第2話 迷宮の迷い人
扉を叩く音に、おそるおそる扉を開けたのだが……。
「おわっ!」
そこにはいかついドワーフが髭面を震わせていた。
さっき目が合った奴だ。
てっきりどこかに行ったと思っていたのに、何で戻ってきてんだ。
慌てて扉を閉めようとしたのだが、このドワーフは細身の剣をこちらに滑り込ませてきた。
く~っ、閉まらん。
今度こそ俺の人生も終わりだ。
ところが、このドワーフは、絶望する俺に思いもかけない言葉をかけてきた。
「助けてください!」
「え?」
「お願いします!」
「はあ?」
「とにかく困っているのです!」
このドワーフ、扉の隙間からすがるような態度で目を潤ませて必死で訴えかけてくる。
困っていて助けて欲しいのは俺の方なのだが……。
確か店内は聖域化されていて安全なはず。俺はひとまずこの異世界人を招き入れることにした。危険な奴ならさっきの魔物みたいに弾かれるだろう。
「ど、どうぞこちらへ」
果たして異世界人は、促されるまま店に入って来た。どうやら危険人物ではないようだ。
「ここってお店でしたか?! お願いです。何か食べさせてください!」
店内に入るや、腹を両手で抑えて泣きそうな顔で訴えてきた。なんだか切羽つまった様子だ。
「わかりました。何か手早くお出ししますね」
言葉が通じるせいか、何だかこの異人種のおっさんが不憫に思えてきた俺は、テーブル席におっさんを座らせると、厨房の棚の奥を探した。カップ麺が残っていたはずだ。
「たしかここにあったはずなんだけど……あった、あった」
急いでカップ麺にお湯をかけ、フォークと共におっさんに渡した。
「熱いですからゆっくり食べてください」
「ありがとうございます!」
おっさんは、カップ麺を受け取ると、ふうふう冷ましながら食べはじめた。
見た目の割りに何だか上品に見える。ドワーフの中でも身分の高い人なのだろうか。
「ふう~~~。ごちそうさまでした」
やがておっさんは最後に汁を飲み干すと、人の好さそうな笑顔を向けてきた。
「あ、あの~」
「はい?」
用が済めばさっさと帰ってもらおうと思っていたのだが、俺は思う所があって少し話しかけてみることにした。
「あ、あの……味の方は大丈夫でしたか」
「もちろん美味しかったです!」
「お腹の方は……」
「おかげさまで……あ! 失礼しました!」
おっさんはそう言うと、慌てて居住まいをただした。
「助けていただき、ありがとうございました。ダンジョンでお店をされるなんて、さしずめ名のあるお方なのでしょう」
「いえ、自分はただのうどん屋の店長ですよ」
「ウドンヤのテンチョウ……。もしや極秘任務を……」
「いえいえ、自分はそんな大した者じゃないですよ。店長とはいっても会社に雇われている、しがないサラリーマンですから。いきなり自宅の前がダンジョンとつながって困っているんです」
「サラリーマン……やはり、シャーマン様でしたか! しかも自宅をダンジョンにつなげられたとは!」
「俺がつなげたわけじゃないですよ。ところでそのシャーマンって何ですか?」
「それは、シャーマン様の方がよくご存じなのでは?」
たしかシャーマンは何か霊的なものをあの世から呼び寄せる者だと思うのだが、この世界のシャーマンは物質的なものを異世界から取り寄せるらしい。
「とにかく、命の恩人のシャーマン様に、少ないですがお礼をさせてください!」
おっさんは胸元から見た目に似合わず可愛らしい巾着を取り出した。中を開けて硬貨らしきもの取り出そうとしているので、俺は慌てて制止した。
「いえ、礼には及びませんよ!」
「そんなこと言わないで、受け取ってください」
「いや、本当に申し訳ないので!」
実は、このおっさんに出したカップ麺は、激辛で有名なカップ麺。
俺も買ったはいいものの、トウガラシの多さにびびって、食べずに置いておいたものなのだ。処分するのも気が引けるし、どうしようかと思っていただけに、美味しく完食してもらって、逆にありがたいくらいである。
「では、お金以外のものでしたら」
おっさんが出したのは、黒くくすんだ石みたいなものが3つ。
どこからどう見ても小汚い小石にしか見えないが、スライムの魔石らしい。
しばらくの押し問答の末、俺はおっさんの熱意に負け、仕方なくダンジョン産の『魔石』なるものを受け取ったのだった。




