第21話 長耳亭
俺の新たなスキル【挨拶】。
どう考えても、カスなスキルだと思っていたが、どうやらとんでもないチートスキルかも知れない。
今まで店を訪れる冒険者の皆様は、聖域化のおかげで、俺に対して悪意を持った客はいなかったのだが、中には口の悪い客もいたのだ。
「いらっしゃいませ」
「おう、店主! 何でもいいから、とにかく早く食わせてくれや!」
そんな客も今ではこのように……。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、店主さん。釜揚げうどんをお願いできますでしょうか。あ、別に急ぎませんので、お気遣いなさいませんように」
はっきり言って調子が狂うこと甚だしい。そして極めつけは、メスカルたち。
俺が【挨拶≪あいさつ≫】のスキルを得て程なく、三人は注文していた市場の果物や野菜を届けに来てくれたのだが……。
「やあ、メスカルさん。ロゼとガイルもいつもありがとう。うどんでも食べてってよ」
ところが、メスカルたちは、俺の顔を見るなり、居住まいを正した。
「こちらこそいつもお世話になっております」
「シャーマン様、ご機嫌、麗しゅうございます」
「…………」(ペコリ)
「え? おいおい、どうしたんだよ。どのうどんがいい? 最近釜玉ぶっかけうどんをはじめたんだけど、よかったらどう?」
「そ、そんなもったいないお言葉」
「シャーマン様、恐れ多いことです」
「…………」(ペコリ)(ペコリ)
結局この日は、恐縮して固辞する三人に、何とかうどんを食べてもらえたのだが、俺は当分の間、メスカルたちに挨拶することを控えようと心に決めたのだった。
◆
「おい、あの話聞いたか?」
「聞いたぞ。ダンジョンに出来た店のことだろ。とても信じられん話だけどな!」
「何でも王都の最高級レストランより味は上だそうだ」
「ま、まじか!」
「いくら何でもそりゃ言い過ぎだろ、大体、お前がそんなレストランに入れるわけねえし」
「ぎゃはははは!」
「そりゃそうだ!」
この日もギルド本部に併設された酒場では、冒険者たちが昼間から酒をあおり、噂話に花を咲かせている。話題の中心は大陸最大のダンジョン『潮≪しお』の廻廊』にできたパスタの店のこと。危険と隣り合わせの冒険者稼業は情報こそ命。とにかく噂はすぐに広がる。
「しかし信じられんな。腹を空かせて夢でも見たんじゃねのか?」
「それがメスカルたちも行ったって話なんだ」
「それ、本当か?」
「しかもだ、料理一人前と水袋の補給で2,000ギルなんだと」
「そんな話信じられるかよ。もし本当なら王都で店を開きゃいいんだ」
「そうそう! なんでわざわざダンジョンの十階層に店を出す必要があるんだよ」
「そこは流石にわからんが、噂じゃ店主はシャーマンらしい」
「嘘つけ、そんなのあり得るかよ! そんな店が本当にあるなら、俺の今日の稼ぎを賭けたっていいぜ」
「そうだ、そうだ!」
「俺もそんな店なんて無い方に賭けるぜ!」
「あらあら、坊やたち。お金を粗末にしてはいけないわ」
「あ、姐さん!」
それまでカウンターでひとり飲んでいたラビアンが立ち上がり、長い髪をかき上げながら振り返ると、店内が一瞬で静まり返った。
「あなたたち、生の卵って食べたことあるかしら? シャーマンさんの店で出していただいたの。釜玉うどんの黄身をトロトロに溶かして絡めたやつ……もう、最高に美味しかったわ。あの濃厚な黄身が麺に絡む瞬間、思わず目が閉じちゃったもの」
ラビアンはそう言うと、プリッとした上唇をゆっくりと舐め上げた。
その艶やかな仕草に、居合わせた冒険者たちは一瞬うっとりと見とれた後、はっと我に返ってざわつき始めた。
「お、おい、俺たちも早速ダンジョンに行かねえか? 十階層の奥に出来たとかいう店で食事と水の補給が出来るんなら、下層にも行けるかもしれねえ」
「冒険者魂がうずいてくるぜ!」
「卵を生で食べるなんてことがあるのか?」
「俺たちも行ってみねえか?」
「やっぱり、あの噂は本当だったんですね」
「こりゃ、乗り遅れるわけにはいかねえや」
『潮の廻廊』は、日帰りならともかく、十一階層より下層に潜るとなると、野宿の用意が必要で、当然のことながら攻略難易度が格段に跳ね上がる。
10階層に水と食料の補給場所さえあればいいのにという願望は、多くの冒険者共通の夢だったのだ。
「研究で必要な素材があるの。掲示板にクエストとして出して来たばかりだから、宜しくね♡」
「「「はい、姐さん!」」」
「いくぞ、野郎ども!」
「おお〜っ!」
「……って、てめえなに、勝手に仕切ってんだよ!」
「なんだと、こらあ!」
かくしてこの日『長耳亭』は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになったのだった。
◆
ギルド本部の二階にある執務室では、ギルドマスターのハーネスが、メスカルと向かい合っていた。
階下からは、何やら喧騒が聞こえるが、ハーネスは応接セットのソファーに深く腰を落としたまま身じろぎひとつしない。
「いやあ~。下はなんかすごい騒ぎですね。それにしても、どうしたんですか。俺なんかを急に呼びつけるなんて」
「まあ、下の騒ぎに関しちゃあひとつ大目に見てやってくれや。それよりだな……実は、俺は王宮に呼ばれてるんだ。急な呼び出しなんだが、その用件がどうやら例の店のことらしい」
「それってもしや、セトーミさんの……」
「そうだ」
ハーネスは、一言そう言うと両手を組んで、メスカルを見据えた。
「知ってのとおり、ダンジョンについての一切は、騎士団ではなくギルドの専権事項だ。もちろん例の店に関してもな」
「……」
「お前たちの後も、何人かの冒険者から報告を受けたが、俺はまだ行ったことがない。騎士団の手前、俺も黙っておくわけにはいかねえさ。それでだ……。俺をその店まで案内しちゃくれねえか。急なことだが、明日しか日が空いてねえんだ」
「それは急な話ですが……承知しました。これで失礼します」
「お、おう……」
メスカルは、慌てて立ちあがると、そそくさとギルドを後にしたのだった。




