第19話 魔法使いのお姉さま
どうやら、俺はクリスに決定的に嫌われてしまったらしい。
クリスはあんなに楽しみにしていたメイド服を着ようとせず、元のさぬき製麺の制服に戻ってしまった。これ、絶対俺のせいだ。確かクリスは【危険感知】のスキルを持っていたはず。俺の視線に危険を感知したに違いない。
単に可愛いと思って見とれてしまっただけで、変な下心なんて無いと言い訳したいところだが……クリスには俺の心の中まで見抜かれているのかもしれない。
あれほどの美少女なんだから、自分の身を守るため、男からの視線に対して敏感で当然なのかも。クリスの中で【危険感知】が発動したということは、俺は思い切り危険な男として認識されたのか……。
恥ずかしすぎるぞ。
最近、ようやく距離が近づいてきた気がしていたのに、どうやら俺の勘違いだったようだ。
◆
翌日になっても、俺とクリスは微妙な距離感のままだった。
「洗い物は俺がしておくよ」
「では私はキュイとお店の掃除をしますね」
「うん……」
朝晩の食事は一緒に取るものの、会話は必要最低限。俺はクリスに嫌われないよう視線を逸らし続け、クリスも俺を警戒しているのか、不用意に近づいてこない。
そして今も、昨日急に部屋に引っ込んでしまった理由を聞けずにいる。
「きゅーい、きゅーい、きゅーい!」
そんな中、キュイだけはいつも通り店の中を転がっている。
お前はいいよな……幸せそうで。
「おお、キュイ、また来たよ」
「また少し大きくなったんじゃねえか?」
キュイはすっかり『さぬき製麺』の一員として認知され、特に女性冒険者から大人気だ。
「まあ。この子、可愛いわね♡」
「きゅい、きゅ~い♪」
今もカウンター席で、魔法使いらしきセクシーなお姉さんの膝の上で釜揚げうどんを食べさせてもらっている。人の気も知らないで、羨ましい奴め。
「店主さん、お替わりが欲しいんだけど。王都では絶対に食べられないお料理ってあるかしら?」
「絶対に食べられない料理ですか……」
俺は熱いぶっかけうどんに生卵を落とし、軽くかき混ぜて薬味をたっぷり散らした。
「どうぞ。釜玉ぶっかけです」
「あら、生卵じゃない」
「食べていただいてもお腹を壊すことはありませんので、安心してお召し上がりください」
「まあ、素敵。私はラビアン=ローズ。ラビアンでいいわ。王都で魔法を教えているの。今日は久々に休みが取れたから、噂のお料理を食べに来たのよ。それから……もしお腹を壊したら、店主さんに責任を取ってもらうわね」
ラビアンは艶やかな黒髪をかき上げ、フォークで黄金色のうどんを一口すする。
「美味しい~。卵を生でいただくなんて初めてよ。味がこんなに滑らかになるのね」
「気に入っていただけて何よりです。薬味も遠慮なくどうぞ」
食事が終わると、ラビアンは大きくスリットの入ったタイトスカートを翻し、俺に近づいてきた。
「そうそう、店主さん。魔石の買い取りはOK?」
「スライム限定ですが……」
「実はこの子、いきなり飛びかかってきたから思わず倒しちゃったのよね」
彼女が取り出した魔石は、今まで見たスライム魔石より一回り大きく、艶やかだった。
「キュイー!」
キュイが悲鳴を上げて逃げていく。
「フフ……怖がらなくてもいいのに」
「立派な魔石ですね。ウチは1,000ギルまでしか値が付けられませんが……」
「それで構わないわ。それより、店主様にぜひお願いがあるのだけれど……」
ラビアンは俺の耳元に、濡れた唇を寄せて甘く囁いた。
「ねえ、セトーミ様。あなたのこと、王都でも噂よ。王都一の料理を出す素敵なシャーマン様だって」「お客様、な、何かご用でしょうかっ!」
いつの間にか、奥で洗い物をしていたクリスが飛んできた。肩で息をしながら、ラビアンを睨みつけている。
「ご用なら、まず私がお聞きします」
「あらあら。私はあなたには用はないのだけれど。こちらの殿方と二人でゆっくりお話したいの」
「ふ、二人で!? それはいけません! セトーミ様は高潔なシャーマン様です! 当店では女性のお客様が店主に近づくことは禁止になっております!」
クリスは涙目で俺の腕を引き寄せた。
俺、そんなルール作った覚えはないんだけど……。
「あらあら、随分と訳ありみたいね。泣く子には勝てないわ。また次の機会にゆっくりね」
ラビアンは笑いながら魔石を置くと、ヒールの音を響かせて店を出て行ったのだった。




