沙樹はそう言うと、ドスドスと足音を立てて自分の部屋に入ってしまった。
◆
「おっ、セトーミさん、新しい店員さん雇ったのか。しかしこんなかわいい子よく見つけて来たな」
「ええっ。そんなあ。私なんて~♪」
「こ、こほん。それはともかく、セトーミさんに話があるんだか」
「どうぞ奥に入ってください」
この日、開店まもなくメスカルがやって来た。何やら相談事があるそうだ。個室に案内し、かけうどんを出すとメスカルは神妙な顔をしつつも無言で食べ始めた。
「ずずず……それにしてもうまいな。『カケウドン』っていうのか。こんな上品なスープパスタ初めてだ……ふう。……って、メシを食いに来た訳じゃないんだよ」
「何か、問題でも?」
「それが、セトーミさん聞いてくれよ。実は今、ギルドじゃかつてない計画が進行中なんだ」
メスカルはそう言うと、残りのつゆをゴクリと飲み干した。
「この先にある『ベース』って知ってるだろ?」
「はい。一度クリスに案内してもらったことがあります」
「そこにギルドの支部を作ることになったんだよ。今、ギルド本部がクエストを発注する形で、次々と資材を運び込ませている」
「はあ……」
「今までとは比べものにならないくらいの冒険者たちが十階層に来ることになった。それに加えて、ギルドが臨時で雇った職人たちも多く出入りする。もちろん、彼らに対する水や食料はこちらで用意するのが筋なんだが、どうも思ったより人が増えそうなんだよ」
「なるほど……」
「そこでだ。急なんだが、この店で出来る限り多くの客を受け入れて欲しいんだ」
「こちらも商売ですので構いませんが、多くの客って一体何人くらいなんですか?」
「それが、少なくとも一日当たり延べ百人以上にはなるだろうな」
「凄い数ですね。いつからでしょうか」
「……実は今日からなんだ」
「急すぎますよ!」
「セトーミさん、この通りだ。シャーマンの力で何とかしてくれないか」
メスカルはそう言うと、俺の前で土下座した。
「実はギルマスにセトーミさんには了解とれてるって言っちゃったんだよ」
「何勝手に安請け合いしちゃってんですか! ひょっとして、他にも俺のこと言いました?」
するとメスカルは、一瞬俺を見上げると、横を向いて頭を掻きだした。
「ま、まあ。セトーミさんはマブダチだから俺の口添えさえあれば大抵の無理は聞いてくれるってことくらいは、ひょっとしたら言ったかもしれないな……」
「ちょっと待て! それ絶対言ってるでしょ!」
「済まない! 伝説のシャーマンなら、どおってことないと思ったんだよ」
そう言うと、五体投地するメスカル。
勘弁して欲しいのだが。
「う~ん。わかりました。出来る限りのことしかできませんが、それで構いませんね」
「ありがとうセトーミさん。これでギルドのダンジョン支部は、出来たも同然だ。それじゃあ、俺は一旦『ベース』に戻るよ。必要なものがあったらいつでも言ってくれ」
「分かりましたけど、今度だけですよ」
「ああ。約束する。俺を信じてくれ」
メスカルはそう言うと、力強くサムズアップしたのだった。




