第1話 異世界同接
ダンジョンの奥深く。
場違いな出汁の香りが漂い、白いのれんが揺れている。
やがて一組の冒険者が足を止めた。
「本当に入るの? 怪しすぎるんだけど……」
「食料も水も尽きてるんだよ!」
「絶対あぶないって」
「俺の【危険察知】が反応してない。大丈夫だ」
「……うん」
「もう、二人とも! 分かった。私が先に入るわ。そのかわり、罠だったら魔法で吹き飛ばすからね!」
彼らは顔を見合わせ小さく頷くと、意を決したようにのれんをくぐったのだった。
◆
「ずずっ……うまっ」
讃岐うどんをすすりながら、思わず声が漏れ出た。
口に入れるとコシのある歯ごたえと小麦の甘みがじんわり広がる。すっと角が立ちながらもわずかに内側へ凹んでいるのが特徴だ。
つゆは一口ごとに昆布と鰹節の旨味と香りが、湯気とともに鼻腔をくすぐる。
これぞ王道かけうどん。我ながら納得の一杯だ。
「ごちそうさまでした」
俺は、最後の一滴まで飲み干すと、『さぬき製麺』の法被に袖を通した。
【店長:瀬戸海 航】のネームが誇らしい。
明日は、待ちに待ったしまなみ店のリニューアルオープン日なのだ。
店を出ると、抜けるような青空。
国道の向こうには、丼を伏せたような山々の向こうに讃岐富士がきれいに見える。
さて、在庫の点検でもしておくか。
俺は鼻歌を歌いながら厨房に戻ったのだった。
それにしても、食材の配送トラック遅いな。
しかもバイトの子も来るが遅い。
まさか、事故かトラブルにでもあったのだろうか。
心配になって外に出たのだが……。
目の前には、石畳の通路と石壁。
遠くから獣の唸り声まで聞こえてくる。
いかんいかん。何かの見間違いだろう。
慌てて扉を閉め、大きく深呼吸をする。
改めてもう一度開けた。
が……。
目の前に、いかつい髭面のドワーフみたいな男が立っていた。
「「ぎゃーっ!?」」
慌てて扉を閉め鍵をかけると、内側に背中を預けた。
分厚い胸板に皮鎧。
あれってゲームやラノベに出てくる武装したドワーフの戦士じゃないか!
どうしよう。目が合ってしまった。
―――。
耳を扉に付けて外の物音をうかがったが、幸い物音はしない。しばらくしてからそっと外をうかがうと、石畳の通路に人影は消えていた。
これってもしや……。
俺は慌てて二階の事務所兼自室に戻ると、Amezonの箱をひっくり返した。
『【中古・美品】商品名:引き戸 スチール製 防音・防犯仕様 送料無料』
たまたま見つけたAmezonタイムセール。
せっかく改装した店なのに、入り口の引き戸が気に入らなかったので、これ幸いとばかり、衝動買いしてしまったのだ。
内側は白いスチール製だが、外側が渋い木目調なのも気に入った点である。
本社にも了承してもらい、これで税込み9800円は神コスパだと思っていたのだが……。
出品者コメント:「前オーナーから急に返品されましたが、傷一つありません。異世界に行かない限り問題ないはず(笑)」
ちょっと待て、Amezonの出品者! 「異世界に行かない限り問題ないはず(笑)」って、何だよ! 異世界なんて冗談だと思ってたぞ!
その時、一階から「ガタン!」と重い音が響いた。
慌てて階段を駆け下りると、入り口前にタグが落ちている。
『注意:取り付け後半日で固定されます。その後は取り外しができないので注意してください』
「ふざけんな!」
何とか引き戸を外そうと悪戦苦闘しているうちに、店内が暗いことに気付いた。
窓の外がいつの間にか石壁になっている。窓を開けて外に出ようにも石壁が迫っていて、体を入れる隙間が無い。
裏の勝手口や二階の居住スペースも同様である。
せめて、外に連絡を。
こんな時はJAFか? それとも消防? いや待て警察が先なのだろうか?
慌ててスマホを見るが圏外になっている。
テレビやパソコンも電源は入るがつながらない。
「どうしてくれんだ! 9800円で異世界接続とか、どんなプライム会員特典だよ!!」
怒りに任せて扉を“バン”叩くと、白いスチール面に文字が浮かび上がった。まるでスマホが立ち上がったみたいだ。
《本人確認が完了につき、ダンジョン『潮の廻廊』との同接が完了いたしました》
ダンジョンと同接完了ってどういうことだ?
とにかく落ち着け。
リニューアルオープンを控えて気が動転しているんだ。
うん、そうだ。そうに違いない。
俺は深呼吸を繰り返すと、おそるおそる入り口の引き戸を開けた。
「ジャーッ‼」
「おわっ!」
いきなり、大蛇が牙をむいて襲い掛かって来た。
いやコウモリみたいな羽が付いているから、ヘビじゃなくて魔物なのだろうか。
とにかく、俺はもうダメだ……。
「え?」
身構えた瞬間、ヘビの魔物は何もないはずの空中で弾かれ、壁に叩きつけられると、通路の奥に逃げていった。
何なんだ一体……。
引き戸を閉めると、新たな文字が浮かび上がっていた。
≪扉の内側は【聖域化】されており、あなたに悪意を持つモノは入れません≫
なるほど。どうやら店内は安全らしい……ていうか、この扉は一体何なんだ?
まるでスマホの画面みたいだ。試しに画面をスクロールしてみると、ステータス一覧? みたいなものが出てきた。
【名前】セトーミ=ワタル
【レベル】1
【スキル】【言語理解】
【間取り】店舗+2LDK
【所持金】0ギル
【その他】【配送ボックス】【聖域化】
セトーミって俺のことなのだろうか? 俺の名前は「せとうみ わたる」なのだが……。
レベルにスキルって、まるでゲームかラノベみたいだ。
それよりこの店、明日オープンなんだぞ。どうしてくれるんだ。
その時―--。
“ドンドンドン”
店の扉が激しくノックされたのだった。




