第22話 ギルド勧誘とクリスの涙
「いらっしゃいませ。あっ、メスカルさん。それにみなさんも」
厨房で片づけをしていた俺は、聞き慣れた慌ただしい声に顔を上げた。
「はあ、はあ、はあ……。クリスちゃん。セトーミさんはいるかい」
「奥にいらっしゃいますが、大丈夫ですか!」
「皆さん、そんなに慌ててどうしたんですか」
「セトーミさん、大変だ! ギルマスが視察に来ることになった。しかも明日だ」
「ギルマスって、ギルドマスターのことですよね。何かまずいことでも?」
「いや、ギルマスが来ること自体は大したことじゃない。あえて言うなら無許可営業くらいか。まあ、その件は目をつぶるって言ってくれてる。それより問題は騎士団だ」
「騎士団……?」
俺は騎士団なんて名前すら聞いたことがない。クリスもなんだか不安そうだ。
そんな俺たちを見て、メスカルは少し声を落として続けた。
「あいつらは国の正規軍なんだ。俺たち冒険者とはえらい身分の差がある。しかも上の方が厄介なんだ。王家に最も近い公爵家が騎士団を統括していて、ギルドを統括しているのは今勢いのある侯爵家だ。現在、宮廷ではこの二つの家がバチバチに火花を散らせてる」
「公爵家と侯爵家が火花散らしてるって……俺、そんな政争に巻き込まれたくないんだけど」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。俺はただ、のんびり店をやって、ダンジョンの素材を集めてレベルを上げ、元の世界に帰りたいだけなのに。
メスカルは苦笑しながら肩をすくめた。
「『潮の廻廊』内にこんな便利な店ができたとなれば、当然ダンジョンの補給基地として目をつけられる。結果、ダンジョン攻略がはかどってギルドが潤う。つまり、侯爵家の力が強くなるんだ。公爵家側からしたら、そりゃ面白くない」
「そりゃそうなりますね」
ロゼが頰を膨らませてムッとした。
「セトーミ様、聞いてくださいよ~。公爵家が管轄する騎士団って、私たち冒険者やダンジョンのことをいつも目の敵にしてるんです。ひどくないですか!」
ガイルも腕を組んで大きく頷いている。
メスカルが身を乗り出して俺を真っすぐに見つめた。
「で、俺たちがここに来た本題なんだが……セトーミさん、ウチのギルドに入る気はないか?」
「……え?! 待ってください。ギルドに入ったら、その騎士団や公爵家を敵に回すことになるんじゃないですか?」
「今更何言ってんだよ。もうとっくに敵対されてるって!」
「ええっ!?」
「だからセトーミさんは、自分を守るためにもギルドに入るしかないんだよ!」
メスカルによると、店をギルドの支店(または出張所)という形にすればいいらしい。俺が支店長を務め、腕の立つ冒険者を常駐させて守ってもらう。ギルドの幹部待遇で身の安全も保証され、当然収入も今まで以上に安定することになる。
「支部長としての俸給に加えて、店の売り上げもこれまで通りの取り分にできるよう交渉するつもりだ。どうだ、悪い話じゃねえだろ」
確かに魅力的な話だ。ギルド職員の収入+店の利益があればレベル上げも加速する。元の世界に帰れる日が近づくかもしれない。ここからほど近い『ベース』にギルドの宿泊施設を造る計画まである。これはお互いにとってwin-winだ。
……なのに、俺の胸の奥がざわついて仕方ない。この世界に深く根を張ったら、元の世界に帰る決心が鈍る気がする。
「とにかく、明日の視察までに少しでも早い方がいい。セトーミさんが有利になるよう調整するから」
「そうですよ! ここがギルドの支部になれば、私がいつでもお手伝いに来られます! 住み込みでも全然構いません!」
「結構ですっ!」
クリスがテーブルに両手をついて即答した。
女性に対しては、やたら厳しいと思うのは気のせいだろうか。ロゼが残念そうに肩を落とすのを見て、メスカルが苦笑した。
「実は俺たち、近いうちに冒険者を引退する予定なんだ。ギルド本部で上級職員の内定をもらってる」
「え……そこまでこの店が?」
「セトーミさんの存在は、それくらい大きいんだよ」
メスカルの言葉にロゼとガイルが頷いている。
「で、どうする? 一番肝心なのはセトーミさんがギルドに加入するかどうかだ。断るなら断るで、明日までに調整するけど……」
俺は少し間を置いて、静かに言った。
「メスカルさんたちの好意は本当に嬉しいよ。でも、俺はこのダンジョンの素材を集めてレベルを上げたら、元の世界に帰るつもりなんだ……」
その瞬間、クリスがそっと目を伏せて、指先で涙を拭うのが見えた。
「クリス?」
「いえ……何でもありません」
物語は永遠ではいられない。
いつかは完結する。それが正しい姿だと思う。でも今、この瞬間のクリスの横顔を見ていると、俺の胸は妙に苦しくなったのだった。




